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2015年7月15日 (水)

一蓮托生

 集団的自衛権を我が国も保有することを近々宣言することになる。至極まっとうなことで、なんら不自然なことはない。むしろ今までが異常だったと思う。

 それは憲法違反と言う人、あなたは正しい。武力行使そのものを認めていない憲法は、集団的自衛権はおろか、その前の自衛隊すら違反であるとしている。立憲国家として、憲法を神のように崇め奉ったため、曲解に曲解を重ねた上での自衛隊保有がここにきて破綻を来しただけのこと。どの世界に立憲国家だからと憲法を改訂しない国があろうか。10年経てば世の中は変わる。それに合わせた改訂があって当然だ。米国の占領統治下で戦争を放棄できた時代とは違う。米国は世界の警察としての役割を終えている。それならば自分で自分の国を守らなくてはならない。そのために憲法は変えなくてはならないのは自明の理だ。
 憲法改正を少しでも現実のものとするために、改正手続きを始めるハードルを少し下げようとしたが、それがうまくゆかなかった。まごまごしている間に、中国はアジアを経済的だけでなく軍事的にも制覇しようと手を広げ、我が国も飲み込もうとしている。米国にはもはや放って於いても中国を押しのけてくれるだけの力は無い。しかし集団として力を貸してくれる用意はある。ならばそれを当てにする他はない。だから集団的自衛権が必要不可欠なものなのだ。憲法が改正できていれば、憲法違反などと野次られる必要もなかった。粛々と時代にあった憲法へ改訂して欲しいものだ。
 安全保障関連法を戦争法だ、戦争をするための法だと言う人、あなたは扇動家に間違いない。米国を後ろ盾として出来ている国に戦争をしかけてくる狂信国家は北朝鮮くらいだろう(ISは国ではない)。米国が自ら戦争をする場面は米国にとっての国益に叶う場面だけだ。今のところ、米国の国益となるところと我が国の国益となるところはかなりの部分で一致している。資源のない我が国にしてみれば、米国よりよほど重要な場面が考えられ、そこで米国が困難極まるのであれば、手助けすることが肝要であろう。この場面に於ける紛争を戦争と呼びたいならそれも良い。ただしこの戦争は我が国の存亡を掛けざるを得ない場面であるため、国際法上なんら非難されるべきものではない。
 憲法9条を遵守している限り戦争は降りかかってこないと言う人、あなたはアジア周辺で起こっていることをちゃんと見ていない人だ。米国が介入しないところでは紛争が絶え間なく起こり、虐殺や略奪が繰り返されている。米国の後ろ盾がなければ、尖閣はおろか、沖縄も直ぐに中国領だ。対馬は中国か韓国領になってしまうだろう。場合によっては本州も中国に飲み込まれることになる。戦争するくらいなら中国の属国になった方が良いなどという輩もいるらしいが、私は中国共産党の下で這いつくばって生きるなどまっぴらごめんだ。自由を奪われるくらいなら銃・剣を取る。南西諸島における資源の略奪や小笠原海域での珊瑚の略奪など現実に起こっている事象を持ってしても9条云々と言う輩を信じる気が知れない。
 最後に独裁者安倍と叫び、数が多いだけで法案を通すなと叫ぶ人。民主主義を謳う我が国の選挙によって選ばれた議員が多数決でもって解決を図っていることを忘れぬよう。
 
 

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