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2010年10月 8日 (金)

研修医

 先日から珍しいことに私達の小児科に研修医が来ている。この病院が開設されて初めての全科ローテートの初期研修医である。メジャーな科目のみの初期研修医は数人いたが、小児科には廻ってこなかった。研修医が来たら何を教えてやろうかと楽しみにしていたのだが、相手は無茶苦茶なレッテルが既に全科で貼り倒された研修医だ。

 ふと自分の研修医のころを振り返ってみた。右も左も判らない、本当に出来の悪い研修医だった。そりゃそうだ、部活に明け暮れ、色恋にうつつをぬかし、国家試験の1ヶ月前まで友人達とボーカルグループを作って遊びほうけていたのだから。このままでは国家試験に落ち、後輩達からどんなさげすんだ眼で見られるだろう・・・と反省してから、猛烈に勉強した。一日3時間の睡眠と食事以外は勉強した。一心不乱とはあのことだろう、試験当日は実に晴れやかに臨むことが出来た。後ろ指を指されることなく、研修医として病院へ一歩入ると、国家試験の勉強など全く役に立たない世界が広がっていた。なにしろそこには疾患が置いてあるのではなく、疾患を含めた様々な人生を背負った患者さんが横たわっていたのだから。

 悪戦苦闘が始まった。病歴すらうまく聞き出せない。採血一つまともに出来やしない。でも一つ一つ丁寧に毎日欠かさず行うことで、少しずつ確実に出来るようになった。そうすると毎日が楽しくなった。そりゃそうだ、自分が成長していることを実感できるのだから。

 朝は6時前には病棟に居て、夜1時過ぎに研修医部屋に戻る日々が続いた。時には病棟のストレッチャー(搬送用ベッド)で仮眠をとったこともあった。失敗は山ほどした。そのたびにオーベン(教育係医師)から怒鳴られた。でも2度同じ間違いはしなかった。外科の3ヶ月は瞬く間に過ぎた。オーベンからしかり飛ばされる原因となった縦隔腫瘍の兄ちゃんがもう数日の命となった夜中に、敷地の中で花火を内緒でした。担当した肺がんの患者さんからは科を離れても弁当を作ってもらった。今でもあのときの患者さん達の顔と名前はすぐに浮かぶ。

 内科での半年は、内視鏡漬けだった。最初の1ヶ月はオーベンの背中に張り付いて実際にオーベンの内視鏡を操る姿とテレビ画面を見ながらエアー内視鏡の毎日。1ヶ月たつと急に本物の内視鏡を渡されて、やれという。おそるおそる口に管を入れると、不思議なほどすんなり検査が終了した。後ろで見ていたオーベンは、「今日からお前がこの内視鏡(内視鏡ブースは3台あった)の担当だ。全部やれ。」と言った。毎日何十人と内視鏡検査を行った。外来は担当することなく、検査担当の毎日であったが、病棟の担当患者さんは癌だらけで、しかも毎週見送っていた。聴診器を持つか数珠を持つかっていうくらい・・・内科を離れるとき、肝癌や肝硬変を患っていた患者さんたちから週末明けといてくれと耳打ちされた。外泊を許してもらったから一緒に行くぞと言う。どこって?送別会のための居酒屋だ。うれしかった。たった一杯だけしか許してあげられなかったが、一緒に酒を酌み交わした。

 馬が合わない患者さんがいなかったわけではない。今でもそのおばあちゃんの声は覚えている。「前の先生は肩をいつももんでくれたよ。あんたは肉を食べるなしか言わない。わたしはね、プルーンを食べてるんだよ。とやかく言われる筋合いはないね。」悲しいくらいボロボロの膵臓を抱えたあの人と心を通わせることは叶わぬまま、他界された。

 いろんな経験を全科ローテートでさせてもらった。医療に無駄な経験などない。だから今の研修医制度が悪いなどとは思わない。むしろどんどんいろんな経験を積めばよい。しかし全科を経験したからと言って、すべてが出来るようになるなんていうのはもちろん幻想に過ぎない。

 さて話を元に戻そう。かの研修医は他科の医師からだけでなく、病院職員すべてから評判が悪い。聞こうとせずとも耳に入ってくるくらいだから相当なのだろう。で、実際に彼が来て一週間が経過した。

 他でこっぴどく扱われたせいなのか、彼の目は死んでいた。こりゃダメだと切り捨てるのは簡単なことだった。わずか2ヶ月間、好きにしてていいよと言えばよかった。しかし、私の口から出た言葉は自分でも意外だった。

「他でどういう評価を受けたかを僕は知っている。けれどその偏見で君を見ようとは思わない。どうも君の目はどうせあんたも同じなんだろう?って語っているように思える。見くびるな、僕は君という人間がどういうものなのかを自分の目で見極めたい。君はここでお客さんとして扱われたいか、それとも学びたいと思ってきたのか。」

「じゃあ、、、学びたいと。」

「じゃあとはなんだ?その一言はいらない。いいかい、学びに来ているのなら君はここで一番の下っ端だ。我々医者だけでなく、看護師さんにもパラメディの人達からも学ぶことは大いにある。彼ら彼女たちに対しても誠意を込めて毎朝毎晩挨拶をしなさい。いいかい、誰よりも大きな声で挨拶しなさい。」

 それから毎日、挨拶が小さい声であればやり直しをさせた。眼が死んでいると子供達には迷惑だと毎日言い続けた。質問は多岐に亘り、一つとして満足に答えられないため宿題は膨らむ一方となっている。しかし、ほんのわずかではあるが、眼に生気が少し灯るようになったように思う。

 君よ、死ぬほど勉強しなさい。いろんな人達から学びなさい。一つ一つが有機的に繋がるようになれば、初めてこの仕事がどれだけ面白いものか、どれほどやり甲斐のあるものかわかるはずだ。

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コメント

そいつ,生き返るといいですね.
僕らも先輩や患者さん達に育ててもらいましたものね.大事な研修医を活かすのはその恩返しですよね.
教えて学び.育てて学び.活かして学び.
僕も彼らから育ててもらっている実感の日々です.
しんどい事ばっかりだけど,喜びもひとしおです.

蘇生に成功した暁には,報告して下さいね.
こっちで祝杯を上げますから.

投稿: Diabo com Fome | 2010年10月 9日 (土) 11時00分

その研修医は幸せですね。

僕は医師としての基本姿勢を先生から大いに学ばせていただいたと思っています。

短い期間とはいえ研修医時代に先生と仕事ができる幸せをその研修医は感じているのでしょうか・・・?

我々の仕事は、一生勉強ですから、「学ぶ」ことのできない人間は、辞めた方がいいのではと思ってしまうことも多々あります。

どこまで根気よく教えるか、教え甲斐のある人間なのか・・・。

自分も成長過程にあるだけに、人を育てるのは難しいとひしひしと感じています。

投稿: おじゃ | 2010年10月 9日 (土) 11時30分

Diabo com Fomeさん

 先生の熱い心に触れたせいでこうなっちまいました。

 自分が何者かを知る、良い機会かもしれません。

 では。

投稿: クーデルムーデル | 2010年10月10日 (日) 06時45分

おじゃさん

 なんだかケツがこそばゆくっていけねぇ〜coldsweats01

 私が学ばせてもらっているのに・・・

 

 

投稿: クーデルムーデル | 2010年10月10日 (日) 07時00分

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