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2013年1月 8日 (火)

被災地への医療支援

先日近医の小児科便りに投稿した。その内容を掲載する。(手抜き少々)

 

 昨年311日に起こったあの未曾有の大災害に際し、多くの人が何か自分に出来ることはないかと考えたことと思います。私も自らの病院が一段落し、家族や友人の無事を確認できたところで、心は被災地へ飛んでいました。しかし単身被災地へ乗り込んでも、衣食住を自前で揃えられない所謂自己完結型チームの一員で無い者は、手助けどころか邪魔にしかなりません。そこで支援者募集案内を待ちました。すると程なくして日本小児科学会が募集を始めました。これだけの大惨事であれば、急性期だけでなく、中・長期的支援が必要であるとのことで、私はその第一陣として昨年5月の連休明けに大船渡・陸前高田へ入りました。

 

まるで原爆に吹き飛ばされたかのような町の惨状に言葉を失い、重油とヘドロと生き物の腐敗臭が漂う空気にめまいを覚えました。特に陸前高田は市役所も病院もすべて海に飲み込まれ、すべてが機能不全に陥っていました。生き残った方々は高台にあった学校に身を寄せており、既に日赤を始めとして様々な急性期医療チームが学校の一室を借りて診療を行っていました。薬も日赤チームが盛岡から運んできてくれていました。これに対し、私たちは災害急性期の治療ではなく、慢性疾患や日々必要な医療を行うために同じ場所で診療を開始しました。被災し集団生活を送っている方々で気をつけるべきは感染症です。迅速かつ適切な判断を行うのは大変で、例えば親子共々感染性胃腸炎に罹患し、避難している学校体育館に返すわけにはいかず、学校の先生と協議して空き教室を臨時の隔離部屋として使用するよう手配しました。また対応するのは勿論小児内科的疾患だけではありません。耳の中に何か入ったから取って欲しいと来た子供もいて、懐中電灯で照らしてもよく判らず、耳鼻科で使用する額帯鏡も細かい作業の出来るピンセットもありませんでしたが、綿棒と箸を駆使して羽虫を取り除いたりしました。被災者は心身共に疲れ切っているはずでしたが、皆さん診察室へはとても恐縮しながら入っていらっしゃいました。恐縮するのはむしろこちらの方、設備もそろっていないところで自分に何が出来るのかを問いかけながら、真摯に診させて頂きました。そんな時、学校の教室から子供達の歌声や運動の掛け声が聞こえてきました。心が和むのを心底感じたのはあの瞬間でした。

 

隣町の大船渡では被災を免れた県立病院の外来および当直業務を請け負いました。外来で拝見したある少女は親と兄弟を波に掠われ、独り生き残っていました。その日は叔母に付き添われて喘息発作の治療にいらっしゃいましたが、私は何と声を掛けて良いか判りませんでした。声を一言も発してくれない少女に、大船渡の先生たちは通りすがりに代わる代わる声を掛け、そして肩に手を置いてゆくのです。気管支拡張剤の吸入を終え、その少女は大きく深呼吸をし、先生達に深々とお辞儀をして帰ってゆきました。病院の職員も被災者でありながら、地元の被災者を懸命に支えてこられていました。彼らに少しでも休んでもらいたいと思って支援に行ったはずでしたが、外来や病棟で何事も明るくさらっとこなしてしまう先生達に自分が励まされる結果に恐縮至極でした。病院の当直は全国各地から集まった医師や看護師達で賄いました。アメリカ(ボストン)で研究中の内科医も居て、皆で協力しながら軽症から重症の患者さんまで診療出来たのは本当に貴重な体験でした。

 

1週間の支援を次のグループに引き継ぎ、日々の仕事に戻ってからも、被災地の事は頭から離れませんでした。その後小児科学会による支援は1年程度で終了し、行政による支援要請へと引き継がれています。しかしその期間設定が3ヶ月以上の滞在を求めているため、行くことの出来る医療者は少ないのが現状です。そんな頃、知人からジャパンハートというNPO法人が石巻に診療所を開設して、診療支援を続けているという話を聞きました。土日・休日の診療が出来る医師を募集しているとのことで、12月の第一週に行ってみました。石巻の市街地から離れ太平洋側へ行くと、道路はまだ寸断され、線路もグニャグニャと曲がったままです。しかし1年半の月日は海を健康に変えており、気持ちの良い潮風の香りに包まれていました。郊外にあるこの診療所には子供だけでなく成人、お年を召した患者さんもいらっしゃいました。車を失った方も多く、公共輸送手段もない現状では車の乗り合いか徒歩でしかいらっしゃれません。来院数は多くはありませんでしたが、感染症から高血圧や生活習慣病まで幅広く診療させていただきました。皆さん日々の生活だけでも大変なのにも係わらず、千葉から来たことに感謝され、そのたびに温かい気持ちになりました。

 

情けは人のためならず。私はこれからも被災地域の診療に携わり、復興をこの目で見届けたいと考えています。

 

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