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2012年3月31日 (土)

寒くて熱かった

暴風雨でJR京葉線は早々に運休が決定。武蔵野線もいつ動くかわからない状況。おまけに動き始めてもすぐに止まって時間調整する始末。こりゃ埼スタ間に合わないと諦めていたが、ギリギリキックオフに間に合った。川崎戦はハラハラドキドキの試合だったが、後半早い時間に2人もレッドカードを突きつけられた。サポの魂に火がついて、このあとの大合唱の凄かったこと!ずぶ濡れで寒かったけど、無茶苦茶熱かった~

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2012年3月30日 (金)

美味しい

美味しい
中華料理最高!

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悩むな~

4号機の使用済み核燃料プール、本当に壊れそうダネ…
田舎に引っ込むべきか、悩むな~自分だけならここに居たいけど、家族を考えるとね。。。
大きな余震が来る確率が高いと考えるなら、そうだよな…
って考えてる皆さん、多いのではないでしょうか?

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2012年3月27日 (火)

春の光

走る 走る

今年最後か 冬の北風

進む 進む

横切る野鳥の 羽音がうなる

高く 高く

ヒバリは囀り

遠く 高らかに キジが吠える

桜の芽はまだ硬い

しかし傍らには もう 黄色い花畑が揺れている

春の光

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2012年3月26日 (月)

久しぶりに

久しぶりに
印旛沼の自転車道を通った。震災で傷んだところを修復し、昨日の佐倉マラソンに間に合わせるように開通したのだ。きっとこの土手も数週内に草花で覆われるのだ。

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2012年3月25日 (日)

もう一枚

もう一枚
どう?

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仕事の前に

仕事の前に
印旛沼でカヤッキング。気持ちいい〜

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2012年3月22日 (木)

助けて!

 腹痛で来院の5才児。痛い痛いとのたうち回り、母親も連れてきたものの手が付けられないって感じでこちらに助けを求めてやってきていた。時間外に緊急でいらしたため、看護師さんたちが最初に応対しているところへ腎生検を終わらせて顔を出した。

私「おっ、暴れん坊やな〜。」
看護師「あっ、先生。バイタルもなにもとらせてくれません。」
私「そうだろうな〜。お母さん、この子の痛みはず〜っと続いていますか、それとも痛みが和らぐ瞬間がありますか。」
母「最初はうずくまっていたんですけど。ギューッとなったって泣き始めてからはもう手が付けられません。」
私「そう、もうこうなったら痛み止めの注射せんと何にも触らせてもくれんやろな〜看護師さん、ブスコパン持ってきて。筋注するよ。」

児「なにすんの?」
看護師「お薬あげるから、じっとして。」
児「いや 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」手足をばたつかせ、看護師と母を蹴り飛ばす。
母「大人しくしなさい。」
看護師「お母さん、足を押さえて。私が手と身体を抱きかかえるから。」
児「いや〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜お母さん、助けて!!!!」
母「だからじっとして、お薬注射してもらうから・」
児「いや〜〜〜〜〜〜助けて〜〜〜〜」
私「じゃあいくよ。」
児「いや〜〜〜〜〜〜〜〜〜助けて、アンパンマ〜〜〜ン!」

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また会う日まで

 昨年末のクリスマスキャロル後の打ち上げでとても楽しく飲んだ合唱団の仲間達。年が明けてびっくり。ピアニストがスキルアップのため退職し、がんセンターへ研修に出ることが決まったというのだ。突然のことに驚いたが、理由はもっともなだけに残ってもらうような説得が出来るはずもない。事務に頼んで、入職時の趣味、特技などからピアニストをリストアップ出来ないかと尋ねると、出来ませんと言う。う~~ん。

 そうこうしている間に退職間近となり、送別会を開くことになった。団員に案内を回していると、ムードメーカーだったテノールの一人が転勤を突然言い渡されたとのこと。おいおい・・・ピアニストに加えてムードメーカーまでいなくなっちまうのかよ。

 去る者は追わず。気持ちよく旅立ってもらおうと、最後の練習を企画したが、なんと二人とも当日にドタキャン。もうどうでもええわい!って自暴自棄になりかけていたところへ天使が舞い降りた。「私ピアノ弾きに来ました。」

 テニスの練習で時々顔を合わせていた検査技師さんだったが、ピアノを弾くなどとは聞いたことがなかった。それも母親がピアノの先生で、時々ピンチヒッターで生徒さんを教えているとのこと。楽譜を渡すとすぐさま曲になって返ってきた。く~~~!

 てなことで送別会は昨日行われ、和やかに、ゆっくりと皆で飲むことが出来た。もちろん旅立つ二人のスピーチに涙し、エールを歌に乗せて贈った。これが我らの合唱団。きっといつか、また一緒に歌おう。

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2012年3月21日 (水)

腐るなよ

 またレッズの宝、山田直樹が負傷した。今度は十字靱帯損傷で、手術になっちまった。

 この2年、まともな直樹の姿をみていない。怪我で出られない分をフィットネスが伴わないうちに頑張ってしまっているからなのか、それともプレースタイルに問題があるのか・・・しかしまだ若いから、腐らず復活して欲しい。

 

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2012年3月16日 (金)

確定申告

 今年初めてe-Taxなるものを使って確定申告を行った。楽かどうかは本人の感じ方次第の様に思う。

 まず市役所に行って住民基本台帳なるカードを申請し、それの交付を受けなくてはならない。パスワード登録など面倒な作業は係員がマンツーマンでやってくれるので、大した手間なく、しかもわずか数十分で完了した。ただこのカードを読み込むためのカードリーダーを家電量販店に買いに行かねばならない。近くのコジマ電器へ行ったが、パソコンサプライの一角には置いておらず、店員に尋ねると倉庫から出してきてくれた。

 パソコンに向かいまずはカードの読み込みと登録をしなくてはならない。それが結構時間を食う。そしてe-TaxのHPへ移動し、自分自身の認証を行うのだが、これがなかなかうまくいかない。なぜか???カードリーダーの再読み込みなどを繰り返しようやく申請の画面に辿り着くまで、パソコンに向かい始めて2時間。ここまでが疲れる。その後は紙での申請と同じ画面を操作していくことになる。手書きよりキータッチの方が早い人なら誰でも素早く申請画面を作成できるだろう。

 出来上がった画面を確認したら、送信。送信完了したら印刷するといつもの確定申告の用紙が手元に残る。終わった後の感触は、まずまずといったところ。面倒臭いのはちょっとと思う人に勧められるかというと、う~~ん。

 まあ来年はもっと楽ちん出来るのであれば、これもアリかなっていう程度と私は思う。

 ということで。

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2012年3月14日 (水)

大丈夫か~

 数年前まで外来にちょくちょく顔を出していた当時中学生の女の子。風邪引いたから始まったのだが、しばらくすると不登校となり、それでも外来には顔を出し、どこそこが痒いとか、生理が来ないとかで来院していた。両親との面談や児童相談所などいろいろ手配して、彼女のサポートをしてきたが、卒業と同時に半年ほど顔を見せないでいた。あるときひょっこり顔を見せにきたと思ったら、駅前の蕎麦屋でバイトしていると呑気に答えていた。あれから3年。ぱったり来なくなったので心配していたが、今日突然現れた。赤ちゃんを連れて。

 元気に大きくなっている赤ん坊をみて、ちゃんと世話しているなと思いながら、父親のことを聞いた。ちょっと口籠もる様子だったので、多くは聞かず、赤ん坊の世話について困ったことがないかとかいろいろと尋ねた。なにより可愛いからと答える彼女の姿にホッとする反面、この後の育児、そして母親としての成長に不安を覚えた。何しろ彼女はまだ十代だ。

 母子手帳にはちゃんと成長記録が書き留められ、ワクチンも順調にすすんでいた。何か困ったらちゃんと来いよと言うと、うれしそうに笑って外来を後にした。

 何もなく、子育て・・・出来ないよな~何があるんだろうな~でも応援してるからナ。

 

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2012年3月 9日 (金)

渡り鳥

 大震災からもうすぐ1年。ここ佐倉でも印旛沼周辺で地割れなどの被害があったことを伝えたが、その補修がまだ終わらない。自転車道はすべて通行止めとなっているのだ。おかげで渡り鳥たちの姿を見ることなく今年は終わりそうだ。いつもの入り江のミコアイサ、会いたかったな~~

 と思っていたら、家に帰ると三男がつぶやいていた。

「白鳥、ガンガン、ツグミちゃん・・・」なにそれ?

「冬の渡り鳥だよ。」へえ~ツグミも渡り鳥なんだ。なになに夏に渡ってくるのはツバメとホトトギス?へえ~~ホトトギスは知らないな。

「知らないの?へへ!」得意げな三男。 

 窓の外を眺めると、庭のクロガネモチの赤い実をヒヨドリがついばんでいた。おそらく来週には暖かくなり、ヒバリの囀りを聞くことが出来るだろう。そして数週間後には柔らかな緑の新芽の上をキジが走り、高らかに叫ぶのだろう。渡り鳥たちはまた来年。春を楽しみに待つことにしよう。

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川崎病

 先週も先々週も川崎病の児が入院してきている。幸い冠動脈に後遺症なく経過してくれている。この病院に来てから8年になろうとしているが、だいたい月1人ペースで川崎病の入院があるものの、冠動脈後遺症が残ったのは1名のみだ。残念ながら後遺症を残してしまったお子さんも、元気に成長しているのがなによりだ。

 原因究明もさることながら、川崎病の後遺症を残さない方法論がいろいろと議論されている。まずはγ-グロブリンを使うという今の常識を覆すものはない。しかしそれに対する反応の悪いものは存在し、そういった例が後遺症に最も近い患者であることも事実だ。彼らを事前に抽出し、ステロイドを使って治療をしようという研究が群馬大学の先生たちを中心に立ち上げられた。参加施設を募る説明会で、これは素晴らしいと感じ、手を挙げた。あれから3年が経過し、素晴らしい成績を挙げ、その報告がLancetという医学雑誌に掲載された。

 また大学でレジデントとして働いていたころ、川崎病を研究していたグループの先生達が、他の施設からの報告をもとに、ウリナスタチンという薬剤を投与する治療を始めた。もちろん自分が受け持ちとなったときも、γ-グロブリンと同時にウリナスタチンを投与した。(他の施設ではウリナスタチンだけでも効果があると報告する人もいたが、あの施設はどうなったのだろう・・・)私が大学を離れた後もウリナスタチンの投与は続けられ、今の病院へ赴任してきてくれた後輩も同様の治療を行っていた一人だった。この治療も素晴らしい成績を挙げ、その報告が大学の後輩達からなされ、Circulationという医学雑誌に掲載された。

 先日国際川崎病学会が京都で行われた。私は研究者ではなく、よいと思う治療を患者さん達と共に考えながら施行しているただの医者だが、聞くところによると、治療のシンポジウムでは上記の二つが注目を浴びていたとのことだった。うれしい限りだ。

 川崎病の発見者である川崎先生も米寿を迎えられたと聞く。果たして先生が生きている間にこの病気の原因は特定できるのだろうか。そして後遺症を全く残さないで済ませることの出来る治療法が確立されるだろうか。今後の研究に期待したい。協力は惜しまないので。特に前述の後者の治療、RCTやろうぜ。

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2012年3月 8日 (木)

ポリオ

 いつも拝見している子供のお母さんが外来受診時につぶやいていた。「この間ポリオに行ったんですけど。ああ、生の飲む方ですけどね。咳が出ていて出来ないって言われました。熱もなく元気なのに・・・」

 千葉県は全国でも珍しく、年中生ポリオ接種を指導している県だ。便中へのポリオ排泄は当然起こっているはずで、胃腸炎の流行る夏と冬は接種を避けるべきだと保健所に意見しても全く聞く耳を持たない。生ポリオによるポリオ感染が問題視されている今もなおやり続ける意志の強さには感心するほかない。

 お金がかかってしまうことだが、お母さんには不活化ポリオのお話をさせていただいた。もちろん説明会に参加して、同意していただいた後でないと接種は出来ないが。

 それにしても不活化ポリオで大腿部への筋注による予防接種を経験することとなったが、これが殊の外楽チンで驚いている。接種者にとっても被接種者にとっても楽なのが良い。痛がり方を見れば、他よりずっと痛くないのが判るし、副反応の出方もとても少ない。かれこれ10ヶ月やってきたが、他のワクチンも大腿部の筋注に出来れば良いのにと思う。

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2012年3月 5日 (月)

今だからこそ

 私は彼の意見はもっともだと思っている。このブログで常に主張してきたこととほぼ同じ意見であることは、読んで下さっている方々には判っていただけることだろうと思う。

 彼の意見が危険とは思わない。むしろこういうことを考えないようにしむけられていることの方がよほど危険だと言いたい。

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2012年3月 3日 (土)

命の源

命の源
やっぱり歌が最高さ!

新宿歌声喫茶『家路』にて

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2012年3月 1日 (木)

揺られてゆくよ

 相当な体調不良であることは、この私が自転車に乗りたくないと言うことで理解していただけるに違いない。

 朝からなんと同僚の車に乗せてもらい病院へ。とりあえず仕事を終え、またもや車に乗せてもらって研究会へ向かった。向かった先は柏の東葛腎カンファ。毎度見たこともない病理組織を解説付きで見られるので、余程のことが無い限り出席しようと頑張ってきた。昨夜は雪のせいか出席者はとても少なかったが。

 1.Bence Jones蛋白を認め、急激に腎機能が低下した1例

 糖尿病と診断された52歳女性。診断後半年間の間に血清クレアチニン0.8→2.4と急激な上昇を来した。蛋白尿はわずかで、尿中β2MG高値、およびBence Jones蛋白を認めた。糖尿病によるものとは考えにくいことから腎生検を施行。腎生検組織はやはり糖尿病性の変化は認めず、遠位尿細管を中心とした間質炎を認めた。尿細管基底膜がとても厚くなっており、巨細胞も認める部位あるとのこと。特に髄質側に変化が強いということだった。これらの所見は軽鎖沈着症で矛盾しないとのこと。骨髄生検からB細胞のリンパ腫と診断され、これから来た溜まり病ということになった。腎機能低下となった理由がいまいちハッキリしないのだが・・・

 2.初発症状として急性腎障害を呈した多発性骨髄腫の1例

 高血圧をもった76歳女性。検診で腎機能障害を指摘され、その後一ヶ月で急激に悪化してきたことから精査入院。血清蛋白やアルブミンの低下を認めず、尿中蛋白1+でスルホサリチル酸法で3+を認め、免疫電気泳動からλ型Bence Jones蛋白を認めたとのこと。骨髄生検で多発性骨髄腫と診断。腎臓はというと、著明なcast nephropathyを来していた。症例1でも話題になったが、IFでの所見がこの疾患には一番大事、電顕は検出できなくても問題視する必要はないということらしい。cast nephropathyで腎機能障害を来すくらいだから、糸球体の膨化があってもよさそうだが、そのような所見はなかった。遠位尿細管にたまったcastの周辺に多核巨細胞が集まること、とても勉強になった。

 3.AKIを呈したEBウイルス関連リンパ腫の1例

 これは小児科医でも腎臓ということではなく知っておいた方がよい症例。慢性活動性EBVによるT細胞性のリンパ腫からくる腎障害とは・・・蓋を開けてみるととんでもない組織が広がっていて驚いた。とにかく激しい間質の出血性変化なのだ。動脈の内膜炎を伴い、間質には赤血球とリンパ球が夥しく入り乱れていた。組織にはCD8陽性細胞が浸潤していた。解説ではT細胞が浸潤してサイトカインを放出するなどして激しい炎症を起こしたのではないかとのこと。残念ながら亡くなったようだが、これだけ激しい変化はおそらく腎臓だけでなく、全身に起こっていたらしく、それなら助けられることはないだろう。なんとなくデング熱などを思い浮かべてしまった。

 いやはや今回も凄い症例を見せてもらった。

 質問?しましたよ。いろいろと臨床所見についてですが。でも小児科医が突っ込めるものではないな~病理については聞くだけで精一杯。

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この名前は

引き続き身体の具合は最悪…外来終了後ボーッとネットを眺めていたら、情報処理のとあるページで記憶の琴線に触れるものがあった。何だろう、この感覚は…と首をひねっていたら、友人の名前がそこにあったことに気付いた。確か東大出て◉ャノ△に入社したって聞いていたが、特許を申請する筆頭研究者になっていた。田舎の高校時代には想像もしていなかったが、東京で彼はファッションに目覚め、一年遅れで上京した私に色々と手ほどきをしてくれたことを思い出した。顔は変わってないのに、妙にカッコ良くて、おまけに東大でも抜群の成績をあげていた彼のところへは本当にチョクチョク出かけていた。あれから25年が経過したのだ。

同窓生の研究者といえば、京大の土木工学の教授をしている友人は、震災復興のための瓦礫処理の方法論を構築すべく奔走しているらしい。ただとても元気に活動しているとメールがあった。

負けていられない。頑張るぞと思っても、どうにも力が湧いてこない。

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