2019年4月 1日 (月)

令和元年

 本日2019.4.1、新元号が令和と定められた。施行は5.1だが、新しい元号にふさわしく、当院小児科も新任女性医師を迎え、新たなる歴史の幕開けとなる。

 

 さてさて、どんな世に、どんな診療科になるだろうか。乞うご期待!

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2019年3月25日 (月)

初マラソン完走!

 昨日この年になって初めてマラソンに挑戦した。これまでトレーニングとして週3回は走ってきた。10~20kmならいつでも走れる状態にはなってきていた。ただ今年に入って風邪から喘息へ移行し、約1か月近く苦しむことになったのは大誤算だったが。
 挑戦するなら地元がいいだろうと、春の佐倉朝日健康マラソンを選んだ。直前まで喘息の調子は改善せず、薬を大量服用、吸入までする状態で棄権を考えていたが、前日夜にようやく普段の呼吸に戻ったこともあり、挑戦することを選択した。天気は晴れ。湿度も気温も丁度良いが寒気が入って朝は冷え、風も強いという予報だった。服装はとても迷ったが、寒さで走れなくなれば喘息もやばいと考え、暖かい服装を選んだ。これが功を奏し、寒さでリタイヤする選手が続出したと後で知ったが、自分は汗もほどほどで、これによるつらさは感じなかった。
 マラソンは30kmからということだったが、のっけから自分のペースとはいかないものだった。なにより号砲が鳴ってからスタートラインに辿り着くまでで約10分。その後も狭い坂道を上り下りするのに大勢のランナーがひしめき合い、思った以上にスローペース。その後もキロ5分半から6分で走るつもりが6-7分ペースで推移。時間が掛かる分エネルギーの消費も多かった。ただゆっくりなので呼吸は全く問題なく過ごせたのは大きかった。
 20kmまでは快適に走った。しかし21kmから突如足が重くなり、しかも強力な向かい風となったこともあり全く進めない状況に陥った。冷静に身体の大きな選手の後ろについてなんとか粘った結果、24kmから再び加速できるようになった。家族の待つ30km付近では余裕の笑顔を見せることも出来た。31km、再び足が動かなくなった。今度は走ることも出来ない。しばらく歩きながら自分の身体と相談し、33kmで足を前へ運び出すことに成功すると、38kmまでは遅いペースながら良い呼吸とよい歩幅で走ることが出来た。しかし39kmの給水手前で口渇を自覚、歩いてようやく水を口にして少し走り、最後の坂道を上りきってゴールした。
 結局目標としていた完走は果たせたものの、市民ランナーの目標である4時間など遠く及ばず、5時間9分という記録であったが、これほどの時間常に自分と対話することになるとは想像していなかった。走る意味、生きている意味、人生とは何か、苦しいということ辛いと言うこと楽しいと言うことそれぞれにはどんな意味があるのかなど、ずっと自問自答していたことに心底驚いた。こんな経験は初めてである。マラソンとは自らとの対話のスポーツであることを知った。こりゃ凄い競技だ~~~

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2019年2月12日 (火)

感涙

 突然だが、北原白秋作詞・多田武彦作曲の組曲『雪と花火』という男声合唱曲が好きだ。この曲と出会ってから、いつか本物の男声合唱団員として歌いたいとずっと思っていた。
 学生時代から仕事を始めて10年までの間は市民合唱団の一つである男声合唱団に在籍していた。そこは全国大会にも出たことのある実力のある合唱団だった。しかし自分はヒラの団員で、演奏会のプログラムを組む中核ではなかったため、歌いたいと声に出しても叶うことはなかった。内容が内容だけに難しかったのかもしれないが・・・
 この組曲は北原白秋の不倫を歌った曲集だ。恋い焦がれ、不義を世間に問われ、責め苦の果てに肺病を患った彼女と流離ったロマンスを形を変えて歌った叙情詩だ。
花火が上がる~~~ どん~ 銀と緑の孔雀玉 パッと垂れて散りかかる・・・
薄い光と潮風に
義理と情けの孔雀玉 涙しとしと散りかかる
涙しとしと爪弾きの 歌の心に散りかかる
 それから20年、私はもうこの曲を自ら歌うことも感じることも出来ないのだと思っていた。しかし昨日、それが叶った。
 長男があの由緒ある同志社グリークラブに自らの意思で入団し、幹事長となり、トップテノールのソリストにまで登り詰めた。そして彼はなんと、この雪と花火を自分の代の最後の定期演奏会で演奏してくれたのだ。
若い心の孔雀玉
ええなんとしょ~~消えかかる・・・消えかかる・・・
 最後の和音がたなびき、消えかかってゆく。胸の奥から熱いものが吹き出し、頬を伝ってゆく。
 ありがとう。ありがとう。Bravo!
 
<追記>なんとこの『雪と花火』は同志社グリークラブの委嘱作品とのこと。縁を感じずにはいられない・・・
 

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2019年2月 6日 (水)

科学は万能ではないが

 昨年日本はIWCを脱退し、南氷洋での捕鯨調査を諦め、日本近海に限っての商業捕鯨に踏み切った。IWCでは調査捕鯨の結果、鯨は十分資源として復活しており、商業捕鯨も可能という状態になったことが判明しているにもかかわらず、捕鯨は動物愛護の観点から認められないという事態になっているからだ。
 とても理にかなった判断と評価されるべき脱退だ。なにも他国を敵にするほど捕鯨に重きを置く必要もないという人達がいるが、そもそもIWCで何を行おうとしていたかというと、鯨の資源管理を行い、世界の捕鯨を滞りなく進めるためで、動物愛護の話し合いではなかったはずだ。捕鯨国は北半球を中心に広がっている。伝統文化であると同時に、必要な漁であることも間違いない。科学をもって地球資源の有効利用を考える場が、文化的嗜好に左右されることほど無駄なことはない。異を唱えることは当然だろう。
 さてそれほど賢明な判断ができる日本だが、ことインフルエンザ対策というものについてはまるで科学的でない状況が続いている。科学の一端を担う医者がメディアを通して語りかけるのは、決まって早めに医療機関へ受診を促すことばかりだが、本当にそれでよいのだろうか。
 抗インフルエンザ剤を使えば早く良くなる?インフルエンザの診断を迅速検査をもって正しくしなくてはならない?隔離して治癒まで何日と決めつけることができる?学級閉鎖はすべてに優先されるほど有効?
 抗インフルエンザ剤がこの世に登場して約20年経過した。病院はこの時期ごった返すほどの大盛況で、我先にとこぞって鼻に棒を突っ込まれ、Aが陽性だ、Bではなかったなどと言っては抗インフルエンザ剤をいち早く服用しようとしている。にもかかわらず、日本国中で2000万人前後の国民が毎年変わらずインフルエンザに罹患する。インフルエンザで亡くなる老人は数百人にのぼり、インフルエンザ脳症を引き起こす子供たちも毎年数十人いる。何か変わったか?何か変えられただろうか??
 統計問題で揺れに揺れている厚労省は、インフルエンザの流行についてデータをもっている。きちんと統計処理してみるときっと判ると思うが・・・・
 おそらく今我々が行っているインフルエンザ対策は間違っているのだろう。そう思わないか?抗インフルエンザ剤をよくよく勉強してみれば、なるほどとてもよい薬だろうと思う。しかし生身の人間に使ってみても感染症状を大きく変える力はない。それは感染が成立した後の生体反応が一筋縄ではいかないからに他ならない。もういい加減多くの年月を費やしたのだから、本当にどうするべきかをしっかりと検証するべきだろう。それが国としての責任だと思うのだ。

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2019年1月 5日 (土)

新年にあたり

 平成31年が始まった。天皇陛下の譲位が決まっているため確実に元号が変わり、平成もこれで終了となる。この年の初めにあたり、今年をどう生きるか考えてみる。
 仕事では提出中の論文が一つ、そして世界で初めての症例報告も控えており、これらをしっかりと形に残すことが必要だ。特に後者は英語論文として残したい。それからライフワークの一つであるがHSPNの腎生検をすべきタイミングについての研究をまとめたい。それに関連することだが、IgA血管炎へのDDS使用を安全に行うための指針をまとめたいところだ。4月からは日赤から研修医を終えたばかりの先生が我々の仲間として働いてくれることになっている。しっかりと育てていきたいところだ。
 趣味では昨年ビギナーズラックで完走できたトライアスロンは一休み。フルマラソンとsea to summit 伊勢志摩に挑戦したい。またクロールをゆっくり長く泳ぐための練習を重ねていきたい。
 家族はそれぞれに目標をもって走り始めている。自分も負けてはいられない。53歳になるが、まだまだこれから!!

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2018年12月 5日 (水)

年齢を感じる

 先月末から今月にかけて、夜の救急当番を隔日で行った。11月は病院を留守にすることが多かったので、そのしわ寄せではあるが、なんとかなるだろうと思っていたのが悪かった。
 最後の当番が終わった後の倦怠感は酷く、身体も冷え切って、12月としては異例の暖かさと言われる一日でさえ寒くて仕方なかった。発熱はしなかったが、気力が失われていたので、終業早々に帰宅し、床についた。
 幸い翌日には快適に目覚めたので良かったが、自分の年齢を感じることになった。いやはや事故なく過ごせてなにより。さすがに連チャンはもう無理でやんすな~~
 

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2018年11月29日 (木)

安堵

 研修医を終えてうちで働いていた医師が児童精神疾患に目覚め、九州の国立病院で勉強するために旅立っていった。以後一人欠員のある状態で診療を続けていた。といっても近隣の小児人口は減少を続けていることもあり、少しばかり制限するだけで対応出来ていた。
 そんな中、専門性の高い小児腎臓の患者さんを集めるため、そして困っている患者さんとそれを抱える病院への支援も兼ね、近隣の大きな総合病院で月一回外来を開いた。地理学的なこともあり、専門医がいないにも係わらずその病院には多くの小児腎臓の患者さんが集まってきていた。わずか月一回だが、相談することは多く、また自身の病院でフォローアップした方がよい方を連れて帰るなど、とても良い関係で診療することが出来た。その分、自身の病院の負担は増えるわけで、しかも年々医者自身が年をとるわけで、ジリジリと診療負荷に押しつぶされる様子がうかがえるようになった。このあたりで、前任者が帰ってきてくれればと思い、意思を確認することもあってかの病院を訪ねてみた。
 彼はとても充実した顔をしていた。自らの道をしっかりと歩み始めた自信が見て取れた。それは帰ってくるという道を指さず、更に飛躍する道を示していることなどすぐに判った。酒を酌み交わし、夢を語り合い、そして頑張れとエールを送り、戻ってきた。
 とするとこれからどうしようか?と思っていた矢先、思わぬ申し出を受けた。出向いている病院では毎回研修医が外来に陪席してくれる。それはシステムをしっかり把握していない非常勤医師を手助けするための陪席だが、疾患についての考え方や治療法などを教える良い機会にもなっていた。それが功を奏したのだろう、腎臓を勉強したいので私のところで働きたいのだと言う。丁度後期研修も終わるため、次の行き先を見つけなければならない世代の女医さんだ。腎臓だけでなく、一般小児科ももっといろいろと勉強したいと言う。我々のところは、受診患者さんの数も少なく、救急患者さんも少ない旨を話し、見学に来てから決めるように促した。
 先週、早朝からやってきた彼女のもとに、普段は来ないような救急患者が立て続けに来院してきた。手が足りず、彼女にも手伝ってもらいながらの診療となったが、テキパキとこなす姿はとても好感の持てるものだった。午後には落ち着き、専門外来で様々な患者さん達とのやりとりを見てもらった。一日終わり、大変な一日で疲れただろうと問うと、とても有意義で勉強になり、本当にここで働きたいですとの返答をもらった。
 いやいや、こちらこそしっかりした女医さんが加わってくれることほどうちにとって良いことはないですよ。決めてくれてありがとう!これからよろしくな!!

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2018年8月29日 (水)

ロングライド

 息子が友人達と東京から仙台を目指して旅立った。自転車で行ってみたいのだという。ロングライドに慣れた友人達とのことで、頑張ってこいと声を掛けて送り出したのだが・・・
 国道4号線を北上する途中、車が多くて路肩を走ると釘や金属片が散乱していたと言う。なんと6人中4人がパンクし、一人は2回もパンクしたらしい。幸い息子はパンク被害には遭わなかったようだが、持参していたチューブを友人に渡して乗り切ったとのこと。しかし雷雨にも見舞われ、予定の2/3で輪行を余儀なくされ、白河から宿までの山道を食料調達した後登ると連絡が入った。既に夜も9時を回り、残り25kmあると言う。手助け出来るわけでもないが、心配で寝るに寝られない状態だった。ニュースではトラックが自転車旅行中の大学生を2人跳ね、意識不明の重体となっていると報道している。宿に着いたという一報が入るまで本当に長い時間を過ごした。
 その後珍道中が続いたらしく、何事もなく全員無事仙台に着き、食事を楽しんでいるとのこと。きっとひとまわり大きくなって帰ってくるのだろうと頼もしく思っているところだが、それにしても日本の道路行政は自転車にとってはあまりにもお粗末なものだと感じる。少子化でどんどん人も少なくなる一方だから、きっと道路は良くはならないだろう。自動運転で接触事故は少なくなるだろうから、路肩を走らずとも自転車を漕ぐことが出来るかもしれない。自転車も車もお互いを尊重して共存できるよう振る舞える日が来ることを願わずにいられない。
 さて、どんな土産話を持って帰ってくるのか、愉しみ楽しみ!

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2018年7月18日 (水)

西日本豪雨

 とんでもなく広範囲に、それこそ半端ない豪雨が長時間降り続き、何千という土砂崩れを引き起こし、人と家屋と生活のすべてを押し倒し飲み込んでいった。200名を超える命が失われ、なお行方不明も多数ということ、ご冥福をお祈りするばかりだ。そして被災された方にはどうか早く元の生活に戻れることを祈らずにはいられない。
 それにしても激しすぎる自然の猛威だ。これからもこういった自然災害はおそらく日本国中を襲うのだろう。何を優先すべきか、しっかり検証しなくてはならない。専門家の判断を待ちたいところだ。復旧も速やかにと願うばかりだが、豪雨の後のこの激しい暑さは弱り目に祟り目だ。熱中症でバタバタと倒れてしまわない方がおかしいくらいだ。
 豪雨被害とは違うが、小学生が課外授業を数時間受けているうちに熱射病で倒れ、亡くなったと報道された。ご冥福をお祈りするばかりではあるが、どうも腑に落ちないところもある。さすがに小学生ともなると、かなり環境への耐性もあるはずだが、これだけの短時間で命の問題になりえるだろうか?報道によると授業の早期に疲れを自覚していたとのこと。先に何らかの問題、例えばウイルス感染などがあったのではなかろうか。最終的に医療機関で検査して、多臓器不全という状況だったのだろうと推測するが、そこからでは判らない。血液など検体を採取し、ウイルス分離を施すか、剖検をするなど原因究明をお願いしたいところだ。もちろんご家族のお気持ちは察するにあまりあるが、今後学校の運営のみならず、子供たちの夏の過ごし方にどう対処すべきかの指針を得るためにも必要なことのように思う。
 この暑い夏は、今年限りのことではない。この激しい自然と向き合い、生きていくためにどうするべきか、今一度皆で協議すべき時が来ている。

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2018年7月13日 (金)

研究会参加

 昨夜は印旛市郡医師会主催の研究会。とあるホテルの一室で国立国際医療研究センター国府台病院の児童精神科の先生による講演を拝聴した。子供の精神疾患の初期対応についてという題目だったが、とても有意義なお話を聞くことができた。
 昨今不登校児は増加の一途を辿り、一般小児科診療で児童精神的アプローチが必要となる場面は激増している。どれもこれも時間を掛けないと対応できないのは間違いないのではあるが、病院へ相談に来る時点で、ほんの少し自分たちが考えてアドバイス出来るようなことは既に経験済みということが多い。そんな中で気の利いたアドバイスが出来ればそれが一番なのだが、それを教えてくれた講演だった。一番わかりやすかったのが、コミュニケーションの水準を考えようというもので、患児の言動には階層があって、一番底にある患児の考え、2番目の気持ち、その上に表現される言動があり、一番底に合わせた対応をしない限り不毛な争いをくり返してしまうというものだった。
 例えば不登校の児が「明日は学校へ行ってみようかな?」と言ったとすると、その言葉は最上階にあるもので、最下層にあるのはお母さん達に迷惑を掛けているのは申し訳ないという考えで、2番目は恐怖・焦り・不安であるということだ。翌日結局学校へ行けない子供への対応として、行く・行かないという階層で問答しても争いを生むだけで、最下層にあるお母さんに申し訳ないと思って昨日は学校へ行くって言ってくれたのね、というと子供に寄り添い、ステップアップしていく原動力になるというのだ。
 もちそん一足飛びにすべてうまく行くわけではないが、これは重要なヒントだと思う。このアドバイスがあれば、親も対応しやすくなるだろう。なによりこの根底には、学校へ無理に行かなくても良いよというニュアンスが込められており、恐怖からの解放が約束されるのだ。心が解き放たれるのは間違いない。そういった視点を変えることの意味、重要性、汎用性を教えてくれた1時間だった。
 自分の対応の信憑性を担保する機会にもなったので、とても有意義な研究会となった。関係者の皆様、ありがとうございました。

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