« 2015年6月 | トップページ | 2015年8月 »

2015年7月29日 (水)

議員選びだけ平等って

 すべての物事が平等であるはずがない。地方の声を代弁する者がいなくなれば、地方は未開のジャングルへ姿を変えて行くことになるやもしれない。そんな時にありもしない平等をぶら下げて一票の格差を是正するのだと言う。これが道州制への布石とするなら理解も出来る。それもなく、ただ闇雲に数合わせをするためなら愚策としか言えない。

 まあそのうち、ここ千葉も含めて震災が起こり、東京を中心とした広いエリアがしばらく使い物にならなくなるだろう。そうなったら人の移動が始まることになるのではないか。そうでもない限り、地方を顧みない政策は続けられるのだろう。
 しかし東京・神奈川・千葉なんて、これから老化の激流に飲み込まれるだろうにどうするつもりなのだろうか。。。

| | コメント (0)

2015年7月26日 (日)

小市民

 なじみの寿司屋へ行った。ちょっとしたお祝いをするためだが、着いてみると奥の座敷に見覚えのある顔が・・・チャラリ~鼻から牛乳のおっさんやん!

 もちろんお忍びで来ているのだろうから、楽しんでいるうちに声を掛けるのはよそうと、こちらはこちらで楽しむことにした。それでも蚊の刺し口にバッテンを付けるとか、氷をつかみ損ねて転がすと「こいつ生きてる」などと言う度に「そりゃ小市民やもん、しゃーない!」って笑うごとにハッと奥を見てしまう状態だった。
 すっかりご機嫌で席を立った瞬間を見計らって、「応援してます。頑張って下さい!」と声を掛けると、普通の会話モードへ突入した。ひとしきり会話を楽しんだところで、店の人が色紙をもってきてくれ、サインをもらったらどうかと薦められた。こちらは子供の頃から聞き慣れた声に我を忘れており、サインをねだり、写真も一緒に撮ってもらった。すると店中の人が気付き、握手攻めに。そこで彼は来ていた小学生をつかまえて「ピラメキーノ、ピラメキーノ、アホが見るブタのけつ~~」とやり始めて騒ぎは最高潮となった。
 いやはやまだまだ彼はやりますね。楽しい夜でやんした。それにしても柔らかい手やったな~~

| | コメント (2)

2015年7月24日 (金)

懐かしい顔

 昨夜は八千代女子医大でのカンファレンスに参加した。とても勉強になるし、疑問点をすぐに尋ねることが出来る貴重な機会だ。今回も少しコメントさせてもらったが、その中休みに懐かしい顔に出会うことが出来た。

 外来、病棟でそれぞれお世話になった看護師さんたちがカンファレンスに参加しており、質問した私を見つけ、話しかけてきてくれたのだ。それぞれの現況をわずかな時間で話してくれたのだが、なかなか大変な様子。でもとても良い顔をしていたのでホッとした。小児救急におけるPATではないが、第1印象で人の状態はなんとなく推察することは可能だ。彼女たちは今をしっかりと生きているのだ。
 来月はカンファレンスもお休み。また9月に会おうな!

| | コメント (0)

2015年7月15日 (水)

一蓮托生

 集団的自衛権を我が国も保有することを近々宣言することになる。至極まっとうなことで、なんら不自然なことはない。むしろ今までが異常だったと思う。

 それは憲法違反と言う人、あなたは正しい。武力行使そのものを認めていない憲法は、集団的自衛権はおろか、その前の自衛隊すら違反であるとしている。立憲国家として、憲法を神のように崇め奉ったため、曲解に曲解を重ねた上での自衛隊保有がここにきて破綻を来しただけのこと。どの世界に立憲国家だからと憲法を改訂しない国があろうか。10年経てば世の中は変わる。それに合わせた改訂があって当然だ。米国の占領統治下で戦争を放棄できた時代とは違う。米国は世界の警察としての役割を終えている。それならば自分で自分の国を守らなくてはならない。そのために憲法は変えなくてはならないのは自明の理だ。
 憲法改正を少しでも現実のものとするために、改正手続きを始めるハードルを少し下げようとしたが、それがうまくゆかなかった。まごまごしている間に、中国はアジアを経済的だけでなく軍事的にも制覇しようと手を広げ、我が国も飲み込もうとしている。米国にはもはや放って於いても中国を押しのけてくれるだけの力は無い。しかし集団として力を貸してくれる用意はある。ならばそれを当てにする他はない。だから集団的自衛権が必要不可欠なものなのだ。憲法が改正できていれば、憲法違反などと野次られる必要もなかった。粛々と時代にあった憲法へ改訂して欲しいものだ。
 安全保障関連法を戦争法だ、戦争をするための法だと言う人、あなたは扇動家に間違いない。米国を後ろ盾として出来ている国に戦争をしかけてくる狂信国家は北朝鮮くらいだろう(ISは国ではない)。米国が自ら戦争をする場面は米国にとっての国益に叶う場面だけだ。今のところ、米国の国益となるところと我が国の国益となるところはかなりの部分で一致している。資源のない我が国にしてみれば、米国よりよほど重要な場面が考えられ、そこで米国が困難極まるのであれば、手助けすることが肝要であろう。この場面に於ける紛争を戦争と呼びたいならそれも良い。ただしこの戦争は我が国の存亡を掛けざるを得ない場面であるため、国際法上なんら非難されるべきものではない。
 憲法9条を遵守している限り戦争は降りかかってこないと言う人、あなたはアジア周辺で起こっていることをちゃんと見ていない人だ。米国が介入しないところでは紛争が絶え間なく起こり、虐殺や略奪が繰り返されている。米国の後ろ盾がなければ、尖閣はおろか、沖縄も直ぐに中国領だ。対馬は中国か韓国領になってしまうだろう。場合によっては本州も中国に飲み込まれることになる。戦争するくらいなら中国の属国になった方が良いなどという輩もいるらしいが、私は中国共産党の下で這いつくばって生きるなどまっぴらごめんだ。自由を奪われるくらいなら銃・剣を取る。南西諸島における資源の略奪や小笠原海域での珊瑚の略奪など現実に起こっている事象を持ってしても9条云々と言う輩を信じる気が知れない。
 最後に独裁者安倍と叫び、数が多いだけで法案を通すなと叫ぶ人。民主主義を謳う我が国の選挙によって選ばれた議員が多数決でもって解決を図っていることを忘れぬよう。
 
 

| | コメント (0)

2015年7月10日 (金)

四連

 東西四連という男声合唱のイベントがある。東は早稲田・慶応、西は関西学院・同志社の各大学で、グリークラブが集まって己の力量を見せつけ、そして団結して一つの曲を作り上げるイベントだ。男声合唱をかじったことのある人なら、誰でもあこがれるイベントの一つだろう。私も学生時代に四連を観て、男声合唱にのめり込んでしまった。眩しすぎるほどのそのパフォーマンスに憧れ、嫉妬してきたのだ。

 数年前、突然あの頃の思いが蘇り、四連へ家族を連れて行った。そこには変わらぬ世界が広がっていた。これまでの思いのすべてをその時家族に語った。子供達は不思議に思っただろう、初めて男性のみの合唱を聴かされ、親父が熱く語るなんて姿を見たのだから。
 先月末。錦糸町のトリフォニーホールで四連が開催された。熱いパフォーマンスを感じたいという理由の他に、長男の所属するグリークラブの応援をするためであった。まだ長男は一回生であるためその場には立てなかった。しかし先輩達が渾身の演奏をする姿を見て、何かを感じ取ったに違いない。おそらく親父が興奮していた理由も感じてくれたことだろう。
 来年はこのステージに長男が立つことになる。私の興奮はいったいどこまで行ってしまうのであろうか・・・

| | コメント (2)

« 2015年6月 | トップページ | 2015年8月 »