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2013年8月29日 (木)

夏休みの宿題

 通っている外来の子供達に「宿題終わったかい」と尋ねている。今のところ9割の子供達があるものを除いてちゃんと終わらせている。意外なことに自由研究は一人を除いて皆終わっていて・・・

 そのあるものとは、読書感想文。任意というところもあるようだが、それがなかなかということらしい。本は読んだのか尋ねると、それもまだとのこと。う~~ん、夏休みなんだから本くらい読もうぜ。

 今自分が読んでいるのは、カールセーガン博士のCOSMOS。懐かしい天文科学書だが、これが面白い。この夏は久しぶりに天文ファンに還っているのだ。ああ天文学者や宇宙飛行士に憧れていた少年時代が懐かしい。。。

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2013年8月28日 (水)

あるべき姿

 自衛隊は軍隊だが、憲法で軍隊と認められていない。ではどこで認められているか、それは国民に認められていないにもかかわらず、他国でそう認められているのだ。自衛隊は他国へ入国した時、国の代表として認められ、相応の対応を受けている。警察や保安庁への対応とは雲泥の差である。命を懸けて国を守る者を他国は敬意を持って対応する。それが当たり前の市民感情だ。日本は自衛隊に対するだけでなく、他国の軍隊にも礼を失する場面が多い。米軍などアメリカ本土だけでなく、日本を守ってくれているというのにも係わらずである。どれだけ平和ぼけなのかと悲しくなる。

 本来のあるべき姿にするため、自衛隊を国防軍と正式に自国民に知らせるために法の整備をしようとすると無茶苦茶な意見が出てくる。そんなに戦争がしたいのかという意見には、戦争を抑止するために軍隊が必要で、いやなら守ってくれる他の国の属国になるほかないと判らないのかと思う。自衛隊に対し礼を尽くしてくれる東南アジアも軍となれば対応が変わるだろうと言う意見には、むしろ日本軍を歓迎してくれると言いたい。嘘だと思うなら各国の代表者の言葉を聴きなさい。いかに中韓の反日思想に浸っていたかがよく判るはずだ。軍となれば軍法会議なるものが発生し、上官の命令に従わなければ銃殺されると言う腐った意見には、日本は法治国家ではないのかと逆に質問したい。

 教育とは恐ろしいもので、徹底的に軍隊を排除する方向へ教育された日本人は、自由とは持って生まれた権利であり、そこに義務の入り込む余地などないと考えるようになっているように思う。権利とは義務を果たした先にあるものだ。市民としての義務を果たした先に権利はある。この義務について日本は子供達に教育してこなかった。教育を受ける権利の前に、教えを請う義務、公に対する義務が存在する。道路や公共機関を利用する権利は、規則を守るという義務の先にある。市民として生きるためには国を安定して運営し、守る義務がある。

 今この日本の中で戦争をしたいと思っている人はほとんどいないはずだ。自衛隊幹部ですら何のメリットもないのだから。軍事産業に従事できる人がいるならば、その方々くらいだろうか。物騒な武器をちらつかせて脅してくる無法者国家を隣にして丸腰でいるのは為政者のあるべき姿ではない。よく非暴力で独立を勝ち取ったガンディーが軍否定の根拠として挙げられるが、あれは日本軍が英国を蹴散らし、植民地支配を壊滅させた後だったから出来た事であることなどインドの為政者は皆知っている。これからの戦争は核戦争になるのだから、軍隊など持っていても何の役にも立たないと言う輩もいるが、今も各地で行われている戦闘に核兵器が使用されたなど聴いていないがいかに・・・

 茶番劇や詭弁は要らない。もう半世紀もやってきたことに終止符を打つべき時だ。教育も含め、私は安倍晋三首相の意見に賛成したい。

 

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2013年8月20日 (火)

郷土の御菓子

郷土の御菓子
因幡の白うさぎなり
ホッとする味わい〜

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にきび対策

 専門性からステロイドを頻繁に使用する。当然年齢の高い子供達はステロイドによるざ瘡、いわゆるにきびに悩むことになることが多い。これに対し洗顔法とイオウ・カンフルローションによる対応を薦めてきた。まずまずの効果を示していたことから、それ以上の対応はしてこなかった。

 次男が思春期に入り、にきびがとても酷くなった。洗顔もイオウ・カンフルローションも効果ない。ステロイドを使っている訳ではなく、青春のシンボルと言いたいところだったが、痛みと浸出液で困るから何とかして欲しいと言ってきた。

 まず漢方薬と抗生物質併用でやってみた。痛みはなくなるのだが、抗生物質を止めると徐々に悪化するのが見て取れた。う~ん、それならばとアダバレンというクリームを試してみた。これは結構ヒリヒリすると評判の新薬で、保湿剤を塗布した後で塗るようにしてみた。効果の出るのは数週間、気長に待つように言って聞かせた。

 変わったのは2週間目、顔がむくんだように腫れていたのが治まった。そこで俄然やる気が出てきたようで、1ヶ月経つとなめらかな皮膚が少しずつ広がった。3ヶ月でわずかな丘疹が残るだけとなり、5ヶ月で夏だと言うのに全くツルツルの肌になった。こりゃ凄い。

 これはステロイドによるざ瘡にも効果あるのだろうか?

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2013年8月17日 (土)

自由研究

 小学生の息子と日々太陽黒点観測をしている。高校時代、地学部天文班の部員だったころを思い出し、嬉々として観測を続けている。

 自由研究で何をしたいか、息子に尋ねた。いくつか候補を上げてみると、迷わず黒点を観測したいとのこと。20年ものの望遠鏡を引っ張り出し、投影板を装着してそこに映る太陽が今はどんな姿をしているだろうと、ワクワクしながら眺めた。

 最近の天文書では、数年前から太陽の活動が鈍っていて、黒点の少なさが尋常ではないと書いてあった。ところが投影された太陽の表面には美しく懐かしいシミが散らばっていた。そうそう、この滲んだ型はC型、これはB型・・・教えるのも楽しくて仕方がない。

 どうせなら今の太陽観測について知りたいと、太陽観測の第一人者常田佐久さんの「太陽に何が起きているか」を読んでみた。学生時代には判らなかった太陽の構造や熱伝導の仕組みが、数々の日本の観測衛星によって明らかにされてきた事実が書かれていて、感動し過ぎて少年に戻ってしまった(嘘)。

 ということで息子より先に毎日望遠鏡をウッドデッキに出して、太陽と戯れる自分がいる。

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2013年8月14日 (水)

自衛隊中央病院

自衛隊中央病院
患者さんの相談を受け、暇を見て出張。昔の暗い面影が全くないでかくて綺麗な新病院に感嘆!スタッフも和気藹々楽しそうで何より。しかし入院中の男の子、看護師さんにオバチャンって言うのはダメだぜぃ!

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2013年8月13日 (火)

HFMD

 テレビのニュースを見れば、熱中症の予防の話と手足口病の流行の話ばかり。確かに熱中症はやっかいなもので、命を落とすお年寄りは後を絶たず、救急車で病院へ搬送される人も老若男女問わずわんさかいる。昔に比べて確かに暑くなっているので、仕方ないところもあるが、これだけアナウンスしてもダメらしい。注意喚起は四六時中流されている一方で、炎天下で流れる汗を賞賛するように連日高校野球が放映されているのだから、何をしているのか判らんというところが本当かもしれない。

 タイトルのHFMDとは手足口病のことだが、流行は毎年のことで、今に始まったことではない。大人だってかかるし、重症化する人もいる。発疹は口の中と四肢に出るのが典型的だが、掌と足の裏に限る訳ではない。今年のウイルスの型によるのか、いつもの年より広範囲に発疹が出ているように感じる。結局はウイルス感染なので、治す薬があるわけでなし、自然に治るのを待つだけだ。しかもほとんどが軽症である。

 間違って欲しくないのは、どんなウイルスだろうが、罹患した人の反応によっては重症化もありえる。それを過大に怖がることも、無視することも適当ではない。熱があって、気分が悪くて、頭も痛い。しかし呼吸は安定していて顔色も赤みがかっているならば、様子をみて大丈夫。呼吸が荒く(いつもの倍の呼吸回数以上)、顔色が蒼いならば医療を受けるべき時だ。それは手足口病でもアデノウイルスでもインフルエンザウイルスでも同じ事。

 先日熱があって、喉が痛いと連れてこられた男の子がいた。手足に発疹なく、喉を見るとヘルパンギーナという夏風邪様の所見があった。それを伝えると、連れてきたお父さんはホッとしたように呟いた「手足口病でなくてよかった」。は?どっちも夏風邪ウイルスで、対応は全く同じだが・・・どうしてか尋ねると、保育園で手足口病なら治癒証明が後でいるとのこと。それでなければいらないとも。なんじゃそりゃ?同じようにウイルス感染で、重症度も感染のリスクもほぼ同じ、おまけにいつからいつまで人に移すか判らない感染に治癒証明とはなんぞや??熱が下がって食事摂取が出来れば外へ出て良いと教科書には書いてある。それが他者への感染を全く考えなくて済むものはは検討されていない。どこにも根拠となるものはないのに、治癒証明など書けるはずもない。教科書を引用するなら、病院に来なくても誰でもわかるものぞなもし。

 

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2013年8月 6日 (火)

戦争という非日常の世界

 世界には現在進行形で戦争中の国が存在する。彼らにとって戦争は一刻も早く過ぎ去って欲しい日常であるが、平和な国からするとその存在は受け入れられない非現実な世界だ。

 人が人を殺める、ごく普通の人間にとってそれは当たり前の日常ではない。やらなければ自分の身が危ないという極限の世界は、当たり前の日常にいる者が裁けるはずのない世界だ。

 それでも人間として許されない範疇は存在する。武器を持たぬ者をなぶり殺しにするなど、一般市民や捕虜に対する暴力は許されない範疇だ。ただ市民と言いながらゲリラ戦よろしく武器を使用する者も居るわけで、非日常の世界に正義を求めるのはとても難しい。そしてやられた方の言い分だけ聞いていても、それは真実などと言えるものではない。すべて物事は2方向以上の角度から見なければ本当は見えてこない。戦勝国が敗戦国を裁くのも、こういった意味で無茶であることは言うまでもない。できる限りどこかで第三者が線引きをする他ないのだ。一方的な押し付けは禍根を残し、新たな紛争の元にしかならない。

 そしてそれぞれの国の立場で、その戦争は語られ、歴史となってゆく。歴史は他国が作るものではなく、自らの国民が作るものだ。

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