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2011年2月28日 (月)

蘇る

 これを読むと、熱かった少年の日が猛烈に蘇る。

 自分の人生、もしかしたらこんなストーリーになってたかも・・・なんて考えながら読まずにはいられない。

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2011年2月27日 (日)

旨し時

旨し時
旨し時
岡山日生から牡蠣が届いた。殻のまま焼くと海の匂いが香ばしさを伴って広がった。旨い・・・

レモンのオリーブオイルを垂らすと、さらに味が深まった。ふ〜〜〜む・・・

ご馳走様でした!

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2011年2月25日 (金)

大震災

 16年前の1月、母からの電話で飛び起きた。神戸が大変なことになっていると。

 両親の実家が神戸にあったので私の本籍地は今でも神戸市だ。繋がりが深いというどころか実際に父の実家は倒壊し、親戚が生き埋めになった。幸い8時間後に助け出されたが、他の親戚も含め安否が判るまでとても心配した。遠く青森のむつに居たので、何も出来ないもどかしさで一杯だった。

 今年子供達の受験が一段落したら、ニュージーランドへ出掛けようと話をしていた。家内が留学していた当時、お世話になったホストファミリーに会いに行こうという計画だった。場所はクライストチャーチ・・・

 この数日、全く連絡がとれず心配していたが、昨日ようやくメールが届いた。皆生きていると。

 しかし家は倒壊し、庭でテント暮らしをしているとのこと。水も電気もないので君たち家族を迎え入れる事が出来ない、ごめんなさいと・・・よかった、生きていれば。

 生きていればまた会える。しかしテレビに向かい瓦礫の山となったビルの無残な姿を見ると、それも叶わないかも知れない人達がどれほど多くいるのかと胸が痛くなる。

 都市直下型地震は、その災害規模が甚大だ。おそらくそう遠くない未来に、関東のどこかが襲われるだろう。日本はニュージーランドと並び耐震対策の進んだ国であることに異論はないが、なにぶん高層でしかも狭い土地にこれでもかという程過密に建物が並んでいる。このたびと同じ程度の地震が来たら、犠牲者はとてつもなく膨らむだろう。

 長男が受験を終え都内へ出て行くことになった。彼を送り出す方がよいのか、地元に留めていた方がよかったのか、それは判らない。取り越し苦労かも知れないし、無事を祈る他ないのは判っているが、気持ちが揺れてしまうのも事実だ。

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2011年2月23日 (水)

春そこまで

春そこまで
西福寺の梅

紅白いずれも満開

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2011年2月20日 (日)

地方会

 小児科学会千葉地方会が行われた。発表を終えて帰宅したが、なかなか面白い学会となった。何がって、懇意にしている松戸の先生方と昼食を共にし、馬鹿話だけでなく小児科の研修方法についていろいろと語り合えたのがよかった。もちろん自分の発表もあったので、それも有意義であったのではあるが。

 松戸市立病院小児科は研修したい病院として全国にその名を轟かせている。症例数に事欠かないだけでなく、指導陣の指導法が極めて良質であることが研修医の人気を集めている理由であろう。そりゃそうだ、指導医の一人である○本先生など、博学で頭が切れてユーモアにあふれていて、そして情熱をもって誰にでも接するいわゆるスーパードクターなのだ。研修医をたくさん引き連れて本会場に来ていたが、皆とても楽しそうだった。よほど良い研修を積んでいるのだろう。

 自分の発表では線維筋痛症の症例を呈示した。現在の医療体制の問題に言及し、小児科医皆が知っておくべき疾患であることを叫んできた。質問をいろいろと受けたが、その疾患は米のアレルギーだと言ってはばからない年配の先生がいた。千葉では有名な、どんな疾患でも食物アレルギーが原因であると言ってしまう先生らしい。小生この疾患の論文を多数読んでいるが、食物アレルギーであるとする根拠は全く探せないし、米の除去食が治療のエビデンスを持つなどどこにも報告などない。残念ながらエビデンスのある治療と認められていないことをお伝えした。

 相変わらず千葉大の同門会という印象は捨てきれない学会ではあるが、我々のような異なる考えの医師の発言が増えることで千葉の医療が発展を遂げると思いたい。ドンキホーテかも知れないが松戸の先生達の熱い議論を聞くと、自分も頑張ろうと思えるのだ。

 

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2011年2月18日 (金)

漁る

 よその国の領土を非合法的に掠め取り、再三の抗議など無視して実効支配を続け、ついには軍隊も置き、地下資源も海洋資源も根こそぎ分捕る国ロシア。そしてそのロシアの手助けをすべく、中国企業が乗り込むのだという。言わずと知れた我が国固有の領土、北方4島での話だ。

 世界大戦が終了して半世紀以上経過した。経済大国として世界に日本ありと言えるようになったと思っていたら、結局は戦勝国だけが物を言える世界でしかなかった。頼りにしていた経済力もここのところ頭打ちとなり、少子高齢化は国力ジリ貧を予感させる。そうなった今、世界にロシアや中国の悪行を訴えても、誰も見向きもしない。それが現実。

 国際法がどれだけの効力があるというのか。シベリア抑留者がどのような仕打ちを受けたか、戦後半世紀以上経ち、少なくとも国際法上重大な犯罪が繰り広げられていたにもかかわらず、戦勝国であるロシアには誰も何も言いはしない。未だに負けた日本のみ叩かれる状況が続いている。

 この国は人をさらわれても、国土を蹂躙されても、黙って耐えるしかない国なのだろうか。

 市民を通じての草の根交流でなんとかと言う暢気な知識人は、銃口を背に感じながら漁を行う同胞にもそんな言葉を掛けられるのか。

 『米国よ、貴国が世界の警察を名乗り、その上で日米同盟が確固たるものだと言うのならば、ここで証明して欲しい。無理だというのなら我々は核を持ち、我が国の国土と国民を守る。』

 日本にはこれしかないのではなかろうか。

 共産国家の横暴で国民を危険に晒さないためにも、戦争で大切な国民の命をなくさないためにも、今議論すべき最重要課題だと思う。少なくとも民主党の存続がどうのなどと言っている場合ではない。

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2011年2月15日 (火)

何が

 前日からなんとなく元気がないという赤ちゃんを連れた方が来院してきた。聞けば母乳は飲むのだけれど、2回嘔吐したのだという。下痢はなく、熱もないが、なんとなく元気なく顔色も悪い。聴診しようとすると泣き始めた。泣く力はあり、それと同時に顔に赤みも差してきた。考え過ぎか・・・しかし・・・なんとなく胸騒ぎを覚えながら、ぐずる赤ん坊の胸に聴診器を当てる。

 おや・・・激しい啼泣の向こうにかすかに雑音が聞こえる・・・でもかすかにという程度なら心奇形ではないだろう。母子手帳をみても大学病院の医師が何人も異常なしと判子を押している。具合が悪いときのinnocent murmurか、これと顔色の悪さは貧血によるものなのか・・・

 触診で肝は1横指触れるも脾腫なく、もちろん大泉門も凹凸などない。しかし胸騒ぎは治まらない。レントゲンを確認すると腹部には小腸ガスがあり、右肺には肺炎を思わせる陰影がある。しかし咳嗽なく、発熱もない。ただ落ち着いた後も脈は速く、心雑音も軽度聞こえる。いやな感じはどうしようもなく膨らんできた。「入院してくれませんか?」母親も同じ気持ちだったらしく、二つ返事で入院加療となった。

 苦労して出来た赤ちゃんらしく、徹底的に調べて欲しいというお返事。外来の関係で主担当は別の医師だったが、状況は気になっていた。

 採血の結果はWBC 20000以外何もない。はて・・・でも髄膜炎など敗血症は否定しておきたい。髄液検査を含め様々な検査を行った。しかし感染を疑わせる所見はまるでない。エコーを当ててみる。心臓の動きはよく、心嚢液などもちろんない。腹水がわずかにある・・・膀胱は異常ないが左腎の腎盂拡大がある。尿路感染でもあるのか?各種培養を行った後、CTRXを開始した。

 翌日右肺が真っ白になっていた。両側に胸水が貯まり、特に右側に強く貯まっていたのだ。CPKも3600、AST,ALTも3桁に上昇していた。海外渡航はなし、両親に肝炎もない。WBCは20000のまま、CRPは陰性・・・UA10 !?一体何が?急いで心エコーを行う。しかしややIVCは張りぎみだが心筋炎の所見はない。トロポニンTも陰性だ。末血ストリッヒではblastなし・・・どこかにmalignancyが隠れていないだろうか?leukemiaならばWBCがガツンと上がるように思う。lymphomaか、それともneuroblastomaか、はたまたrhabdomyosarcomaか・・・

 明日シンチを行う。果たして・・・

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2011年2月14日 (月)

ご冥福をお祈り致します

 千葉県の小児救急医療を、いや日本の小児救急医療を支えて来た重鎮の一人である山田先生の訃報をYahooの記事で知った。先日もカンファレンスで討論させていただいたところだったので、驚いてしばらく動くことが出来なくなってしまった。

 残念なことに冬山での滑落とのことだった。どうか、どうか安らかにお眠り下さい。

 ありがとうございました。

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追いかける

 他科の医者から「息子が先生の母校に合格したのだが、どういった学校か知らないので教えて欲しい。」と突然話しかけられた。この後国立大学の試験があるので、それの結果次第でもあるが、知っておきたいとのこと。偏差値だけは異常に高い大学なので、おめでとうございますと声を掛けた後、母校の長所・短所、そして学生気質についてお話しした。

 それにしても息子さんが自分と同じ道を歩き始めようとしている今、彼の気持ちはどんなであろうか。昨今医者ほど割に合わない職業はないと言われるが、私はそうは思っていない。これほどやりがいに溢れた職業はないだろうと思えるからに他ならない。もし息子達が私と同じ道を選ぶとするならば・・・うれしいだろうな〜〜〜

 自分の背中を追いかけてくれる人がいるなんて、想像しただけでうれしくなるではないか。そんな日が来るのかどうか判らないが、地道に人生を歩む他ないだろう。

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八千代カンファ

 女子医大で開催される救急カンファレンスだが、ざっくばらんに質疑応答が出来るのでとても有意義に活用させてもらっている。毎度なんだかんだと発言するのだが、今回もいろいろと。

 症例検討はRSウイルス感染の乳児。多呼吸で挿管管理となり、ちょいと長くかかりながらもintact survivalを果たした症例だ。来院時より100回/分の多呼吸および陥没呼吸を認めたようだが、β刺激剤吸入でやや持ち直したため、酸素投与で様子を見たらしい。データはAST, ALT, LDH, CRP, などの著明な高値、UA, BUN, Crなどの軽度上昇もWBCは5000台で左方移動もないという。半日待って改善やはり改善無く人工呼吸管理となり、抗生剤で要す観察したとのこと。そこでちょいと噛みついた、そのデータならば細菌感染と言えるのかと。LDHは1000を超え、ASTもALTも3桁。呼吸状態の悪化で臓器障害を来しているのか、それともサイトカインのなせる業か?私ならステロイドを使用してしまうがと切り出した。methlpredonisoloneを5~7mg/kg使用して反応無ければ、ステロイドパルス量まで使用することがある。それを問うと、何故そこまで?という反応であった。

 フロアの他の医者からはRSVによるARDSならばdexamethasoneを0.15mg/kgがエビデンスのある唯一のステロイドだという意見が出た。確かにARDSだけならそうかもしれない。ただ臓器障害も出始めるくらいの急激なサイトカインストームと考えるならそりゃ効かんぞな。結果オーライかもしれないし、エビデンスはそうかもしれないが、私はそう考えると思いながらフロアにいる別の先生に尋ねてみた。実際の現場でステロイドを使用するかという議論は出なかったという。

 もう一つ、喘息の専門家である慈恵医大ナントか病院の教授による喘息の講演が行われた。この先生、昨今珍しいテオフィリン大好き先生で、喘息の中発作以下へ使用するステロイドバースト治療をいろんな角度から責めていた。少量のステロイドでも緑内障の発作が起こりうること、骨塩減少の報告もあること、何よりステロイドで病状改善なく、入院日数も減らさないことなどをデータを元に教授していただいた。何よりテオフィリンの良さを随分と話されていたことに共感を覚えた。ただステロイド使用で骨塩減少というところは、ちょいとコメントさせていただいた。あれだけの少量を間欠的に使用したもので減少するとは思えない。我々は日常的にステロイドを頻繁に使用しており、思春期前の子供達ならばステロイドを使用しなくなると骨塩も身長も獲得し、回復するというデータを持っているからだ。もちろん使用頻度が極端に多く、長い場合はこれに当たらなくなることもありえる。しかし教授の言うくらいのステロイド使用で将来的に問題が出るということに違和感を感じたのだ。

 こういった話を忌憚なく話し合える機会は貴重だ。いやはや今回も楽しめたカンファレンスだった。

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2011年2月 8日 (火)

ポリオワクチン

 ポリオウイルスはヒトにのみ感染するウイルスである。感染者の9割は不顕性といって症状もなにもなく過ぎ去る。しかし数%に髄膜炎を引き起こし、後遺症として麻痺を残すことが知られている。

 日本では大流行した1960年代以降、生ワクチンを経口接種することで患者数が激減し、現在は野生株による発症者など皆無となっている。しかし野生ではないのだが、生ワクチンに使用されているワクチン株の変異によって感染者が出ている。この問題は1950年代には既に欧米諸国で取り上げられ、生ワクチンから感染の起こらない不活化ワクチンへの変更が徐々に行われてきた。野生株によるポリオの根絶を果たした国で未だ生ワクチンのみを使用しているのは実に日本だけなのである。

 ポリオウイルスは糞口感染する。体内に入ったウイルスは糞便中に1週間から1ヶ月ほど排出され続けることが知られている。ポリオウイルスに対する抵抗力を持っている人なら何も問題はない。しかし抵抗力を持たない人も存在する。予防接種をしていない人と、昭和50年から52年生まれの予防接種後も抗体を獲得できなかった人達だ。予防接種を出来るだけ多くの同年代の乳幼児に受けさせるのが、リスク回避に役立つことから集団接種が行われている。ただし全員に、ということが出来ないことが問題を複雑にしている。

 通常の排便状況であれば、ウイルスの入った便は上手に処理されることだろう。しかし下痢等でばらまかれた場合はどうであろうか。経口接種後ただちに下痢となった場合は、本人の免疫すら獲得できないまま終わることもある。それだけではなく、ウイルスを他へばらまくだけとなり得る。通常は毒性のない生ワクチンだが、腸管内で毒性を獲得するものがいることも知られている。それが感染を引き起こすウイルスの正体だ。

 日本の気候からすると、夏季はエンテロ系ウイルスが流行り、食中毒なども含め下痢患者が増大することが知られている。またノロウイルスやロタウイルスは冬季に猛威をふるうことなど子供を持った親なら知っている方も多いはずだ。予防接種の効果および感染のリスク軽減のため、ポリオウイルス生ワクチンの経口集団接種は春と秋に行うべきと考えられる。しかし自治体によっては年がら年中、下痢&嘔吐患者が大量に発生していても、そのまま集団接種を実施しているところが存在する。確かに予防接種法では春秋にすべしという規定はないが、リスク管理という点でおかしい。保健所等に意見してきたが、多人数に接種するためにはやむを得ないとの返答である。ホンマかいな・・・

 不活化ワクチンを注射することでこれらのリスクは回避できる。しっかりと抵抗力も獲得できるので、野生株の流行地域以外はこの不活化ワクチンへ移行している。日本でもそうしようという動きはあるが、実施されていない。政府は日本独自で開発中であるからと海外の不活化ワクチンを承認しないでいる。しかし、そんなことだけのために、実際にワクチンによる感染者がわずかだが存在するのだ。

 ここへ来て、不活化ワクチンを輸入して接種しようという機運が高まり、全国いろんな地域で医院を中心に施行され始めている。千葉県では2つの医療機関で出来るが、十分な数とは言い難い。我々の施設も早急に倫理委員会を通して接種できる方向へ移行しようと画策中である。

 近隣の方々、しばらくお待ちを。

 

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2011年2月 7日 (月)

宙ぶらりん

 この季節になるとどうしても思い出すことがある。宙ぶらりんだったあのころのことだ。

 話はそれよりもちょいと遡る。

 田舎の県立高校生だった私は、塾へも行かず(塾そのものがない・・・)、参考書と赤本とひたすら格闘していた。場所は自宅や高校の図書館ではなく、自宅からほど近い鳥取大学の図書館だ。昼ご飯もそこの学食を利用していた。家ではギターを始めとして自分の逃げ場がたくさんある。何より集中しやすい環境をと思い、朝から晩まで図書館で格闘を続けた。田舎で受けられる模擬試験など皆無に等しく、己の実力は年に数回ある公開模試でしか判らず、大学入試直前にも関わらず自分の立ち位置が判らないという状況であった。

 高校教師たちも放任だった。「男は自分を低くみるものではない。ど~~んとぶつかっていけ!」という先生ばかりだったので、客観的に自分を見つめることなく、行きたい大学以外余所見することもなかった。余所見しないから、徐々にその大学の問題にも慣れ、ある程度は対抗できる状況まで寄せたつもりで本試験に臨んだ。

 合格発表を見て肩を落とし、今は無き山陰線の寝台列車で家まで帰ったのだが、辛いことに胃腸炎を起こしてしまい、トイレと客車の間を何往復しただろうか。余部の鉄橋を通り過ぎた後の寒々とした朝を覚えている。

 その後の宙ぶらりんさは、経験しないとわからない。働かなくてはならない、その日を食いつなぐため必死に生きている人と比べれば屁でもないのは百も承知であるが、それでも自分が何者だろうかわからない不安というのは嫌なものだ。自分には何が出来るのか、何を目標に進んでいるのか、時々わからなくなる不安。学生というモラトリアムを勝ち取れず、資格も何も持たぬまま社会に放り出されるかもしれない不安。一生何も出来ぬまま朽ちていく自分を想像してしまうこともあった。

 結局親に頼んで、行きたい大学の傍の予備校へ通わせて貰い、学生さん達を横目に自分を奮い立たせていた。まあ下宿までさせてもらって予備校通い出来るのだから、甘く幸せなことこの上ないのは重々承知の上で・・・

 3ヶ月脇目も振らず集中したことで、模試の結果は格段に上昇した。京都の町は大学と御所付近を行き来するだけなら誘惑は皆無だった。時折しつっこい街頭アンケートでの質問を受け、職業欄に学生とも書けず、自分が宙ぶらりんであることを確認しては、悔しいと思い返すことが出来た。しかし予備校教師が「皆さん、今年はチャンスです。現役生たちは阪神の奇跡的な優勝の瞬間を見るために勉強してませんからね。」なんて言う度に次第に心が緩んでくるのだった。

 慢心はいつの時代も厳しい結果を生むというのが相場だ。あのまま熱が冷めることなく突っ走る事が出来ていれば・・・

 結局第一志望の大学とは縁のないまま受験が終わった。その後は想像も出来ない妙な環境に身を置くことになるのだが、それはこれまで時々語ってきた通りだ。あそこでもし、ということは時々夢に出てくる。この季節は特にそうだ。思い通りにならなかったのが良かったのか、それともやはり思い通りに進めていた方が良かったのか。

 如月はいつまで経ってもそんな思いが交錯する季節だ。

 

 

 

 

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2011年2月 3日 (木)

教授の講演

 千葉小児科医会に母校の教授がやってきた。免疫学の専門家として小児科の予防接種事業に携わっている教授だ、講演もさることながら討論が面白くなるだろうと考え、手ぐすね引いて待ち構えた。

 生体の免疫反応の基礎的知識を盛り込みながら予防接種の話を聞くのはとても面白かった。なにより解りやすい説明に、こりゃ学生達が小児科を希望するのも無理はないと思った。というのは60数名しかいない毎年の卒業生のうち5名前後が小児科を希望する大学など他にないだろう。教授を含め、医局の人気が高いことを示していた。もっとも私が小児科医になったころは先々代の教授のころだったので、全く繋がりのない教授ではあるのだが。

 日頃からワクチンについて思っていることと現行のワクチン行政のギャップに辟易していたのだが、教授は私の考えているような発想で厚労省に働きかけをしているとのことだった。私のような一勤務医では出来ないことも大学教授ならすぐに話が通るのだ、と思っていたら、関係部署が多岐に亘り、そして現行の法律に絡め取られ、二進も三進も出来ないのだという。それらの法律に縛られているが故に、厚労省の役人さんたちは朝早くから夜中まで実に懸命に働いているとのこと。法律を変えなくては全くなにも変えられないと、最後は政治の重要性を話す講演会になってしまった。

 会の後のレセプションに参加し、教授への挨拶と同時に自分のワクチンに対する考えをぶつけてみた。少し違ったアプローチだが、到達する目標は同じということが判った。それはワクチンはすべての人が受けてなんぼの世界であり、任意接種を定期接種にという次元の話では本当の意味での疾患根絶にはならないという話だ。教授はそれを、学校入学の時の関門として設ける構想を既に発信しているとのこと。入学させないというペナルティーではなく、この時の注意喚起のみで日本人ならば接種率は飛躍的に向上するとの見解であったのだ。

 いや面白い。

 学生時代もしくは研修医時代にでも教えを受けていたら、とても充実したものだったろうにと思いながら研究会場を後にした。一緒に飲む機会があると、もっと面白いかも。。。

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2011年2月 1日 (火)

青春か

 このところ何故だか判らないのだが、エレカシにはまっている。

 本当に何故だか妙に心をくすぐられる。子供達の鬱屈を感じて青春を思い出しているからだろうか・・・でも自分の青春時代とエレカシはリンクしないのだが。。。

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