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2008年12月 9日 (火)

年次改革要望書

 今日のお題目『年次改革要望書』なるものの存在を知っている方がどれくらいいらっしゃるだろうか。

 私は数年前、産経新聞に掲載されている石原都知事の『日本よ』というコラムで知った。そしてそれは、それまで抱いていたおぼろげながらの疑念が確信に変わった瞬間であった。そう、日本は決して独立国家ではなく、アメリカの一つの州でしかない、いやそれ以下であるということだ。

 日本とアメリカは「日米規制改革および競争政策イニシャティブに基づく要望書」という相手政府に対する制度改善を求めた文書をお互いに交換している。これは1993年に宮沢内閣が始めたものらしい。バブルがはじけ、日本が沈没しかけているときに始まったもので、お互いに要望するというより、アメリカの指示で日本を助けて貰うという構図だったのだろう。アメリカの庇護の元、経済発展を遂げ、貯蓄残高世界一となった日本国民のマネーを総取りするチャンスを得たアメリカは、その後着々とそれを吸い上げるシステムを構築すべく、この要望書にプロセスを盛り込んできた。その結果制度改革は次々と施行された。

 市場原理こそすべてに優先されるべき理論とする魔法と改革に反対する抵抗勢力には断固戦うという威勢の良い呪文により鋲付き首輪が日本の首根っこに取り付けられることになったのだ。つながれた犬は、飼い主の機嫌の良いときは餌もたくさんもらえ、あたかも羽振りの良い状況を謳歌しているように見えた。しかし飼い主が貧乏になると、もちろん餌は与えられず、首輪でつながれたまま餓死してしまうことになってしまう。餓死する前に、絞れるだけ搾り取ろうと、アメリカはまたもや要望書を出してきた。それはクレジットスコアを導入せよ、という指令で、個人の資産の格付けをするものらしい。

 株券のIT化で、個人の資産を瞬時に把握できるシステムを構築したばかりだが、それをさらに押し進め、収入やローン返済などの信用すべてをスコア化し格付けるシステムだ。経済アナリストの森永氏によると、これは外資が個人消費者金融への参戦のための布石とのことだ。

 軍事も政治も経済もすべてアメリカ政府の言いなりになっている日本。これでよいはずはないだろう。まずは知ること。そこから考えるべき事が生まれるはずだ。

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