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2010年1月18日 (月)

衝撃

 土曜日はフル回転だった。朝から押し寄せる外来患児たちをさばき、そのままPandemic Fluワクチン接種になだれ込み、終わるやいなやお茶の水へ急いだ。日本大学の講堂で行われる関東小児腎研究会に参加するためだ。

 この会、東葛腎カンファレンスと同様に臨床医の見立てに対し、腎病理を見ての病理の先生の本音がバシバシ浴びせられる会なので、とても白熱して面白い。今年はそれにも増して、特別講演に期待するところが大きく、遅くなっての到着でも無理矢理参加したのだ。

 期待に違わず白熱した議論が展開されている。集まる連中は一癖も二癖もある関東の猛者ばかり。こりゃこの後の特別講演がどんなになるだろうかとワクワク感は否応なしに高まった。というのも今回の特別講演はIgA腎症治療にパラダイムシフトをもたらしたと言われる堀田先生の講演で、小児腎臓病学会はこの先生の治療を半ば否定してきた経緯があるからに他ならない。それなら口角泡を飛ばす議論となるのは明白・・・

 堀田先生の講演はこれまで2回、いや正確には1回拝聴している。1回目はもう10年ほど前だったが、このときはそんな野蛮なことを子供達に出来るか!!と怒りにも似た感情で否定してしまった。2回目も話の入り方が同じで、聴くだけ無駄だとやめてしまった。今回も同じかもしれないが、おそらく議論しあうことは可能であろうと思ったのだ。

 かの先生の言い分はこうだ。

『IgA腎症は単に腎のメサンギウムへIgAという蛋白がひっつく沈着病ではない。扁桃を中心とした慢性炎症に起因した免疫異常とこれに伴う糸球体毛細血管炎である。故に慢性炎症の現場を取り除き、免疫異常と毛細血管炎を同時に抑え込む扁桃摘出&ステロイドパルス療法がIgA腎症の根治治療である。』

 これに対し現在我々小児腎臓病学会に属する者たちは、原因は定かでないがIgAという免疫グロブリンの異常により惹起される糸球体メサンギウム細胞の増殖性腎炎であると考え、これに対する長期の免疫抑制療法を治療の軸としている。ステロイドパルスは判るが、扁桃摘出という身体への侵襲や上咽頭での免疫反応の場を無くすことなどもってのほかという立場を貫いてきたのだ。それは実際に自分たちの目で、IgA腎症を治療し、治る子供達を診てきたからに他ならない。軽症状態であればACEIまたはARBという降圧剤で、それ以上ならばステロイドを軸とした免疫抑制を2年間継続するカクテル療法で寛解に至る子供達は8割に上る。それを痛みだけでなく、手術という合併症を伴いかねない治療へ切り替えることに抵抗を覚えるのは当然だ。しかも習慣性扁桃炎などの症状がない症例までも全例摘出など一体何を根拠に・・・・

 今回の講演の入り方はこれまでと全く違っていた。大反対している研究者達の中へ飛び込んでの講演なので、気合い十分だったのだろう、少し早口でろれつが回り切れていなかったが、熱い思いは伝わってきた。

 扁桃摘出がどうということより、私のIgA腎症治療&経過・予後についてどうしても腑に落ちない点が一つあった。それは血尿がどうして続くのか、しかも風邪を主とした上咽頭の感染症を起こしたときに肉眼的血尿を起こす理由はなんなのかというものだ。これに対し、明確な答えを誰もくれなかった。血尿にはそれほど注目しなくてよいとすら教わった。しかし、カクテル療法では血尿を完全に消失させるまでいかない・・・

 堀田先生は今回の講演で全くもってクリアーに血尿の出るメカニズムを示してくれた。そして血尿こそIgA腎症の病態を表す指標なのだと力説したのだ。思わず聞き入ってしまった。これまでの疑問をハラハラと解きほぐす考え方と腎臓病理的証拠を見せられた。講演が終わった瞬間、学生のころ構造主義の本に初めて出会い呆然となったあの瞬間と同じく身体が震えていた。

 会場の研究者達も同じ感想だったのだろうか、激しくなると予想していた議論への発展はなかった。講演の後質問をぶつけていく若い研究者が数人いたが、皆そそくさと会場を後にしてゆく。同僚が堀田先生に挨拶しましょうよと言ってきた。そう、かの先生は我々の大学の先輩だ。挨拶しないのは失礼だ。

 「初めまして。○△大学の第Ⅹ○期卒業生クーデルムーデルと第△△期のゲルゲルシーです。」

 するとかの先生の顔がやっと緩んだ。そこからは大学の話、同窓生の話からIgA腎症の話まで延々と話が繋がった。気が付くとレセプションも含め1時間以上ゆっくりと話し込んでいた。今までの疑問はとりあえずすべてぶつけてみた。どれもとても丁寧に教えてくれた。そう、揺るぎない信念をそこに感じた。

『あらゆる理論が崩れても

しっかりと観察した事実だけは

びくともしない』   by Jean-Henri Casimir Fabre (ファーブル昆虫記)  

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コメント

久々に先生の輝く目が見えるような投稿ですね.
「蛋白尿は上皮細胞障害,血尿は内皮細胞障害」ザックリとそう思っていました.
上皮細胞が全く形態的変化をもたらさないにも関わらず,GBMをすり抜けるRBCの画像を見たときに「やっぱり!」と思ったものでした.
蛋白より遙かに大きなRBCがすり抜けるのに腎機能予後がいいって事にもsize barrier theoryの限界をみておりました.
内皮細胞はreservoirが豊富ですから一時的に広範な損傷が起こっても回復可能ですが,上皮細胞に関してはreservoir機能そのものが証明されていませんし,あっても僅かなはず.だから機能回復が限定的となるのだろうと推測しています.内皮細胞障害が強度で上皮細胞まで炎症が波及するとHSPNやIgANの重症型のようになるのだろうと思っています.

扁摘は原因を元から絶つ1つの方法ではありますが,それならパルスはイランだろうと思っております.扁摘+パルス例をみていると,重症例は効かない.軽症例は効く.なんてまたザックリした印象を持ってしまうのでした.

投稿: Diabo com Fome | 2010年1月18日 (月) 17時26分

Diabo com Fomeさん

 おっしゃる通り、そう思っておりました。電顕でも内皮側にdepositが沈着しますし、そこから徐々に上皮細胞へ炎症波及との道筋を考えていました。しかしそれでは一過性の肉眼的血尿は説明できないと思うのです。また蛋白が出ないのに血尿が出続けることも説明がつかないです。

 彼らは開放腎生検により50個以上の糸球体を確認すると、ほとんどが微少変化しかないような糸球体組織像であっても、係蹄壁が破綻し分節状壊死を来した糸球体が1つは見つかるというのです。それが血尿の原因であり、修復の具合により増減するのだと。

 扁摘だけでも寛解(蛋白尿&血尿消失)に至る例は5年で30%、10年で60%、しかもその後も再発はないとのこと。パルスのみでは5年40%、10年40%で再発が出てくるようです。腎臓の回復を速やかに行い、機能維持を確実にしたいならパルスを併用する方がベターという考えのようです。つまり軽症なら扁摘だけでよいと。逆に全糸球体で燃えさかっている炎を消すには火元を消すだけではなく、延焼もやっきになってたたかないと無理ってことのようです。

投稿: クーデルムーデル | 2010年1月18日 (月) 18時45分

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