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2010年8月16日 (月)

今日という日

 すでに8/16日になってしまったが、昨日は朝のテレビを見て不満に思ったことがあり、それ以来テレビに見向きもせず一日を終えた。

 終戦記念日ということで、様々な番組が放送されたようだが、おそらくどれもこれも戦争の悲惨さを伝え、二度とその過ちを繰り返さないと誓うというものだったことだろう。私も戦争などしたくない。子供達にもさせたくはない。しかし・・・

 幕末から昭和初期までのアジア情勢を考えると、列強に対抗しなければ日本も植民地となることは避けられなかっただろう。奴隷として生きることがもしかしたら今も続いていたかもしれない。だから侵略も許されるのかというとそうではないのだが、事はそれほど単純ではない。韓国から満州に至る地域をロシアとの緩衝地域としないでは日本本土が危なかったのだ。その証拠に国境を接する北方領土は同胞が陵辱された上掠め取られて久しい。

 私たちは子供達に何を伝えるべきなのだろう。ただ戦争の悲惨さだけを伝えるべきなのだろうか。それはご先祖様たちに対して、その命を故郷に捧げていった英霊に対して失礼なのではなかろうか。ヨーロッパの国々では子供達に自由は勝ち取るものだと教えている。そしてその自由は永遠に与えられるものではなく、義務を果たした先にあるものだとも教えている。この国は子供達に何を教えているだろう。

 ひとしきり子供達に歴史を語り、熱くなった思いのまま一緒にボールを蹴った。汗だくになりながら、夕方を迎え、先程まで急病診療所の当番へ出向いていた。

 最後に運ばれてきた3才の男の子は、夜になって突然痙攣し、一端止まるも意識は回復せず、救急車で運ばれる間に再び全身の痙攣を起こしてきた。一次診療所で対応できるものではないと判断し、二次救急病院へそのまま搬送してもらった。そこで人手が足らないとよくないと考え、0時の交代を待って二次救急病院へ出張った。幸いジアゼパムで痙攣は落ち着き、これから精査との情報を得、安心して帰ってきたのだ。

 今があるというのはどういうことか。しばらく考えながら眠るとしよう。

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