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2009年4月30日 (木)

フェーズと毒性は違う

 WHOから北米インフルエンザのパンデミック警戒フェーズが5段階に引き上げるという勧告がなされた。ただ毒性が上がったわけではないので、パニックを起こすことのないよう注意して欲しい。

 米国でも死者が発生した。生後間もない赤ちゃんとのことであった。ご冥福をお祈りしたい。ただここで言えるのは、米国で多くの患者が発生しているにもかかわらず、バタバタと亡くなっているわけではないということだ。つまり毒性は通常のインフルエンザとさほど変わりないとしてよさそうだ。

 これから変異する可能性はあるし、罹らないに越したことはない。手洗い・うがい、そして十分な睡眠とともに、環境として湿度を保つべきだろう。ここ数日の関東の低湿度は気になるところだ。

 行動に迷ったらこのページへ

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2009年4月28日 (火)

ちょいとやばそうな雰囲気が

 英国BBCの声欄にメキシコからの叫びが掲載されている。ここのブログで日本語訳も読める。

 メキシコの貧民層での死人というわけでなく、医療者を巻き込む毒性の高いFluであるような報道だ。BBCだからこそ、とんでもない情報源からのものでは無いように思える。どう対処すべきか、本当に信ずるに値する情報が欲しいところだ。BBCの言うように、メキシコ保健省がパニックを抑制するために嘘の報告をしているならば、それこそ世界を今後とんでもない恐怖の底に突き落とすことになるかもしれない。

 ちなみに概略を示すと

① 医療者を含む20~50歳の方々が200名以上亡くなった

② タミフルやリレンザは効かない

③ どんどん犠牲者は増えているのに、街頭には人が溢れていて、感染を拡大している

 何が出来るかというと、マスクと手洗いを頻繁にする他なさそうだ。

 追記: 上記サイトを確認すると、突っ込みどころ満載だ。決して確実な情報というわけではない。メキシコからの話より、欧米へ飛び火した感染者の動向が知りたいところだ。

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携帯機種変更

 ドコモの携帯を利用している。当初はJ-phoneを利用したこともあったが、僻地に赴くことが多かったことと、他社では実家付近で電波が届かないことなどが理由でドコモにしている。その後別に不便さも感じないので変更していない。

 昨日自転車に乗ったまま転倒し、おしりと石垣に挟まれた携帯が破損してしまった。液晶の半分が発光しなくなったのだ。漏電から発火してもいやなので、ドコモショップへ夕刻ギリギリに飛び込んだ。

 理由を伝え、修理見積もりをお願いすると、少なくとも5000円とのこと。買い換えるとどうなるかと尋ねると、現在取り扱いのあるものは最低35,000円、通常で50,000というところらしい。おいそりゃ、そうそうパッと決められる買い物じゃないぞ!

 電話とメールと写真しか使わないから、機能限定で良いのだけれどと伝えるも、すべての機種でワンセグなどの機能が付いてしまっているとのこと。しかも

「お客様、簡単携帯などもございますが、そんな年齢でもご、ざ、い、ま、せんよね・・・。」と言われカチンと来た。なんでも来い!どんな性能なのかちゃんと聞かせて貰おうじゃないか!とこれはと思われる携帯を並べさせ、詳細を聞いてみた。すると

「これはキムタクがCMしていた機種でして、結構スマートで人気があります。」

「これは堀北真希ちゃんがCMしていた機種で、とってもかわいいんです。」

 ちょっと待て、誰それがCMやってたなんて全く関係ないんだ。性能を知りたいって言ってるんだ!じゃあ、このちょっと安いのはどんな携帯なんだ。Lって書いてるけど・・・

「あっ、それは韓国製です。それでもよろしいですか。」

 いや、だから性能を言ってくれって。

 結局パンフレットを見ながら性能比較し、一番手頃で薄いパナソニックのものを購入することにした。値段の高いものは高画質になっているというだけのことのようだったからだ。それ故に店員もイメージで売る他なく、CMをいちいち持ち出してきたのだろう。

 それにしても携帯のCMをキチンと覚えている人がどれほどいるのだろう。若者はどうかしらないが、おっさんにとっては馬耳東風もいいところだ。そんなもの全く頭に残るはずもない。それを連呼するだけで商売になるなんて無茶な商売だなと思いながら店を後にした。

 医療の場で、「あのドラマでやってた方法です。」とか、「あの医龍の朝田がやってた治療です。」なんて言ったら、いっぺんに患者さんは来なくなるだろうけど・・・もちろん人によっては、そして場面によってはそういった話の持って行き方も悪くない場合もあるけれど。

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2009年4月26日 (日)

Swine Flu and You(豚インフルエンザ)

 豚インフルエンザが連日マスコミの話題になり、パニックになっている人もいるようなので、集められる正確な情報をとりあえず掲載する。

 まずはアメリカの疾病センター(CDC)の情報。これは24日からちゃんとした情報を流してくれた。そして厚生労働省はその翌日にあたる昨日、日本語訳と共に対処指針を出した。

 とりあえず鳥だ、今度は豚だ!わけわからん!!と騒ぐのは得策ではない。何であろうといまのところやや毒性の強いA型インフルエンザがヒトからヒトへ感染を始めた可能性が高いということで、対処法はワクチン以外はこれまでのインフルエンザと変わらない。そして抗インフルエンザ薬(アマンタジンはダメ、タミフル&リレンザはOK)も2日以内に投薬されるならば有効だろうとのことだ。日本に入ってきているという情報はないので、これまで同様の受診形式でよい。
 
 日本に入ってきたという情報が流れた場合、北中米帰りの人やそういった人たちと接触のありそうな人で、まず症状として突然の高熱と関節痛がある人は受診など外へでることは中止し、保健所に電話で相談するべきだ。日本で発生した場合、感染者発生地域に関してはすぐに情報発信されるだろう。その後はしばらく該当地域へは行かないこと、そして該当地域の方は家から出ないことだ。

 ただ同じウイルスのはずなのに、メキシコでは重篤な患者が多く発生し、アメリカでは軽症という違いが何によるものかはまだわからない。それが判明するまで我々医療者は情報をいち早く仕入れる必要がありそうだ。

 そうそう、豚肉食べても罹ったりしないし、豚肉を料理する人にも感染はしない。豚インフルエンザは豚の呼吸器感染症であり、しかも豚にとっては軽症であることから豚の肉にウイルスが存在する可能性はないからだ。

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2009年4月23日 (木)

 酔っぱらって脱ぐ人間は最低か?

 自分は脱ぐ前に潰れておやすみしちまうので、脱いだことはない。(と思う・・・)

 でも宴会ですぐ脱ぎ始める輩は多い。熱くなるから仕方ないところもある。逸物で一芸っていう輩も結構居て、それはそれで盛り上がることを経験した方も多いはずだ。ただ仲間内で楽しむのと公衆の面前となると訳が違うとも思うが。

 酒を飲んで脱ぎたくなるメカニズムが存在するのかどうかは精神神経の専門家にゆだねるとして、いつも裸でベッドに潜り込む人なら抑制がとれたところでいつもの癖が出てしまうこともあるだろう。ものをプラプラさせて公道を歩くというのであれば、変態行為としてお縄を頂戴しても無理はない。深夜の公園で大騒ぎするのも確かに悪い。ただ、その場で裸で座っていたのが最低と呼ばれるくらいひどいことだろうか?

 もし最低だと言うのであれば、春の公園で全裸で寝ているのを探し当てて連れて帰った現○×大学講師の同級生や、△○大教授の某先輩も最低と呼ばれることになるし、おそらく報道関係者も芸能関係者も政治家もドキドキしている人が大勢いることだろう。鳩山君くらい毛並みがよいとそんな野蛮なことはありえないのかもしれないが・・・

 私にとって別にどうでもよいタレントであるが、そこまで悪く言えるか?と思う。

 えっ、SMAPや嵐ならOKだけれどおっさんはNGって?

 それを言ったらあなたが最低。

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2009年4月22日 (水)

飲酒して当直は御法度

 当直なのに飲酒したらあかん!ちゅうのは、そりゃそうだと思う。

 しかし飲酒して診療したらお縄っていうのは、医者は困らないが世間が困るぞなもし。

 新小児科医のつぶやきという医療ブログの大御所が飲酒の話題を取り上げている。おそらくこのブログ主は何でも規制が入る昨今の風潮への風刺として記事を立てているのだろうが、随分と語調が厳しい。医者が飲んじゃったら、もう病院から呼び出しがあろうが、電話での指示待ちがあろうが、それは取り合う義務はないというところを引き出そうとしているのかもしれない。

 暇があればこの記事のコメント欄も読んでみて欲しい。

 私としては懇意にしているDiabo com Fomeさんのこっちの記事の方がより惹かれるのだが。

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2009年4月21日 (火)

若き日の過ち 後編

 酒の飲み方を知らなかった。デザートのワインゼリーを食べるだけで顔が火照るアルコール検知器である私は、不幸な学生時代を過ごした。飲み会はすべてあちらの世界へトリップし、吐物まみれになるだけのものでしかなかった。あの時代、そう一気一気のかけ声に煽られ続けたあのバブルの時代だから仕方なかったのかもしれない。

 勧められるわけではなく、自らの意思で飲む酒は美味かった。上り立つ蒸気も、高まる心拍も、少しのまどろみの中に落ちては浮き上がりを繰り返した。2回目の炉端焼き屋を出る直前に、先輩が言った。

「クーデルムーデルよ、この後することは判っているな。」

私 「はい、このまま病棟に戻って○△さんたちの経過観察とカルテ整理をして帰ります。」

「よし、じゃあ行ってこい。」

 私はその足で病棟へ直行した。病室はすでに消灯し、ナースステーションだけが真昼の明るさを保っていた。

 患者さん達の状況を看護師さんたちから聞き、バイタルサインや点滴の具合などを確認した。問題なし、今日はこのまま布団に直行しようと、病院の隣にある研修医の寮にフラフラと戻った。

 朝、目覚ましの音が頭に響いた。軽く痛む。顔を洗って、一杯の冷えた水を飲み干すと、身体がようやく目覚めた感じがした。さっとシャワーを浴び、6時の回診に出かけた。

 早朝の病棟はいつも静かだ。朝日のこぼれる病室に検温のため看護師が静かに入っていく。皆ゆっくりと起き始める時間だ。喧噪にまみれる病院でなく、この明るい時間の病院が好きだ。しかしその日は、なんともいえない空気が支配していた。

 私は不思議な感覚のまま、肝癌・肝硬変で腹水が大量にたまって入院していた年輩の患者さんの様子を真っ先に見に行った。

「○△さ~ん、おはよ・・・・・・・・えっ、なんで居ないの?荷物まで・・・」

 丁度通りかかった深夜当番の看護師さんに尋ねた、

「○△さんって、どこか部屋移動した?」

(ぶっきらぼうに) 「亡くなりました。先生覚えてないんですか?」

「えええっっっっっ・・・・・・・・・

 連絡してくれた?」

看「もちろん電話で連絡しました。でも全然話にならなかったので当直の先生にお願いしました。処置は全部■先生がやってくれました。失礼します。」

 茫然自失となったのは言うまでもない。たかが研修医、担当といっても何が出来るでもなく、無駄話を担当患者さんとするくらいが関の山のちっぽけな新米だ。それでも昨夜まで一緒に話していた○△さんの最後を看取ってあげることすらできなかった自分に腹が立った。その日から立て続けに担当の患者さんが急変した。結局一週間で5人の患者さんを見送った。○△さんを入れて6名、皆悪性腫瘍を患い、末期の方ばかりだった。指導医の人柄もあって、皆さん家族も含めて良い顔をして旅立たれた。私は○△さんのことを引きずる暇もなく、一週間病院に張り付き、それでも何も出来ぬまま、数珠を摺り合わせるだけだった。

 それからの私はよほどのことがないと酒を口にしていない。気になる患者さんが居るときは、たとえ安定していても当番が別の医者であろうと公式な行事であっても制限してしまう。最後に指導医の先輩と飲んだ日もそうだった。先輩は何も言わなかった。帰り際に一言だけこう言った。

「これからも研修医を育て続けるよ。こうやって飲みながらな。それが俺のライフワークだ。」

 不思議なことにそれからは飲んでも病院へ戻ると酔いが醒めた。もひとつ不思議なことに、そんな時は決まって深夜にエマージェンシーコールが鳴った。当直だけの手に負えない救急患者が発生したという院内放送だ。酒臭い息を吐きながら当直に混じって心臓マッサージを繰り返し、点滴ルートを確保し、体外循環をセットしたりした。気が付くとこんなに居たのかというくらい深夜の病院に医者が残っていて、皆赤ら顔をしていた。そのまま皆散り散りに帰ってゆく。そして翌日何事もなかったように普通に仕事を始めていた。

 そんなだから当直が酒を飲んでよいなどとは言わない。むしろ美味しい酒が飲める機会を本当に大事にしたい。気の置けない仲間と学会という場所で語らいながら飲む酒ほど深く美味い酒はない。

 しみじみ、

 それが出来る夜だけの宝物だと思っている。

 

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若き日の過ち 前編

 研修医一年目。当時重症の消化器疾患患者さんばかり30人ほどを担当していた。担当といっても研修医一年目が出来ることなど限られている。指導医の言われるがまま処方と点滴、検査予定をたてて患者さんに伝え、実行に移していくだけだ。

 それでも指導医よりも早く患者さんの状況を把握するため早朝6時には病棟でラウンドし、必要な人の採血をして廻った。それぞれの治療の効果を見定めるため、ルーチンワークが無いときは患者さんの傍に出向いて、診察&世間話をした。一日の終わりにはその日の出来事をカルテに書き込むのだが、それだけでも30人いれば相当な時間がかかる。その上、自分の出した指示を指導医が直しているところを見つけては、何が違うのかをメモして廻っているうち、大抵深夜1時、2時にはなってしまった。

 指導医からは看護師さんを含め、医療スタッフのすることは皆出来るようになりなさいと指導されていた。それを聞いているからか、病棟の医療スタッフは研修医をあごで使う人もいた。仕方ない、出来ないのだからやってみるほかない。いつか見ていろという気持ちで様々なことをこなしていった。そんなだから、自分の時間などあるはずもない。時はあっという間に過ぎていった。

 数ヶ月もすると、ルーチンワークに慣れ、相変わらず時間に追われるものの、今度はもっと上を目指して勉強する余裕が生まれてきた。何事においてもエキスパートは居るもので、その一つ一つを見て、感じて、バックグラウンドを確認することはとても楽しかった。特にこのとき覚えた内視鏡とエコー技術は、その後自分の特技として本当に役に立った。

 内視鏡は今でも忘れられない、1ヶ月ほど指導医の先輩の真後ろについて、エアー内視鏡を毎日数時間やり続けた。3列並列で行われる内視鏡検査のうち、自分が見ているのは先輩の背中と肩越しに見える患者さんの表情とモニター画面だ。もちろんモニター画面に映るのは先輩が施行している内視鏡画面。患者さんの体位も表情も全部見て取れた。ちょうど1ヶ月経った日、突然内視鏡をヒョイと渡された。一人で患者さんに検査をしなさいとのことだった。指導医の動きは皆自分の身体が覚え込んでいた。掛ける言葉も同じだ。不思議なことに何の問題もおこらず、必要な部位の確認と写真撮影、そして病理生検も出来てしまった。自分でも驚いたが、指導医は何事もなかったように、これから全部おまえがやれと言った。もちろんその後いろいろな難しさを経験したが、それは応用で対処できた。出来上がったフィルムをみれば、技術も精度も病気の見落としの有無も確認できる。フィルムカンファレンスというものが毎週行われ、そこで他の先生との比較も出来た。自分のフィルムを見て、自信を深めたのは言うまでもない。

 指導医の先輩は、半年間の内科研修の間に3回、二人だけで飲みに連れて行ってくれた。最初は右も左も判らなかった時、次は慣れてきた3,4ヶ月目の時、そして内科を離れる時だった。何を語るでもなく、ぐい飲みを手に、熱燗を注いではクイッといくだけの数時間だった。

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2009年4月19日 (日)

万葉粥

万葉粥
すべての〆は春日大社の万葉粥で。黒米餅も入ってうまー。それにしてもこの2日、よく精進料理で過ごしたもんだ。奈良恐るべし!

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花音夏葉さん

花音夏葉さん
生歌を聴きたいと思って4年経っただろうか。夏葉さんの歌声をやっと生で聴かせて頂いた。こんなに心が震え、身体に歌が染み込んでくるとは思わなかった。失礼だが、アースディという場、野外特設ステージで歌ってもらうレベルの歌声ではない。以前MDを送って頂いたが、その中の『還る場所』など一緒に口ずさむうち、涙が湧いてきた。

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朝散歩

朝散歩
学会の朝は決まって散歩から始まる。

6時の大和の空気は、凛としていて素晴らしいものだった。少し靄にけぶったお堂の風情は、この空気を吸ってなんぼだろう。

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2009年4月18日 (土)

日本小児科学会

日本小児科学会
奈良に来られました。診たことのない症例に腕組みしっぱなし。興福寺五重塔が癒してくれます。

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2009年4月17日 (金)

ロタウイルス流行

 季節はずれのロタウイルス感染の流行だ。まあ以前ほど冬季限定ということは無くなったが、胃腸炎症状の子供達を調べると出るわ出るわ・・・

 年少児だけでなく、年長児も大人もゲロゲロぴーぴーしている。さすがに年が上がれば症状の持続日数も少ないようだが、チビちゃんたちは予備力もなく、2,3日の入院加療を余儀なくされている。

 幸い下痢関連痙攣に至る子供や、腎尿路結石を来す児など認めないが、毎日結構な数の子供達が入退院していく。誰がどれくらいいたかなど覚えていられないくらいだ。

 ロタウイルスは下痢や嘔吐などの症状がなくなっても、便中に随分長い間排泄されると言われている。長い人だと1ヶ月くらい排出されるとの報告もある。簡便な検査として便中のウイルス抗原検査が出来るが、いなくなるまで検査するなど保険診療上出来ず、かといって数週間以上保育園など登園禁止とすることもままならず、流行を抑えられないでいる。便などの処理をしっかりすれば感染を防げるとはいえ、すべての人が上手くできるわけではない。しかもこのウイルスは特徴的な下痢となると教科書に書かれているが、典型的でない便にロタウイルスの抗原を認めることなど日常茶飯事だ。とすると正常と思っている人が実は保菌者であることも当たり前に存在するということだ。防御するには口に手を持っていく前には必ず手をしっかり洗うことくらいしかない。集団生活をしている幼い子供達への蔓延を防ごうとしても防ぎきれないのは仕方ないと言える。

 最近は親御さんもよく判っていて、下痢だけならば慌てず、水分を努めて摂取させ、ダメそうなら来院と言う方が多くなった。しかし嘔吐はやはり児の苦しそうな顔がそうさせるのか、一刻も早くなんとかしようと救急に駆け込んだり、脱水になってはいけないと吐いている傍から水分を取らせようとする人が多い。気持ちは判る。我が子の苦しそうな顔は見ていられない。しかし乳児でなければ、嘔吐してすぐ脱水にはならない。少なくとも半日の余裕はある。意識もハッキリしている状況で緊急性は少ない。傍にいてお腹や背中を数時間さすってあげるだけで落ち着くことも多いことを知って欲しい。なにより吐き始めてすぐに医療機関でしてあげられることはほとんどない。数時間は何を使っても止まりようがない。お腹を休めるようにしてあげるのがまず第一だ。

 少し落ち着いたところで欲しがるならスプーン一杯ずつの水分をあげて見て欲しい。5~10分置きにあげて、1時間経過して吐かないならコップであげるようにしてほしい。最初からコップでゴクゴクといくとまず間違いなく吐いてしまう。ちょっとずつにしても吐くなら病院を利用して欲しい。それが受診する絶好のタイミングだ。

 おっとまた入院?

 今日から始まった奈良での小児科学会、明日から行きたいのだけれど・・・・

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2009年4月15日 (水)

選択肢としてのDapson

 先日困っていたHenoch-Schonlein purpuraの男児。あれからレクチゾール(Dapson)という薬を始めた。使い始めてすぐに劇的に軽快!とはいかなかったが、外来フォローアップで徐々にステロイドを減量し始めている。

 先週末に児の通う学校の担任と養護教諭が今後の対応につき話を聞きたいとやって来られた。なんとあれだけ引っ込み思案だった彼が、朝練のある陸上部に入りたい、そしてハードル競技をやってみたいと言っているのだとのこと。余りの変化に驚くばかりであった。もしかして精神作用もあったかと思ったりもしたが・・・

 とにかく半信半疑ではあったが、この疾患に効果がありそうな手応えを感じた。つまりステロイド治療以外に選択肢を持つことが出来たということだ。

 で、一昨日、別の男児が他院から紹介されてきた。腹痛を繰り返しているが安静や食事制限しなくてはならないほど激烈ではなく、それでも紫斑が繰り返し出続けており、どうするべきか判断して欲しいとのことであった。付き添いの母の状況もあって、とりあえず入院し、治療の必要性等判断していきましょうとお話しした。

 ステロイドは効果が高いが、続けると副作用を心配しなくてはならない。レクチゾールも副作用が皆無というわけではないが、重篤なものは頻度も低い。ステロイドで短期間に治まるならそれがベストかもしれないが、もし長期になりそうならレクチゾールに変更も可能ということだ。今後レクチゾールの効果に十分な信頼を持てるようになるならば、その順番も変わることもあるだろう。

 いやはやこれは本当に凄いことなのだ。

 それにしても今年はこの紫斑病の当たり年なのだろうか?腎炎を来す児も例年より多い気がするが・・・

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2009年4月11日 (土)

佐倉チューリップ祭

佐倉チューリップ祭
大盛況

15日まで

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2009年4月10日 (金)

所沢そして清瀬

 8日は腎病理組織および治療選択につき悩む症例を持って都立清瀬小児病院のカンファレンスに出席した。残り番の部長の好意もあって、早く病院を抜けて清瀬へ向かったが殊の外早く着いたので、所沢まで足を伸ばした。

 所沢は学生時代からその後の研修まで足掛け10年を過ごした青春の土地だ。日本一のけやき街道を抜け、本当に久しぶりに大学周辺を廻った。満開の見事な桜並木と20年以上変わらない門番のおじさんたちが迎えてくれた。大学の中へ一歩足を踏み入れると、懐かしい、なんともいえない香りを覚えた。すると急に身体が締まり、過酷だった研修医の自分に戻った気がした。

 少しドキドキしながら医局の扉を開けた。しかし想像していた顔はそこにはなかった。随分年齢の若い後輩達と語らうことは出来たのだが、やはり自分の居場所ではないと気付き、小一時間で去ることにした。

 その点清瀬はもう10年来の仲間がいて、しかも日本をリードしている先生方と本気で話し合いが出来る病院だ。自然と自分のテンションも揚がる。興味深い症例呈示とそれに対する討論に酔いしれた。もちろん聞きたいこと、迷っていたことも解消され、初期の目的を達することも出来た。

 それにしてもあのオンボロ小児病院も残すところ後1年で役目を終えることになる。本当にいろんなことを学んだ病院だった。統廃合で府中に移転することになるが、幸いこれからもスタッフに大きな変化はないらしい。自分の基本であり、あこがれであり、拠り所は清瀬なのだが、この移転を契機に自分も変わらねばならないだろう。ここ印旛の地で枝葉を伸ばさねば、育ててくれた先生方に申し訳ない。

 さあ、褌を締め直そう!

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桜吹雪に抱かれて

桜吹雪に抱かれて
花吹雪舞散る中を走った

暖かい南風に押され

スピードに乗った私は

美しい春の風になったような気がした

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2009年4月 6日 (月)

春爛漫

春爛漫
風車の周りはチューリップ

沼の周りは桜

空には雲雀

土には噛みつき亀、っと・・・

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2009年4月 2日 (木)

あたりまえの速度

 外来が終わってふぅっと一息。机のパソコンでニュースを拾うとこんなのが出てきた。

 生活道路とは細い路地や農道を含め、地域の住民が使用する車・自転車・歩行者の通行区分のない道路だ。主要道路への抜け道にもなるところもあり、これ幸いとスイスイ進みたい気持ちは判るが、車優先ではないことは明白だ。にもかかわらずそこのけといわんばかりに爆音を轟かせ、通行人を震え上がらせながら飛び去る車のなんと多いことか。

 くだんの記事の通りに交通法規が整備されれば、生活道路に標識が無かろうとも速度違反が明確になる。文句のつけようもあるので是非早急に決定して欲しいものだ。

 道路を使用する人達皆に考えて貰いたい。もし目の前の道を我が子や愛しい人が歩いていたら自分はどういう運転をするだろうかと。

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南アフリカへの道程

 日本代表の試合はドキドキする場面もなく、頭を抱えて怒鳴る場面もなく、平静の中終わってしまった。バーレーン相手とはいえ、これだけ安心して見ていられる代表の試合もないだろう。それだけ強くなったということなんだと言える。しかし相変わらず緩急の差の少ない試合で退屈してしまった。

 ならばアジアの他の国はどうなんだと、昨日BSでの中継を眺めることにした。

 オーストラリア対ウズベキスタンは時間が早過ぎて見られなかったが、韓国対北朝鮮はじっくり見ることが出来た。細かいことは抜きにして、韓国は日本とほぼ変わらない。前への馬力は少しあるものの、基本的なコンセプトは一緒なのだろう、ユニフォームの色が変わっただけに見えた。ボランチとDFの位置調整が悪く、バイタルエリアで相手をフリーにしてしまう場面もチラホラあってまだまだ改善の余地ありと見えたが、マンUのパク・チソンの存在感はもちろん、それ以上にモナコのパク・チュヨンの動きと閃きには感動させられた。

 北朝鮮は手負いのイノシシだった。どうみても韓国びいきの笛の下、懸命にシュートブロックに奔走し、一発の凄まじいカウンターで川崎Fのチョン・テセがヘッド一閃!ゴールラインをしっかり割りながらノーゴールの判定に泣いた。

 この試合を見る限り、日本はつくづく甘いグループに入ったものだと思う。だからこそ退屈してしまうのだろうか。何の感情も持ちようのない韓国対北朝鮮の方がはるかにうなり声を上げる回数が多かった。きっとこのまま南アフリカへの切符を手にするのだろうが、ハッキリ言ってガツンとやられる機会のないままワールドカップを迎えたら、とんでもないことになること間違いない。本気で強いチームと一戦交えることのできる場面があといくつあるのだろう。アジアカップで敗れ、今年のコンフェデレーションズカップに出られないことが本当に痛い。

 サッカー日本代表を応援する皆様。たまにはアジアの他の国の試合も見てみると、日本の現状が判りますよ。

 サッカー中継を見て興奮したい皆様。やはり代表の試合はダメですね。イングランドプレミアかリーガエスパニョーラを見てしまうと本当にダメです。もちろんCLはお◎っこちびりそうに興奮しっぱなしになりますが。

 サッカー大好きな皆様。なにより自分でやるのがやっぱり一番ですね。私も今年はフルコートに立つため、地道に練習したいと思います。

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