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2013年1月29日 (火)

同じ感覚で

同じ感覚で
アメリカに対してかなり同じ見方をしていたことに驚いた。ただし民主党への買いかぶりには勘弁してほしい気持ちで一杯。これからの日本を考えるためになる本。

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2013年1月28日 (月)

只今歩行中

只今歩行中
佐倉は今年2度目の積雪。わずかな雪でも道路は大混乱。

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2013年1月22日 (火)

今日は雨

 起きたてで、眠い目をこすりながら2階から降りてきた三男へ、今日は雨だから早く用意して行きなさいと言うと、

「えっ、雨?雪が解けちゃうじゃん。」とふくれっ面。

 そうだよな、この1週間毎日子供達に雪で遊んだかどうか尋ねると、辛そうだった顔がパッと明るくなって、雪合戦や雪だるまの話をしてくれてたものね。雪玉を当てたら妹が切れて雪だるまを蹴って壊しちゃったなんてのもいたな。

 雪って予報もあったけど、今日は雨。千葉で雪遊びが今度出来るのはいつのことだろう。

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関東腎研

 先週はいろいろと忙しかった。ガイドライン改訂作業も大詰めを迎え、パブリックコメントが出揃い、修正作業に取り掛かっているのを始めとして、小児総合医療センターでの腎病理カンファレンスで当院の症例を持ち込み相談し、週末は関東腎研へ参加。夜は町内会の会合と奔走していた。

 ガイドラインの作業では名古屋の先生からの指摘がとても勉強になった。自分が迷った部分をすべて的確に指摘し、更に改善策を示すという大人対応(惚れてまうがな・・・)。それならその先生がガイドラインを作るべきだって?これだけの作業を独りでなど出来ないので、分担して協議しながら作る他ないだろう。

 病理カンファでは病理的判断に間違いはなかったが、思いもよらない治療方針を示されたことでちょっと迷ってしまった。現在知り合いの先生に託し、更に検討を加えている段階だ。

 関東腎研は毎度皆が悩む症例呈示がなされるのだが、今年も難解な症例が集まった。ただ小児では見ることの少ない症例も成人では結構見掛けるというものもあり、東葛腎カンファレンスなどでの経験を通してみると、疾患が見えてくるから面白い。こういった積み重ねが血となり肉となる。続ける他はない。

 町内会も年度の終わりが見え、大詰めを迎えている。次への引き継ぎをより良いものにするため、会議は夜中まで続いた。信じられないかもしれないが、我が町の町内会の会合には飲食物は一切出ない。飲んでて遅くなるのではなく、真剣に討議して遅くなっている。次の人達、頑張って下さいな。

 ということで、とりあえず元気。

 

 

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市長私立高校

 まずは亡くなったバスケ部のキャプテンのご冥福をお祈りしたい。苦しかっただろうに、辞められれば、ここまでにならなかっただろうにと悔やまれる。辞められなかった原因は様々あっただろうが、彼はこの学校の体育科を無くしたかっただろうか・・・

 市長の言うことも理解できないわけではない。スポーツで頂点を極めようとするあまり、体罰を容認する風潮を根本的に変えるには、目に見える荒療治が一番手っ取り早いと考えたのだろう。しかしやっていることは看板をすげ替えただけに過ぎない。聞くところによると普通科で受験させるがカリキュラムは体育中心に替えるとのこと。それなら受験を控えた子供達を考えると迷惑なだけだ。意味など何もない。在校生も大人の理不尽さを学んだだけ。教育になったのか・・・こりゃ大阪市立の高等学校ではなく、大阪市長私立高等学校だ。

 大阪市役所および関連施設でパワハラ等による自殺があったらどう対処するのだろう。(いやいや、もちろん自殺なんてダメですよ)

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2013年1月14日 (月)

雪合戦

雪合戦
いざ

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くわっ

くわっ
わずか2時間で積っちゃったぜぇ

道路交通は麻痺してるし。子供たちは雪合戦へ駆け出して行きやした。

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2013年1月13日 (日)

初漕ぎ

初漕ぎ
鹿島川を遡る
水鳥達との会話が楽しい

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2013年1月10日 (木)

北風

北風
強い北風を避けるように
いつもの入り江に鴨が集う

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2013年1月 8日 (火)

被災地への医療支援

先日近医の小児科便りに投稿した。その内容を掲載する。(手抜き少々)

 

 昨年311日に起こったあの未曾有の大災害に際し、多くの人が何か自分に出来ることはないかと考えたことと思います。私も自らの病院が一段落し、家族や友人の無事を確認できたところで、心は被災地へ飛んでいました。しかし単身被災地へ乗り込んでも、衣食住を自前で揃えられない所謂自己完結型チームの一員で無い者は、手助けどころか邪魔にしかなりません。そこで支援者募集案内を待ちました。すると程なくして日本小児科学会が募集を始めました。これだけの大惨事であれば、急性期だけでなく、中・長期的支援が必要であるとのことで、私はその第一陣として昨年5月の連休明けに大船渡・陸前高田へ入りました。

 

まるで原爆に吹き飛ばされたかのような町の惨状に言葉を失い、重油とヘドロと生き物の腐敗臭が漂う空気にめまいを覚えました。特に陸前高田は市役所も病院もすべて海に飲み込まれ、すべてが機能不全に陥っていました。生き残った方々は高台にあった学校に身を寄せており、既に日赤を始めとして様々な急性期医療チームが学校の一室を借りて診療を行っていました。薬も日赤チームが盛岡から運んできてくれていました。これに対し、私たちは災害急性期の治療ではなく、慢性疾患や日々必要な医療を行うために同じ場所で診療を開始しました。被災し集団生活を送っている方々で気をつけるべきは感染症です。迅速かつ適切な判断を行うのは大変で、例えば親子共々感染性胃腸炎に罹患し、避難している学校体育館に返すわけにはいかず、学校の先生と協議して空き教室を臨時の隔離部屋として使用するよう手配しました。また対応するのは勿論小児内科的疾患だけではありません。耳の中に何か入ったから取って欲しいと来た子供もいて、懐中電灯で照らしてもよく判らず、耳鼻科で使用する額帯鏡も細かい作業の出来るピンセットもありませんでしたが、綿棒と箸を駆使して羽虫を取り除いたりしました。被災者は心身共に疲れ切っているはずでしたが、皆さん診察室へはとても恐縮しながら入っていらっしゃいました。恐縮するのはむしろこちらの方、設備もそろっていないところで自分に何が出来るのかを問いかけながら、真摯に診させて頂きました。そんな時、学校の教室から子供達の歌声や運動の掛け声が聞こえてきました。心が和むのを心底感じたのはあの瞬間でした。

 

隣町の大船渡では被災を免れた県立病院の外来および当直業務を請け負いました。外来で拝見したある少女は親と兄弟を波に掠われ、独り生き残っていました。その日は叔母に付き添われて喘息発作の治療にいらっしゃいましたが、私は何と声を掛けて良いか判りませんでした。声を一言も発してくれない少女に、大船渡の先生たちは通りすがりに代わる代わる声を掛け、そして肩に手を置いてゆくのです。気管支拡張剤の吸入を終え、その少女は大きく深呼吸をし、先生達に深々とお辞儀をして帰ってゆきました。病院の職員も被災者でありながら、地元の被災者を懸命に支えてこられていました。彼らに少しでも休んでもらいたいと思って支援に行ったはずでしたが、外来や病棟で何事も明るくさらっとこなしてしまう先生達に自分が励まされる結果に恐縮至極でした。病院の当直は全国各地から集まった医師や看護師達で賄いました。アメリカ(ボストン)で研究中の内科医も居て、皆で協力しながら軽症から重症の患者さんまで診療出来たのは本当に貴重な体験でした。

 

1週間の支援を次のグループに引き継ぎ、日々の仕事に戻ってからも、被災地の事は頭から離れませんでした。その後小児科学会による支援は1年程度で終了し、行政による支援要請へと引き継がれています。しかしその期間設定が3ヶ月以上の滞在を求めているため、行くことの出来る医療者は少ないのが現状です。そんな頃、知人からジャパンハートというNPO法人が石巻に診療所を開設して、診療支援を続けているという話を聞きました。土日・休日の診療が出来る医師を募集しているとのことで、12月の第一週に行ってみました。石巻の市街地から離れ太平洋側へ行くと、道路はまだ寸断され、線路もグニャグニャと曲がったままです。しかし1年半の月日は海を健康に変えており、気持ちの良い潮風の香りに包まれていました。郊外にあるこの診療所には子供だけでなく成人、お年を召した患者さんもいらっしゃいました。車を失った方も多く、公共輸送手段もない現状では車の乗り合いか徒歩でしかいらっしゃれません。来院数は多くはありませんでしたが、感染症から高血圧や生活習慣病まで幅広く診療させていただきました。皆さん日々の生活だけでも大変なのにも係わらず、千葉から来たことに感謝され、そのたびに温かい気持ちになりました。

 

情けは人のためならず。私はこれからも被災地域の診療に携わり、復興をこの目で見届けたいと考えています。

 

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2013年1月 7日 (月)

元気です

 昨年の11月ごろから記事を投稿する機会が激減し、何かあったのかと問い合わせがちらほら。年賀状でも心配してますという書き込みがあり、今日はご挨拶を少々。

 年末からの記事を読んで頂ければ至って元気であることはおわかりかと。要するに記事投稿をさぼっていたわけであります。こんなブログでも読んで頂けるなんて涙がチョチョ切れマス。ありがとうございます。

 ただいろんなことがあったのは事実で、一番大きな事はボスから無茶苦茶大事な用件を1日で決めろと言われ慌てふためいたりしました。某県の某病院の腎臓科のトップでって無茶苦茶良い話だったのですが、断りました。ノミネートされただけでもうれしいことだったのですがね。結局今の場所で頑張るって宣言しちまったので、当分ここでシコシコやってます。

 ボスの計画がどうなのか定かではありませんが、私が出なかったことで問題が発生しては良くないですから、せめてうちの若い先生たちにキッチリやることやってもらわんと、義理も何も果たせないってことで、年始から課題を投げつけております。ええ、私が責任持ちますから存分に暴れて欲しいわけです。

 ということで、今年も気になったことを中心に書いてみますので、どうぞよろしくお願い致します。

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2013年1月 1日 (火)

明けましておめでとうございます

明けましておめでとうございます
餅つきで始まった2013年。粘り強く腰の入った一年になりますように。

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