腎移植
腫瘍性変化があり摘出された腎臓を腎不全患者に移植していた問題がテレビ&新聞紙上をにぎわしている。
執刀医は問題ないと言い張り、移植を受けた患者さんもやってくれてよかったと言う方もいるという報道だが、私は断固反対したい。
私も腎不全の患児を担当し、移植にも携わってきた。透析の煩わしさは生活制限のみならず、常時生命の危険と隣り合わせというプレッシャーが本人にも家族にものしかかるということからも想像を絶する困難な状況であることは疑いようがない。その透析患者さんたちが移植を受けると、 内服を怠らないとか外来へ定期的に通院する必要があるということを除けば格段に生活制限がなくなるだけでなく、死を感じなくて済むという点で何にも代え難い治療であると皆さんが口をそろえる。しかし時が過ぎるとしだいに拒絶反応の陰におびえる方、薬の副作用に悩む方、いつまた透析に逆戻りしてしまうだろうと不安に思う方など本当に様々な悩みを抱えることになり、決して手放しで喜べるものではない。これは腎移植を否定するものではなく、肯定した上で何とかしなくてはならない課題なのだと私は考えている。
さて今回のような移植が行われた場合患者さんの心はどう動くであろうか。献腎移植を受ける場合、早くても6年以上待つのが一般的である。これは希望者に比べ圧倒的に提供される腎臓が足りないからであるが、いつ提供されるともわからない腎臓を待つ焦燥感たるやこれまた想像を絶するものであろう。その方に多少問題があっても腎臓が提供されるとの話があれば、医者が大丈夫と言えば飛びついてしまう、同意書に印を押してしまうのも当然であろう。そして第一声は「移植してくれてありがとう。こんなに楽になりました。」であろうことは想像に難くない。しかしその後に襲ってくる不安はどうであろうか。
腫瘍性変化を来した腎臓が多量の免疫抑制剤下の生体においてどのような変化をきたすのか、それが10年以上先に悪性化するのか数年単位でなってしまうのかもわからないのだ。これを移植された患者さんはどんな夜を送ればよいというのだろうか・・・
またおそらく摘出された腎臓の持ち主にはもう一度病巣を取り除いた腎臓を戻すことが出来ますという説明と同時に悪性化する可能性を話しているであろう。片方の腎臓が正常なら問題なく寿命を全うできるとも説明されたであろう。それ故もう一度腎臓を戻してくれなどと誰もいわなかったと想像できる。では移植を受けた患者さんにはどうであろうか。おそらく悪性化する可能性は極めて低いという説明をしたであろう。でなければ透析で少なくとも生命を維持できる方が癌を受け入れるはずがない。もし悪性化する可能性が高いと説明し、それでも移植を望まれた場合はどうか・・・待てば健康な腎臓の提供者が現れる可能性があることを考えると私にはgo signを出す権利はないし、止めるのが医師の役目だと思っている。
かの医師は透析に苦しむ人たちを本当にたくさん見てきたのだとは理解できる。その苦しみを少しでもとってあげられたらという気持ちで行ったのだとは思う。しかし医師は神ではない。少なくとも悪性化の可能性のある臓器を免疫抑制剤下の生体でどうなるのかというevidenceなしに移植することは神に対する挑戦以外の何ものでもない。さらなる苦しみを患者に与えることは許されることではないのだ。
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コメント
私が腎移植をやって時には考えられないような事態ですね。確かに免疫抑制剤の進歩で、適応範囲を広げられるのでしょうけど・・。
夫婦間の移植を認めるか否かですごい論争が起こっており、当時強行した施設は学会で袋だたきにあってました。今は、夫婦間なんて当たり前なのでしょうか・・。
それにしても、移植があるとしばらく医者も安眠できなかったのを思い出します(上の医者はさっさと家に帰ってましたが・・)。
投稿: やぶ | 2006年11月 6日 (月) 12時06分
やぶ先生
夫婦にもにわか夫婦もあって、どうもうさんくさいのですが。
我々小児腎臓科医が接するのは子供の腎不全ですから、是が非でも私の腎臓をと言ってくれる両親から移植する場面が多いです。そのなかでも夫婦の決裂から腎臓を肩代わりに離婚していく人もおり、なんとも複雑な人間模様をみることもあります。
それにしても報道を鵜呑みにすることはできませんが、腎摘の必要性にも疑問がわき起こり、さらに疾患を抱えた腎臓の移植という暴挙には信じられないという気持になります。
投稿: クーデルムーデル | 2006年11月 6日 (月) 18時49分
透析してる患者は、私も見ていますから。
大変さは、少しはわかっているつもりではありますが。
でも、今回の件は明らかに暴走だと思います。
元は、捨てる臓器を有効利用して救える命があれば、って事なのだとは思いますが。
しかし、今回はおそらく摘出する必要のない腎臓を取って、無断で移植していますからねー。
投稿: Dr. I | 2006年11月 6日 (月) 22時59分
Dr.Iさん
コメントありがとうございます。この事件はとんでもないことが隠れている可能性がありますね。またいろいろと教えてください。
投稿: クーデルムーデル | 2006年11月 7日 (火) 08時49分
こんばんは
クーデルムーデル先生
トラックバックありがとうございました。腎移植を必要としている方々、そして移植医療に携わる大部分の方々にはとんでもない悪影響を及ぼすでしょうね...この事件は...
しかし、移植医療の根本を見つめ直す良いきっかけとなれば、それもまた『意味がある』ことであると考えます。
こちらからもトラックバックさせていただきました。
投稿: いなか小児科医 | 2006年11月 7日 (火) 21時35分
なんか、前の私の記事で誤解があったかもしれないので、もう一つ追加で記事を書かせて頂きました。
こちらも、TBさせて頂きますね。
投稿: Dr. I | 2006年11月 8日 (水) 00時35分
いなか小児科医殿
トラックバックありがとうございました。
そうですね、意味のあることにしないといけませんね。それぞれの立場があるでしょうから、建設的に論じ合う必要がありそうです。
投稿: クーデルムーデル | 2006年11月 8日 (水) 08時52分
Dr.Iさん
癌により摘出された腎臓の扱いに関しては先生とは違う意見のようですね。しかしいくら自己責任とはいえ、癌になるかもしれないという不安を抱かせる移植はやはりしてはいけないと思います。免疫抑制剤による癌の発生の可能性とは根本的に違うのですから。もちろんガン細胞が一つも残っていないことを証明でき、なおかつ免疫抑制状態の生体において再癌化しないというevidenceが得られれば別です。それを移植された患者さんの苦痛は計り知れないです。
投稿: クーデルムーデル | 2006年11月 8日 (水) 08時59分
こんにちは。
臓器移植について調べていてこちらのサイトを拝見致しました。
肝臓移植や腎臓移植など、わからないことが多く不安に思う方々がいると思います。
そんな方々に少しでも情報提供をできればと日々、勉強と努力をしています。
貴サイトにありました情報や意見は大変参考になりました。
ありがとうございました。
投稿: 腎臓移植について | 2011年2月 8日 (火) 14時32分
腎移植についてさん
コメントありがとうございます。
ご存じの通りブログというのは個人的な見解の一つでしかありません。しかもこのたびの記事は、腎移植でもかなり異色な出来事について書いてあります。
この点をご了承頂ければ幸いと存じます。
投稿: クーデルムーデル | 2011年2月 9日 (水) 08時45分