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2011年2月25日 (金)

大震災

 16年前の1月、母からの電話で飛び起きた。神戸が大変なことになっていると。

 両親の実家が神戸にあったので私の本籍地は今でも神戸市だ。繋がりが深いというどころか実際に父の実家は倒壊し、親戚が生き埋めになった。幸い8時間後に助け出されたが、他の親戚も含め安否が判るまでとても心配した。遠く青森のむつに居たので、何も出来ないもどかしさで一杯だった。

 今年子供達の受験が一段落したら、ニュージーランドへ出掛けようと話をしていた。家内が留学していた当時、お世話になったホストファミリーに会いに行こうという計画だった。場所はクライストチャーチ・・・

 この数日、全く連絡がとれず心配していたが、昨日ようやくメールが届いた。皆生きていると。

 しかし家は倒壊し、庭でテント暮らしをしているとのこと。水も電気もないので君たち家族を迎え入れる事が出来ない、ごめんなさいと・・・よかった、生きていれば。

 生きていればまた会える。しかしテレビに向かい瓦礫の山となったビルの無残な姿を見ると、それも叶わないかも知れない人達がどれほど多くいるのかと胸が痛くなる。

 都市直下型地震は、その災害規模が甚大だ。おそらくそう遠くない未来に、関東のどこかが襲われるだろう。日本はニュージーランドと並び耐震対策の進んだ国であることに異論はないが、なにぶん高層でしかも狭い土地にこれでもかという程過密に建物が並んでいる。このたびと同じ程度の地震が来たら、犠牲者はとてつもなく膨らむだろう。

 長男が受験を終え都内へ出て行くことになった。彼を送り出す方がよいのか、地元に留めていた方がよかったのか、それは判らない。取り越し苦労かも知れないし、無事を祈る他ないのは判っているが、気持ちが揺れてしまうのも事実だ。

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コメント

知人の方がご無事でなによりでした.
多くの邦人が家族から遠く離れた異国の地で苦しんでいるかと思うと,胸が痛みます.
こんな時に小児科医は役に立ちませんね.

お子さんのご進学おめでとうございます.
よろしくお伝え下さい.

投稿: Diabo com Fome | 2011年2月25日 (金) 16時53分

先生こんにちは。
ホストファミリーの方がご無事で本当になによりでした。
私はここでシングルママをしているので 有事の際にどうするべきかと(日本にどうやって連絡するべきかなど)不安に思うことが度々あります。
このたびのニュージーランドの地震は人事ではありません。
加えて 阪神のときは私も何気なく朝早く起きてしまってテレビをつけたら大変なことになっていて 隣の父を起こしに行ったことを思い出しました。
私の両親も神戸出身で 地震の時には祖父母が宝塚におりました。地震のすぐあとに 鍋やら食材やらをリュックに詰めて 父と祖父母を訪ねて行った時には 高架から電車が飛び出していたり 近くの阪神高速が 真ん中から割れていたりと大変な惨状でした。幸い祖父母は無事でしたが いとこも倒壊したマンションから助け出されたりしていました。

さて、お子さんの春が来たようですね。おめでとうございます!親は子供が何歳になっても(祖母は99歳で75歳の息子である父の心配をします!笑)どこにいても心配ですよね。うちの娘は まだ7歳ですが どうなることやらと あらぬ心配をしています。

わが身を振り返ると自分の両親には本当に感謝です :)

では また

投稿: バリスタUSA | 2011年2月26日 (土) 17時07分

Diabo com Fomeさん

 行けば必ず出来ることはあるのですが、それ以上に必要な人達がいますからね。

 長男の夢がなんなのか、まだ私は知りません。

投稿: クーデルムーデル | 2011年2月27日 (日) 14時46分

バリスタUSAさん
 
 親になって初めて親の愛を知りますね。

 そしていつの時代も子供はそれを慮ることが出来ません・・・┐(´-`)┌

投稿: クーデルムーデル | 2011年2月27日 (日) 14時51分

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