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2008年3月 6日 (木)

巡り合わせ

 小児科医になったのは子供が好きだからという理由ではない。実のところ私は卒業間近まで耳鼻科医になろうと思っていた。防衛医大では担当教官制度というのがあり、耳鼻科の助教授にお世話になっていたことから自然と耳鼻科の教室に足を運ぶことが多かったからである。手術にも興味があった。通常の臨床ではちまちました作業の多い耳鼻科だが、ダイナミックな手術も多い。それ故惹かれたのではあるが・・・

 学業成績は誉められたものではなかった。サッカー部も頑張っていたし、合唱部では部員を引っ張っていく立場であり、校外の市民合唱団でも活動していたなど言い訳は幾つもあった。国家試験準備が本格的に始まる夏休み、これまでどれほど勉強が足らなかったか、過去問を見渡しながら唖然とした。しかし一つ一つこなしていく内に、これまで断片的で自分の中に収まってこなかった細切れの知識が、少しずつ有機的に繋がるようになってきた。繋がってくると勉強というものは嫌でも面白くなってくるものだ。徐々にのめり込むうちに全身がダイナミックに躍動する感覚が巻き起こってきた。人間の身体は凄い!これまで各臓器別に講義を受け、患者さんを前にして臨床実習もしてきたのに、そんな感覚はなかった。それは自分の知識不足に他ならなかった。気がつくと、朝6時から寝食を忘れ、夜中2時頃まで机にへばりついている自分がいた。

 これがずっと続けば私はきっとどでかい仕事をやってのける研究者になっていたに違いない。しかし私はたわいのない小市民なので、諸処の事情があり、夏休みいっぱいと、翌2月からの数ヶ月の信じられないくらいの猛勉強で無事4月の国家試験に合格した。そのころには一つの臓器にとらわれるのがつまらなくなり、全身にいつも細やかな神経を配する仕事がしたいと考えるようになっていた。さすれば外科か、内科か、はたまた小児科か。外科は80歳を過ぎた方々にも無理矢理手術をしているように見えるところがあったし、内科は所詮臓器別に専門を分けた集合体に過ぎなく思え、なんでも屋の小児科を選んでしまっていた。

 ただし私の母校は小児科を選んでも、初期臨床研修は全科をローテートする方式を採用していたため、2年間様々な臨床科でトレーニングを受けた。すべてがとても興味深く、どれをとっても無駄なことなどなかった。患者さんたちとのたわいのない会話もすべてが意義のあることに思え、看取るたびにもっとしなくてはならないことを感じて勉強した。そして本当の小児科医としての研修に入ったとき、初めて生きようとする小さな命を亡くし、悔しくて申し訳なくて泣いた。「子供は死んではいけない、そう子供自身のためにも家族のためにも。だったらお前がなんとかできる医者にならないとダメじゃないか。」と奮い立たせた。

 大学での研修の後全国を転々とした。その間も自分の使命を忘れたことはなかった。むしろ逆境にいるからこそ、集中して勉強し、吸収できることをどん欲に行ってきた。大湊ではむつ総合病院に出向いて小児科で研修をさせてもらった。ここの部長は小児でも特に腎臓を専門とする先生だった。広島では県立病院に出向いた。ここの部長も小児腎臓の専門家だった。そして横須賀に行ったとき、小児腎臓で世界的に有名な都立清瀬小児病院への国内留学を決めた。そこでの経験は想像を絶するものであった。以前にも記事にしたが、経験の数を言えば、一生の臨床で経験しうることすべてを一年で経験できる病院だった。

 そして今、腎臓疾患にプライオリティーを置きながら、なんでも屋を営んでいる。

 ある時は風車を手渡したりチョロQを走らせる駄菓子屋のおやじとなり、ある時は読み聞かせをする図書館員となり、ある時は合唱団員、またある時は塾の先生として問題を出して叱咤激励している。もちろん二度と目の前で命の火が消えてしまうことのないよう、毎日勉強することを心掛けながら。

 

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コメント

見義不為、無勇也

息子やその友人達に,世の中はお金じゃないことを見せてやりたいです.
あいつらがちゃんと感じてくれていれば,きっと幸せになれるし,明日の日本は今よりまともになると信じています.

投稿: 餓鬼@元番台場 | 2008年3月 6日 (木) 15時12分

餓鬼@元番台場さん

 今回の記事は貴ブログに触発され書いたのが正直なところです。

 

 神様も粋なことをしてくれるものです。先生と出会えるよう巡り合わせを考えてくれたのですから。


>息子やその友人達に,世の中はお金じゃないことを見せてやりたいです.


 心意気でしょう。

 でもその心を折るようなことが昨今多すぎて、めげてしまう人達が増えているのが寂しい限りです。

投稿: クーデルムーデル | 2008年3月 6日 (木) 20時00分

こんばんは
クーデルムーデルさま

お久しぶりです。

先生のこれまでの人生は、私にも共通するものがありますね...。実は、私も防衛医科大学校に片足入りかけたクチです。親父は昔、JASDFで働いていました...。

また、チョクチョク寄らせていただきます。ではでは...

投稿: いなか小児科医 | 2008年3月 6日 (木) 22時49分

いなか小児科医さん

 少し前から貴ブログが復活していた事を存じておりました。コメント&足跡を残さず申し訳ありません。

>親父は昔、JASDFで働いていました.

 そうでしたか。それではお父様が単身赴任ということも多かったのではないでしょうか。皆様寂しい思いをなさったことでしょう。

 これからも医療の啓蒙も含めてお互い頑張りましょう。よろしくお願い致します。

投稿: クーデルムーデル | 2008年3月 6日 (木) 23時35分

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