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2009年4月21日 (火)

若き日の過ち 後編

 酒の飲み方を知らなかった。デザートのワインゼリーを食べるだけで顔が火照るアルコール検知器である私は、不幸な学生時代を過ごした。飲み会はすべてあちらの世界へトリップし、吐物まみれになるだけのものでしかなかった。あの時代、そう一気一気のかけ声に煽られ続けたあのバブルの時代だから仕方なかったのかもしれない。

 勧められるわけではなく、自らの意思で飲む酒は美味かった。上り立つ蒸気も、高まる心拍も、少しのまどろみの中に落ちては浮き上がりを繰り返した。2回目の炉端焼き屋を出る直前に、先輩が言った。

「クーデルムーデルよ、この後することは判っているな。」

私 「はい、このまま病棟に戻って○△さんたちの経過観察とカルテ整理をして帰ります。」

「よし、じゃあ行ってこい。」

 私はその足で病棟へ直行した。病室はすでに消灯し、ナースステーションだけが真昼の明るさを保っていた。

 患者さん達の状況を看護師さんたちから聞き、バイタルサインや点滴の具合などを確認した。問題なし、今日はこのまま布団に直行しようと、病院の隣にある研修医の寮にフラフラと戻った。

 朝、目覚ましの音が頭に響いた。軽く痛む。顔を洗って、一杯の冷えた水を飲み干すと、身体がようやく目覚めた感じがした。さっとシャワーを浴び、6時の回診に出かけた。

 早朝の病棟はいつも静かだ。朝日のこぼれる病室に検温のため看護師が静かに入っていく。皆ゆっくりと起き始める時間だ。喧噪にまみれる病院でなく、この明るい時間の病院が好きだ。しかしその日は、なんともいえない空気が支配していた。

 私は不思議な感覚のまま、肝癌・肝硬変で腹水が大量にたまって入院していた年輩の患者さんの様子を真っ先に見に行った。

「○△さ~ん、おはよ・・・・・・・・えっ、なんで居ないの?荷物まで・・・」

 丁度通りかかった深夜当番の看護師さんに尋ねた、

「○△さんって、どこか部屋移動した?」

(ぶっきらぼうに) 「亡くなりました。先生覚えてないんですか?」

「えええっっっっっ・・・・・・・・・

 連絡してくれた?」

看「もちろん電話で連絡しました。でも全然話にならなかったので当直の先生にお願いしました。処置は全部■先生がやってくれました。失礼します。」

 茫然自失となったのは言うまでもない。たかが研修医、担当といっても何が出来るでもなく、無駄話を担当患者さんとするくらいが関の山のちっぽけな新米だ。それでも昨夜まで一緒に話していた○△さんの最後を看取ってあげることすらできなかった自分に腹が立った。その日から立て続けに担当の患者さんが急変した。結局一週間で5人の患者さんを見送った。○△さんを入れて6名、皆悪性腫瘍を患い、末期の方ばかりだった。指導医の人柄もあって、皆さん家族も含めて良い顔をして旅立たれた。私は○△さんのことを引きずる暇もなく、一週間病院に張り付き、それでも何も出来ぬまま、数珠を摺り合わせるだけだった。

 それからの私はよほどのことがないと酒を口にしていない。気になる患者さんが居るときは、たとえ安定していても当番が別の医者であろうと公式な行事であっても制限してしまう。最後に指導医の先輩と飲んだ日もそうだった。先輩は何も言わなかった。帰り際に一言だけこう言った。

「これからも研修医を育て続けるよ。こうやって飲みながらな。それが俺のライフワークだ。」

 不思議なことにそれからは飲んでも病院へ戻ると酔いが醒めた。もひとつ不思議なことに、そんな時は決まって深夜にエマージェンシーコールが鳴った。当直だけの手に負えない救急患者が発生したという院内放送だ。酒臭い息を吐きながら当直に混じって心臓マッサージを繰り返し、点滴ルートを確保し、体外循環をセットしたりした。気が付くとこんなに居たのかというくらい深夜の病院に医者が残っていて、皆赤ら顔をしていた。そのまま皆散り散りに帰ってゆく。そして翌日何事もなかったように普通に仕事を始めていた。

 そんなだから当直が酒を飲んでよいなどとは言わない。むしろ美味しい酒が飲める機会を本当に大事にしたい。気の置けない仲間と学会という場所で語らいながら飲む酒ほど深く美味い酒はない。

 しみじみ、

 それが出来る夜だけの宝物だと思っている。

 

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