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2009年1月 6日 (火)

年頭所感

 毎年お参りの際、神仏への願いは子供達のことばかり。この数年は厄年だったこともあって、自分の健康も少しお願いしたものの、目標とかそんなことは後回しだった。

 今年はちょいと賽銭を奮発して、自分のこともお願いしてきた。それは学位取得についてである。

 小児科臨床医として十数年。実験用マウスを飼育したり、試験管を振ったことはわずかにあるものの、研究に没頭する時間はなく、臨床の合間に疑問に思ったことや珍しい臨床経過を辿った患者さんのことを書きためていた。とりあえず毎年学会発表をし、そして時々思い出したように論文を書き、ここまできた。まだまだなのは十分自覚している。もっとたくさんの仕事をこなしている仲間が周りにいるからに他ならない。

 医者にとって何が勲章かと問われれば、照れくさいが患者さんの笑顔と言える。何より心の通じ合う子供達とその家族を何人諳んじることができるか、それこそが大事だと思う。時に意見の相違からぶつかり、こんな医者に診てもらいたくないと言われても結構。信念を伝えて、分かり合えればそれが一番だと思う。そこでは学位も専門医もへの突っ張りにもならない。

 それでも専門医の資格すら持たないで患者さんを診るのも失礼だ。しっかりした知識と技術を持った上で、お話がしたいし、それと信じて来ていただくことも最初は必要だ。では学位はどうか?研究に没頭した経験があるなら、せめてもの自分へのご褒美くらい思えるのだろう。しかし私には必要ない・・・誰かに諭されてもそう思うことにしていた。

 ただ現実として、自分の思ったとおりの医療を行うために必要な肩書きもあるということを最近思い知らされた。それが医者では医学博士という学位なのだ。このためある私立医科大学の研究生となって、論文を審査して貰うこととなった。今年、その審査を受けるのだ。

 下手な論文でなにをほざくかと笑われるかもしれない。なんだ俗物だなと揶揄されるかもしれない。それでも貰えるチャンスがあるなら、今年はチャレンジしてみようと思う。

 パンパン! 礼・・・

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コメント

理学系の私の認識は、理学博士の学位は運転免許証のようなものだと思っています。ないと困るけど、あるからといって、取ってからが重要だと。医学博士の場合はどうなんでしょう?現場の仕事との両立は大変だと思いますが、がんばってください(月並みな応援ですいません)。

投稿: Mash | 2009年1月15日 (木) 00時03分

Mashさん

 医学博士はなくても困りません。最近は取得する人も減りました。医者の腕と博士号は全く関係ないですので、医師として働く上では支障はありません。

 しかし未だに部長職を得るためにはこの肩書きを必要とする病院があります。他に技量を量る術がないということもあってなのですが、そこが悩ましいところです。

 私の場合、子供に「お父さんは博士じゃないんでしょ。」と言われてクソッと思ってしまったのがきっかけです。

投稿: クーデルムーデル | 2009年1月15日 (木) 12時31分

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