小学生がパンをのどに詰まらせ窒息死した。さぞ苦しかったろう。子供を持つ親として、家族の心痛も含め、ご冥福を祈らずには居られない。
聞くところによると早食いをあおられた様子もあったようだ。子供社会ならよくある話で、それを責めることなど出来るものではなかろう。私も子供の頃よく早食いを競ったものだ。牛乳早飲みで鼻から牛乳を吹き出すなど日常茶飯事だった。食パン二枚をチョコジャムで張り合わせ、一気に食べるなどもよくやった。誰も窒息しなかったのはよほど運が良かったと言うべきだろうか。いや規制したところで、必ずどこかでやるだろう。それはそれが人間だからに他ならない。
ここへきてこんにゃくゼリーから回転寿司まで様々な食材で窒息死したという報道がほぼ毎日紙面を賑わしている。そのときの状況によって命の元となる食材がそれがどんなものであろうと命を奪う凶器となることをもっと一般の人達は学習するべきだと思う。状況というのは年齢というのも大いに関係する。お年を召した方では嚥下力に問題が生じてくることがあるが、その場合たとえ流動食であっても気管に入ってしまうことがある。そういった方では粘りけのあるペースト状のものの方がよいのだが、一方でいくつになっても硬い肉をひとのみしてしまう方もいる。基本は個人の判断だが、認知症を患っている方ならばその介護者が判断することになる。しかしいつでも100%はありえない。間違いが起こってもそれは仕方のないことのように私は思う。
対して子供はどうだろう。学童以上はそれまでの経験を本人が自覚できると考え、乳幼児に限るとすると、母子手帳にも記載されているとおり、飲み込めない大きさという判断をいつも親が注意してやる他はない。私はあめ玉一つでも、幼児期は全部歯で割ってから与えていた。こんにゃくゼリーもツルッとのどに入りやすいので、極力食べさせず、集団での催しの際に貰ったとき、半分にし潰して与えたものだ。いや自慢ではなく、人は昔からそうして子供を守ってきたはずだ。しかし先日ある運動クラブの集まりで、こんなことがあった。子供たちに飴やゼリーが振る舞われたのだが、2歳のよちよちさんがこんにゃくゼリーを手に提げていた。その子のお兄ちゃんがそのゼリーを開け、その子に食べさせようとしたのを偶然目撃したのだ。すぐに制し、親御さんを探し、半分にするか、食べさせないかしないと危ないと伝えた。だが危険だという気持ちがあまり伝わらなかったようで、再度危険性を説明することになった。
最近よく感じることだが、人はどんどん動物としての本能を忘れてしまっているように思う。自分の子供が食べて大丈夫か判断するのは、それを作った企業ではない。子供を見ている自分(親)なのだ。大きすぎるもの、ツルッと吸い込みやすいもの、ニオイがおかしいものなどは、最低限察知すべきことだろう。それでも親のあずかり知らぬところで子供はいろんなことをしでかすものだ。それは誰のせいでもない。
食べ物のことだけでなく、歩いている人達も動物の本能を忘れている。折角の五感をヘッドホンや携帯メール画面にとられ、注意散漫に歩く人達はあぶなくて仕方がない。その上平気で確認もせず道路を横切るのだ。自分たちが作った社会のルールも破り、耳と目をふさいで一体どこへ行こうというのだろう。
窒息は苦しい。行基よく食事し、のどに詰まるようなことはするなと諭してはいるが、目の前で食べ物を奪い合う団子3兄弟たちが、頬張りながら次々に手を伸ばす姿を見るにつけ、運だよなとつぶやく自分が居ることもまた事実である・・・まっ動物としては正しいか・・・
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