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2008年11月 5日 (水)

私見

 私は防衛医大出身で、自衛隊の飯を10数年食べてきた医者である。外の人から見れば、とてつもなく右に偏った人間と思われるだろうことは、重々承知している。ただここで断っておきたいが、防衛医大は幸か不幸か中道を行くことに尽力する人間が多い特殊な自衛隊一組織であることも事実である。かく言う私は、学生時代に訓練のありかたについて反対運動を展開したこともあった。何が本当なのか、それを知りたいと走り回っているうち、自衛隊を辞め、民間の一勤務医になっていたのだ。

 このたびの田母神氏の論文を読んで、率直なところ、日本国民に対する愛情あふれる応援歌であると思った。これを戦争に行った人達や遺骨を抱いて涙したご遺族が読んだら、おそらく手を合わせ跪くことだろう。現職自衛官たちも心ふるわせただろうことは想像に難くない。

 確かに論文としては、理系の研究者にとっては信じがたいほど自説に有利な内容だけを参考文献として取り上げている。どうも文系の論文にありがちな構造のようだが、反対論文を読んでも、現在ではねつ造であったと発覚するものが後を絶たず、証拠となり得ないということも判ってきている。もしかしたら、私たちは一方的な意見のみを押しつけられてきたのではないかと疑ってみるべき時なのではなかろうか。

 私は日本が侵略をしなかったとは思わない。なぜならそう思う侵略された受け手が多数いることや、もし中国のあの地域を始めとして東南アジア地域を日本のものとしなかったら、当時の列強に植民地として食い物にされていたことは想像に難くないからである。当時帝国主義国家はみな侵略国家であった。日本だけが違うというのには賛成しかねる。だが永久に侵略する国はする国で、される国はされっぱなしかというとそうではない。された国という隠れ蓑に上手に収まりながら、チベットをはじめとして近隣諸国を侵略している国もある。また侵略国などではないとうそぶき、世界の警察を名乗る国もあれば、くすねた国土を返さない国も存在する。対して日本国は厳格なシビリアンコントロールの下、自衛隊を軍隊とも呼べず、国を守ろうと立ち上がった自衛官が危険にさらされても、物資を日本へ届けようと日夜頑張る貨物船が襲われようとも、自ら武器を手にすることを良しとしない国なのである。国旗に正対することも出来ず、国家を歌うこともしない国が果たして正常な国家と言えるだろうかとも思うが、愛しい人達が集い、愛する風景が続くこの国を我が国と呼ばずしてなんとしよう。

 では今日本という国はどうあるべきだろうか。これだけ血税を使いODAを含め様々な支援を近隣諸国にしてきた日本が、国としてすべきことはなんであろうか。毅然とした態度で、前を向くべき時ではないだろうか。

 この論文はマスコミによると反対意見ばかりにさらされている。それこそ偏った世論操作にしか聞こえない。

 根無し草になってはいけない。我々は誇りを持って生きる人間として、この国を愛し、守り、育てて行かなくてはならない。そう訴える気持ちを私はこの論文から受け取ったのだ。これこそが、今の日本人に足らない素養であると思うのだ。

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コメント

私見ON私見

日本の外にいると先生のおっしゃっているような事の意味を 考えなくてはいけない場面に遭遇することが多々あります。
日本に住んでいたら こんな事考えたり こんな本読んだりしないだろうなあと(特にものぐさ花子なものなので)思うんですけど 外にいると自分が日本人であると言うことを強く自覚し 又誇りに思わなくては
やっていけない事が出てきます。

日本人一人一人が自分と言うものをしっかり持って生きなければ ごく近い将来、日本の良さはなくなってしまうような気がします。

日本人は未だ「挨拶をきちんとして 礼儀正しく、奥ゆかしく、勤勉で考えの深い人種」だと思われています。
21世紀になったのに 大多数のアメリカ人はこう思っているんです。

基本的に日本のことを知らないんです。特に本土の人たちは・・・知っている人は知識階級かポケモン育ちの若い子たち又は妻が日本人 あ でもこれは当てはまりませんね。元夫は何も知らずに終わりましたから(笑)

余談ですが 元義理の父は5年前の時点で
「日本てのは 着物着るんだろ?持ってきたのか?」と 嫁入り時に聞かれました。
笑い話でもなく 本当の話です。

たった半世紀前の日本人の良さを見聞したアメリカ人がもたらした情報が今も「そうだよ」と言える そんな国に私達の祖国はなって欲しいと思います。

投稿: ばりすたUSA | 2008年11月 8日 (土) 16時04分

>私たちは一方的な意見のみを押しつけられてきたのではないかと疑ってみるべき時なのではなかろうか。
 
そうかもしれません。でも、だからといって逆側の一方的な意見(私は田母神さんの論文からそう感じました)を聞いて相殺できるようなものでもないと思います。
 
彼の論文も、対するマスコミも、私から見ればアンフェア。受身で申し訳ないですが、できればフェアな情報を与えてほしいです。

投稿: ポリ | 2008年11月 8日 (土) 20時07分

バリスタUSAさん

 日本の中で日本という国を語ろうとすると変な顔をされるというこの数十年は、やはりおかしいのでしょう。もっと自国のことを語ることのできる日本にしたいです。

 それは歴史も、文化も、人となりもそうです。

 

投稿: クーデルムーデル | 2008年11月 9日 (日) 09時28分

ポリさん

 学校で教えられる歴史と、この論文だけの情報ならば、ポリさんのおっしゃるとおりかもしれませんね。

 しかしこの太平洋戦争で語られる日本の数々の残虐な行為が、残された兵士たちの手記や生き残った祖父母を含む先輩たちの語りとがあまりにかけ離れていることに疑問を持ちます。そしてどうしても腑に落ちないことがあって、それを調べていくと、学校教育の場で語られる歴史ほど無茶なものはないと感じるようになります。

 歴史は誰によって語られるかでまったく違った顔になります。誰のための歴史かによっても違います。俯瞰に徹することの出来る立場は神様しかないように思います。

 とするとフェアな情報は自分の中で構築するほかはなさそうです。でもとても難しいです。たとえば台湾は大変親日家の多い国ですが、台湾に開いた中華民国を作った蒋介石という人物一人をとってみても、日本側についたと思いきや、突然侮蔑的行動をとり、共産党のリーダーになるかとみせて最後は中国共産党と反駁しあうという揺れ方をします。どれもが本当の蒋介石であり、一言で語ることなど出来ませんし、そのときの状況・心情は他からは推し量ることも出来ないと思います。

投稿: クーデルムーデル | 2008年11月 9日 (日) 09時48分

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