青の旅行記 前編
仙台では楽しい夜を過ごした。予備校時代のなんとも言えない宙ぶらりんな、自分が何者でもなく、そう原石のつもりでいるにもかかわらず吹きだまりの塵のようにも思え、もがこうとすれど押し戻されてしまうような、そんな時代を共に過ごした懐かしさに浸った。そして今学んでいる事、これからの夢を語り合った。もちろん妙齢の男若い健康な男二人が酒を酌み交わせば、色っぽい話もあった。そちらの方が多かったかというと、もう遠い昔の事なので、忘れてしまった。
翌日は北を目指した。盛岡を抜け、平泉を経由し、遠野についた。遠野でしばらく過ごすつもりでいたが、同じ列車に乗っていた団体客が遠野で降り、見渡せば人だかりが出来ていたので、気持ちがなえてしまった。そのまま太平洋へ出て、リアス式海岸を車窓より眺め、久慈を通り、八戸についた。
八戸は大きな町だった。漁獲高は日本有数を誇り、北海道の苫小牧とフェリーで結ばれる港を持っていた。そのせいか人は明るく、一目で学生旅行者とわかる若造にも親切だった。
町を散策していると、店先の卵色したバケツに水が注がれていた。溢れ出す水を止める様子もないので、中を覗いてみた。そこには赤褐色、赤茶色、黄土色などが混じり合った突起物の集合体が浮かんでいた。ちょうど店の中から出てきたおばあちゃんに尋ねると『ほや』だという。不思議そうに眺める私を尻目に、どこからか取り出したナイフで突起を切り取り、水で少し洗って私に差し出した。「んだば、ぐえ」(食ってみろってことか?それにしても外側と違って内側はヌメッとしてるな〜〜〜くそ、えい!)「うまい!!おばあちゃん、これうまいよ。」「うめぇ〜べ。おめぇ東京か。ならいぢごにば食え。」といって大きな缶詰を手渡された。『いちご煮』と書かれた八戸名物のその缶詰は、ウニとアワビが入った汁物であった。暖めていただくと、海の味がした。ただ缶詰のまま食べるとなんとも味気なく、これを炊き込みご飯に使うと強烈にうまいという事がわかったのは数年後のことだった。
| 固定リンク
トラックバック
この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/144860/10584899
この記事へのトラックバック一覧です: 青の旅行記 前編:
コメント
>妙齢の男二人
これまでに多くの文章表現を目にしてきましたが、これは初めてです。なんとなく、イヤです (^_^;
>予備校時代
>原石のつもりでいるにもかかわらず
私なんか、「原石のつもりでいる」歴20年を超えました。
投稿 ポリ | 2008年2月18日 (月) 17時02分
妙齢の女、だよな。
でも この頃は女は鬼門で 俺にはチャンスがなかった。内気だったし 今様の若者が羨ましい。
八戸は行ったことがない よ。
仙台、盛岡は ずっと後で行った。
投稿 犬と猿 | 2008年2月18日 (月) 17時20分
お二人へ
おっしゃるとおりです。自分も気持ち悪いと思いながら使いました。年頃の健康な男が二人と言うべきところをこうしてみました。やっぱり変ですね。
ポリさん
私は磨こうとするとボロボロ崩れる花崗岩のようです。
犬と猿さん
いや〜私もおくてでしたが、予備校と大学に入ってすぐにカルチャーショックを受け、以来様変わりしてしまいました。
投稿 クーデルムーデル | 2008年2月18日 (月) 19時11分