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2008年5月 2日 (金)

ザリガニの逆襲 中編

ザリガニの逆襲 中編

彼は我が物顔で水槽の中を歩き回っていた。

メダカとのバトルがとぎれてしまってからは興味も薄れてしまったのか、子供達が一日中彼を眺めることはなくなってしまった。

私はザリガニの餌を購入し、毎日ほんの少しずつ与えることにした。朝、水槽の蓋を開け餌を落とすと、彼は反り返って大きなハサミを振り上げこちらを威嚇し、しばらくして餌を口にした。そうして岩の影に身体を隠すこともせず、悠然と水槽の中央に仁王立ちするのであった。

とある日曜日、いつものように水槽の蓋を開け、餌をやっていてふと考えた。

「このまま自然に帰したら、彼は自分が一番強いと思いこみ、隠れることも知らず、大きな魚や鳥に喰われてしまうだけであろう。それならば強い敵の存在を教えてやるべきではないか。」

そう思った私は庭に降りて、細い小枝を拾ってきた。その小枝で彼の身体をつつき始めたところ、彼は大きなハサミで応戦してきた。かまわずつつき回すと、初めて怖れを抱いたのか、身体を小さくし後ずさりを始め、岩陰に隠れた。

「これでよし。」

それから数日間、毎日餌を与える前に小枝で追い回した。気付かぬうちにエスカレートしていたらしく、妻から

「可哀相だから、やめなさいよ。」

と言われた。しかし

「訓練だから。」

と狭い水槽の中をつつき回し、跳んで逃げるほど危機感を煽った。

ひと運動させた後餌を与えても、しばらくは近づいてくるはずもなく、餌がふやけて水を濁しても仕方ないので、数時間経ってから与えるよう妻に頼んだ。しかし彼はしだいに餌を口にしなくなっていき、日中はほとんど岩陰に隠れて出てこなくなってしまった。

翌週の土曜日、前日からの当直に引き続き土曜外来を済ませ帰宅すると、水槽の中に彼の姿がなかった。子供達に問いただすと、三男が水槽の側に居たという。しかしまだ2才の子供にザリガニを手にする勇気も俊敏性もないことは容易に想像がついた。しかも水槽には蓋がついたままであり、蓋を開けて中をのぞいた形跡もないことが判った。妻も知らないという。

蓋には空気を送り込むチューブ用に1.5×4センチほどの穴が空いている他なく、ザリガニがその穴から飛び出すことも考えられなかった。もしそこから偶然にも飛び出したとしても、隠れるとすると居間の物陰かと思い、くまなく探したが見つからなかった。おそらく庭に落ちて猫にでもやられてしまったのだろうと無理矢理考え、当直で疲れ切った身体を休めるため、夕方早くから眠りに就いた。

朝早く目覚め、新聞を取りに居間から玄関へ出ると、なにやらカサコソいう音が下駄箱の隅から聞こえてきた。

靴をどかして音のする方をのぞき込んだがなにも見あたらない。

ゴキブリならば出てきたところをひっぱたこうと考え、スリッパを手に身構えていたが、カサコソいう音も絶えてしまった。まあ出てきたときの事だと思い直し、新聞を取って居間に戻った。

居間の窓には清々しい朝の光が差し込んでいた。

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