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2011年1月31日 (月)

裏から手を回すのは良くないが

 とある医療サイトでこのような記事があった。病気腎移植で問題となったM医師のその後であるが、この移植での成績を日本の学会で発表しようとしたところ、内容にかかわらず拒否され、海外の学会に投稿したところ、すんなりと受け入れてもらっているとのこと。海外雑誌への論文投稿もなされているのに、日本ではやはり受け入れられない不思議と続き、病気腎移植の正当性を論じている。そして海外ではM医師の報告を受け、小径腎癌腎移植を行う施設が出始めているのに、日本ではその臨床試験を裏で手を回して実施できないようにしむける輩が居ると論じている。

 病理医の立場から他人の癌は移植された人に移ることはないだろう、また移植を受けた人は拒絶反応を抑えるために様々な医療を受けるが癌を抑制する反応は抑えないと述べられている。

 前者に関して私もそうではないかとは思う。しかし根拠はない。癌をすり潰し、他人に与えた記録はあり、それでは癌は移らなかったという報告はある。外から異物が入ってくれば免疫応答で直ちに攻撃を受けるからに他ならない。しかし臓器内に残り、血流もしっかりと保たれ、しかも免疫抑制状態に置かれる中でどうなるのか、それは誰も知らないというのが本当だ。また仮に免疫反応で攻撃できたとして、それによる影響が折角移植した腎臓に何らかの異常を来す(癌化を含む)のでは本末転倒だ。

 後者は免疫抑制剤によりT細胞系の免疫は抑制されるが、NK細胞系の免疫は抑制されないから癌細胞制圧の免疫系は大丈夫というものらしい。それほどクリアカットに説明出来るのであれば、なぜ固形臓器移植後に癌発生率が高くなるという報告が多いのであろうか。

 これらの問題を解決する前に、困っている人がいるからとやってしまうその行為が問題だと思っている。段階を踏まない善意は、その他の多くの人への悪意となりえる行為だ。海外雑誌もその姿勢に疑問を抱く。常日頃から倫理問題にうるさく、倫理委員会を通していない、インフォームドコンセントが文章で確実になされていないなどと難癖をつけて拒否をするのに、一体どういうことなのか。

 最初にトライしたM医師が将来賞賛されることがあるかもしれない。小さな癌をもったままの腎やその他の臓器が平気で移植される時代が来るかも知れない。しかし現在の私達はその姿勢を拒否するべきだ。それは多くの患者さん達のために、そして医療を生体実験の場にしないためにあるべき姿と思う。もし臨床試験をするのであれば、それを実験動物にお願いしてデータを集めることからすべきだ。その上で倫理委員会を経て臨床試験を組むのでなければ認められないのは当然であろう。

 医療者はいろいろと考えるところはあるはずだ。一般の方もこれをどう考えるだろうか。

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コメント

その通りですよね。困っている人を助けたい気持ちは否定しませんが、この方法がまかり通るとなれば、根拠のない思いつきの医療が横行しかねません。エビデンスが全てとは思いませんが、その医療行為によって多少なりともデメリットが出る治療であればやはり本当に有効な治療なのかどうかきちんと手順を踏んで検証する必要があるとおもいます。特に進行癌治療における必要以上の医療介入には賛成しかねます。私の分野、腫瘍内科はそう言った不必要な医療介入を、食い止めることも仕事と思っています。

投稿: おじゃ | 2011年1月31日 (月) 20時52分

患者を助けたいからといって無茶をする医者と、やり方がおかしいからといって議論のチャンスも与えようとしない学会。
 
どっかで歩み寄れないものでしょうか。癌で身内を亡くした一般の人の一人として、切にそう思います。

投稿: ポリ | 2011年1月31日 (月) 21時18分

おじゃさん

 これまでも幾度となくこういった事例は繰り返されてきたと思います。だから良いではなく、だからこそ手順を確立しなくてはならないのだと思っています。

 進行癌治療における治験への横槍は、現在考えうる倫理的手順をしっかり踏んでいる以上偏見としか思えません。

 人体は科学ですべて説明できる存在ではないですが、少なくとも裏付けと検証は確立しなくてはなりませんね。

投稿: クーデルムーデル | 2011年2月 1日 (火) 00時03分

ポリさん

 現在の医療現場では各病院ごとに倫理委員会が設けられており、外部の医療者ではない人間を入れて議論することが可能です。この手続きを踏まないで行う医療行為は、例え当事者間で同意があったにせよ、問題視すべき事項であると考えます。

 当事者間だけの契約はファウストのそれに似ています。

 前例踏襲など糞食らえですが、論理的な正当性と、倫理的手順を踏まない医療は生体実験でしかありません。医療が高度になるほど難しい領域に足を突っ込むことになりますが、いつも肝に銘じながら医療行為を行う必要があると考えています。

投稿: クーデルムーデル | 2011年2月 1日 (火) 00時19分

 少し意見は違いますが認識は同じです。
 問題は子供に対する性教育と同じで、大切なことなのに覆い隠すことで正確な情報が伝わらず、まともな議論もできないことだと思います。そして間違ったままの認識が蔓延し不利益を被る人が出てくるのが日本の特徴だと思います。
 だからと言って実力行使がいいとも思えません。

投稿: hidero51 | 2011年2月 2日 (水) 23時34分

hidero51さん

 サンデル教授の授業でもそうですが、欧米のあの議論できる環境って言うのは素晴らしいですね。

 留学も楽しかっただろうなと、若いときにチャンスを逃したのが心残りです。

投稿: クーデルムーデル | 2011年2月 3日 (木) 13時44分

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