« 大和の歌姫 | トップページ | 今日のお弁当 »

2012年1月17日 (火)

あくまでも自分の気持ち

 公務員に対し、やれ給料が高いとか一等地に安く住みやがってとか野次が絶えない。数も多すぎると指摘されているが、適正なところってどこなんだろう?そりゃ国民の大多数が公務員だったギリシャは話にならないとしても、日本は既に高齢化社会になって、住民サービスなどこれまで以上に必要な状況。過疎の村なんて日本のあちこちにあるが、これを民間でやるなら住民は金を自前で払うことになる。そっちの方が本当に安い?安心?給料だってバブルを経験した人なら判ってるはずだけど、湯水のように遊びや食に使っていた一般企業人に比べてとてもつつましやかに生活していたのが公務員だっただろう。あの頃安定だけを望む糞と公務員を揶揄していた輩などキリギリスのように思えてしまうのだが。日本を支える公僕として働く彼らを非難しても国のためにはならない。彼らが働きやすい環境を作るのも市民の勤めと思うがいかに。決して底辺に置くべき職種ではなかろう。

 国旗・国歌に対して起立・斉唱を行うのは国旗国歌法に規定された国民の義務だ。義務を果たさない者に権利を主張する権利はない。特に公立学校の教職員がこれを果たさないということは、職務放棄とみなされて当然だろう。最高裁の判断はちょいと甘いが、まま妥当なところとも言えそうだ。

 外国人参政権など上記と照らしてももってのほか。日本の政治に口を挟みたいなら、日本国民であるという義務を果たしてからにせよ。義務のないところに権利は発生しない。

 学ぶ生徒は学ぶことに真摯たれ。さすればおのずと先生へ自らの頭を垂れるはずだ。これをないがしろにされて、教師が教師でいられるはずがない。教育を受ける権利は学ぶ姿勢を示す義務があってのものだ。それは生徒もその保護者も同じ事。教師に対するだけでなく、学問に対しまず頭を垂れることからすべては始まる。

|

« 大和の歌姫 | トップページ | 今日のお弁当 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 大和の歌姫 | トップページ | 今日のお弁当 »