2008年7月 2日 (水)

pregnancy

 常連さんである英語しか通じないナイジェリアのbig mamが息子を連れてやってきた。先日から発熱と咳嗽がひどく、先週土曜日に抗生剤など始めていた。それが功を奏し、わずかに咳が残るのみとなったとのこと。よかったよかったと話し、他に質問はと問うと

母 「自分のことなんだけれど、いいですか?この病院の受付で、妊娠の有無をチェックしてもらいたいと話したの。でも断られちゃった。ほかの診療所でもダメだって。何故??」

私 「ここは婦人科はあるけど産科はないからね。仕方ないかも。でも産科の診療所でもダメなの?」

母 「そう。」

私 「で、最終月経は?」

母 「5月の20日。」

私 「いつもはどれくらい続くの。それからどれくらい誤差が出てくるの。」

母 「ちょうど28日。遅れても3日まで。」

私 「そりゃ随分正確だね。それなら十分妊娠の可能性があるね。OK,カルテを出してくれれば、尿検査くらいすぐだよ。診察を小児科区分で出してもらおうか。」

数分後結果が外来に到着した。

私 「Mrs.○△, Pregnancy・・・positive! Yeah, congratulation!!」

母 「ええっっっ、そうね、ありがとう。」ちょっと溜息・・・

私 「そうか・・・仕事始めたばかりだものね。でもマイ○ルにとってはとてもいいことだよ。神様に感謝しなきゃ。」

母 「でもね、先生。どこで診てくれるかしら。英語しゃべることのできる産科の先生知らない?」

私 「う~~~ん、でもね、みんな時間さえあればちゃんと対応できるはずだから、大きな病院の産科に行ってみようか。紹介するから。」

母 「ありがとう。行ってみますね。」

 一つの小さな命の誕生を目の当たりにする職場ではない。しかし命の胎動を感じ、命の躍動を両手に抱えることのできる職場であったことを再確認した。立ち止まってはいられない。

 前へ進もう。

| | コメント (2)

2008年6月29日 (日)

逝ってしまった

 山の師匠が逝ってしまった。

 胆管癌は予想以上の速さで身体を蝕み、腹膜を覆い尽くし、肺をも侵した。

 青森に連れて帰ることなど、ただ身体を動かすことすら出来なかった。

 何度も見舞って、師匠と言葉を交わし、奥さんや息子さんたちとも短いながらも濃厚な時間を共有した。

 金曜日、午後から川崎病の大規模スタディーを行うにあたりkick of meetingを開催するとの連絡が入り、東京駅ステーションカレッジまで足を運んだ。その帰りに見舞ったのが最後になってしまった。その時初めて師匠の姉2人に会うことが出来た。強面の師匠を柔和にした顔がふたつ並んでいた。数時間話し込んだが、その間青森の食べ物の話ばかりしていた。おふたりとも青森を随分昔に離れており、昔の記憶を辿れば、故郷の香りと共に食べた味覚が蘇ってきたのであろう。それに相づちを打てる者が周りにいるからこそ、つい花が咲いたのだ。それでも全く違和感がなかった。師匠は定食屋としていつも食べ物のことを考えていたし、山海の恵みを私たちに分け与えてくれていたのだから、こういった話になるのは当然なのだろう。

 師匠の下顎呼吸を聞き、乾いた口に湿らせたガーゼから一滴ずつ水を滴らせた。満足そうにうなずく師匠に「さようなら、また来ます。」と告げた瞬間に涙が込み上げてきた。そうもうおそらく最後になるだろうと思ったから・・・

 師匠、ありがとうございました。ご恩は一生忘れません。でも最後まで僕のことを先生と呼んでくれましたが、それは間違いです。ちゃんと訂正しますから、恐山の山の頂に登って待っていて下さい。いつの日か必ず訂正に行きますから。

| | コメント (12)

2008年6月27日 (金)

聴くだけじゃあね

 月1ペースで行われている女子医大での小児科カンファレンスに昨夜参加してきた。今回は症例呈示を頼まれ、昨年秋にこのブログでも紹介した患児について発表する機会を得た。

 患児は夜間の発作性頭頸部痛で来院し、結局脊髄腫瘍が見つかり、無事オペを済ませた女の子だ。ミソは発作性疼痛であり通常は全く痛みがないこと、麻痺もなく、詳細にとれば感覚鈍麻がわずかにあること、運動も日常生活も支障なく送れるにも関わらず、頸椎5番レベルで脊髄をほぼ埋め尽くすほどの腫瘍が見つかったという意外さにある。心理的・精神的要素が含まれ、本当に病気なのかと疑うくらいの状況であったのだ。病棟での疼痛管理にも言及するため看護師にも登場してもらい、なかなかためになる症例呈示になったのではないかと自負している。

 カンファレンスにはいつも看護師を連れていって勉強するように指導しているが、聴くと話すでは大違い。大学病院クラスなら看護の発表する場は用意されているが、一般病院では研究会レベルでもなかなかあるものではない。同じ病院の職員に対する発表と違って、用意も大変で神経も使ったことだろう。彼女たちにとって有意義だったと信じたい。

 ということで、いつもは質問ばかりギャーギャーわめきチラしているので、ちゃんと症例呈示出来ることも見せておかないとという自分の立場も確立出来た。さてまた来月から質問親父に徹することにするか。

 

| | コメント (0)

2008年6月25日 (水)

ええかげんにせい!産経新聞

 いつも医療関連では無茶苦茶な記事を書き続けている産経新聞であるが、朝日は思想かぶれで読むに値せず、読売はジャイアンツばかりで胸くそ悪い。毎日は取材しないで憶測でものを言ってきたので言語道断。残るは産経しかなく、家で産経を取り、病院の医師控え室でジャイアンツ情報に目をつぶりながら読売を読んでいる。

 産経によると倖田來未がピンヒールで始球式に登場した。神聖なマウンドに穴を開けるとはなにごとだと怒りの記事を書いた今村忠なる記者がいる。

両肩ムキ出しのタンクトップに、へそ出しのパンツスタイル。21日の巨人-ソフトバンク戦(東京ドーム)の始球式に出てきた歌手倖田來未の格好は、およそ式には似つかわしくなかったが、まあ、この人なら仕方ないかという気もした。しかし、無視できないのは高さ10センチほどもあるピンヒールを履いていたことだ。

 グラウンドキーパーが一生懸命整備したマウンドに穴でもあけるつもりなのかと驚いた。取材でグラウンドに入る女性の記者やアナウンサーでも、ハイヒールはご法度だ。倖田は中学時代、男子にまじって野球部の二塁手として活躍したという。周りの声におされて、グラウンド整備の苦労を忘れてしまったのだろうか。

 この始球式は「ライトダウンキャンペーン」の一環として、ファンにも節電を呼びかけるものだった。趣旨には賛同できるが、芸能人の彼女が適任だったのか。本来神聖なはずの始球式はいまや日常のイベントとなり、大胆に肌を露出した女性タレントの、お色気の競演と化した。おかしな時代である。

 かと思えば先日はヤフードームの始球式で、お笑い芸人の小島よしお海水パンツの半裸で打席に立ったり「そんなの関係ねえ」のギャグを披露した。大リーグではたまに芸能人を起用することはあっても、ナンセンスな笑いを持ち込むことなどあり得ないという。日本の始球式は野球全体をなめているような印象さえある。

 体を張るべき戦場で、チャラチャラしたタレントや芸人に先にマウンドや打席に立たれては、選手もいい気持ちはしないだろう。それでも営業優先で安易な始球式を続けるのなら、せめてスタイルや履物を指定するぐらいの配慮が必要だ。(今村忠)

 それを言うならマライヤキャリーこそ責められるべきではないか。5月28日の楽天・読売戦で登場したあの姿は開いた口がふさがらなかった。それこそピンヒールでフラフラいつ捻挫してもおかしくない足元でマウンドに上がり、およそ投げるという動作に値しないボール落としを敢行していたではないか。神聖だというならあの時こそブーイングなどで意思表明をすべきだっただろう。マライヤの振る舞いを観て、その後のマスコミの対応を観て倖田がこのたびの服装を選んだとすれば彼女に非はない。落ち目ないしは批判の矢面に立っている人はこれでもかとこき下ろす手段が見えて、やるせない。倖田のファンではないが、気分悪いことこの上ないではないか。確かに小島よしおの海パンはNGであることは疑いないし、芸能人がなんてことない日に始球式だと言ってマウンドに上がる姿など見たくもないのは事実だが。

| | コメント (4)

2008年6月17日 (火)

ぷ~~っ、点滴バーだって

 「風邪でつらいので、点滴してください。」

 外来診療をしたことのある医者なら度々耳にする言葉だ。それでも年を追うごとにこの言葉を聞く回数は少なくなってきたように思う。経口摂取すなわち食べたり飲んだり出来るなら、点滴などしなくてもちゃんと消化管が良きに計らってくれるという医学の常識が一般の人達にも浸透してきたということだと認識していた。

 一方でスポーツ選手たちが「ニンニク注射したら疲れが吹っ飛び、パワーもでた!」と宣伝している。なんのことはないビタミン補給にちょっぴり糖分を補給した程度なのだろうが、影響力のある選手達の言葉に一般の人達が惑わされることになってしまった。「やっぱり点滴したら元気になるんじゃないか!?」と。

 それでもって遂に点滴バーなる点滴専門店が出現した。開いた口がふさがらないというのはこういうことを言うのだろう。各種要望に応え、保険外診療として毎日でも数分の点滴を受け美容・強壮・老化防止に活用しようと謳っているのだ。

 点滴で直接血管内に糖分やらビタミンやら補給するので、良く効くと思うことだろう。しかし人間の身体は余分な物は受け付けず、すぐに体外へ出してしまうし、恒常状態を保つために余計なホルモンや酵素が分泌されることになるのだ。決まった時間に食べて補給する方がどれだけ身体にとってメリットが大きいことだろう。点滴で元気になる気になるのは、多分に気分の問題であるし、百歩譲って血糖値が一時的に上がればエネルギーが補給されたことで細胞は瞬間的に活気づくことはあるかもしれない。しかしそれこそ瞬時にインスリンなどが働き、一定の値に押さえ込まれてしまうのだ。

 加えて保険外診療というところが恐ろしい。適正な診療ではないので、どれだけでもふんだくられることになる。健康になったつもりが、すべておしっこにお金を流し捨てているだけてなことになりかねないのだ。

 嘘だと思うなら、早速アリナミンでも買ってきて飲んでみるとよい。翌日のおしっこがどんな色でどんな臭いになっているか。ちゃんと吸収され、そして排泄されていることが実感されることだろう。なにも高いお金を払って点滴しなくちゃならないことではないのだ。もちろん湯水のようにお金を使いたい人ならば、どうぞ点滴なさればよろしい。シモジモノ者には出来ない気分を味わって、余計に気分を高揚させることが出来るだろう。

 サプリメントが必要な人は摂取すればよい。しかし点滴に頼る必要など全くない。こんなことで「元気になるために点滴してください。」という人が外来へ押し寄せてくることのないよう願うばかりだ。

| | コメント (13)

2008年6月16日 (月)

学会終えて

 今回は何年かぶりに質問することなく学会が終了してしまった。実は聴きたいと思っていた演題が金曜日に集中しており、博多に着いた土曜日にはもう跡形も残っていなかったことも関係している。

 それでも一年ぶりに友人達に会い、旧交を温めるのと同時に難しい症例のディスカッションに花が咲いた。それだけで軽く数日過ぎてしまうはずだが、残念なことに今年は一日しか猶予がなかった。学会終了と同時に割烹よし田で一献交えた。肴も旨かったが、なにより旧友達との語らいがうれしかった。(Diabo com Fome先生、ありがとう!)

 それからも一つうれしいことがあった。リンクさせて頂いているいなか小児科医先生にお会いすることが出来たのだ。医師ブログにもいろいろあるが、化け物のような超有名ブログ新小児科医のつぶやきブログでも度々議論されるネタを提供しているいなか小児科医先生のブログはとても真っ直ぐで誠実だ。実際の人物も誠実さがにじみ出てくるような人で、学会長から「九州は暑いので、ノーネクタイ&ノージャケットでお越し下さい。」という言葉を真に受けた私などと全く正反対、色黒の肌にきちっと着こなしていらっしゃった。とっさのことで交わす言葉も多くはなかったが、ブログが本物の交流へ発展したことに感動を覚えた。本心を語れば、ブログという媒体を通じても相手に届くものだということをあらためて感じた。

 そいうことで、質問はせずとも大変有意義な博多学会であった。

 さてまた働くとするか!

 

| | コメント (7)

2008年6月15日 (日)

博多櫛田神社

博多
学会後に博多を歩く
祇園山笠を待つ博多もんの気配が漂っている
そう後半月で山笠なのだ

| | コメント (0)

2008年6月13日 (金)

紫陽花揺れて

紫陽花揺れて
つかの間の梅雨の晴れ間
紫陽花がキラキラと光りながら
風に揺れていた
これから福岡へ旅立つ私を
見送ってくれているのだろうか

| | コメント (0)

2008年6月 9日 (月)

異常環境下でのサッカー

 高地でのサッカーを禁止したFIFAの提言は記憶に新しい。今後高温や多湿についても考慮するため、調査するということも聞いた。しかしそれがサッカーを行っている国の普通の姿だというのであれば、それをあえて禁ずるのもどうかと思っていた。そのためにホーム&アウェー方式があるのだとも。

 それにしても土曜日に行われたオマーンマスカットスタジアムでの試合は過酷を極めたものだった。アナウンサーが何度もその状況を連呼していたのはどうかと思うが、言わなくてはいられないくらいの状況だったのだろう。選手のユニフォームが数分でビショビショになっていたことから容易に想像できたことではあるが。

 しかし肩で息をしていた選手や足がつってしまった選手は皆無だった。走っていないわけではない、そう、あのバーレーン戦のような無様な姿ではなく、相手を遙に上回る運動量で圧倒していたにも関わらずである。余程コンディションの調整がうまくいっていたのではなかろうか。対するオマーンは自国の環境ではあったが、守備に追われ疲れ切ったのか、うずくまる選手が続出していた。

 あの状況ではゴールがどこかでポロッと入ってしまってもおかしくなかった。それが相手に転がり、1点ビハインドとなったことは仕方のないことだ。その後ドン引きした相手のゴールを奪うことがとてつもなく難しいことも当たり前のことだろう。よくぞ走り回って好機を作ったと拍手したい。そして遠藤のコロコロPKには毎度の事ながらお約束通りひっくり返らせてもらった。ただしあれはPKをもらえる状況ではなかった。ヨーロッパならダイブを取られ、イエローカードを玉田がもらう羽目になっていただろう。反対にオマーンのPKはヨーロッパでも取られるものだったかもしれない。それですら微妙で、むしろその後右サイドで日本の選手が2人相次いで倒れたシーンこそがPKに値するファウルだったように思う。なんにしてもオマーンのPKは遠藤を真似たコロコロだったが、キーパーの動きを見切ったものではなかったため、楢崎の手に収まってくれた。

 日本は確実に強くなっている。何気ないパスのスピードも、局面でのパス交換も動き方も一つ階段を上がったステージにたどり着いたと思われる。しかしヨーロッパの国々はさらに進んでいるのも事実だ。ユーロ2008を観ればそれは明らかだ。手放しで喜んで良い試合だったわけではないが、悲観することもない。前進あるのみだ。

 それにしても大久保という男の愚かさ加減は・・・・この試合の前に放映されたヒデの試合での大黒にも失望したが・・・

| | コメント (0)

2008年6月 6日 (金)

眠い~

 今晩はこれから救急当番のピンチヒッター。朝までGO。

 しかし既に眠い・・・・

| | コメント (2)

2008年6月 4日 (水)

ガソリン高値を横目で見ながら

 気がつけばガソリンに見たこともない高値がついていた。レギュラーで170円を超えているのだ。普段あまり車に乗らないので、ガソリンを給油することも少なく、ガソリン高騰のニュースだけ聞き流していた。ものすごいようにも思うが・・・ちょっと待てよ。どれくらい凄いことなのだろう。

 通勤に車を利用している人達にとっては死活問題かもしれないが、我が家では月に一回給油すれば足りることだ。大きめの車なので、一回70L入るが、10円値上がりなら700円、20円上がるなら1400円余計に掛かることになる。ラーメン2杯分か・・・・それなら節約可能だ。しかし一年前より50円も上がっているとすると、3500円にもなる!!大好きな近所のラーメン屋さんに家族で行く回数を一回減らす他ない、トホホ。。。

 この際ガソリンを使わないで済む方法がある方は、徹底して使わないように生活をシフトすべきではないだろうか。自転車もよいし、公共機関を利用するのもよいだろう。道路交通法も改正されたことだし、思い切ってクロスバイクなど購入して、家計もメタボも環境対策もいっぺんに改善してしまおうと目論む絶好のチャンスだ。路線の不備で公共機関が使えないという方のためにも、お役所主導で路線計画を練り直すとか、乗り降り自由な貸し自転車を確保するなども出来ることだろう。官民あげて対策を講じるべき時だ。

 一方でガソリンを手放せない方もいる。国民の生活になくてはならない物流・農業・漁業関係だ。ガソリンが高騰してこれらの業種が潰れては生活が破綻してしまう。ガソリンの値段を下げる努力より、かの業種には減免や助成金の交付など早急な対策が必要だろう。

 また石油精製品に関しては今や生活に浸透しきっているが、不便さを許容できれば減らすことは可能だろう。しかし大量消費文化を支えてきた石油精製品に別れを告げなくてはならない日が近いと言われればどうなるだろう。見渡せば点滴のボトルも、針も、聴診器も、薬の入れ物も、ボールペンもなにもかも石油が関与しているではないか・・・・

 そう、無くすことは難しい。ならば大切に使うほかないではないか。そのために多少の不便は仕方がないと割り切る気持を持たなくてはならない。そういった議論なしにガソリン高騰になにもできない政府を責めてもダメだ。

 さて今日も自転車でひとっ走り・・・・

| | コメント (6)

2008年5月20日 (火)

何もできやしない

 青森時代にお世話になった『山の師匠』が病に倒れた。

 師匠は奥さんの病気もあり、友人の薦めで埼玉県越谷市に移り住んでいた。ある会社の寮のまかないとして奥さんと二人で住み込んでいたのだ。奥さんのこともあり仕方のないこととは思っていたが、山の霊気で生きているような人だったので、体調を崩さなければよいがと思っていたところだった。

 以前から胆石を患っていたので、時々痛むことはあったらしい。しかし半年前に食欲不振となり、その後黄疸が出てきた。近くの医者では対応できず、大学病院へ行けと言われ、精査したらすぐに手術すべきと言われたらしい。どうするべきかと相談を受け、連休中に一度顔を見に行った。顔色はさほど悪くはないが、眼球には黄疸が出ていた。大学の医者の話では、胆管に出来物があり、そのせいで食欲が落ち、黄疸が出ているので、これを取りましょうということらしい。親類でもないため、詳しく医者から話を聞くわけにもいかず、しっかり治療を受けるよう数時間話して別れた。

 一昨日電話が鳴り、師匠の息子さんから、胃と腸を繋ぐ手術は終わったが、胆管癌で腹膜にも播種しているから根治術は出来ないとの話を聞かされた。どこかで何かできないのか、出来ないなら青森に連れて帰った方がよいかどうかと尋ねられた。

 癌センターで働く友人に問い合わせてみることを約束したが、状況は難しいところにあること、そして青森に連れて帰るべきことを話した。ここにいても望みは薄い。山の空気なら何かが変わるかもしれない。およそ非科学的なことだが、それしか私には浮かばなかった。

 連休中に師匠とは病気の話をした。しかしそれ以上に、九十九里浜の砂地に生えるキシメジタケをいつ採りに行こうかという話で盛り上がっていた。その話をする師匠の目はとても病魔に冒されている人の目ではなかった。だからこそ、少しでも食べられるようになれば、山へ一緒に行き、キノコや山菜を山のように採って、それを食べてもらいたい。それがなによりの治療に思えるのだ。

 残された時間は少ない。週末にでも相談に行かなくてはならないだろう。でも気付いているだろうが、師匠に手術は無理だと告げるのは難しい。難しいな・・・・

| | コメント (10)

2008年5月19日 (月)

カンガルーはよくてクジラはダメらしい

 グリンピースが日本の調査捕鯨へ危険な妨害行為を繰り返したことは記憶に新しい。この行為を全面的に支援していたオーストラリア政府というのもご存じの方は多いだろう。

 そのオーストラリア政府は、人間様の生活に支障が出るからとカンガルーを始末するそうだ。始末するのは苦しませずにあの世に逝かせるからクジラとは違うらしい。動物保護団体からは非難声明が出ているようだが、実力行使に出るのか見物だ。例えば母性の鏡のようなカンガルーを殺すのは許せないと、処理施設破壊工作などする団体に賛成の声を挙げる国がどこにあるだろう。文化も含めて他国の諸事情に口を差し挟むことがどれだけ愚かなことか知るべきだ。

 こういうことを繰り返していると、そのうちしっぺ返しをくらうものだ。昨今高まっている魚食嗜好を支えるべく、漁獲高を上げようとしたときにクジラによる捕食で思うように魚を獲ることが出来なくなればどう行動するだろうと想像してしまう。

 もっとも、生態系の上位にランクされるクジラ類には環境の因子がまともに影響してくるだろうから、そのうち環境ホルモンや有毒物質で絶滅の危機に陥る方が先かもしれない。これを知るのも調査捕鯨に負うところは大きい。

 日本はやはり粛々と調査捕鯨を繰り返し、余った貴重な資源を有効活用すべく市場へ流用してほしいところだ。

| | コメント (3)

2008年5月15日 (木)

お金ではなく理念だが

 月曜日のカンブリア宮殿。村上龍氏は医療崩壊について番組を作りたいと、聖隷浜松病院院長を登場させた。意気込みの一方で突っ込んだ話が出来ておらず、ちょいと興ざめした感がある。しかし面白いフレーズがあった。医療には理念が必要であるというフレーズだ。

 世の中の医療関係でない方々がどう思っているか知らないが、医者で金儲けだけを考えている者はまず居ない。何十年も前ならどうかは判らないが、なにより今は医者が儲からない仕組みになっている。勤務医など10年選手でも普通の会社のヒラ社員とは言わないまでも、係長クラスしかもらっていない。勤務医の部長クラスが地方銀行の部長の2/3といったところだろうか。お金で不自由しなさそうということで娘さんを医者へ嫁がせようとしている方がいるなら、それは幻想だからやめなさいと言うほかない。

 ではなぜ受験競争を勝ち抜いた(と思っている)我々が医者を続けているのか。答えは簡単、やりがいだ。人間の身体は奥が深い。疾患それぞれは診断も治療も決まってガイドラインまで出来ているものもあるが、一個人に起こる疾患はどれもこれも同じものなど一つとない。それを見極めていく醍醐味、そしてうまくいったときの達成感となによりうれしい患者さんからの感謝の言葉、それらがすべてだろう。何は置いても目の前の患者さんをよくしたい、それが医者の本音だ。「こいつ気にいらねぇーから、どうにでもなっちまえ」とか「今日は彼女と会うから適当に切り上げよう。」なんてことは、(万が一?)頭を一瞬だけよぎることはあっても、けっして支配されることはない。結局適当なんてありえず、どれだけ疲れていても最後まで診療してしまうのだ。

 それでもカスミを食って生きているわけではない。家族は養わなくてはならず、自らの向上のために自費で学会へ参加する。そして名ばかりのホワイトカラー階層という幻想に迷い込むのだ。世の中には『男の価値は銭で決まる。いくら稼ぐ、いくら俺に投資してくれるのかだ。』とのたまう御仁を見聞きするたびに、己の手にする給料明細を見て溜め息をつくことになるのが勤務医の現状だ。そこへきて昨今は感謝の言葉も少なくなってきている。(幸い私のところでは、子供達の笑顔とお母さん達の明るい声がいつもこだましているのではあるが)モンスターペイシェントは増え続け、結果が悪ければ即訴訟だ。これではやりがいになろうはずもない。

 夜間の救急医療をしようと試みるならば、医者だけでなくパラメディカルの人件費だけでもバカにならない。人・物・金・時間すべてを浪費するのが救急医療となる。でも必要なのは間違いなく、必要な人に適正に行われるなら誰も文句は言わない。救急でなく、夜間帯で診る必要のない輩が大勢押し寄せて、しかもそういう人達に限って悪態をついていくから救急も出来なくなるのだ。産科も小児科もこれに近い。お産は確かにほぼ安全になったが、それでも一定の割合で不幸な結果となる。これを医療ミスだと言われれば誰も手出しが出来なくなる。小児科は患児一人診察するのにたくさんの人手と時間が必要だ。採算を考えればやってなどいられない。 

 聖隷浜松の院長は「理念を持て」と話した。さすればおのずと道は開けると。もちろん患者さんが道徳心を持った、襟を正す人達ばかりならこれも可能だろう。しかし患者様と呼ばれるようになってから権利意識の塊となってしまった人達はそんなきれい事を粉砕していくのだ。119番にかかってくるとんでもない電話の内容を知ればそれは自明だ。聖隷浜松病院の圧倒的なマンパワーでそれがかき消されているだけだと思うのだがどうだろう。もしくは地方の中堅都市にあるからこそできる理想郷であるのかもしれない。そのまま大都市圏や過疎地でこれが当てはまるものでもなかろう。

 我々医療者ではなく、国が理念を持ち、国民を守るために医療費の増加は仕方ないと思い直すしか医療問題を解決する道はないように思う。だいたい老人ばかり増えているのに、医療費が削れるはずもなかろう。無駄は省くべきだが、ここをケチれば四川のビルのようにもろく崩れ去るだけだ。それが出来ないなら、国民一人一人にその旨を伝え、個人で医療保険に入ってもらい、その保険で医療を受けるようにするほかなくなるだろう。

 それでも事故調査委員会が、個人を裁く片棒担ぎも出来るようになるなら、確実に次世代を担う医者の卵は姿を消すことになるだろうが・・・

| | コメント (6)

2008年5月14日 (水)

災害によせて

 中国で未曾有の大震災がおこった。その前はミャンマーでハリケーンによる大災害がおこっている。まずは亡くなった方々へご冥福をお祈りしたい。そしてかろうじて命は助かったけれど、肉親や友人を亡くされた方、家屋を奪われた方、生きる希望を失いかけている方々へ、一日も早い復興をお祈りしたい。ちっぽけなことだが、義援金を送りたい。

 災害はひとごとではない。いつ何時自分に降りかかるやもしれない。その時何が出来るのか、どう行動するべきかは家族で話し合っておくべきだろう。家の外にも水のタンクを用意したり、災害時グッズをキャリアーに入れておくのも地震国日本にいれば必要なことだ。

 ただこの度の2カ国に起こった災害では、他国で起こった災害現場とは違った風景がテレビで映し出されている。海外からの救援物資や救命・災害復興チームが見当たらないのだ。世界の警察を名乗るアメリカは、24時間以内に要請さえあれば救援チームを派遣できる。日本も消防庁の特殊チームがスタンバイしている。自衛隊も24時間以内とまではいかないが、いつでも命のままであろう。

 ミャンマーでは軍事政権がそれをよしとしないらしい。中国も世界の注目を集めるチベット地区を含む辺境地域での災害に、触れられたくないことがあるからか、はたまた共産党政権&自国軍だけで救助することが面子を保つことと言わんばかりの方針だ。しかし命は一分一秒を争うものだ。助けは多ければ多いほどよいというのは阪神大震災や中越地震で、そしてインドネシア大津波で我々が体験したことだ。

 中国が受け入れるのであればの話だが、四川省に日の丸を掲げる日本の救援チームが入り、幾多の人々を助けることができれば、それこそ真の両国友好も始まることだろうに。

| | コメント (2)

2008年5月10日 (土)

鼻水とまるかな・・・

 連休明けてみると、のどをやられていた。7日はまだよかったが、7日の夜半から発熱し、同時に鼻水がとまらなくなった。8日は予約がびっしり・・・・連休明けもあって休むわけにはいかない。かといって子供達に風邪を移すわけにはもっといかない。マスクを2重にして、鼻を触るたびに手洗いをしながら診療を続けた。

 9日には熱が引いていった。予定通り深夜の救急当番をこなし今に至る。さてこれから土曜外来だ。どれほど来るだろうか・・・

 明日は、明日は後輩のWedding Partyだ。そこで歌わなくてはならない。この鼻ではろくに歌えない・・・大事なセレモニーで、ピアノ弾き語りなのに・・・

 休みで風邪を引くなんて、医者として最低だぞと仲の良い内科の医師から言われた。当然だ。しかも週末にセレモニーが控えているのになおさらだ。

 クソっ、気合いだ~~~!

| | コメント (4)

2008年5月 2日 (金)

ザリガニの逆襲 後編

ザリガニの逆襲 後編

その日の昼食後、家の前の公園でサッカーをすることになり、庭に転がっていたボールを持ってこさせると、空気が抜けていた。子供達を引き連れて下駄箱の横に立てかけてある空気入れを取り出した。自転車の空気入れだが、先端を換えればボールの空気入れになるプッシュアップ式のものである。

しっかりした細長いビニール袋に入っている空気入れを取り出し、引き続き換えの先端を取り出すため袋を逆さにした。

「どさっ」

こぶし大の赤黒い物体が転がり落ちた。

「うわ!」

皆、バッと後ずさりすると、物体は大きなハサミを振り上げ威嚇し始めた。

何故?一体何故こんな袋の中に入ることが出来たのか、頭の中を整理できぬまま彼をつまみあげ、水槽へ戻した。

数日間、彼に触ることなく過ごした。

彼もおとなしく岩陰に隠れ、時折餌を食べに水草のあたりに顔を出すだけであった。

しかし心なしか彼の顔つきが違って見えた。決して怖がっているわけでなく、しかも 威丈高という風でもなく考え込んでいるような、そんな雰囲気を身に纏っていた。

子供達とは外へ出たがっているので、今度の日曜日に川へ逃がしてやろうという話しをした。

その夜はとても蒸し暑い夜だった。

普段は別々の部屋で寝ている家族だが、この日は風通しのよい居間の横の和室に雑魚寝した。私は最も奥まった壁際で皆の寝息を聞きながら眠りに就いた。

誰かが髪を引っ張っている・・・

てっぺんから少し右をククッと・・・

だれ?・・・・

うわぁ~ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ・・・・・

払いのけようとした右手には暖かい皮膚ではなく、硬いいびつな塊が触れた。

飛び起きて暗がりに目を凝らすと・・・・

彼がハサミを振り上げていた。

| | コメント (6)

ザリガニの逆襲 中編

ザリガニの逆襲 中編

彼は我が物顔で水槽の中を歩き回っていた。

メダカとのバトルがとぎれてしまってからは興味も薄れてしまったのか、子供達が一日中彼を眺めることはなくなってしまった。

私はザリガニの餌を購入し、毎日ほんの少しずつ与えることにした。朝、水槽の蓋を開け餌を落とすと、彼は反り返って大きなハサミを振り上げこちらを威嚇し、しばらくして餌を口にした。そうして岩の影に身体を隠すこともせず、悠然と水槽の中央に仁王立ちするのであった。

とある日曜日、いつものように水槽の蓋を開け、餌をやっていてふと考えた。

「このまま自然に帰したら、彼は自分が一番強いと思いこみ、隠れることも知らず、大きな魚や鳥に喰われてしまうだけであろう。それならば強い敵の存在を教えてやるべきではないか。」

そう思った私は庭に降りて、細い小枝を拾ってきた。その小枝で彼の身体をつつき始めたところ、彼は大きなハサミで応戦してきた。かまわずつつき回すと、初めて怖れを抱いたのか、身体を小さくし後ずさりを始め、岩陰に隠れた。

「これでよし。」

それから数日間、毎日餌を与える前に小枝で追い回した。気付かぬうちにエスカレートしていたらしく、妻から

「可哀相だから、やめなさいよ。」

と言われた。しかし

「訓練だから。」

と狭い水槽の中をつつき回し、跳んで逃げるほど危機感を煽った。