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2007年8月10日 (金)

蜜月も終わりを告げる

 テロリストに対抗するため繰り広げられてきたここ数年の戦闘は、対自由主義社会というよりキリスト教徒とイスラム原理主義との泥沼の抗争に変貌しつつある。もちろん日本を含めキリスト教を国教としていない自由主義国家へのテロ行為が絶対にないという保証などどこにもないし、テロリスト達はアメリカに荷担したやつは誰でも容赦しないと通告しているのも事実ではある。しかし十字軍以来の文明の衝突に対し、無力な我が国が横槍を入れるべき立場にあるというものでもない。まぁまぁと口を挟めば鋭い刃が飛んでくるだけであろう。

 しかし国連が決めた紛争解決策に常任理事国入りをもくろむ日本が背を向けるということが何を意味するのか。常任理事国とは言え中国も、そしてイランですらパキスタン?もしくはアラブに隠れ住むテロリストたちへの非難を実行力として行っている事実をどう考えるべきだろう。テロリストには断固として立ち向かうという姿勢は自由主義国家として当然持っていなくてはならないものだろう。それでも日本にはそれに立ち向かうための武器も法律も、そして国民の緊迫した意識すらない・・・

 またイラクでの戦闘がアメリカの自営戦争であろうとも、アメリカの若者達の犠牲の上になりたっているイラクの民主主義を見捨てることが是であるのか非であるのか単純に推し量ることなど誰も出来ることではないだろう。

 ただ国連は巨額の金を日本から吸い上げるばかりで結局は日本など蚊帳の外に置く常任理事国のための連合でしかないし、アメリカは同盟国と持ち上げておきながら自らの兵士達の行為を棚に上げて慰安婦問題を日本に突きつけるばかりである。日本はこのまま白人達の言いなりで暮らしていくしかないのかと嘆くことも正論であろう。

 国が単体で生きていけるほど世界はとてつもなく広いわけではない。経済も文化も安全保障もあちこちと繋がっている。自分だけ知らん顔を決め込めるのは武器を持つ独裁国家ぐらいしかない。誰かと手を組まなくてはダメなのはわかっている。でもアメリカ以上に信じられる国が他にあると言える人はどれほどいるだろう・・・

 何も考えず現状維持、アメリカ様追従と叫ぶことは可能だ。しかし、でも・・・・と考える時が今なのかもしれない。アメリカというゆりかごから出てどこへ向かうべきなのか。それを議論することがテロ対策特措法を続行するか否かを決める拠り所になるだろう。

 民主党にそれをどうこうする力があるとは思えない。マニフェストを読む限り、国を運営する力を持っているのは自民党以外にありはしない。しかし状況からしてテロ対策特措法の延長は民主党の賛成を得られず、否決される公算が大きい。熟慮することないまま日本丸の舵が急にきられることになるとすると、これからどうなるのだろうか。平和のみを声高く叫んだところでテロリストたちの暗躍を止めることはできない。わかっているにもかかわらず原子力発電所の放火ですら止めることができない日本を考えると、舵をきるためには相当の覚悟を必要とするように思うのだ。

 我が子を抱きしめながら、彼らの未来が平和であることを願う一方で、気味の悪い影の存在を否定しきれないのだ。

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