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2007年2月 2日 (金)

認めてしまうのか・・・

 読売新聞によるとフィリピン政府が腎臓の売買を公認するという。闇取引が後を絶たないので、公認することでルールを明確にし、命の安売りをさせないようにするという狙いらしい。報道のコメントでは日本人が殺到するのではないかとのこと。そうだとするとやりきれない気持が起こってくるのは私だけではないはずだ。

 確かに何事もなければ腎臓は一つでも十分に寿命をまっとうすることが可能である。しかし事故、癌などでもう一つを失うならば、透析は免れないし、お金がなければ透析もできず待っているのは死である。一つしかなければ、結石ですらおおごとになってしまう。背に腹は替えられないというドナーの気持ちはわかるが、必要だから2つあるということもわすれてはならない事実だ。

 レシピエントにも問題がある。金に飽かして貧困な他民族の腎臓を買い漁るという印象は世界的にぬぐえないだろう。もちろん透析の苦痛、危険性はその医療を提供する現場にいて痛いほどわかる。それから逃れる術があるなら藁をもという気持もわかる。

 法律の面でも報酬を与えて腎臓をもらいうけるとなると、臓器移植法に抵触する。できることと倫理的にやってはいけないこととの間に法律は境界線を設けているのだ。

 では医療費の問題としてはどうだろう。透析には年間500万円前後かかる。お金があるから透析ができるというのは紛れもない事実で、お金がない国では透析などもってのほかの医療行為なのだ。それが移植を行ってしまえば、後は免疫抑制剤の費用だけで済んでしまう。医療費という面でいうと願ったり叶ったりというところである。

 ここまで書いてくると移植にどれだけのジレンマが隠れているのかということが見えてくる。貧困・倫理・医療政策・・・なんだか地獄の沙汰も金次第という言葉が見え隠れしてさもしい気分になってしまう。

 やはり生きるという哲学を今一度考え直す必要があるのではないか。誇り高く生きること、そうありたいと皆が願っていると思うのだが・・・・・

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コメント

難しい問題ですが 高潔な倫理観も
貧しさには勝てないと言う事でしょうか ??

北朝鮮の政権下では発生してない問題ですね。
自由主義国のあり方が問われます。

投稿: 犬と猿 | 2007年2月 2日 (金) 17時23分

こんな話を聞く度に、人の命は決して平等なんかじゃないって思い知らされます。
人は所詮、自分に対する執着からは離れられないのでしょうね。

投稿: やぶ | 2007年2月 2日 (金) 17時44分

犬と猿さん

 北ではどうなっているのでしょうね。まったく情報が入らないので、やっているともやっていないとも言えないでしょう。ただ貧困にあえぐ度合いが半端じゃなさそうですから、腎臓摘出の段階で命が危ないかもしれません////コワい・・・・

投稿: クーデルムーデル | 2007年2月 2日 (金) 18時06分

やぶ先生

 そうですね。

 世界情勢をみるにつけ、少なくとも人の命は地球より重いというのは安っぽいキャッチコピーでしかなさそうです。

投稿: クーデルムーデル | 2007年2月 2日 (金) 18時09分

いやあ、、、本当に深く考えさせられるよね、こういう問題は。

つい先日、尿管結石で緊急入院してものすごく心細くなった身としては、患者さんの気持ちもわかるし、、、国益みたいな大きな話も理解できないことはないし、、、考えて結論が出ることはないだろうけど、深い議論は必須だろうね

投稿: 目黒駅前クリニック院長 | 2007年2月 3日 (土) 13時05分

目黒駅前クリニック院長殿

 この問題は国民皆で議論しなくてはならないでしょうね。来週の内閣メルマガへ投稿したいと思います。

投稿: クーデルムーデル | 2007年2月 4日 (日) 21時24分

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