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2007年1月31日 (水)

そりゃないよ

 年末に行った腎生検の結果が先々週返ってきた。病理医が残念ながら常勤していないので、系列病院か外の病理屋さんにお願いしているのだ。それには「糸球体(血液を濾過するところ)が入ってないから何とも言えない。蛍光抗体用(目的の物質がそこについているかどうか確認する方法)のものはIgA(蛋白のひとつ)がばっちりついてます。」とのこと。おいおいふざけるなよ、こっちは糸球体が入っていることをおおまかに確認してだしてるんだぞ。しかも2本丁寧に出して2本ともないなんてことないだろ!って病理医に問い合わせしたら、「1本しかないよ。」とつれない返事。今回はS○Lという業者に頼んで送付してもらったので、そこへ確認の電話を入れると「大変申し訳ありません。こちらの容器に付着していました。すぐに病理の先生にそれをお回し致します・・・・」とのこと。

 こルルルルル~~~~~~~ら! なんじゃそりゃ~~~

 幸いにもホルマリンに漬けてあって、乾ききっていなかった。病理医もいつもの医者ではなくピンチヒッターだったこともあって、こちらがいつもちゃんとした組織を送っているとわからなかった様子。先程電子顕微鏡による組織診断と合わせて結果が返信されてきたが、心配なので先程染色された標本を自分の眼で確認してようやく最終診断とした。IgA腎症、びまん性の増殖変化があり、ステロイドを中心とした治療が必要だ。厚生労働省のIgA腎症研究会へ組織を送って治療方針を決定することにしよう。

 それにしても、なくしていたら取り返しがつかないぞ!

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2007年1月30日 (火)

春だよね・・・

 車道脇の畑に咲いている菜の花を見つけた

 今朝は霜の降りる寒さであったが 

 春と勘違いしたか

 それとも春が来たのか

 それはいずれわかるだろう

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ネフローゼ症候群

 外来の記事のところでご質問があったので、その返答も兼ね、疾患についてコメントします。

 この疾患のバックグラウンドに関しては、いなか小児科医さんのブログ9月分に詳しく書かれているのでそちらをご覧いただき、こちらでは疾患の要点・治療・気を付けるポイントについてお話しします。

 ネフローゼ症候群は尿の中に蛋白が漏れだしてしまい、血管の中の必要な蛋白が失われる状態を言います。その原因は様々ですが、おおまかに考えて、腎臓の中のフィルターの異常によるものと考えて良いです。これにより血管の中の浸透圧(濃度みたいなもの)が低下し、より圧の高い他の細胞の中に水分を取られてしまうのです。すると血管の中の水分が失われ、血圧が低下し、血流も悪くなります。また成因はよくわかっていませんが高脂血症も伴い、これらにより血管閉塞を来すこともあります。問題は力学的な問題だけに留まらず、蛋白の漏出は必要な免疫力の喪失にも繋がります。ステロイド療法などネフローゼの治療が確立される前は、免疫力の低下から細菌による敗血症を来たし、亡くなる人もたくさんいました。

 幸いなことに子供のネフローゼ症候群ではステロイドが非常に良く効き、蛋白の漏出を止め、水分も血管の中にゆっくりと戻ってきます。ただし良く効くのは8割の患児で、あとの2割は効きません。この効かないタイプはフィルターの異常が特殊であることが多く、別の治療法を選択する他ありません。また効くタイプでもステロイドを減量ないしは止めると再発してくる場合があります。初発時に治療を開始後半年間に2回以上再発、または任意の1年間に4回以上再発する場合、頻回再発型と診断しますが、この場合ステロイドを使い続けなくてはならず、ステロイドの副作用に悩まされることになってしまいます。これを避けるために、免疫抑制剤などの薬を併用するなどの治療が行われています。

 ここからは気を付けるポイントをお話しします。

 まず血管の中の脱水が起こるとお話ししました。これは腸の中でも同じ事が起こり、血管から腸の細胞の中に水分が取られていくと、腸の細胞は腸管の中を流れる食物残査中の水分を吸収するという働きが制限されることになります。よってネフローゼが酷くなると下痢を起こしてしまうことがあります。すると益々血管の中に入るべき水分が少なくなってしまうという悪循環に陥ります。私は患者さんに浮腫そのものであわてる必要はないが、下痢になるならすぐに来院するよう指導しています。それは血管内脱水が酷くなり、血圧低下を招くサインだからです。この場合、点滴で水分を補給したり、アルブミンという蛋白を補充したりします。

 水がたまっていくのは身体の細胞や腸だけではありません。お腹の中には腸の外に大きなスペースがあり、ここに腹水としてたまります。また肺にも水がたまります。息苦しいなどの症状で気付かれる肺水腫という状況もあります。ネフローゼの場合の肺水腫はよほど酷くならない限り症状として現れることがありませんし、アルブミンという蛋白を補充すること以上の治療が必要となることも少ないですが、時には血液透析などで水を除去することもあります。

 もうひとつは発熱です。ネフローゼだけでも免疫力は低下します。それに加えてステロイドも免疫抑制剤も免疫力を低下させます。特にお腹を痛がる場合は要注意で、腹水中に繁殖する細菌による腹膜炎を鑑別する必要があります。またステロイドを減量中に発熱した場合、身体に必要な量のステロイドが補給されないことによる変調を来すこともあります。実はステロイドは自分の身体で毎日産生されており、外から与えられると身体がさぼって産生しなくなる性質があります。ステロイドはもともと身体のバランスを整える働きがありますから、これを崩すことになってしまうのです。ですから発熱を来した場合は、治療量とは違った必要なステロイド量を内服することもしばしばあります。

 その他は急を要するものではありませんが、腎臓専門の医師でない場合に間違った伝え方がされている場合があるので、お話しします。

 まず再発はある程度仕方ないと思ってください。再発を恐れるあまりにステロイドをある程度の量で使い続けるのは副作用をおこすもとになります。半年以上途切れることなしに毎日または一日おきにステロイドを内服しているというネフローゼの患者さんがいらっしゃるなら、腎臓の専門の医師へ相談することをお薦めします。ただし急に止めることはしないでください。前述したように身体に必要なステロイドが保てなくなることがありますので、必ず医師に相談して決めて下さい。

 また浮腫がある場合に安静にする必要はありません。もちろん動きづらいのを無理にというわけではないですが、必ず入院する必要はありません。ただしネフローゼ発症初回の場合は、ステロイドの副作用の発現などいろいろ調べるポイントがありますので、入院加療が必要です。下痢などで脱水が酷い場合も入院が必要です。

 浮腫があると水分制限をしたくなりますが、それも誤りです。のどが渇くのは血管内脱水のサインの一つです。飲み水を制限する必要はないのです。ただし飲めば確実に浮腫は増えますが血圧低下を招くより遙に有益です。がぶ飲みはダメですが、のどの渇きを潤すのは必要と思って下さい。塩分は少々控えましょう。益々浮腫がひどくなり、しかも脱水となりますからご注意を。

 それからステロイドを使用中に運動を禁止することも必要のないことです。長期に使用すると骨がどうしてももろくなりますが、学校で行われる体育程度なら十分に可能です。ただし格闘技やマラソン、オリンピックに出るために身体を鍛え上げる必要があるなどの場合はよくよく主治医とご相談下さい。

 細々としたことはまだいろいろとありますが、ご相談いただければお話し致します。

 子供にとって必要なのは治療はもちろんですが、成長発達もそれと同等以上に必要なものです。知育も体育も食育も社会教育も必要です。ネフローゼは長いつき合いになりますから、腎臓の専門医とよりよい関係を作って一緒に子供達の健全な成長を見守りましょう。

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2007年1月29日 (月)

月に願いを

 本年夏に月周回衛星『SELENE』が打ち上げられる。約1年間月を周回するとのことだがその衛星に名前とメッセージを込めることが出来るらしい。

 だからなんだと言うなかれ。

 それくらいのロマンを抱かずして夢を語る資格はない・・・・な〜んてことまで言えるはずもないが、面白い試みではないか。詳しくは募集ページまで。

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苦笑

 今朝は政治ネタから

 昨日の産経新聞のコラムにあった話しだが、民主党は『ブーメラン政党』と囁かれているらしい。そういえば年金未納で『未納三兄弟!』と気勢を上げた後年金未納で代表自らが叩かれ、『ホリエモンから裏金メール!』って叫んでガセメール事件へ発展し、『事務所費不正!』と言いながら代表は何に使ったか4億円の事務所費を計上していた・・・などあまりにあまりである。この度は献金問題をとりあげようとしていた矢先に参議院副議長の献金問題が浮上している。しかもあろうことか朝鮮総連関連の企業からの献金をうけていたとの報道もあり、事実関係をはっきりさせてもらいたい。本当なら議員バッジを着ける資格などないと思うのだが。

 もうひとつ。

 安倍内閣の支持率が急落しているが、やっていること自体間違っているとは私は思っていない。教育再生は今必要だし、憲法も改正すべきだろうと本気で思っている。防衛庁が省に昇格したのもよし、これまでのところは及第点をつけられるのではと勝手に思っていた。しかしながらパフォーマンスが悪すぎる。折角甘いマスクをお持ちなのだから、ハッキリとした口調で、明確な答弁をしさえすればよいと思うのだが・・・首相の周りにはテレビ対策のブレインはいないのだろうか。前首相がどのように国民の支持を得ていたのかを少し考えればわかることだろうに。このところの政治と金の問題が今更雨後の竹の子のように次々と発生しているのは安倍おろしなのではないかと感じずにはいられず、永田町のきな臭さがプンプンするこの頃ではあるが、頑張って欲しい。

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2007年1月27日 (土)

皮膚疾患は難しい

 まずは先々週から来院している乳児。顔に乳児湿疹が出来ていたが、それが酷くなると同時に体幹を中心に3mm大の中央臍窩のある小水疱が出現した。もちろん膿らしい所見はなく、どちらかというとみずみずしい水疱であった。見慣れたものから推察するとヘルペス属の水疱によく似ているが、アトピーの児におこるカポジのように酷くはなく、水疱は散在というところであった。水痘というには陰部や腹部付近に全くないのが疑問だし、手足口病の原因ウイルスにしては下肢・腰回り・口腔内に全く出ていなかった。とりあえず採血でヘルペスの鑑別を依頼したあと、ACVという抗ウイルス剤を使用したが全く反応しなかった。通常水痘ならばかさぶたになっていくが、一週間ほどかかってこの水疱はだんだん小さくなりながら黄色く変色していった。とびひのようなびらんは形成せず、一体何だったのだろうか?

 もうひとつ。先程まで詰めていた救急診療所の看護師さんは数年来原因不明の全身小水疱に悩まされていた。ステロイドを大量に使えば良くはなるのだが、少しでもゆるめると途端に爆発してしまい、途方に暮れていた。皮膚科も遠方の有名な先生のところまで出掛けてゆき、手を変え品を買えしたが結局治りきることはなかった。ところが数ヶ月前、閉経となった2週間後から全く症状が消失してしまったとのことで、昨夜は歓喜の話しを聞くことが出来た。

 子供でも乳児期から2歳くらいまでアトピー様の皮疹に覆われていた児が、3歳の声を聞くと突然何事もなかったかのように綺麗になってしまうことがある。環境も治療もなにもかわらないのにである。ホルモンなど内因性のものだと思っているが、何かはハッキリつかめない。

 難しいな・・・・・

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2007年1月25日 (木)

外来

 このところブログを書く気分にもならなかったが、今日の外来で似顔絵をもらって少し元気になった。

 外来ではインフルエンザがパラパラと出始めている。まだチビちゃん達はRSウイルスばかりだけれど、お兄ちゃんお姉ちゃん次第で大変なことになってくるかもしれない。それよりノロウイルスなど嘔吐下痢を来す胃腸炎がまたじわじわと広がり始めている。今ようやく外来が終わったところだが、来週当たりからさらに大混雑してくるのではないかと戦々恐々とするばかりである。

 さて先月の小児科雑誌にインフルエンザのワクチンについての報告があり、昨日読んだところによると、9歳以降の児ではワクチンの1回のみの接種も効果はあるが、6~21ヶ月(2歳未満)の児では1回では接種しなかった児と危険率は変わらないとのことであった。また12月末日までに2回しっかり接種した場合の有効率は70%とのことであった。ちなみに海外では日本のように年齢で接種量を変えることはしていないので、日本のワクチン事情と一致するものではないが、幼児期へのワクチン接種の根拠として示唆に富んだ論文であると思われる。

 ということで、いつも腎臓外来にくる子供にもらったラムネでも食べて一息つくことにしよう。

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2007年1月23日 (火)

入り江

 風の強い朝

 自転車は向きにより最高時速を記録する

 こんな朝は

 いつもミコアイサに出会う入り江に

 たくさんの水鳥たちが集まる

 上空を滑るアオサギも

 わずかな羽ばたきで見えなくなる

 よく晴れた風の強い朝だ

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2007年1月21日 (日)

長蛇の列

お通夜に参列しました。弔問に訪れた方は物凄い数にのぼり、先生の生前の人徳が偲ばれました。中には先生の外来にいつも来ていた子供達の姿も見えました。

先生・・・早過ぎるよ・・・

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2007年1月18日 (木)

悲しみ

 都立病院で研修していた頃たいへんお世話になった先生が40半ばの若さで亡くなってしまった。昨日その訃報を聞いたときは力が抜けて、何も手につかなくなってしまった。

 一昨年の秋にとある学会で顔を合わせた時になにやらいつもより青白い顔をしているように思え、「先生、いつにもましてかげろう度がアップしてますよ。」と軽口を叩いたことを思い出す。その後癌が発見され、一年余りの闘病生活を送られたが、その間も病院でいつも通りに働いていらっしゃった。先日も患者さんの相談に伺うと、真剣にいろいろと考えてくださった。化学療法でつらいはずなのにである。

 先生はいつでも病院にいらっしゃった。家は病院の隣にある官舎だったこともあるだろうが、夜中だろうがいつでも何か困ったことが起こるとどこからともなく(かげろうのように)表れるお助けマンであった。どんなに大変な状況でも決してあきらめることはせず、どこにそんな体力があるのかと思われるほど患児達の傍で何日でも命を救うべく立ち向かっていらっしゃった。また仕事が一段落した後、実験も積極的に行っていて、私も時々動物実験をご一緒させていただいた。今考えてもいつ眠っていたのかわからないほどであった。

 医学に対する真摯な心、深い洞察力とあきらめない精神力、なにより鋭い行動力など本当に学ぶことの多い先生であった。その上ちょっとエッチでユーモアもあった。看護師さん達の人気も高く、先生の周りはいつもにぎやかだった。

 今はただご冥福をお祈りするしかないことが残念でならない。

 先生、ありがとうございました。

 安らかにお眠り下さい。

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2007年1月17日 (水)

宏観異常

 宏観異常という言葉がある。これは中国での呼び名だが、日本ではよく地震前兆現象といわれ、地震前に発生する動物の異常行動や自然の異常現象の事を指す。昨今地震予知の現場でこれらの報告を集める際にこの呼び名が使われ始めているので、こちらでもそう表記した。

 さて話しは日曜日に遡る。新宿に住む親戚同士の電話の中でなんとも不思議な雲を夕方見たとのことであった。放射状に広がる雲が見えたので地震雲かもしれない、この2,3日は気を付けてということだった。果たして翌朝、比較的長い地震が関東地方におこった。

 この地震雲は科学的に解明された現象ではない。またどれほどの規模の地震でどのような雲が発生するかもわからないし、その感度・特異性も定かではない。要するにまだ研究段階でしかないのだが、研究をしている岡山大学などは大気中のイオン濃度や岩盤に広がる微量な電圧の変化により雲が誘導されるとの見方をしているようだ。しかしこう頻繁に地震の起こる日本では雲の発生から3日以内ならばどこで揺れてしまってもおかしくないので、なんとも判定しづらい。

 雲だけの観測ではなく、大気中のイオン濃度を計測して、異常値が出た場合には警戒警報を出すe-PISCOというサイトも出ている。ここでは雲だけではなく、動物の異常行動も一般市民の通報を受け付けている。様々なデータが集められ、本当に有用な予測可能因子を見つけることが出来ればよい。それにはデータが多いほどよいので、これを読んでいただけた方々には宜しくお願いしたい。(私は関係者ではありません、あしからず・・・)

 ということで一日一回はお空を眺めることをお薦めしたい。地震雲じゃなく、心洗われる風景に出会えるかもしれない。

 しかし今日は雨・・・・・

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2007年1月16日 (火)

雲の切れ間に

 今朝は曇り。朝の光が時々団子のように連なった雲の切れ間から差し込んできた。

 漁をしている人の姿をみつけ、自転車を降り水辺へ近づくと、鳥達が一斉に羽ばたいた。

 見慣れたミコアイサ・キンクロハジロ・マカモ・カルガモに混じって大きなキジも飛び出した。キジが大声で鳴くものだから、一時は騒然とした湖畔となった。

 漁は静かに進み、しかけの網が美しく水面に映っていた。

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2007年1月13日 (土)

本の窓

 先程救急診療所の当番が終わった。今週はことのほか外来患者さんが少なく、他の医療機関はどうなのであろうとちょいと心配していたが、救急診療所にもいつもの人影はみあたらず、パラパラだったことで現在余力たっぷりである。

 夜更け~明け方にこういった診療所で時間をもてあますことはあまりないが、そんなときに何をするかというとやはり読書である。医学雑誌を持参することもあれば、置いてある雑誌を読むこともある。休憩室には『鬼平犯科帳』が転がっているのでこれにも目を通すことがある。この夜は持参した『月刊 本の窓(小学館)』を一冊丸ごと読んでしまった。といってもこの本、全100ページほどの薄っぺらな本であるので一晩で読むなどは造作のないことだが、内容は多岐に渡っておりなかなかに面白い。しかも一冊100円という格安さが心をとらえて放さず、学生の頃から「100円持ったら書店でゲット」てな具合で購入していた。ここ数年はいちいち書店に行くのも面倒なので定期購読している。

 今月号は『オペラを楽しむ』という特集を組んでいて、声楽家の中嶋彰子さんへのインタビューを通してオペラ鑑賞のスタイル提示とオペラDVD発売広告を伝えることから始まり、連載小説・手塚治虫漫画評論・ミステリー書評などが続いている。小学館が発行しているにもかかわらず他社の出版物への書評も多く、書籍購入の目安にもなっている。

 さて書評に乗せられて、オペラのDVDと筑摩書房の『諸国空想料理店』でも買いに行くかな。

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2007年1月12日 (金)

もうやめなよ

 連日の歯科医師長女殺人事件報道である。もう被害者は亡くなっており、加害者も逮捕されているにもかかわらず、両者の心模様や家族の形を探ろうと恥部荒部を洗いざらい調べ上げ、公開している。これは許されることなのか?被害者の家族の気持ちはなんとするのか?

 加害者が逮捕されず、それの手掛かりになればと様々な情報が垂れ流しにされるのは、まだ仕方のないことだと理解はできる。それでも必要以外のことまで部外者に知らせることもなかろうと思っていたが、今回は理解を超えている。それ専門の人間が心の裏側について知り、これからの犯罪抑制につなげようとするのは当たり前で、そこに情報が流れるのは当然だが、一般大衆に流す必要性がどこにあるのだろうか。もし捜査当局が流しているとしたらこれは犯罪だろう。報道各社が勝手に調べたことを流しているなら、その報道姿勢を問いたい。犯罪抑止をねらっているのなら、こういった事例を集めて、フィクションにして活字にするなり、映像にすればよかろう。ノンフィクションで好奇の目を集め、売れれば抑止になるなどと考えているわけでもないだろう。

 もうひとつ。

 前の事件とは比べものにもならないが、プロ野球中村某の件である。プロ野球選手に限らずプロスポーツ選手はいつ怪我をするかもわからないし、突然自分の思い通りに事が運ばなくなるやもしれないという危機を背中に感じながら華やかな世界に身を置こうと頑張る人達であろう。だからこそ活躍著しいときは一般人では考えられない年俸を手にすることが出来るし、活躍できなくなれば翌年は職を失うという厳しい世界なのだと思っている。

 彼は数年前の日本において確かにスーパースターであった。しかしメジャーに挑戦しても活躍できず、サッサとあきらめて帰ってきた人である。メジャーでの扱いが妥当だったかどうかは問題ではない。俺はこんなもんじゃないとうそぶくだけで、結局日本に帰っても結果を残せず、しかも怪我の治療のために数ヶ月を棒に振ったのである。通常なら解雇だろう。それを減俸でという球団のはからいに、「愛がない」と答えるとは・・・むしろ「拾ってくれてありがとうございます。精進して球団を優勝させます。」と答えれば本人のいう中村ブランドも面子が立っただろうに。断っておくがプロ野球選手の契約の表裏は華やかな世界を夢見る親子(わりと一般的ではないか?)にとって重要なことなので、個人の問題と片付けるのではなく一般公開されるべきだと私は思っている。華やかさだけでなく、裏も部分も見せること、特に解雇されてトライアウトを受ける選手の話などはもっと報道されるべきものだと思っているので、中村選手の動向には注目もし、あきれもしたということなのだ。

 ということでこの場合の『もうやめなよ』は、みっともない振る舞いはやめなよということでした。

 さて、仕事仕事。

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2007年1月10日 (水)

Telomelysin(OBP-301)

 昨夜なんの目的もなくテレビをつけると岡山大学の先生が登場していた。よくよく見るとたけしの家庭の医学という番組らしい。テロメライシンというウイルスを使った癌治療についての話しが行われていて、ついつい見入ってしまった。

 我々小児科医は固形腫瘍を患う患者さんが少ないため、どうしてもそれに対する勉強が不足してしまう。それでも癌の部位を発光させて見分けるテロメスキャンというものを以前に聴き、テロメラーゼ発現細胞について調べたことがあったのでそれの応用だろうということは想像できた。発表されたものによるとテロメライシンとはヒトテロメラーゼ逆転写酵素(hTERT)プロモータをアデノウイルス5型のE1領域に組み込んだ制限増殖型の腫瘍殺傷ウイルスであり、テロメラーゼを発現している細胞に感染し、増殖し、破壊してしまうというものらしい。番組ではこの薬の研究が実際に人へ使用する段階に入ったことを映し出していた。

 副作用もないと思われると強調されていたが、テロメラーゼは生殖細胞や骨髄の幹細胞でもわずかに認めるため、そのあたりが気になるところである。もっとも細胞が分裂を繰り返した末に自己融解していく仕組みが本来の正常細胞であり、この自己融解システムを妨げるのが癌細胞に存在するテロメラーゼであるから、やはり癌細胞に特有と言ってよいのであろう。それにテロメスキャンではこれらの細胞が映し出されるという話しにはならなかったので、心配はないのかもしれない。また固形腫瘍だけでなく白血病細胞でもテロメラーゼが発現しているので、この薬が安全に使用できるなら白血病を患う子供達にも大変有効な薬ができることになる。待ち遠しい限りだ。

 それにしても癌で人が死ななくなったら、どれだけの高齢化社会が繰り広げられることになるのだろうか・・・・それはそれで恐ろしいのかもしれない。。。

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2007年1月 9日 (火)

 この日曜に大学の同期会があった。もう卒業して15年。髪はごま塩あり、茶髪あり、正面から見るとかすかに・・・という者もいた。しかし皆一様に自信に満ちたいい顔をしていた。

 我々は全寮の特殊な大学生であった。今時めずらしい規則に縛られた大学生活を共に送った仲間なのである。おとなしい学年と言われたが、時に争い、時に励まし、時に非難し、時に拍手を贈ったあの日。涙も怒りも喜びも笑いも皆懐かしい思い出である。近況報告する姿もあの頃と同じ。でもやっぱりあの頃よりいい顔なのであった。

 一次会が終わると、学生の時から麻雀に狂っていた連中が雀荘へ消えていき、その他が二次会へ流れた。そんな中以前のブログで紹介した恩師のところへ世話になりながらも葬儀にも行けぬままで悔しがっていた仲間と話しをした。ほとんど家へ帰れないほど忙しくしているが今日なら時間があるとのこと。それならと二次会を一足先に切り上げ、恩師宅への新年の挨拶まわりを敢行した。

 突然の訪問にも恩師(女先生)は嫌な顔一つせず迎え入れてくれた。亡くなった男先生の遺影に手を合わせ、酒をつぐと宴会の続きが始まった。ここまでで結構酔いが回っていた我々だが、久しぶりに顔を合わせたのだからと次々と美味しいお酒が目の前に置かれ、コップはいつもなみなみと注がれたお酒が揺れた。中でも金沢の酒『加賀鳶』のどっしりとした深みのある味わいには驚嘆の言葉しか出ず、ついつい飲み過ぎてしまうのだった。

 酒に弱い私が真っ先にちょい寝し、起きあがると隣が寝るという状況であったが、途中で男先生の思い出をまとめたアルバムを見せていただいた。眼光鋭い乳児期の写真から始まり、京都大学時代や研究室にいたころのもの、女先生と出会った頃のものなどがそこにあった。酒と女が大好きな先生だったので、アルバムの後半はもっぱらそういう類の写真ばかりであったが、そんななかに我々が時折登場していた。間違いなく先生方の人生の中に我々が映し混まれているということが再認識され、なんだかうれしいと同時に切なくなってしまった。

 それにしても女先生は昔無茶苦茶可愛かったのだという話しで盛り上がったところで全員が目覚め、それに合わせて七草粥をいただいた。五臓六腑に染み渡るとはこのことで、春の香りが心地よかった。

「ごちそうさま。とっても美味しかったです。」

「こんな粥は味わったことないです。」

我々の言葉に微笑んでいた女先生は何を思ったか急に立ち上がり、

「じゃあ行きつけの寿司屋に行くよ。まだ(おなかに)入るやろ!」

昼から飲んで喰ってうたた寝しを繰り返していた私たちを引き連れ、自宅近くの寿司屋の暖簾をくぐるとカウンターに5人ほど中年の男達が座っていた。その彼らが女先生を見つけるなり席を立ち、礼をする様は、やくざの姉御のお出ましはかくあるやというところであった。

「私の今の飲み友達よ。みんな独身!」

と笑いながら座り酒と寿司を注文する女先生は、昔と変わらずとっても活き活きとしていた。もちろん男先生の話をするときは眼に涙が浮かんでいるのであるが、最近はちゃんと傍に男先生がいると感じられるらしく、痩せてしまったけれど落ち着いたように見えた。なにより突然押しかけてきた我ら教え子たちを喜んで迎え入れてくれている顔を見たらうれしくなった。更にたらふく喰って飲んで、外へ出たら満天の星空だった。

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2007年1月 7日 (日)

七草粥

七草粥

恩師のお家にお邪魔して、七草粥をいただいてます。

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2007年1月 5日 (金)

霜降る畦道

 今朝はよく冷えた

 畦道はすべて霜が降りていた

 吐く息はもちろん色濃く

 風切る耳はちぎれんばかり

 それでも水鳥達は餌をついばみ

 グァーグァーと声を挙げていた

 水面は青く澄んでいた

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2007年1月 3日 (水)

今年初めの救急当番

 昨夜は一次救急診療所の当番であった。年末年始は患者さんが毎年多いので、医者2人体制でスタンバイしている。昨夜のパートナーは近隣の大学病院に勤める母校の同級生であった。

 元旦とはうって変わり患者さんの来院が少なく、二人でさっと片付けてしまうと後は久しぶりの同窓会に花が咲いた。離婚話や開業話から始まったが、それほど情報通の男でもなく、やはりお互い小児科医同士、話すことの大半は治療についてのディスカッションであった。彼は小児の肝臓疾患を専門にしているので、ことあるごとに情報交換を電話やメールでしていたが、直に話すとより理解が深まった。同級生の話は自分を奮い立たせてくれる。今年も頑張るぞと言う気概がみなぎってくるのを感じた。

 さて医療界のブログを見渡すと、昨年は医療崩壊元年だということである。とすると今年の状況いかんでこの崩壊が進むのか踏みとどまるのかがきまる重要な年となるのであろう。とりあえず地に足を着け、患者さんとの対話を大切にするという自分の医療を実践していくよう肝に銘じることにしよう。

 

 

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2007年1月 1日 (月)

謹賀新年

謹賀新年

麻賀多さんにお参りすると獅子舞の最中でした。

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