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2011年3月23日 (水)

興奮は冷めるもの

 興奮状態は長くは続かない。それがどんなことで起こったものであれ、必ず冷める。冷めなくては次へ備えられないから。

 甚大な災害への対応も、言い方は悪いが必ず冷める。冷めたときに疲労が押し寄せる。そこへ手を打たなくてはならない。

 人命の救急救命に対する素早い対応の時期は過ぎた。これからは長い復興への道程が始まる。

 今は日本国中で「自分は何をすべきか。何が出来るだろうか。」と自問自答を繰り返していることだろう。「ここにいてよいのか。駆けつけて何か出来るか探るべきじゃないか。」と駆けだしてしまう人もいるだろう。私にしてもそうだ。常に何者かが自分へ問うてくる。まだここにいるのかよと。全国各地から支援の手が上がっているが、この熱もいつまでも続くものではない。とするとどうするべきか。人は知っている。これを善意と地道な行政努力で補うということを。

 福島の原発では東電も自衛隊も消防庁も自らの危険を顧みず、日本国民のために命を張って戦ってくれている。今は「頑張ってくれ!ありがとう。」という念を涙を流しながら送っているだろう国民にも、長期戦になるに従っていやな空気が漂い始める。その空気をマスコミがかき消すべきなのだが、この国では煽り立てるのが筋と思っている節がある。

 すべてにおいて批判することはたやすい。これまでの対応を批判することもたやすいのだ。しかしそんなことより、これからどうするかの方に力点を置かなくてはならない。政府の対応、東電の対応、津波にさらわれた自治体の対応など様々な検証は必要だが、それが批判に繋がってはいけない。これからどうあるべきかを問うための検証であるべきだ。

 人は災いがあると必ず原因を探る。しかし原因は後方視でしか見られないものだ。つまりいくら見ても、災いの前にすべてを予見することなど出来はしない。人知の及ばぬ先が必ずあるのだ。備えられるものがあるのか、ないのか。起こったときにどう対処するのか。それらを討議しながら、これからの復興を考えてゆかなくてはならない。

 とにかく今、生きているのだ。だから歩みを続けよう。

 

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