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2013年2月24日 (日)

何奴 その3

 少し離れた大学病院が腎臓疾患を診ることのできる小児科医を探していると聞いた。そこはとても懇意にしてもらっている先生の病院のすぐ近くであったため、その先生に相談してみた。いつもはちょっとエッチで冗談ばかりの先生が、お前のしたいことは何なのかと真顔で聞いてきた。腎臓疾患だけ診たいならそれもよいが、本当にそうなのかと。それから今の病院で抱えている問題はなんだろうかと、一つ一つ具体的に問題点と解決策を整理し始めた。ハッとした。自分は悩んでいる風で、何もちゃんと考えてないじゃないかと。

 そんな折にボスの下で働く医師からの電話が鳴った。CKD(慢性腎疾患)のガイドラインの改訂作業って大変な仕事があるんだけど、一緒にやらないかという。二つ返事で飛び込んでみたら、とんでもなく大変な仕事だった。すべての事柄に対する根拠を調べ上げ、根拠となるデータが信頼できるものかを吟味し、その積み重ねで今一番薦められる治療は何なのかを述べてゆくものだ。これまで係わったことがないこともあり、片っ端から論文を読み漁り、試行錯誤を重ねる間に、一年があっという間に過ぎた。

 没頭していたのはこれだけではない。数年前に線維筋痛症を患う子供に出会い、診始めると次々に患者さんが訪れるようになっていた。これといった治療法もなく、それこそ試行錯誤する他ない状況だったが、子供たちは他に行くところもなく、私と付き合ってくれていた。10人を超え、学校の先生たちと話をしたり、学校での様子を伺いに出掛けるようになると、時間などあっという間に消えていた。

 時が経過すると、わだかまりは残るが傷は癒えてゆく。年齢のせいもあって、病院での役職が徐々に増え、拒否することなく、むしろ先頭に立ってこなしてみた。相変わらず小児科への風当たりはとても厳しい。しかし後輩たち若い医者に考え方を教えながら、少しずつ仕事を洗練されたものへ変えるよう努力した。教科書には書かれていない、腎臓だけでなく、小児科に係わる様々な疾患に対応する現場において、ここがおかしい、ここを何とかしたいというところを見つけ出し、解決策を検討した。同じことを考えている全国の医師と共同して臨床試験にも多数参加した(進行形あり)。すると患者さんの数そのものは増えるわけではないが、自分たちが自信をもって薦められる医療を提供している自負が芽生え始めた。自分に続いてくれる若い医者たちの行動が少しずつ変わってきたのが、そう思える根拠に他ならない。根拠がなければ医療が出来ないわけではない。代々言い伝えられたもの、教科書に載っていること、それを盲目的に行うのではなく、根拠のないものは、なぜそう考えられるかを突き詰め、それを一つずつ形にし始めたのだ。

 これを続けてゆくことで、ここの小児科はもっと良くなる。小粒でもピリリと辛い、しっかりした病院と言われるように出来ると考えていた。そんな矢先に電話が鳴った。ボスからの電話だった。

 

 

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