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2011年2月 7日 (月)

宙ぶらりん

 この季節になるとどうしても思い出すことがある。宙ぶらりんだったあのころのことだ。

 話はそれよりもちょいと遡る。

 田舎の県立高校生だった私は、塾へも行かず(塾そのものがない・・・)、参考書と赤本とひたすら格闘していた。場所は自宅や高校の図書館ではなく、自宅からほど近い鳥取大学の図書館だ。昼ご飯もそこの学食を利用していた。家ではギターを始めとして自分の逃げ場がたくさんある。何より集中しやすい環境をと思い、朝から晩まで図書館で格闘を続けた。田舎で受けられる模擬試験など皆無に等しく、己の実力は年に数回ある公開模試でしか判らず、大学入試直前にも関わらず自分の立ち位置が判らないという状況であった。

 高校教師たちも放任だった。「男は自分を低くみるものではない。ど~~んとぶつかっていけ!」という先生ばかりだったので、客観的に自分を見つめることなく、行きたい大学以外余所見することもなかった。余所見しないから、徐々にその大学の問題にも慣れ、ある程度は対抗できる状況まで寄せたつもりで本試験に臨んだ。

 合格発表を見て肩を落とし、今は無き山陰線の寝台列車で家まで帰ったのだが、辛いことに胃腸炎を起こしてしまい、トイレと客車の間を何往復しただろうか。余部の鉄橋を通り過ぎた後の寒々とした朝を覚えている。

 その後の宙ぶらりんさは、経験しないとわからない。働かなくてはならない、その日を食いつなぐため必死に生きている人と比べれば屁でもないのは百も承知であるが、それでも自分が何者だろうかわからない不安というのは嫌なものだ。自分には何が出来るのか、何を目標に進んでいるのか、時々わからなくなる不安。学生というモラトリアムを勝ち取れず、資格も何も持たぬまま社会に放り出されるかもしれない不安。一生何も出来ぬまま朽ちていく自分を想像してしまうこともあった。

 結局親に頼んで、行きたい大学の傍の予備校へ通わせて貰い、学生さん達を横目に自分を奮い立たせていた。まあ下宿までさせてもらって予備校通い出来るのだから、甘く幸せなことこの上ないのは重々承知の上で・・・

 3ヶ月脇目も振らず集中したことで、模試の結果は格段に上昇した。京都の町は大学と御所付近を行き来するだけなら誘惑は皆無だった。時折しつっこい街頭アンケートでの質問を受け、職業欄に学生とも書けず、自分が宙ぶらりんであることを確認しては、悔しいと思い返すことが出来た。しかし予備校教師が「皆さん、今年はチャンスです。現役生たちは阪神の奇跡的な優勝の瞬間を見るために勉強してませんからね。」なんて言う度に次第に心が緩んでくるのだった。

 慢心はいつの時代も厳しい結果を生むというのが相場だ。あのまま熱が冷めることなく突っ走る事が出来ていれば・・・

 結局第一志望の大学とは縁のないまま受験が終わった。その後は想像も出来ない妙な環境に身を置くことになるのだが、それはこれまで時々語ってきた通りだ。あそこでもし、ということは時々夢に出てくる。この季節は特にそうだ。思い通りにならなかったのが良かったのか、それともやはり思い通りに進めていた方が良かったのか。

 如月はいつまで経ってもそんな思いが交錯する季節だ。

 

 

 

 

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コメント

家だと誘惑が多いんですよねー。忙しいときに限って、別のことがやりたくなるし。田舎だったので、塾も模試もなかったのも一緒だ。
 
 
で、今宙ぶらりんなんですけど、一体どうすれば(;_;)

投稿: ポリ | 2011年2月 9日 (水) 05時32分

ポリさん

 そんな田舎も時代の波で、大手の塾が出来たようです。

>今宙ぶらりん・・・


 大器晩成ですから。気にしない気にしない。。。 

投稿: クーデルムーデル | 2011年2月 9日 (水) 08時55分

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