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2012年4月24日 (火)

薬の必要性

 現場で経験を積めば積むほど、子供達への薬の投与が減ってゆく。もちろん必要なものはあるのだけれど、何故効くのか?どこにどう効くのか?を探ってゆくと、どんどんと減ってゆく。

 少なくとも数日の咳や鼻汁や下痢で飲まなくちゃならない薬はないし、飲んでいたから肺炎などにならなくて済むような薬は存在しない。むしろそれらは身体を正常化させるべく出ている生体反応なんだ。病院に来る必要性もない。中学・高校に行く子供達がそれくらいで親に連れてこられているのをみると、この子達は将来どうするのだろうと思ってしまう。

 必要性のなさや、どうなったら来るタイミングなのかを保護者に伝えても、薬が出ないとなると途端に不機嫌となる人が多い。来るなと言いやがったあの医者!って投書も来る始末。ある開業の先生など、もう啓蒙するのもあきらめましたとおっしゃっていたが、やっぱり伝えるべきだと思う。しっかりと受け止めて帰る保護者もちゃんといるからだ。

 人の身体には疾病に対する防御反応が備わっている。それをどう読み解いてゆくべきなのか、そしてどう還元してゆくべきなのか、勉強は続く。

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コメント

学生のころに製剤学の先生がプラシーボで直してしまうのがほんとの名医というようなことを言っていたのが妙に印象に残っています。アメリカは保険制度の違いもあってめったなことでは病院に行きません。まあそれがいいのか悪いのかはオバマ君初めみなさん議論しているところですが。

投稿: misssy | 2012年4月27日 (金) 10時51分

先生の意見はがん治療にもいえると思います。本当に医療が介入した方がいいのかどうか?あえて抗癌剤治療から撤退し、症状緩和治療に専念することも立派ながん治療だと思っているのですが、なかなか理解してもらえません(医者でも理解してもらえないことが多いです)。医療介入しない=負け戦と思っている節がありますよね。

投稿: おじゃ | 2012年4月27日 (金) 11時35分

misssyさん

 どちらも極端な保険制度ってことなんでしょうね。折衷案ならとてもよさそうですが。

 すべてプラシーボ効果というと、なんとかと言うアメ玉で良いという風にもとらえかねません。それはちょっとやばいので・・・何がどうなっているというストーリーを丹念に描き、信念を持って処方するか否かというところに尽きると思っています。

 肩肘張ってしまうところが、青いと言われればそれまでですが。

投稿: クーデルムーデル | 2012年4月27日 (金) 15時10分

おじゃさん

 癌はその先に待っているのが死であるため、受け入れられない人がいるというのも仕方ないのではないでしょうか。その人の生き様がそこにあるように思います。

 でも先生のようにちゃんとぶつかってくれる医者を求めている患者も多いと思いますよ。

投稿: クーデルムーデル | 2012年4月27日 (金) 15時19分

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