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2008年11月28日 (金)

厳しい目

 昨夜は八千代でのカンファレンスに参加した。松戸からの論客の姿がチラホラ見え隠れしていたので、楽しくなるような予感がした。

 休憩を挟んで最後のお題目が始まると、にわかに活気づいた。免疫不全の5ヶ月児におこった重症肺炎をどう治療していくのか。呼吸管理など一家言ある人達が次々と質問を投げかけた。

 最近このカンファレンスも質問を投げかける、ないしは意見を述べる者が限られてきた。お題目を変えるなどの工夫を主催者がしてくれているおかげで退屈はしないものの、なんとなくマンネリ化していたと思われる。今回松戸の論客が来てくれたのは大いに刺激となった。

 なによりPALS(小児二次救命処置法)を積極的に取得し、地域の救急体制を基礎からランクアップさせようと努力している松戸の人達の厳しい目がうらやましかった。研修医を含めて30人を越える小児科スタッフを抱える病院では、この厳しさが日常なのだ。

 なあなあでは進歩&発展はない。

 克己心をもって生きなければと思ってはいるのだが・・・

 ブログで与太をとばしているだけではそれだけのこと!

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2008年11月21日 (金)

初霜

 冷えた

 初霜だ

 車輪がしめった草を巻き上げる

 橋を越えると

 青い空と

 青い水が

 渡り鳥を迎えていた

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2008年11月19日 (水)

罪はないよ

 どうみても育児放棄。それなのに子沢山。(それ故に??)

 昨日入院した女の子は4歳。具合が悪いせいか、入院して以来全くしゃべらない。歯はみな齲蝕し溶けかかっている。尿意も伝えられず、おむつは変えられることなく悪臭を放っている。民生委員が育児補助を行っているらしく、入院時に付いてきていたが、そそくさと帰ってしまった。病状を家族に話すも、全く理解できた様子がない。医学&病院用語を全く省いても・・・である。

 ひどいマイコプラズマ肺炎で、間質影も出始めていた。酸素投与したいが本人が嫌がり、母親もそれをなんとかなだめようというそぶりもない。それどころか薬も飲ませたことが無い様子。とりあえず寄り添っているだけでも良い方なのかもしれない。

 入院時に4ヶ月の乳児も抱えており、その子も少し咳をしていた。気になって様子を聞いたところ、親戚に預けたという。しかし本日夕方遅くになって、咳がひどくてミルクが飲めないとの知らせが入ったらしい。要領の得ない話を小一時間聞いたところで、やっと事情が判り、すぐにその赤ちゃんを連れてくるようお話しした。

 もちろんしばらく子供たちの具合悪い状態が続いていたことも理由として挙げられるかもしれない。しかしこの子達の姿を見ればどれくらい世話をしていたかは一目瞭然である。不憫だ。子供達に罪はない。されどこの子達のこれから起こりうる医療支援すべき事柄において、手助けを買って出るような気持ちは、尻込みしてしまうというのが本音だ。おそらく何をしようとも伝わらず、持って生まれた生命力だけで乗り越える道を探るほかないのは目に見えている。

 ネグレクトが当てはまるかというと、そんな気持ちは毛頭無さそうだ。ただ単にキャパシティーを越えた生活を送っているということなのだろう。成長した兄弟たちがお互いに面倒を見られるようになれば救いだが、望めそうな子供達は・・・

 時々このような家族に遭遇するが、どうするのが一番良い方法なのだろう。未だわからないままだ。

 

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冬の湖

 今朝はよく晴れた

 思っていたより寒くはない

 キンクロハジロと競争しながら

 いつもの道を進む

 見晴るかすとそこには

 鴨の群がそこここにある

 冬が本当にやってきたのだ

 そうだ

 週末は鴨にしよう

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2008年11月17日 (月)

霧の中

 今朝は5メートル先がうすぼんやりするほどの霧だった。

 この中でも猛スピードで突っ込んでくる車を睨みつけながら病院へたどり着いた。

 外来には喘息発作を起こした子供たちが肩で息をしながら座り込んでいる。

 片っ端から吸入し、反応の悪い子は入院させ、気がつくと今の時間だ。とりあえず昼飯をかき込んで、午後外来に備えようと自室に戻ったところに、訪問者があった。

 この夏、横浜で待つ彼の元に嫁いでいった、我が合唱部のピアニストだった。つい先日結婚式を挙げていた。今日は電報などのお礼がてら元職場訪問したらしい。

 コンコンコン。「失礼しま~す。」

 突然の懐かしい声。その訪問者に私は我を忘れてしまった。

 「やあ、久しぶり。元気だったかい?」と言いながら、彼女の顔を眺めると、何故か、(本当に何故だろう・・・)涙が溢れてきてしまった。

 合唱部の活動は今も続いている。クリスマスコンサート&キャロリングに向けて練習している最中である。しかし部員の参加率はとても低い。それだけでもテンションは下がる。おまけに私の役割は、指揮・全パート発声指導・テノール歌唱・ピアノ伴奏・曲構成&編曲・コンサート構成・曲探し・発表会日時決めetc....つまり合唱部すべてを一人で運営せざるを得ないのだ。何かと相談できたピアニストを失ってからは霧の中を闇雲に進んでいるのと同じであった。

 光が戻ったわけではない。しかし道筋はとらえ直すことが出来た。それだけで十分。私の気力はクリスマスまで到達できるに違いない。立ち止まっては居られない。Hail Holy Queenを歌い上げなくては。

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2008年11月15日 (土)

研究会@新宿

研究会@新宿
紆余曲折あって、一時間遅刻したが小児腎臓東京神奈川の会に参加した。いつものメンバーでいつもの話だろうとたかをくくっていたが、ためになるdisccusionが出来、閉会時間を1時間以上超して白熱した。夜風が心地よい。こんな夜は飲みながら議論と思っていたが生憎皆都合悪く、散会することになった。

でも心配なし。強い味方、東京ラーメンの最高峰、満来がある!やっぱりここのスープの深みと透明感、そして麺のつる腰は絶品だ。

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2008年11月14日 (金)

またひとつ

 年を取った。

 相変わらず無駄飯食いには違いないが、これでもちょっとだけ人のために生きてみたいと思っている。そして自分の生きてきた証も残したいと、一人前に思うようになった。

 証はもちろん人の記憶でも構わない。親しい人達の記憶の中に生きていけるならそれはそれで素晴らしいことだ。子供たちに私の生き様や言葉に込めた心が伝わっていればそれもうれしい。(もしかしたらそれが一番か・・・)人一人育てることの素晴らしさは、この場でよく書き綴ってきたことである。子供が育てばそれが何よりの証だ。

 医者としてはどうだろう。毎年年賀状で成長した姿を見せてくれる子供たちがいる。彼・彼女たちの心の片隅に私が映っているのであれば、これほど光栄なことはない。それこそ小児科医冥利に尽きる。これで満足と言いたいのだが、先輩たちはそうは言ってくれない。論文を残せと言う。彼らが言う『医者の仕事』とは、これからの子供たちのために使える論文報告を残すことなのだ。患者さんの病気を治す手助けをするのは当たり前。そこから先がないとダメだと。

 不思議なことに私の周りにいる『医者の仕事をしっかりこなす医者』は皆おそろしいほどの臨床医ばかりだ。いったいどこにそれほどの時間とエネルギーを持っているのかと首を傾げたくなるくらいなのだ。臨床にどっぷり浸かっているからこそ

「この子と同じ状態の子がいましたよね。」と誰かが言い出すと

「それは○と△と◎と、それから■。」とフルネームと臨床経過が何人も飛び出してくる人達ばかりなのだ。

 負けてなんかいられない。そう日夜心につぶやき掛けている。

 今朝、日本語の論文が形になるとの知らせが来た。英語論文も感触の良い返事を先日もらえた。来週にはもう一つ英語論文を提出する。

 もう青年医師とは言えない年齢だが、志は蒼天高くありたい。

 

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2008年11月12日 (水)

ああ日本よ

 最近の妊産婦搬送問題で二階経産相がこう発言した。http://jp.youtube.com/watch?v=jgqbb0IM9SQ

 医療崩壊を完成させる最後のミサイルが発射された瞬間だと思う。おそらく数ヶ月後には東京は焼け野原になるのだろう。併せて千葉・埼玉は兵糧責めを食らい、神奈川に大量の爆撃機が集結することになる。関東大震災、東京直下型地震の到来とも言える。それで地方、特に関西が賑わうというものでもなかろうが・・・

 この期に及んで医者のモラルが問題と言い切る政治家を許すことなどできない。

 ではどんな政治家がいるのかと国会に目を移すと、集団的自衛権や攻撃的武器の保有に反対する輩が自衛隊元幹部を批判している。自衛隊は軍ではない、武器も自衛のものだけで、敵が撃ってきたら護身だけして良いよと言う。それなのに、自衛隊幹部は武人だから政治に関わるようなことを言うことはまかりならんと言う。つまりなにか?自衛隊員は危険なところへ勝手に行って、撃たれて死ぬまで相手を撃ってはいけない土木作業員ってことか?だったら政治に口出ししてもおかしくないだろう。(もちろん屁理屈。だが道理が通っていないのがこの国の国防。)

 国防を法的にも人的にも技術的にもきちんと整理してこなかったツケがここに噴出してきている。それは誰がそうしたのだろうか。

 つまり日本は、日本国民は政治をないがしろにしてきたということなのだ。反省すべきは我にあり。政治を目指す若者を育てなくては、この国は滅びてしまう。

 

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2008年11月11日 (火)

専念

 心配していた川崎病γ不応例も片が付きそうだし、RSウイルスによる気管支炎は多いけれど今のところ重篤な入院状況ではない。

 ここでやらねばなんとする・・・

 英語論文を一つ書き上げ最終チェックに廻し、先日の学会の2次抄録(論文形式)を学会に送り、県立大の小児科試験問題を作成せねばならない。

 ねじり鉢巻きといきますか。。。

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脱出

 見事に悪循環から脱出してくれました。2回目のγグロブリンが確実にヒットして、病状をガラッと変えてくれました。

 もう炎症像もなく、エコーも冠動脈が最大3mmまで拡張してきていたものが、確認しづらいくらいになっていました。

 なにより患児の機嫌がまるで違い、笑顔で我々を迎えてくれます。

 よかった!

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2008年11月 7日 (金)

川崎病 やはりすっきりせず・・・

 先日の児。γグロブリンで一応解熱をみたが、平行して咳がひどくなりレントゲンでは肺炎像を呈していた。川崎病でもレントゲンの変化はあるものだが、抗生剤の反応をみた。今ひとつ・・・

 炎症反応の下がりもわずかであり、症状は軽度発熱と頸部リンパ節の腫脹、そして時々現れる発疹のみ。悩んだが悔やみたくないということでγグロブリンをもう一度やってみている。

 くすぶっているとしか言い表しようがない。後一押しでよさそうにも思うが、どうだろうか。冠動脈は少しずつ拡大しつつある。ステロイドは使わない群に登録されたので、これまで使ってこなかった。ここから使うべきか、それともシクロスポリンという別の免疫抑制剤か・・・

 とりあえず明日の反応をみて。

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2008年11月 6日 (木)

舞い落ちる舞い落ちる

 舞い落ちる舞い落ちる舞い落ちる

 ちる ちる

 舞い落ちる舞い落ちる舞い落ちる

 夢・・・

 意識・・・

 未来・・・

 いや意識・・・

県立大での講義に疲れ果て

帰り道は夢の跡

200811

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美しい国の美しい朝

 私はこの風景が大好きだ

 キュンと冷えた空気と

 朗らかな渡り鳥たちの声と

 靄をたたえた水面

 私たちにはこの風景を守る義務がある

 それを忘れてはいけない

20116

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2008年11月 5日 (水)

私見

 私は防衛医大出身で、自衛隊の飯を10数年食べてきた医者である。外の人から見れば、とてつもなく右に偏った人間と思われるだろうことは、重々承知している。ただここで断っておきたいが、防衛医大は幸か不幸か中道を行くことに尽力する人間が多い特殊な自衛隊一組織であることも事実である。かく言う私は、学生時代に訓練のありかたについて反対運動を展開したこともあった。何が本当なのか、それを知りたいと走り回っているうち、自衛隊を辞め、民間の一勤務医になっていたのだ。

 このたびの田母神氏の論文を読んで、率直なところ、日本国民に対する愛情あふれる応援歌であると思った。これを戦争に行った人達や遺骨を抱いて涙したご遺族が読んだら、おそらく手を合わせ跪くことだろう。現職自衛官たちも心ふるわせただろうことは想像に難くない。

 確かに論文としては、理系の研究者にとっては信じがたいほど自説に有利な内容だけを参考文献として取り上げている。どうも文系の論文にありがちな構造のようだが、反対論文を読んでも、現在ではねつ造であったと発覚するものが後を絶たず、証拠となり得ないということも判ってきている。もしかしたら、私たちは一方的な意見のみを押しつけられてきたのではないかと疑ってみるべき時なのではなかろうか。

 私は日本が侵略をしなかったとは思わない。なぜならそう思う侵略された受け手が多数いることや、もし中国のあの地域を始めとして東南アジア地域を日本のものとしなかったら、当時の列強に植民地として食い物にされていたことは想像に難くないからである。当時帝国主義国家はみな侵略国家であった。日本だけが違うというのには賛成しかねる。だが永久に侵略する国はする国で、される国はされっぱなしかというとそうではない。された国という隠れ蓑に上手に収まりながら、チベットをはじめとして近隣諸国を侵略している国もある。また侵略国などではないとうそぶき、世界の警察を名乗る国もあれば、くすねた国土を返さない国も存在する。対して日本国は厳格なシビリアンコントロールの下、自衛隊を軍隊とも呼べず、国を守ろうと立ち上がった自衛官が危険にさらされても、物資を日本へ届けようと日夜頑張る貨物船が襲われようとも、自ら武器を手にすることを良しとしない国なのである。国旗に正対することも出来ず、国家を歌うこともしない国が果たして正常な国家と言えるだろうかとも思うが、愛しい人達が集い、愛する風景が続くこの国を我が国と呼ばずしてなんとしよう。

 では今日本という国はどうあるべきだろうか。これだけ血税を使いODAを含め様々な支援を近隣諸国にしてきた日本が、国としてすべきことはなんであろうか。毅然とした態度で、前を向くべき時ではないだろうか。

 この論文はマスコミによると反対意見ばかりにさらされている。それこそ偏った世論操作にしか聞こえない。

 根無し草になってはいけない。我々は誇りを持って生きる人間として、この国を愛し、守り、育てて行かなくてはならない。そう訴える気持ちを私はこの論文から受け取ったのだ。これこそが、今の日本人に足らない素養であると思うのだ。

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2008年11月 4日 (火)

日本よⅡ

 もう一つ読んでいただきたい。

 産経新聞の記事である。

【冒頭発言】

 このほど自衛隊を退職するにあたって一言所感を申し上げます。私は10月31日付で航空幕僚長を解任され、11月3日付で自衛官の身分を失うことになりました。自衛隊に勤務して37年7カ月、防衛大学校から数えれば通算41年7カ月になります。自衛隊関係者や国民の皆様方の支えがあって今日まで勤め上げることができました。感謝に堪えません、誠にありがとうございました。

 解任の理由は、私が民間の懸賞論文に応募したその内容が「政府見解と異なって不適切である」というものでした。しかし、私は国家国民のためという信念に従って書いたもので、自ら辞表の提出は致しておりません。その結果、解任という事態となりましたことは自衛隊とともに歩んでまいりました私にとりまして断腸の思いであります。もとより私にとって今回のことが政治に利用されるのは本意ではありません。また、航空自衛官、ひいては自衛隊全体の名誉が汚されることを何よりも心配致しております。

 私は常々、「志は高く熱く燃える」ということを指導してまいりました。志が高いということは自分のことよりも国家や国民のことを優先するということです。熱く燃えるということは、任務遂行にあたりいかなる困難に突き当たろうとも決してあきらめないということです。論文に書きましたように、日本は古い歴史と優れた伝統を持つすばらしい国家です。決して「侵略国家」ではありません。しかし、戦後教育による「侵略国家」という呪縛(じゆばく)が国民の自信を喪失させるとともに、自衛隊の士気を低下させ、従って国家安全保障体制を損ねております。

 日本の自衛隊ほどシビリアンコントロール(文民統制)が徹底している「軍隊」は世界にありません。私の解任で、自衛官の発言が困難になったり、議論が収縮したりするのではなく、むしろこれを契機に歴史認識と国家・国防のあり方について率直で活発な議論が巻き起こることを日本のために心から願っております。

(質疑応答)
【論文を書いた理由】
 --(論文は)持論ということだが、政府見解と異なる歴史認識の論文を現役のこの時期に書いた理由は何か
「私が常々考えていたことでありますけれども、日本が21世紀に国家として発展してゆくためには、この自虐史観、そういった歴史観から解放されないと、日本のいろんな政策に影響が出て、なかなか国とした、いわゆる日本が自主的に判断する政策がやりにくいのではないか、と常々思っていまして。日本が悪い国だと、日本のやってきたことはみな間違っていたと、いったことが修正される必要があるのではないか、と思います」
 --現役をおやめになって発言されるのは比較的自由だと思うが、どうして現役の今、書かれたのか
「私、実は、これほどですね、大騒ぎになるとは予測していませんでした。もうそろそろ日本も自由に発言できる時期になったのではないのか、という私の判断がひょっとしたら誤っていたかもしれません」
 --きょう記者会見を開いた理由は?
「みなさんの一部から私に電話があって、ぜひやってくれという話があったからであります」
【解任について】
 --解任され、任半ばでおやめになることで無念なことは何か
「日本はまさにシビリアンコントロールの国でありますから、大臣が適切でないと判断して、やめろということであればそれは当然のことであるというふうに思います。結果が出たことについて、無念とかそういうことを考えていると次に前進ができないので、これは気持ちを切り替えて次、またどうしたらいいかということを考えていきたいというふうに思っています」
 --後輩の自衛官に言い残すことはないか
「これは私がずっといってきたことですが、われわれは国家の最後の大黒柱である。従って、志を高くもって、どんな困難があっても常に情熱を燃やし続ける、と。志が高いということは、さっきいったように、自分のことより、国家や国民のためを常に優先した言動をとる必要があるというふうに思います」
【論文の内容】
 --論文の内容については、今も変わらないか
「内容については誤っていると思いません」
 --論文を拝読して、市販の雑誌から引用が多い。田母神さんご自身が発見されたことはほとんどないと思うが
「それはおっしゃるとおりで、私自身が歴史を研究してというより、いろんな研究家の書かれたものを読んで勉強して、それらについて意見をまとめるということであります。なかなか現職で歴史そのものを深く分析する時間はなかなかつくれないと思います」
 --さきほどこれほど大騒ぎになるとは予測しなかったとおっしゃったが、それは論文がこれほど読まれることはないだろう、という意味なのか、内容について国家が受け入れるようになると思われたのか
「後者の方です。日本の国がいわゆる言論の、どちらかというと日本の国は日本のことを守る、親日的な言論は比較的制約されてきたのではないかと思います。で、日本のことを悪くいう自由は無限に認められてきたのではないか。しかし、その状況が最近変わってきたのではないか、という風に判断をしておりました」
 --懸賞論文が広く皆が読むということになるとはご承知の上でしたか
「そういう風になることは当初は、まったくしりませんでした。ただの普通の懸賞論文として」
 --APA(懸賞論文の主催者)側はそういうことは言わなかったのか。
「ぜんぜん」
 --公表されるとは思わなかった
「優秀な論文はAPAが出しているアップルタウンという雑誌に発表されるということは知っていた。まさか、私が優秀論文に入賞するとは夢にも思っていませんでした」

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2008年11月 1日 (土)

日本よ

まずは何の偏見も持たずこの論文を読んでみて欲しい。

田母神俊雄氏の論文である。

http://www.apa.co.jp/book_report/images/2008jyusyou_saiyuusyu.pdf

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