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2010年2月26日 (金)

夢見たものは

 何年ぶりだろう。『ティオの夜の旅』というCDを手に取った。

 未だ合唱に手を染めていて、中でも作曲家木下牧子を愛してやまないので、彼女の作品集を聞くことは多い。しかしこの『ティオ』は本当に5年以上聞かずに過ごしてきた。

 ~学生時代とても可愛がっていた後輩達がいた。合唱部を彼らに託して私は卒業した。彼らも慕ってくれたのか、市民合唱団で知り合った仲間も加わって、卒後もボーカルグループを作って一緒に歌っていた。それぞれの道へ進み始め、最近は連絡をとることも稀になってしまった。それでもその後輩の一人が同じ小児科医局で頑張ってくれており、彼とは時々酒を酌み交わしている。

 私以上に木下牧子に惚れ込み、彼女の曲を演奏することを掲げ、指揮者として合唱部に打ち込んでくれた後輩がその中にいた。とても繊細な心の持ち主だった彼はいつもティオと一緒に旅していた。~

 CDを手に取り、音を鳴らし始めた時に電話が鳴った。電話の主は小児科の後輩だった。声が暗い。えっ・・・・・・

 ・・・・本当に旅立ってしまった・・・・

 彼の夢見た物は何だったのだろう。

 彼に木下牧子作曲、立原道造作詞『夢見たものは・・・・・・』を捧げる

 夢見たものは ひとつの幸福

 願ったものは ひとつの愛

 山なみのあちらにも しづかな村がある

 明るい日曜日の 青い空がある

 日傘をさした 田舎の娘らが

 着かざって 唄をうたっている

 大きなまるい輪をかいて

 田舎の娘らが 踊をおどっている

 告げて うたっているのは

 青い翼の一羽の 小鳥

 低い枝で うたっている

 夢見たものは ひとつの幸福

 それらはすべて ここに ある と

 

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2010年2月24日 (水)

西福寺にて

西福寺にて
梅が満開を迎えた

ほんのり薫る風が心地よい

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2010年2月23日 (火)

言いづらいことを言うために

 先日病棟のカンファレンスで吠えた。

「面白くない。全く面白くない。なんのために集まって時間を費やしているのか理解できない。僕ら医者より患児やその家族の情報をとっていない看護なんてあり得ないし、情報を得ていて疑問が一つも浮かばないなんてそれこそあり得ない。向上しようって気がないなら、カンファレンスなんて無駄だ。やめよう。」

 看護師さんたちの動きが止まってしまった。笑顔も消えてしまった。でもその後どうすべきか彼女たちなりに考え、カンファレンスを続行することに決めた。今日のカンファレンスは、まだまだ不満の残るものだが、前進はあったように思えた。

 後輩医師の治療方針にも注文をつけた。もちろん自分の方針に注文をつけられるのは気持ちの良いものではないはずだ。だが彼は納得してくれた。(と思う。最近彼の態度がよそよそしいのが少々気になるが。。。)

 それなりのバックグラウンドがないと人に物は言えない。それは肩書きとか年とかそんなものではなく、確固たる信念と裏付けに他ならない。そのために自分を磨く。絶えず磨いておかないとすぐなまくらになってしまうのがこの世界だ。

 こうしてここに書き記すのも、自分にプレッシャーを与えるためだ。そう書いておきながらあいつはと言われぬよう、努力する。それが医学の徒に与えられた使命だと思う。なにより苦しんでいる人のために、何が出来るか。

 自分がまだまだと思うところは多々ある(いやすべてまだ至らぬ)。中でも社会的な問題については、自分の考えを相手に押しつけすぎだ。こればかりは勉強しても納得できないところがある・・・抽象的な物言いで判りづらいと思うが、このあたりが改善されない限り、大きくはなれないだろう。まあ大人物はそう思わずとも、人徳がにじみ出るものなので、自分はその器にあらずということだとあきらめるほかなさそうだが。

 青いな~

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2010年2月21日 (日)

Wedding Party

Wedding Party
この年まで独り身を通したのは、この人と出会うためだったんだね。納得したよ。

お相手は新進気鋭のピアニスト。とても楽しそうに弾く音色が心地よい。

それにしても集まった大学同級生の数、この間の同窓会より多くない?おまけに相手方とのジェネレーションギャップ有りすぎ!?

何はともあれ、幸せにな!

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2010年2月20日 (土)

研究会三昧

昨日は千葉で千葉小児膠原病研究会。強皮症を思いっきり勉強。実際には見たことのない疾患だが、だからこそいつ出会っても慌てないよう、見て聞いておかなくてはならない。

強皮症は肺線維症や肺高血圧、心血管障害、そして腎クリーゼなどで命の問題となる疾患だ。金沢から新進気鋭の研究者も駆けつけ、とても面白い話をしてくれた。

そして今日はアキバで小児放射線教育セミナー。先天奇形を中心に発生から画像を考えてみている。そういう目で見ていくと一枚のレントゲンも変わって見えるから面白い。今日から使える知識満載だ。

近くにこういったことを尋ねられる放射線専門医もいないので、本当にうれしい講習だ。さて、もうひといき。

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2010年2月18日 (木)

感謝のこころと

 何事も

 自分一人でなしえることなど出来ない

 そこには

 必ず支え関わってくれた人たちがいる

 いつも

 感謝の心を

 どこかに

 持っていたい

 同時に

 万物に対するリスペクトも忘れずに

 そこから初めて前へ進める

 そう

 いつも思っている

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2010年2月15日 (月)

冒険は・・・

 今朝も雨。このところ週の半分は雨か雪。これでは自転車に乗れない。

 いや乗れるのだが、怖い。濡れた路面は滑るし、車からの視界は悪いに決まっている。

 ちょっとの冒険だが、そんな冒険で危険を自ら引き寄せたいとは思わない。日常での冒険って、この年になるとなかなか出来ないものだ。せいぜいいつもと違う道を走ってみる程度。それでも違った世界が広がるから面白いのではあるが。

 さて昨日のモーグル。予選も決勝もLiveで応援した。愛子選手は惜しくも4位だったが、とっても凄い滑りをしていた。ただ決勝の滑り出しのところで私は「ダメだ」と叫んでしまっていた。明らかにスキーをコントロールしようとしていたのだ。

 予選から見ていて、上位に食い込んできた選手たちは明らかに攻めていた。スキーをコントロールするのではなく、坂の一番下へ自分を何度も突き飛ばしていた。足下は後から付いてくるようなそんな感覚だろうか。もしうまく板が付いてこないならコースアウトしても構わない、でもそうはならない、何が何でも付いてきなさい!ってところ。

 見たところ愛子選手以上にターンのうまい選手はいなかった。彼女は自分らしく軽やかに跳ねて飛んでいた。それはそれでもの凄いこと。しかし彼女より上位にいった人たちは一世一代の冒険滑りをした。谷底へ自分の身を突き落とし続けた結果があの映像だったように思う。

 冒険は日常でも極限の場でも難しいのだ・・・

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2010年2月11日 (木)

腎カンファレンス

 昨夜は仕事を終え、柏まで出向いた。東葛腎カンファレンスのためだ。開始時刻は19時。しかし出たのは18時30分。とてもじゃないが間に合わない。国道16号を北上すれば柏までは一本道ではあるが、夕刻ならば2時間はかかってしまう。そこで試したのは千葉ニュータウンを北に抜ける道。手賀沼への細い道が続き、渋滞につかまることなく小一時間で辿り着いた。

 それでも会場に入ったのは3演題のうち、最初の演題についての討論が行われている最中であった。どんな内容かというと・・・

1. 進行胃癌を合併し、亜急性腎不全・洞不全症候群を呈した軽鎖沈着症の一例

 小児科では見掛けることのない沈着病だ。軽鎖と言われるグロブリンがなんらかの原因で異常に産生され様々な臓器に沈着してしまい、腎臓など機能不全に陥ってしまう病気だ。今回は胃癌により急速に沈着が進んだ奇妙な症例だった。腎臓だけなら透析などでしのぐことも可能であったが、残念なことに心臓にも沈着して亡くなってしまったとのこと。ご冥福をお祈りすると共に、この病気の詳細を検討することが今後に役立つのは間違いなく、皆真剣に病理組織に見入っていた。これまでの沈着状況と違うところが散見され、いろいろな意見が飛び交った。残念ながら、私が立ち入ることなど出来ない検討内容だった。

2. 慢性気管支炎の経過中にMPGN likeな病変を呈しESRDに至った一例

 病理学者の中でもMPGN(膜性増殖性糸球体腎炎)likeという用語は無いと言う人もおり、題名から議論の的となる症例だった。慢性の気管支炎から耐性菌であるMRSAなどによる肺炎も併発し、にっちもさっちも行かないところへ腎不全も重なり、慌てて腎生検したところなんとも表現しづらい病理組織が出て来たというものだ。私は感染による急性腎炎的変化と読んだが、会場の病理の先生たちはものすごく細かいところを指摘しあい、膜性腎症の一亜型としていた。小児科の学会では膜性腎症でIgGの4分画染色を問うことなどない。ここ東葛腎カンファレンスでは毎度当たり前のようにこれが議論される。それこそが日本の腎臓を専門としている人達のスタンダードと考えるべきで、小児腎臓が遅れをとっているとみなければならない一つだ。けれど、そうは言ってもこりゃ先生達の言ってることは違うぞな・・・とぶつぶつ言っていると、座長からある一流誌での総説『Acute glomerular nephritis 』の提示があった。そうだろう。

3. シクロスポリン療法にLDLアフェレーシスを併用した巣状分節状硬化症の一例

 これは小児科領域の話だ!しかしのっけから治療法というか考え方が違う。会場も小児となると途端に正常値からなにからウロウロ・ソワソワして落ち着かないようだ。病理組織の分類の勉強をしたかったのともう一つの理由から発言は控えたが・・・

 もう一つの理由というのは、大事な友人を迎える約束の時間が迫っていたというものだ。会が終わって即向かった。21時を過ぎると国道16号も閑散としており、曲がり角もないため予定通りの時間に迎えることが出来た。

 家へ招き、彼の持ってきた国士無双を開け、ゆっくりと語り合った。酔ったところで眠りについた。朝早く成田空港へ送り届けなければならなかったからだ。しかし起きてみると・・・酒臭いぞ・・・まだ酔ってるじゃん!!

 車は断念し、電車で送ることにした。無事間に合ってよかった〜〜

 いやはや楽しい時間をありがとう!

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2010年2月 7日 (日)

ハンバーガーなら

ハンバーガーなら
千葉大学で学会あり。質問に立ちたかったのだが、行く手を阻むばあちゃん先生あり。寝ていて起きてくれないなんて。

ふてくされてる時は美味しいものを食べるのが一番。

ビレッジバンガードでハービービーカーズバーガーにアボカドトッピング最高さ。

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無事帰ったかな

 先程急病診療所の当番を終えて帰宅した。ひところより格段に落ち着き、重篤な状態の方もいらっしゃらずとても静かな当番だった。しかしちょっと困ったことがおきた。

 夜中に救急車で来た乳児がいた。発熱と下痢があった子で、突然意識がなくなったと救急要請し、来院となった。よく聞けば手足は硬く、眼も上転していたらしく、数分で元に戻ったとのこと。救急車の中でも意識は清明で、到着時にはぐったりともしていなかった。

 一通りの診察を終え、熱性けいれんと思われること、髄膜炎や胃腸炎に関連するけいれんならここまで普通にならない可能性が高く考えにくいこと、それでもこの24時間以内にもう一度けいれんするなら入院にて検査・加療が必要になることもありうることなどお話し、診察終了とした。

 他の患児を診終って待合室に出てみると、その子と家族がまだいた。お母さん、おばあちゃん、お兄ちゃんの4人で固まっていた。事務員さんに話を聞くと、遠方から救急車で来たため、帰る手段がないとのこと。お父さんは夜勤で朝にならなければ来られないらしい。確かに診療所からはタクシーしかなく、帰るのにはおそらく万単位だろう・・・幸いベッドは空いていたので仮眠をとってもらうことにした。

 しかし朝になっても迎えは来ない。どうも到着は8時ごろになりそうと言う。急病診療所の診療時間は朝6時までだ。私がよいと言っても、事務員さんや看護師さんを留めるわけにもいかない。戸締り等の責任も含めるとここでどうこうするのも難しい。かといって熱の下がっていない乳児を寒空に放り出すわけにもいかない。すやすや気持ちよさそうに眠っていることだし、さて・・・

 とりあえず寒さをしのぐことのできる自分の勤務病院へ連れて帰ることにした。電話で事務&看護当直へ連絡し、処置室の空きベットで迎えを待てるよう手配した。道すがら自宅の場所などを聞くとJRでならなんとかなりそうなことが判明した。運行時間をしらべると1時間に一本しかない列車が丁度よい時間にあった。駅までのタクシーならば2000円くらいでなんとかなる。それならばとタクシーを手配した。

 とても美しい朝日の中へ消えていくタクシーに手を振った。ふぅ~~~

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2010年2月 3日 (水)

だから男は弱い

 京都大学、いや現在は青学の福岡先生。この人の授業は面白いだろうな・・・

 『生物と無生物のあいだ』も引き込まれたけれど、こっちもあっという間に読み終わってしまった。

 どうです?みなさん。

Photo


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春はまだか

昨日の雪は 草むらで固まり

路面の雪は 泡と消える

車輪は軽快に廻り

私を仕事場へ運んでゆく

水面にカモらの陰が映り

泳ぐ軌跡が湖面を覆う

そうか 今日は節分なのだ

201023

追記: 素晴らしき写真ブログをみつけた

    生き物たちの息づかいが聞こえてくる

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2010年2月 1日 (月)

仲間との語らい

 大学の同級生達が集まった。本当に懐かしい顔ぶれだ。全寮制で6年間も一緒にいた連中だから、やんちゃしていたことも、酔った後の顔も、趣味もここぞのときの動きも知っている兄弟みたいな奴らだ。でも学生の頃とは違った、とても余裕のある、そして自信に満ちた顔をしていた。そりゃそうだ。40をようやく越えた我々ならば、世の中を見渡しても責任ある部署でバリバリ働いている年代だ。それでも思ったより髪が後退している輩は少なく、腹の出方もそれほどでもない。いや自分もそうで、見慣れているからというのではない。はて・・・

 各々の近況を語り、同窓生との交流のおかげでとても助かったという話などで盛り上がったが、中でもテレビで活躍が報道された仲間の話に関心が集まった。ある者はとある都市の救急患者を一手に引き受ける病院のボスとして登場し、またある者は自衛隊の重要な任務の先頭に立つ者として、またある者は広報の一環でさんま&キムタクと漫才を披露したとのことであった。

 楽しい話は尽きることなく続いた。同級生の6割がこの忙しい時期に集まったのだから凄いことだ。あいつとも話したい、そうあいつとも・・・などと考えているうちに時間がどんどんと過ぎてしまった。遠方から来た友が、皆に別れを告げて去ってゆく。この後残した仕事があると帰る者も出始めた。学生時代に戻り、雀へ連れ立つ者達を見送り、結局またの再会を約束しながら別れた。
 
 私は電車の中で、自分が語った自身の近況報告を振り返った。「皆小児科は大変だろうと声を掛けてくれるけれど、僕はそう思っていない。恵まれた環境にあることと、なにより子供達から元気をもらっているから、大変じゃないよ。」と口にしていたのだ。皆不思議そうにしていたのが、とてもおかしかった。皆それぞれに大変なことを抱え、悩み、そして今の自分に辿り着いているのだから、それで良いのだろう。

 思い返しながら私はもう一軒、別の飲み屋へ直行した。そこにはまた別の仲間が集っていた。ふと・・・自分は仲間に恵まれ、そのおかげで今があると感じていた。 

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