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2010年12月31日 (金)

大晦日

 とても気持ちよく晴れ渡った一日だった。幸い仕事もなく、ゆっくりとこの一年を振り返ってみた。

 まずは仕事。日常の診療では外来も入院も増加し、common diseaseや専門の腎疾患はもちろん、内分泌疾患も増えた。以前から膠原病も診療していたが、類縁疾患として線維筋痛症を診るようになったのが一番の出来事だろうか。

 論文は症例報告が主だが英文1編、和文2編で現在投稿中が1編。学会発表は2回、院外での講演が1回、医学書の共著が1編。地方の私立病院のわずか3人で賄う小児科で、しかも役職もついていない小児科医ならば並の働きは出来たと言えるか。

 新しい事へのチャレンジは先にも述べた線維筋痛症が大きい。日々の診療にも頭を悩ませるが、学会などにも参加し、論文を読みあさる日々が続いた。この地域でこの疾患の診断と治療が出来るようにしたいと考えるが道半ばだ。他には整形外科とのコラボレーションで行っているリサーチが順調に進んでいて、2、3年後に面白い結果が出るだろうと目論んでいる。まぁこれは後輩に形にしてもらうことが決定しており、アドバイスするだけなのだが。また先日結果が出たものだが、東邦大&群馬大主導で行ってきた川崎病におけるステロイド治療の全国調査にも参加し、データを登録してきた。これらの活動は母体が小さいからこそ小回りよく推し進められた結果だと思っている。

 私生活ではこども達の受験を控え殺伐としがちなところへカヌーを持ち込み、ゆったりと過ごす時間を設けるようにした。自身のスポーツは昨年と同様に月数回のサッカー&テニス、そして毎日通勤のために自転車に乗るなどをこなした。おかげで体重は変わらず、ウエストもメタボ基準を余裕でクリアしている。

 そう考えると充実した一年だったと思えるが、もちろん心残りも多い。全ての人に満足してもらえる医療を提供できたわけではないし、悔し涙を流すこともあった。また自分が安心して任せられるスタッフの離脱があり、それ以降スタッフ教育が頓挫してしまったことが悔やまれる。今はスタッフを疑心暗鬼で見なくてはならないことが辛い。その上病院全体で考えるべき研修医の教育環境を整えることもできなかった。これからの病院診療を考えると、実は先が暗いのだ。

 さすれば来年以降どうするべきかは自ずと知れる。どういう手法でいくべきか。それを考えながら除夜の鐘を聞くことにしよう。

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2010年12月26日 (日)

連れ添う二人へ

 ちょっと変わった者同志の結婚式へ呼ばれた。例によってギターを抱えて参上したのだが、私への新婦からの要望は会場の皆で合唱をして欲しい、その指導も含めてお願いしたいとのことであった。

 二つ返事で了承したが、さらっと数分で皆が歌える美しい結婚式に合う曲が見つからない。困り果てて替え歌にすることを思いついた。『明日があるさ』・・・これならいろいろ作ることが出来るし、知らない人も少ないだろう。てなわけで、職場数人の知恵を借りて羽目を外した替え歌が出来上がった。

 しかし・・・新婦は気が強い。これだけ歌ったら後で何を言われるかわからない。そこで結婚式にふさわしい曲をもう一つ考えた。思いついたのはドリカムの『a little waltz』。これに決めて1ヶ月、ようやく自分のものにして歌えるようになった。

 新郎も会場の皆さんも大変喜んでいたので、やってよかったのだろう。新婦は・・・

 明日があ〜る〜さ〜

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2010年12月24日 (金)

クリスマスキャロル

 今日はクリスマスイブ。家に帰すことが出来なかった子供達が何人か、病棟で寝泊まりしている。

 病院にはいろんな人達が寝泊まりしている。帰りたいのに病状がそれをさせてくれない人。帰りたいのに迎えてくれる人がいない人。帰る場所もなく途方に暮れる人。そして決して本意ではないが死を待つ人。

 皆へ伝えたいことがあって始めたクリスマスキャロル。今年も気持ちを伝えることが出来ただろうか。クリスチャンではないけれど、そしてただの歌だけれど・・・

 すべての人にMerry Christmas ! God bless you.

2010

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2010年12月20日 (月)

治癒証明書

 感染性胃腸炎が蔓延し、嘔吐で来院する患者さんが後を絶たない。しかし幸いなことに通常1日前後で回復している。おそらくノロウイルスだろうという予想はしているが、迅速検査などはしていないので予想だけである。

 これに伴い治癒証明書を希望して再来する方が増えている。学校からそう通達されているとのことであった。あまりに多く、この時期混雑する小児科を更に混雑させているのもあって、教育委員会に下記のように意見しておいた。

 

この1ヶ月、ノロウイルスを中心として感染性胃腸炎が流行しております。これに対し治癒証明が必要と来院される学童およびその父兄が多数おり、一言申し上げたくメールしました。

 ノロウイルスは体内に随分長い間留まることが知られています。嘔吐や下痢は数日で治まりますが、ウイルス感染は数週から1ヶ月近く続くとも言われています。もし治癒と言うのであれば、それはウイルスが排除された時のことを指します。では治癒証明とは一体何なのでしょうか。

 人に移す可能性を指すのであれば、嘔吐と下痢が治まった時点でもよいかもしれません。それであれば自己申告で十分です。なぜなら病院へ来たところで、われわれが患児への聞き取り調査をするだけに他なりません。もし患児およびその家族が嘘をおっしゃっていたらそれを見抜く術はありません。学校としても自己申告で問題なのは、病状を軽く申告されることではないでしょうか。それならば治癒証明があろうがなかろうが一緒です。

 治癒証明をもらいにくるとどういうことがおこるか想像してみて下さい。患児および家族はそれだけ時間をロスします。病院には多くの別の感染症をかかえた患者さんが大勢いらっしゃいます。当然感染の機会を増やすことになります。そして新たな感染に罹患し、そのまま学校へ行き、別の学童へ移してしまうのです。

 学校保健安全法で記載されている第3種までの感染症であれば、人に移す期間が定められておりますから、治癒証明の必要性は納得できます。しかし上記疾患ではウイルスの動向もわからぬまま虚偽の証明書を発行することにもなります。公文書偽造にもあたるのではないでしょうか。

 学校から治癒証明がないと登校させられないと言われているからといらっしゃる保護者に対し、つっぱねるのもどうかという観点でこれまで書いてきましたが、全く間違ったことだと思っています。

 どうか感染症に関しては、自己申告でOKとなさるようご指導下さい。治癒証明の存在より、手洗い・うがい・体調が悪いときは無理せず休むというのが感染を蔓延させない王道です。

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2010年12月18日 (土)

飲み会

 泌尿器科・眼科・小児科合同忘年会へ行く。久々にぶち切れて集まった人達に迷惑をかけてしまった。

 申し訳ない。この場を借りて謝ります。ご容赦願います。

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2010年12月15日 (水)

その後

 熱の続いた5歳の女の子のその後である。アデノウイルスは検出されず、咽頭・扁桃発赤は酷くなり、リンパ節の痛みおよび腫脹も徐々に悪化し、発熱も続いた。当然炎症反応も悪化をきたした。しかしLDHやフェエリチンなどは高値を示さず、アルブミンも低値とならない・・・川崎病の主症状は確かに満たさないが、血液培養検査も陰性となるとここで一番問題となるのは川崎病による冠動脈瘤の出現に他ならない。協議の結果、児にはγグロブリンを使用することにした。

 使用翌日にはストンと解熱。頸部リンパ節の痛みも消失し、ほどなくして腫脹も消えてしまった。そして数日後にこれかな?というほどわずかな指先の落屑を見た。確信を持って言えるわけではないが、やはり川崎病だったのではないだろうか。

 オーバートリートメント(過剰医療)と言われるかもしれないが、こういったことも医療の現場ではしばしば起こりうるものと記述してこの症例報告を終えることにする。

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2010年12月13日 (月)

千葉腎疾患懇話会

 先週の木曜日、年数回開催される懇話会に出席した。今回は千葉大出身の高名な先生が講演されるとのことで、千葉大出身者である同僚達がそりゃ聞かなきゃならんと息巻いていたので、ちょいと期待して出掛けた。

 症例報告を2例済ませたあと、座長の愛情溢れる紹介の中、講師が登壇した。小林豊先生、なんと1人で30数年にわたり900例超のIgA腎症患者をフォローアップしている強者だった。IgA腎症の自然歴、治療をしてゆく上で蛋白尿がいくつ以上出てくるものが腎不全へと移行するのかなど臨床の様々な角度からこの疾患を語ってくれた。残念ながらご高齢ということもあって言葉に抑揚がないことや、途中で空手の話が続いたことなどから意識が途切れてしまった時間もあったが、とてもためになった(ほんまか)。

 それにしても1日蛋白尿量1gとは一体何を指し示しているのだろう。この一線を越えた症例は予後不良であることを考えると、単なるカットラインと思えなくなってしまう。1個の糸球体という考え方ではなく、腎全体からこれを考えなくてはならないだろう。などと考えながら会場を後にした。

 それにしてもこの講演の座長をなさった先生、帰り際に「久しぶり、元気そうだね」と私に声を掛けて握手までしてくださいましたが、私は先生とお話ししたことがありません。おそらくどなたかと間違えていらっしゃると思います・・・

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2010年12月12日 (日)

熱き血のイレブン

 フィンケのサッカーは大好きだった。これが完成したらレッズは本当に強くなると信じられた。ただ疑問もあった。どうしてこれだけ怪我をするのだろうかと。オフにしっかりと鍛え、怪我をしない身体作りに励んでいたはずなのに。

 今から思うと、魂の入り方がおろそかだったのかと感じる。もちろん気持ちだけで怪我をしなくなるわけではないのだが、どうしても気持ちで負けていた試合もあったと感じるのだ。そんなときに悪いことは重なるモノだ。それならばサポの力不足も理由として挙げられるだろう。フィンケ監督スミマセンでした。

 レッズフロントはここであのぺトロビッチを呼んできた。あの熱い男が帰ってくるのだ。今足りない勝つ気持ちをたたき込んでくれる男が戻ってきた。こりゃ来年は面白くなりそうだ。

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2010年12月11日 (土)

お見合い

 ひょんなことからお見合いに同席することとなった本日、帝国ホテルで食事をしてきた。

 緊張の面持ちの美男美女を前に、しゃべりたいだけしゃべってしまった。まあその後の二人の会話への話題提供と思ってもらえればよいのだ。

 男性はもちろん医者仲間で、私が上なのは年だけというとてもかないっこない素晴らしい人物。こんないい男がここまで独身でいるなんてねぇ~研究業績も肩書きも、人徳もある人物なんてそうそう転がってないぞ。しっかり捕まえなさいよ。

 それにしても久しぶりの都内、暖かかったな~

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2010年12月 8日 (水)

そこに助けを求めるか

 民主党は社民党に連立を呼びかけるらしい。恥も外聞もないが、もともと隠れ左翼政党であるが故、連立を組むならそこしかないのだろう。親玉も崩れ左翼運動家だから仕方ないか。

 最初から言い続けていたが、民主党にも心ある政治家はいる。大人物・大政治家かといわれるとどうだか知らない。そこまで見通せはしない。しかし多くの左翼を抱えているためまともな国政運営が出来るはずがないと言ってきた。その通りだった。

 つまらないのは国民新党だ。キャスティングボードを握っていると言っている割にはその機能を果たしていない。泥舟からは早く降りた方がよいという腹づもりだろうか。

 マスコミも酔っ払ってゆであがった赤色エビらの泥仕合をああだこうだ言うより、この政権を何とかする議論の方が先だろう。それをしないというのはマスコミもただの左翼崩れの巣窟ということだ。

 それにしてもこの期に及んで自民党の覇気のなさはどうだ。頼りないことこの上ない。

 さてそれならば自身はどうか。こうして批判ばかりしていて何が変わるというのか。批判だけなら誰でも出来る。。。何が自分に出来るだろうか、何が自分の道かと自問自答する。

 自問自答する。

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ノイロトロピン注

 部活に悩み、その後起こった酷い頭痛発作で来院の女子中学生。これまでいろいろと薬を処方されたが何も効かなかったとのこと。試しに胸骨辺縁を押してみると猛烈に痛がった。おや???

 線維筋痛症の圧痛ポイントを探ると8/18。11/18以上でそれと診断に至るが、慢性疼痛症候群の範疇とだけは言えそう。学校も行けず、数日嘔吐を繰り返しているとのことで、補液ついでにノイロトロピンを試してみた。

「あれ~~~~~痛くない。痛くなくなったよ。でもなんだろう、とても眠い・・・眠いぃぃ、ぃぃ・・・」と眠ってしまった。

 線維筋痛症で効く方はいるとの話は聞いていたが、これまで診てきた子供達は全く効果がなかった。これほどの人がいるならやはり試す価値のある治療であると感じた。

 その後ノイロトロピン内服を続けているが痛みがなくなり快調とのこと。良いことは続くようで学校の問題も解決の兆しがみえてきたとのこと。ここが重要で、線維筋痛症を筆頭とする慢性疼痛症候群は負の連鎖から逃れられない泥沼にいるのが一番の問題だと理解している。どこかに解決の糸口があれば這い上がることができるのではないだろうか。大人達のように様々なしがらみのない子供だからこそ、小児期の線維筋痛症は治る人が多いのだろう。

 一方で成人発症の線維筋痛症もよくよく話を聞くと、小児期にその前兆があった人が多いらしい。這い上がるきっかけを失うと辛いものだ。少しでも痛みが消えればそれがきっかけになるかもしれない。それでもその人に合った治療を見つけるのは難しい。。。

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2010年12月 3日 (金)

冷蔵庫に向かってこんにちは

 うちに環境破壊現場からアザラシが逃げてきた。冷蔵庫にちゃっかり収まり、毎日声掛けをしてくれている。

「どうした〜?」
「何探してるの〜?」

 子供の声なので、ついつい返答してしまう。ちょっと開ける時間が長いと・・・
「暑いよ〜」
「溶けちゃうよ〜」

 毎日たまりません。

Jutjv


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これは川崎病か?

 5歳の女の子。いつも鼻炎で外来通院していた。前日からの発熱と右の頸を痛がると来院したので触ってみると、右胸鎖乳突筋の鎖骨付着部付近に小さなリンパ節が数個触れた。とても浅いところで、痛がるのだが動きのよいリンパ節だった。エコーで診ると数個のリンパ節が一塊となっていたが、それぞれ扁平でリンパ門も鮮明で血流にも異常を認めなかった。他には同じく右胸鎖乳突筋の前側にわずかなリンパ節を、左もわずかに、そして右腋窩に1個触れた。いずれもとてもちいさなもので、痛みは伴わなかった。

 発熱2日目で眼は勿論唇も赤くなく、発疹も手足の変化もない。レントゲンで胸部(縦隔)のリンパ節の大きな腫大がないことを確認し、わずかな咽頭の発赤とリンパ節腫大&疼痛に対し抗生剤CDTRを処方して帰宅してもらった。2日後、発熱は全く変わらず、右頸部リンパ節も変わらず痛み、左リンパ節の明らかな腫大を伴って再来院した。

 採血では著明な炎症反応高値(白血球&CRP)を認めるも肝機能障害はなかった。初日と同じように他の変化は全くなかった。血液培養を施行し、点滴にて抗生剤CEZ投与を開始した。しかし全く反応は無かった。

 発熱から第6日目に再度採血をしたところ、更に炎症反応は高値(WBC 12500, N65%, L15%, Mono 10%, CRP12, )となるが川崎病を想起するようなアルブミンの低下やナトリウムの低下、肝機能異常など全く無かった。症状は発熱および頸部リンパ節の腫大に加え、扁桃の腫大・白苔付着を認めた。皮膚変化や肝脾腫はなく、さてどうするべきかと悩んだ。

 ペットは飼っておらず、旅行もしていない。草むらで遊ぶこともない。家族で発熱などの症状のある人もいない。

 さて鑑別診断は・・・どう対処すればよいだろう。

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