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2007年11月 5日 (月)

今更ながらインド洋

 小沢さんが民主党の党首を降りると叫んだ。さすが壊し屋やることが違うと思ったが、ことは単純なものではないと想像はつく。

 話しはインド洋の洋上給油問題に戻る。これはアメリカとの同盟国としての面目を保ち、人を表立って殺めることなく、自らも人的被害を最小限にでき、国際的な貢献を果たし、軍事的作戦行動への参加もでき、しかもシーレーン防衛を担うことができるという願ったり叶ったりの国際行動であった。それをあえて突っぱねた小沢氏の意図はどこにあるのか、それを計っていたこともあって記事にすることなくここまで来てしまった。

 小沢氏はISAFに自衛隊を送ればよいと言っていたが、武力行使もありえ、同胞が命の危険にさらされる可能性の高い任務を今のインド洋と比べれば、どう見積もってもインド洋の洋上給油の方が日本国民全体にとって有益ではないか。それをあえて否定するのだからよほどの国連支持者か、はたまたアメリカ追随の風潮をぶちこわす意図を持っての行動かとみていた。おそらく後者であろうが、それならば国防を自前で本気になって考えなくてはならない。これにはおそらく民主党内の旧社会党連中がだまっているはずはなく、どこかで破綻を来すのではないかと思っていた。それでも悲願である政権を奪取してから問題が噴出するのだろうと予想していたら、案外と早く崩れてしまった。これならば小沢氏が壊し屋だからというより、始めから崩壊が決まっていた寄せ集めであったというべきなのではないか。

 それにしても振り回され、協力関係にあった他国の海軍に後ろ指を指されることになった海上自衛隊の志気はいかばかりであろうか。いくらシビリアンコントロール下にあるからと言っても、心や感情のないロボットの集まりではなく、人間の集団なのだ。アメリカ追随に待ての号令を掛けるにしても、落としどころがあったように思う。そのかたくなさや強引さが敵を作る小沢流と言えるのかもしれない。

 小沢氏を知る評論家たちは皆口をそろえて、先の見える大政治家だと言う。先の参議院選で大勝したのもうなずけると言いたいところではあるが、私は民主党のキャッチコピーである『政治は生活である』というものに違和感を感じていた。国の政は確かに最終的には国民に還元されなくてはならないものだが、現生活ではなく未来の国民に対し責任を果たすべきと考える。現生活をうまく治めるのは政治家ではなく官僚や役人であろう。実社会の大衆に迎合してはならない。大衆をバカにするなという声が聞こえてきそうだが、政治家は今を我慢してでも国民の未来を約束しなくてはならないものではないだろうか。ならばコピーを作るなら『政治は未来である』が本当だろう。それらを総合すると今ひとつ小沢氏の言動が一致しないと思われたのだ。おそらく民主党内部でいろいろとあったのだろう。旧左派連合を引き連れていては所詮寄せ集めの域を脱することはできないというのが本当のところなのだ。それならば独立といかなくてはならないと思うが、政権というものが目の前にちらつくあまり、現状を抜け出せない可能性もある。ただこのどたばたを見せられてなお有権者が政権を民主党に渡すと考えるのであれば、よほどの大甘ったれ集団としか言えないだろう。

 なんだかんだと言っても、すでにインド洋に海上自衛隊の船はいなくなってしまったのだ。せめて帰国してきたあかつきには、彼らにねぎらいの言葉を一言でも掛けてあげようではないか。民主党は分裂しましたの言葉も添えて・・・

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