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2009年3月31日 (火)

悩ましい

 1歳の男の子。発熱2日目で苺舌にリンパ節腫脹、BCG痕の発赤が出現し来院した。もちろん川崎病を真っ先に疑い、採血したところ、肝機能障害(ASTなど500超)&胆道系酵素の上昇と共にCRP値12、白血球WBC 15000と炎症反応高値も認めた。こりゃ間違いなかろうと入院の上経過観察し、診断基準を満たしたところでγグロブリンをと説明した。

 翌日にはお腹に発疹が出現し、更に1日経って手足が赤く浮腫んできた。眼は赤くないものの、発熱も入れれば明日にはしっかり診断基準を満たすだろうと思っていた。入院当日からアスピリンの内服も開始しており、川崎病の説明・合併症の発生およびγグロブリンの説明も既に終了していた。後は時間だけと思っていたら、急に熱が下がってしまった。

 川崎病とは思っても、感染症の可能性を否定しきれるものではなく、血液培養と共に一般的なセフェム系の抗生剤を数日間投与し、抗生剤の効果がないことも一応確認することが多い。本患児は血液培養で何も見つからなかったが、抗生剤がヒットしたように見えたのだ。

 これで川崎病としてγグロブリンを使うわけにはいかない。採血や心臓のエコーを繰り返し、炎症反応の消失と合併症のないことを数日間確認し退院していった。川崎病ではないとの確証があるわけではないので、アスピリンの内服は少量続けたままであったが。

 本日発熱してから2週間になる。心エコーを確認しにいらっしゃったが、やはり心合併症はない。膜様落屑という指先の皮剥けも認めない。

 さて・・・どこがFocusの疾患だったのか。化膿性頸部リンパ節炎としては症状が弱っちいし、尿路感染はなかったし・・・

 病気っていうものは、そう簡単に診断とか治療とか決めつけが出来ないものなのだ。

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2009年3月29日 (日)

お日柄も良く

お日柄も良く
今から結婚式にお呼ばれ。公園の垂れ桜も満開で祝福。

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2009年3月27日 (金)

足の裏の米粒

 取らねば気持ち悪いし

 取っても食えない・・・

 そう形容される学位をいただくことになりました。

 でも何も変わることはありません。

 今から朝まで救急当番というのも変わりないし・・・

 とりあえず今年の目標、一つクリアってことで。

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2009年3月26日 (木)

空ゆらり

 冷えた空気の中を進んだ

 冬の空気だ

 しかし

 横を流れる絵は

 満開の菜の花と

 二分咲の桜

 ふと見上げると

 光のカーテンが

 はためいていた

Photo

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2009年3月25日 (水)

歯を食いしばってなんぼ

 千両役者達のプレーに酔いしれたこの数日。一時は打席に立つ姿にまるで精気を感じなかったイチローに、苦悩に潰されそうになるのを必死でこらえた先に待つ奇跡を見た。

 読売新聞、今朝の編集手帳の文章を引用する。

 通勤の道すがら、中学生の男の子がいる家の前を通る。ここ数日、ガラス戸に立てかけて野球のグラブが置いてある。中にボールを収め、指の部分をゴムひもで結んでいる遠い少年の昔、母親の靴下留めを借り、おろしたてのグラブに使いやすく型をなじませたことを懐かしく思い出した。その家の前を通るたび、何かに似ていると感じつつ、真珠を抱く貝の姿だと気づいたのは、きのう、テレビ桟敷でのことであるあれほど苦しみ、のたうつイチロー選手を知らない。第2回WBCの開幕以来、幾度も好機で凡退する姿には誰しも目を疑っただろう。その人が決勝の韓国戦でここぞの決定打を放ち、日本連覇の偉業を成し遂げる立役者の一人となった痛める貝にのみ真珠は宿る、といわれる。体内に入った異物を核にして、真珠は育つ。天才と呼ばれる人でさえ、過ちと悔いを核にして「痛み」のなかから成長することを、赤く潤んだイチロー選手の目に教えられたきょうもどこかの空の下で、「へたくそ」の声に傷つき、歯を食いしばって球拾いをする少年がいるだろう。あすの真珠たちに幸あれ。

 今時の若い者は云々などと言うつもりは毛頭無い。しかし褒めて育てるを金科玉条として、今や後輩の指導ですら怒るのは言語道断、声を荒げることすら不可とする教育方針がまかり通っている。これでは人は育たないと思うのだ。順風満帆だけで人は育たず、挫折と苦悩が育てるのだということを皆知っているはずなのに・・・

 

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2009年3月17日 (火)

I miss you.

 1年半ほど通ってくれたとっても可愛いForeigner boyが父親の転勤のため旅立っていった。母親の妊娠についても相談に乗っていたこともあり、2人とも受け入れてくれる転居先の病院を調べ、紹介状を持たせた。

 父親は技術者として日本で研鑽を積み、母国に帰ることを予定していた。母親は中学の英語教師(補助?)を行っていたが、二人とも日本語は上手でなく、英語で対応してくれる医者を捜していた。小生、英語は中学レベルで止まっていると自覚しているが、communicationは心でと決め、拙い英語を発し続けたところ、気に入ってくれたのだ。ほぼ月に1,2回外来に通院してきたが、毎回よき英会話レッスンだったと思う。お互いがお互いを理解しようとするとき、会話は思った以上に弾むものだ。この私が英語で相手を笑わせることができるなど自分自身で想像も出来なかったことだ。

 最後の外来を終え、私はお別れを言った。すると彼は診察室の椅子を抱きしめて離れようとしなかった。ようやく一人で立つか立たないかだった君が 今や診察室を駆け回り、英語と日本語の狭間で私の指示に拒否ばかりしていた君が"Open your mouth"の一言で吸い込まれそうなくらい大きな口を開けるようになった。もう少し君の成長を見たい・・・そう思うとグッとくるものがあった。

 あの両親の元でなら、きっと立派な男になるだろう。きっと。

 See you again ! 

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春うらら

 南風に押された今朝の印旛沼

 冬の張りつめた空気はもうそこになく

 ぬるく朧な霞がたなびいていた

 桜の枝先が少し膨らみ

 踏み固められた畦道に緑が差し始め

 渡り鳥たちの姿がいつの間にか見えなくなる

 そう

 春なのだ

 天を仰ぐと

 いた!

 ひばりがこの世の始まりを皆に知らせるよう

 せわしなく さえずり 羽ばたいていた

09317

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2009年3月15日 (日)

パリ〜ニース

 ここ数日J sportsの自転車レース放送にはまっていた。たまにツール・ド・フランスを観ることはあったが、これだけ集中して観たことはない。

 しかしこれほど面白いとは思いもしなかった。試合の駆け引きは本当に観る者を惹き付け、最後の大逆転に興奮させられるのだ。また解説がレース展開の妙を後押ししてくれる。いやはや嘘だと思ったら、一度観てほしい。マラソン中継が好きな人なら、おそらくその展開のダイナミックさに嫌でも引き込まれることだろう。

 スペインのコンタドール、これがいい選手なんだ、くぅ〜〜〜

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2009年3月10日 (火)

季節はずれ

 今年は随分と早くインフルエンザが流行した。例年通りA型が流行したのだが、タミフル耐性だなどと騒いでいる間に消えてしまった。2月がとても暖かかったせいかもしれない。他の感染症も極端に減少し、2月とは思えない少なさの外来が続いた。

 しかし2月後半、季節はずれの菜種梅雨となり、寒暖の差が激しくなると、まず感染症ではなく喘息の子供達が悪化し始めた。それに引き続き感染症が勢力を拡大し、再びインフルエンザが猛威をふるい始めた。今はB型がほとんどだが、先週・今週ともの凄い数の患者さんが押し寄せている。

 同時に冬としては異例の閑古鳥ばかりだった病棟も、連日の入退院でてんてこ舞いだ。

 今日も2人退院し、新たに2人入院した。

 さて次はどんな子がやって来るのだろう?

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2009年3月 8日 (日)

これで笑顔は作れない

 身近でおこった実際の診療録である。

 保育園に通う年少児。37℃前後の発熱が朝からあると来院。咳も鼻水もなく、視診でも咽頭発赤もなかった。何より活気に満ちあふれ、食欲も問題ないとのことであった。この場合たとえインフルエンザ感染の初期としても、発熱からの時間経過の短さから検査の適応外となる。当然、様子をみるだけで良いと帰宅させたところ、その後熱は39℃まで上昇し、夕方別の医院でインフルエンザと診断されたらしい。

 それだけならよくある話だが、この児の親御さんは朝検査しなかった対応に腹が立ったらしい、どうして検査しなかったのかと父親がクレームをつけてきた。連れてきたのは母親だったらしいので、そこで話の行き違いがあったのかもしれない。それにしても診断のための検査をするかしないかは医者の裁量であろう。このクレームに医者が対応しなくてはならないのもおかしい。

 もうひとつ。耳が痛いと来院した女児。父親は母親にいつも耳鼻科でもらっている薬をもらって来て欲しいと頼まれ、女児と救急診療所を訪れた。しかし救急診療所は総合病院ではなく、薬局には緊急用の薬と申し訳程度の抗生剤&対症療法薬しか置いていない。時間的に院外処方を処方するシステムもない。診察した医者が自分の裁量で処方することを提案するも、父親は納得せず、自分の携帯の写メ画面に映る処方箋を診察医の鼻先に突きつけ、これをよこせと言う。非常に温厚な彼は、はっきりと見えないその画面から想像する救急診療所薬局にある薬を見繕って渡した。しかしその画面からは通常頓服で使用しない薬が頓用として書かれているように見えたらしい。丁寧に説明し、一日3回飲むよう伝えて帰したとのことだった。

 数時間後にその母親から激しい怒りの電話が鳴った。鎮痛剤の頓服がないとのことだった。

 もちろん今回処方した医者は鎮痛剤のお話もしていた。抗生剤の本来の使い方を含めて丁寧にお話したらしい。しかしそれらを拒んだのは父親だ。携帯の画面からお前の処方はおかしいと食ってかかっていたのだ。

 私の立場からするとこれは医者の裁量権の侵害であり、断固抗議するところだ。

 非医療者の立場から見てどうであろう?

 

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2009年3月 6日 (金)

男は弱い・・・にしても

 小学生男児。血管性紫斑病(Henoch- Schonlein purpura)でフォローアップ中である。

 この3年間全く尿所見は異常を認めない、すなわち腎炎を伴わない代わりに、腹痛と関節痛を繰り返している。紫斑そのものは滅多に認めず、最初の診断時に紫斑を伴う腹痛で上記診断して以来、腹痛と関節痛時には紫斑病による痛みと考えてきた。ステロイドを静注すれば速やかに痛みは消失するが、内服ではなかなか治まらず、内服に切り替えられても、外来で隔日など減量すると途端に痛みが出てしまう。

 昨年のある半年間のみ、全く痛みなく過ごせた。それを除くと、一ヶ月とステロイドをオフに出来ない。いい加減免疫抑制剤を試そうかと言っていた昨年、突然痛みが止んでしまった。しかしまたこの半年、ステロイドが切れなくなってしまった。

 文献では腎炎を伴うもので、腹痛発作を繰り返す児に免疫抑制剤を使用したという報告は散見される。しかし腹痛発作のみでここまで使用するという報告を探せずにいる。

 さてどうしたものか・・・

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2009年3月 5日 (木)

女は強いよ

 先程腎生検をした6歳の女の子。

 痛い採血も、点滴も、見えない背中への針刺し腎生検ですら泣かなかった。泣くどころか微動だにせず、うめき声一つたてなかった。DVDを見ながらあっという間に終わらせてしまうなど、同年の男児には望めるはずもないことだ。

 疾患そのものは、Henoch-Schonlein purpuraという紫斑病に伴う腎炎だ。他院から腎炎で紹介され、早3ヶ月経過したが一向にタンパク尿&血尿が改善せず、腎生検と相成ってしまった。

 小学校入学も控えているので、なんとかステロイドなどを回避したいところだが、そうもいかないだろう。それにしても女は強いよ。

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2009年3月 3日 (火)

省略語

 昨晩CMでちょっと笑ってしまった。ソフトバンク携帯のCMでM・W (間が悪い)と連呼していたもので、それこそ間が丁度良いために笑ってしまったのだ。

 日本語ほど仲間内で使う省略語の多い言語はないと時々耳にするが、そんなことはない。全世界共通、仲間内ならなんでも省略したくなるのが世の常。特に若者の仲間意識をくすぐるものに相違ない。(むしろ日本語は何重にも言葉を連ねることが出来る故に、新語を造りやすいというべき言語だろう)

 仲間内で使う分には目くじらを立てる必要などないと思っていたが、最近はすぐに全国へ広めたがる傾向にあって耳にしたくないものも多くなった。流行語大賞の影響かとも思うが、私にとってはKYなど略すまでもなく使いたくない言葉の一つである。その場の空気を慮るばかりに自分本来の調子を落としては元もこうもない。傍若無人もまた良くはないが、何事も中庸が肝腎。特に若者はKYを気にするより、いろいろ首を突っ込んで失敗する特権を持っていると考えて貰いたいくらいだ。丸く収めようとする場に何か新しいものを生み出す力はない。新しい空気を読むくらいの心意気があっていいと思うがいかがか。

 さてくだんのMW、イニシャルとしては故渡辺美智雄などを思い出してしまうが、このイニシャルの人物がいじめの対象となることのないよう願いたい。

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