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2006年11月30日 (木)

太陽観測

 日本が音頭をとって進められている太陽観測が新たな局面に入った。

 観測衛星『ひので』から送られてくる画像は鮮明このうえなく、しかも可視光、紫外線、電波の3つの目による観測結果は膨大な新情報を伝えてくれているようだ。

 高校の地学部天文班に在籍し、毎日黒点観測にいそしんだ頃が懐かしい。毎日太陽を望遠鏡で捉え、投影板に映した太陽黒点(および白斑)をトレースしていく地道な作業であったが、我が母校ではそれこそ数十年にわたる観測実績があり、その資料を基に太陽の活動性と気候変動などを結びつけた考察などを発表していた。黒点の数が異常に増え、太陽の活動性が非常に活発になったと思われたある日に、太陽光用にセッティングしていたカメラで撮った太陽表面にフレアと思われる輝線が映っていた時は感激したものである。

 おそらく全国の元天文少年達がこの『ひので』から送られてくる情報を固唾をのんで見守っていることであろう。水素が核融合反応して膨大なエネルギーを産生しているんだとか、太陽表面の温度の低い場所が黒点だけれどもそこは磁場がものすごいんだとか、太陽表面よりフレアの方が何百倍も熱いんだなど天文雑誌の受け売りはできたものの、何故そうなのかなど全くちんぷんかんぷんだったことを思い出す。もしかしたらその謎が解き明かされるかもしれないのだ。

 そうこう考えていると久しぶりに天文少年の血が騒いできた。週末にでも天文雑誌を買って読むことにしようか。

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2006年11月29日 (水)

WHOの予測

 毎日届けられる医療トピックスの中にWHOによる死因予測が紛れていた。それによると2005年にタバコが原因と見られる肺ガンや慢性閉塞性肺疾患による死者は全世界で450万人だが、2015年には640万人に増加し全体の10%を占めることになるらしい。ちなみに死因の第1位は心筋梗塞、2位は脳卒中で3位がエイズとのこと。

 心筋梗塞もタバコがからむ可能性が大きいが、死因だけでなく喘息や慢性肺疾患で苦しむ人を考えるとやはり看過できない問題であろう。

 ということでまずは外来でこのネタを使わせてもらい、禁煙を親に促すことにしよう。

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2006年11月28日 (火)

typical Christmas decoration

 ここ佐倉はクリスマスデコレーション界では全国区である。毎年テレビ中継されるほどの有名な街『染井野クリスマス通り』は、11月23日を解禁日と決め、一斉に飾り付けを始める。週末ともなると大勢の見物客で賑わうが、夜店が出るわけでもなく、案内もない。

 ところが何故か今年は解禁日を破り、フライングで装飾を始めた家を多く見かけた。どうもHalloweenの装飾を片付けると同時にクリスマスへ変更しようとした人達が多かったようだ。それだけHalloweenが盛り上がってきた証拠なのかもしれないが、電飾を長く続けるのは結構大変らしい。というのは電気代もバカにならないというのである。

 一番盛り上がっているお宅では天高くそびえる電飾クリスマスツリーへ電飾サンタが舞い降りる構図から始まり、降りてきた電飾サンタがプレゼントを背負って梯子を登る姿を描き出し、周りにはトナカイがはね回って、なんとディズニーのキャラクターやドラえもんまで踊り出すというセットを毎年こしらえる。こういった場合、電力会社に特別な処置をしてもらわない限り、屋外への電力供給のため電飾時間帯は家の中は真っ暗闇、電子レンジなど使えるはずもなく、調理はもっぱらガスレンジまたはカセットコンロになってしまうとのこと。光が欲しい時はろうそくに火を灯すという徹底ぶりは頭が下がるが私には出来ない芸当である。それでもこのお宅のご主人は、夜間赤く光る誘導灯で交通整理も自らやってのけている。一体この情熱はどこからくるのだろうか・・・

 そこまでではないが、我が町にもクリスマスデコレーションが広がり始めており、昨夜仕事帰りに撮影してきた。染井野に比べたらこぢんまりだが、これでも結構なものだろうに?

Xmas

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2006年11月27日 (月)

バカにするのも程がある

 政府主導の教育再生会議で教師を保護者が評価するよう提言があったらしい。ここまで学級崩壊が進んだ原因がまだわからないのか。教師を尊敬するというあたりまえのことをないがしろにしてきたからに他ならないのに。

 以前のブログ(MSNでだったか・・・)でも述べたが、皆が高校や大学へ進学するようになり、教師の学歴or偏差値が保護者達のそれと変わらないか低いくらいになったことも関連して子供の学校の教師を尊敬しない親があまりに多くなってしまった。もちろん自己中心主義も関係してのことであるが、例え尊敬できなくても子供の前で教師をバカにするなどあってはならないことだ。それは教育者と教育を受ける者との関係を崩壊させるからに他ならない。この状況に輪を掛けて教師を保護者が評価するなど言語道断である。教師が保護者に頭を下げていては教育などできないのだ。子供をまっとうな人間にしたかったら教師を尊敬するよう子供をしむけなくてどうするのだ。

 第一保護者がどれだけ偉いというのだろうか。子供に無関心な親、ヘリコプターペアレントと呼ばれる過干渉の親、給食費を払わず教師に罵声を浴びせる親・・・・何処を見渡して評価者たる人物を探せるというのか。

 おだてる先を間違っているのだ。保護者をおだててどうする?子供をおだててどうする?教師をおだてて好人物にするのが子供をまっとうな人間にする王道であろう。子供には躾が必要だ。親がまず躾なくちゃならないのに、しない親が多すぎる。そりゃ何も言わずやりたい放題させる方がどれだけ楽か。躾てまっとうなことができるように教育することがどれだけ難しいか、それを親が放棄しているだけではないか。躾られていない子供はどこかでしかりつけて躾なくてはならない。体罰も時には必要であろう。子供の頭にこぶが出来ていたら、しかってくれてありがとうございましたと言うべき所である。躾もしないで何様のつもりで教師をなじるのか。

 教師を作るのは子供とその親である。それは評価して作るものではない。教師に全権を委任し、何があってもお願いしますと頭を下げることから始まるのだ。評価したければ第三者機関で行えばよい。だがそれはよい方法だとは思わない。

 それより教育学部を出た者や教育実習を経験した者だけに教師の門戸を開くのではなく、多種多様な人物を教師にするように制度改革すべきであろう。子供達に人生を教えたいと思っている人物は山ほどいるはずだ。人生の先輩として教育学部を出たばかりの教師にはない熱くて、誇り高い人生訓が言葉の端々に表れる人も多い。学級担任は経験を積まなくてはできないだろうから、10年以上教師を続けた者に限り、それ以外は副担任や非常勤の学科担当のみにするなど方法はいろいろあるはずだ。

 学校と先生たちに誇りと熱意を取り戻すよう働きかける時が来たのではないだろうか?

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だだをこねる

 6才の幼稚園児。数日前から激しい咳き込みとなり、マイコプラズマ感染を疑い、抗生剤を内服していた。しかし始めたばかりで今度は嘔吐下痢に感染し、本日来院してきた。咳はまだひどく、嘔吐は夜半から10回を数え、かなりぐったりしていた。これからまだ咳も続きそのたびに嘔吐するだろうとの判断で入院加療を勧めた。母はそうしてもらえると助かると二つ返事で了承してくれた。するとそれまでぐったりだった彼は急に暴れ始めた。

「入院なんて・・・ゲホゴホ、オエェェェ~、しない・・・ゲホゲホ、オエェェェ~。」

「そんなこといっても、ほら、吐いちゃうからお薬も飲めないよ。」

「お・・し・りから・・・ゲホゴホ、オエェェェ~、入れるも、オエェェェ~、ん。」

「だから無理だよ、ね。」

「いやだ~~~~オィオィオィ・・・オエェェェ~。」

ひとしきり外来で椅子を蹴り倒し、おもちゃを投げ捨てて大暴れしながら吐き散らかして病棟へ連れて行かれた。

外来が一息ついたところで病棟へ様子をうかがいに行ってみると、わめき散らす声が聞こえない。どうなったのかとベットのカーテンを開けてのぞき込むと、満面の笑顔。

「お母さん、どうなったの?」

「あの~~、欲しがっていたゲームのソフトを買って渡したらこの通りです・・・済みません。」

 まだ顔色はすぐれず、咳もひどいが可愛いものである。しかし病棟まで連れて行くだけで看護師とヘルパーさんが一人ずつ、そして点滴を入れるために抑えの看護師一人と介助一人。この人件費は診療点数に加算されるわけでないから小児科はやっぱりサービス部門としか考えられない。

 それにしても虎になった学童期前後はいつもながら大変だ・・・

 

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2006年11月25日 (土)

この土産は・・・

 先月うちの看護婦さん達が箱根の仙石原へ遊びに行った。こっちが忙しく働いている間に楽しそうな写メを送りつけてきやがってどういうつもりだ!と思っていたら、ちゃんとお土産を買ってきたとのこと。よしよし、それなら許してやろう。

 メールボックスにお土産は入れたよとのことで覗いてみるとこれがあった。

Photo_7

 おいおい、これはなんだ???

 どこのあたりが箱根なの?それにねずみ男の汁って・・・おぇぇぇ~~~

 でも

 飲んでみた。

 これが、結構味わい深い苦みの利いたみかんジュース!

 他に目玉おやじ汁もあるらしい・・・・・

 そうです。今は早朝。当直明けでボーっとしている最中です。

 ということでとりとめのないお話でした。

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2006年11月24日 (金)

集団的自衛権の議論

 最近の話題で北がミサイルをアメリカに向けて発射した場合、これを撃ち落とすことは集団的自衛権に抵触するとして問題視されているようである。

 まず現在検討されているミサイル迎撃システムについて考えてみたい。その制度を詳しく語ることは防衛機密にあたるので、数値化されたものを目にすることは不可能に近いが、推測することは可能とのことで様々な意見がネット上を賑わしている。それらによると少なくとも固定された的に対しミサイルを撃ち込む技術ならば日本もほぼ完璧に近い。しかし動く標的を射抜くとなると方位方角速度のすべてをコンピューターに打ち込んでも陸上からならうまくいくが、海上からは失笑がもれるほど当たらないものなのだ。これは刻々と変化する気象状況が影響するからに他ならず、時間をかけ緻密に計算し尽くしてようやく当てることが可能となるくらいのしろものである。それがいつ(コンマ何秒の世界)何処(もちろんメートル単位以下)で方位方角(う~~んもう好きにして)を瞬時に判断し、数値を代入して狙い撃ち・・・・日本に届くまでの数分間にそれが可能だと思える方がどうかしていると思うのだが・・・同時刻に3本撃たれたら確実に一本は迎撃システムをくぐり抜ける。北のミサイルの制度が問題だが、おそらく東京のどこかに核弾頭をおとすことは容易であろう。強がってみてもそれくらいしかまだ科学は発達していないのだ。それをふまえて考えて欲しい。アメリカを狙ったミサイルを撃ち落とすよう努力することが集団的自衛権に抵触するかどうかを。

 また日米同盟という防衛上の同盟関係をどう表現するのであろう。米軍に守ってもらうことが同盟ということなのだろうか。同盟とは『何らかの利害・目的・思想の一致により個人同士・勢力同士が協力を約束、或いは実際に協力している状態のこと』(wikipedia)である。となると守ってもらう以上見返りを求められる関係なのか、それとも在日米兵は日本の傭兵なのか。もし協力体制をというならば米国が困ればそれを助けるというのが同盟関係であろう。日米同盟があって集団的自衛権はないなど言葉遊びにしか過ぎない。

 憲法9条にしても非核三原則にしてもどうしてこうも言葉遊びにばかり時間を使っているのであろうか。法律は法のためにあるのではない。国民の生活を守り、円滑に事をすすめるためにあるのだ。理念を語ることを不要とは言わないが、実行法をああだこうだと解釈するなどというのはバカげている。文民統制がなされている国であれば軍隊が勝手に行動することはありえない。それならば国を守る規定をする作業を粛々と行うだけでよいではないか。つい昨日まで自衛隊反対と声を挙げていた社会党党首村山某が政権をとった瞬間に自衛隊の栄誉礼を喜色満面で受けていたことを思い出す。誰も戦争がしたいと言ってはいない。日本国とその国民を守るためにはどうするべきかという議論がなされるべきなのだ。

 言葉遊びはもうご免被る。

 

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2006年11月23日 (木)

完勝

完勝

埼玉スタジアムでの甲府戦。ワシントンがPKを二本外してどうなるかとハラハラしたが、山田のキレキレドリブルシュートでスタジアムは大興奮へ突入した。ホームゲームでの完勝はたまりませんな。

それにしても甲府の試合をしっかり観たのは始めてだが、ボールホールダーへのサポートに関しては大変素晴らしいものであった。そのため中盤でのボールの落ち着きはレッズより遙に優れ、ボールのない逆サイドの動きとラストパスを出す中心選手がいると大化けする可能性を秘めたチームであった。バレーは言うほどの選手ではなかったが・・・

 対するレッズはアレックスの動きが悪いことと、サポートの遅さが気になったが、フィールド全体を使った攻撃と長谷部・鈴木で形成する中盤の底の落ち着きが素晴らしく、これに山田の個人技とワシントンのヘッドでの決定力で勝利した。

 それにしてもスタジアムは興奮しすぎる・・・

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2006年11月22日 (水)

杉伐採

 石原都知事が花粉症になるやいなや、花粉対策を国がしないのはけしからんと言い始め、とうとう都内の樹齢50年以上の杉を伐採し、花粉を作らない杉に植え替え始めた。

 確かに花粉の量によって花粉症の症状出現絶対数はある程度少なくできるであろうが、少量でも感受性の強い人には無駄である。その上都内に舞い落ちる杉花粉はなにも都内の杉だけではなかろう。それでもって全都府県日本国中杉花粉のでない杉に変えよというならばこれは暴挙と言うほかあるまい。織田信長真っ青の『鳴かぬなら殺してしまえ』政策であろう。花粉のならない杉がどれほどの耐久性のある木材なのか、治水作用はどうか、他の自然との共生はどうなのか、未だ研究段階と聞く。全国津々浦々これにせよと号令を掛けるとすれば反対せざるを得ない。しかしまずは都内を実験台として、今後100年の状態を見ようとの試みならば合点がいく。また伐採された杉材は積極利用していくとぬかりないところが都知事の見事なところではある。価格の問題など林業に携わる人達の営みも考慮した上で、都の衛生局とのタイアップ事業となっていくことを期待したい。

 それにしても世はアレルギーだらけである。3人に1人は何かしらのアレルギーを持つ時代である。杉花粉に感査され、そこからアレルギーマーチよろしくその他の花粉にもアレルギー症状を来す人達も多いようだ。もちろん原因はそこだけに留まらない。環境因子、遺伝素因、食物、生活習慣すべてが複合してアレルギーを引き起こしている可能性が高い。とすると杉花粉を除去したところで、新たな花粉やダストたちに悩まされるだけかもしれない。

 おそらくタバコの副流煙や排気ガスなども原因のひとつであろう。都はディーゼル車の粉塵規制を行うことで原因の一つを除去する政策を展開している。もうひとつ推し進めてタバコ規制をすべきではないか。物流のため、生活のために排気ガスは必要悪として認めざるを得ないが、タバコはなくてもよかろうに。職人さんのブログにもあったがマナーもあったものではない。映画の重要な一コマになるのだからと擁護する人達もいるが、他で表現できないなど浅薄なものだと嘆かわしくなるがどうか。タバコ税を上げると言いながら、一本一円などみみっちいことを言うなかれ。堂々と規制すべきであろう。JTも『delight』などと宣伝しているが苦々しく思っている人が世の中にあふれていることをどう考えているのであろうか。

 脱線したが伐採された杉は我々の先代、先々代が命を懸けて植えてきた木である。彼らは孫の代で杉花粉が大問題になろうとは夢にも思わなかったであろう。そして彼らが育てた杉は孫の代そしてその下の世代のために植えてくれた財産であることは間違いない。一瞬の閃きでそれを葬り去るという愚を犯してはならない。ただ杉など針葉樹の治水効果はブナなどに比し遙に劣っていることも事実である。昨今の花粉症のみならず災害対策という点でも何が一番良いことなのか、議論を推し進める必要があると思う。

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2006年11月21日 (火)

デモ

 顕微鏡画像をパソコンモニターに表示し、デジタル画像取り込みを行う器械を売りつけに業者がやってきた。

 我々腎臓を専門にしているとどうしても病理組織をネタに学会発表や研究会参加することになる。以前は写真に収め、ポジフィルムをそのままスライド投影するものであったが、最近はすべてデジタル化している。私は他院へ勉強に行く機会が多いので、その都度必要な組織をデジタル保存していたが、ようやく病院がその器械を買ってくれることになり、何種類かのデモ器がやってきているのだ。

 本日の業者Pは同系列の病院に本器械を納めている会社であり、信用できるとのことであった。私は丁度来週行われる研究会で病理組織を提示するため、このデモ器を使用しデジタル画像を作ることにした。

 大勢のP業者の人達の眼前で顕微鏡に標本を載せ、接眼レンズをのぞき込むと、患者さんの糸球体(腎臓の組織の一部)が映った。さてここがポイントと構図を決めて今度はモニター画面に目を移した。が・・・・ぼけとるやんけ・・・・

「Pさん、このままの画像で保存されるの?レンズの画像と違いすぎるよ。」

「はあ、この器械はいろんな施設で使っていただいてますので、問題ないはずですが。」

「そんなこと言ってもこれじゃあ使い物にならんよ。」とうちの事務が横槍を入れる。

「モニターがボロなんじゃないの?」とうちの検査課職員が突っ込む。

「じゃあ、取っ替えてみましょう。」と検査課の若手が駆け出す。

 そうこうして最新のモニターが運ばれケーブル接続されるとバッチリ鮮明な画像が表れた。

「Pさん・・・こんなモニター持って来ちゃダメだよ。買ってくれなくなるよ。」と私。

 平身低頭、冷や汗たらたらの業者Pを尻目に、必要なカットを何枚もデジタル保存し、私の用事は無事済んだ。あとは病院事務職員と業者との交渉になる。しかしあんなモニターを持ってくるようじゃ、信用もされないし値切られて当然に思うのだが、医療機器メーカーとはそんなものなのだろうか。生き馬の目を抜く業界とは一線を画した世界なのかもしれないと、牧歌的な雰囲気を感じつつ情けない気持ちになった。こういったところには医療でも競争原理・市場原理が働いて欲しいものである。

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2006年11月19日 (日)

癌を患った腎臓の移植

 本日の産経新聞で広島大学名誉教授のコメントがあった。血液病理を専門としている方らしく、病理医の視点でのコメントがなされていた。

 その話では癌は遺伝病であり、癌を移植しても癌にはならないとのことであった。私はこれに異論がある。何故か、それは動物の世界で感染する癌がどんどんと発見されていることからも、癌の発生メカニズムなどまだまだわからないことだらけだからに他ならない。これまでの人体での癌発生のメカニズムは確かにこの先生の言うとおり、遺伝的メカニズムによるところが多い。発生したものを押さえ込むシステムの問題も遺伝によるところが多い。しかしすべてがわかっているわけではない。その上他人に感染するように癌が発生しなくても、腎臓は癌の発生したその人のものなのである。ここに癌が発生するかどうかはわかっていない。米国では14例の腎癌切除後の腎移植が報告されており、いずれも現在までに腎癌の発生はないとのことであるが、それがすべてを表しているとどうして言えよう。

 将来的に癌の発生メカニズムが解明され、移植腎に癌細胞があろうとも移植が可能となる日が来るかもしれない。しかしevidenceのないことを結果オーライで功名心のまま行うことは許されることではない。これこそしっかりした研究結果のもとにおこなわなければならない治療法であろう。この教授のコメントはそういった考え方をも否定しかねないものと考えるがいかがか。

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入らんもんは入らん・・・

 J発足当時からのレッズファンである。サポーターという言葉もよくわからぬまま応援を始め、Jの連敗記録もJ2への降格もじっと我慢してきた。サッカーの内容も素晴らしいものに変化してきたと感慨に耽っていたら、ここ数年なんらかのタイトルを奪取するまでになってしまった。でもって今年は後一歩でリーグ優勝のところまで来ている。

 昨日はテレビにかじりついて対グランパス戦を見た。レッズ自身はいつものサッカーをしているのだが、グランパスの動きが予想以上に素晴らしかった。パスの出所だけでなく受け手に対する寄せが早く余裕のないプレーが続いた。しかし個々の力に優れるレッズがここ一番でかわし、幾度となくグランパスのゴールを襲った。それでも一点が奪えない・・・入らない時は入らないものである。これは苦しいと思っていた後半残り10分で内館が相手FWに競り負けてしまった。一点のビハインド。小野や達也の投入も輝けぬまま敗れてしまった。

 実は来週優勝の瞬間を見ようと対ヴァンフォーレ戦のチケットを購入していたのだが、そうはいかなくなってしまった。う〜〜ん惜しい・・・代表でも力の限り走り続けた鈴木や闘利王が鬼神のように駆け回っていたのに。

 そういえば代表戦はようやく昨夜のBSで録画を確認できたが、サウジアラビアがこんなに弱いチームだったかと目を疑ってしまった。それは日本代表が素晴らしい試合をしたからに他ならないと思いたい。なにしろサウジアラビアは身体能力にも優れ、決して2点差以上の勝ちを狙うなどできる相手ではなかったのだから。ただ一つ気になったのはパスのスピードである。セルジオさんは前の代表より弱くなったとしきりに言っているが、一対一の対応とこのパススピードに関しては明らかに現代表は劣っている。Jのレベルから脱していないのだ。これでは横パスなどを狙われてしまうだろうし、一対一で苦しくなった時のパスは相手へのアシストに成りかねない。これは当たり前の事だが、人間の走るスピードより蹴られたボールのスピードの方が早い。これを生かさないと世界では戦えない。オシム監督にはそのあたりの改善を代表を応援する一人としてお願いしたい。

 という久しぶりのサッカー評でした。

 

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2006年11月17日 (金)

キシリトール

 昨日キシリトールを妊婦さんが摂取した場合、産まれた子供の齲歯発生率が減少するという報道があった。

 子供の口腔内細菌叢は母親のそれと密接に関係しているため、母親の口腔内に存在する虫歯菌がキシリトールで善玉に変わるないしは死滅するならば子供の齲歯発生減少にも大きく貢献するだろうと思っていたが、どうもそれだけではないらしい。論文そのものを読んでからあらためて述べたいが、これは本当に画期的なことと評価したい。

 昨今口腔内を視診していると幼児は全般的にきれいだが、学童期以降の子供達の歯がやや汚いように思う。我々が子供の頃はホワ○ト&ホ○イトという歯磨き粉のCMがゴールデンタイムに流れ、しかもドリフも「歯磨けよ!」と言ってくれていたおかげで3分間とにかく洗面台の前でゴシゴシやる習慣が付いていた。今の子供達は幼児期の番組で『はみがき上手かな?』の歌が流れる他は毎日歯磨きに気を付ける場面に遭遇しない。親がいちいち言わない限り習慣づけされる前の子供は他のことに夢中になって忘れてしまう。このままでは8020運動など風前の灯火と思われるところへ出現してきた救世主がキシリトールなのかもしれない。

 虫歯菌をやっつけることが出来るならば歯磨きを忘れて良いというわけではないが、少なくとも時間的余裕が生まれる。そういった意味合いからもキシリトールを有効利用すべきであろう。細菌ではキシリトールだけではなくフッ素まで含有しているガムも出てきている。歯の専門ではないので、もしよくご存じの方がこれを読んでいただけるのであれば、ご教授願いたいところであるが、キシリトールやフッ素はどの程度の含有率のものをどう摂取したらよいのであろうか??

 というわけで、今日は問題提起だけでお茶を濁すこととする。

 

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山茶花

山茶花

 いつものようにチャリンコ転がし、ふと仰ぎ見ると目の前に山茶花の大木があった。

 花を着けていないときはそれと判らなかったが、大きな赤い花をいっぱい咲かせていた。

 ここにも冬が来ていたのだ。

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2006年11月16日 (木)

満床

 11月に入って喘息、マイコプラズマ肺炎、嘔吐下痢の入院に始まり、川崎病、血管性紫斑病、百日咳など多彩な顔ぶれで病棟があふれている。

 だいたい緊急入院し、急に帰ってベットが空くと次に緊急が入るという繰り返しである。去年もそうであったが、真冬より11月の方が忙しいのはどういうことだろうか??

 さて午後外来に行ってくることにしますか・・・

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2006年11月15日 (水)

南極観測

 南極観測隊を乗せ南氷洋を突き進んできた砕氷船しらせがその役目を終えることとなった。『宗谷』『ふじ』の後を次ぎ、三代目の『しらせ』で南極観測50年をやり遂げたとのことである。この間にオゾン層の発見を筆頭に地球環境の変化をとらえ、数々の警鐘を鳴らしてきた功績は大きい。なにより他国の南極基地に比しても劣悪な条件下で観測を続けてきた観測隊そおよび自衛隊の皆さんの尽力に敬意を表したい。

 ブリザード吹き荒れ、少しの気持のゆるみが生死を分けてしまう世界での観測は、困難を極めるという言葉だけでは表現できないものがあったに違いない。それでも粛々と観測を続け、時にNHKの子供番組に登場し完璧にアルゴリズム体操などやってのける彼らの精神力とユーモアのセンスには拍手を贈るほかないのである。

 そんな彼らの成果をもっと内外に示してはどうかと本日の読売新聞に掲載されていた。全くその通りである。特に子供達にその活動を伝えて欲しいところである。先日まで放送されていたNHKのプロジェクトXなど様々な分野で活躍した人達を紹介する番組がもっと子供達の目に触れやすい所で語られるべきではないかと思う。それこそが子供達に夢を抱かせ、生きていく希望やその力をつけてくれる原動力となると感じる。人をいじめたりする卑怯な心根ではなく、いじめられて実はとても小さな世界だけのことなのに世界中から希望が失われたと思い込んでしまうのではなく、希望を持って困難に耐え尽力することの素晴らしさを感じる心を育ててくれるに違いない。

 

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2006年11月14日 (火)

冬の使者

冬の使者

 次々と渡り鳥たちが到着する

 羽音や鳴き声が水面を賑わしている

 冬支度が急速に進んでいるのだ

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2006年11月12日 (日)

ラグビー

ラグビー

子供達のラグビーの試合観戦で我孫子のNECグラウンドまで出向いた。晴れ渡っていたが、風が強く寒い一日だった。子供達は激しい戦いを繰り広げ、勝てなかったが力一杯のプレーを見せてくれた。

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2006年11月 9日 (木)

やられた・・・

 先日カンチョウしてきた女の子のことを載せたが、その子がインフルエンザのワクチン接種のため来院した。

 去年とは違って静かに泣きもせず我慢できて、お母さんにはもちろん私にも褒められ、結構満足げであった。

 彼女の後は弟の順番。泣き叫ぶ弟の横で「頑張れ!」と声掛けもちゃんとできた。さすがお姉ちゃん!!

 両方無事に終わり、じゃあまたねと送り出した。お母さんが「ちゃんとごあいさつなさい。」と帰り際の扉のところでお姉ちゃんに言うと、彼女はルンルンで舞い戻ってきた。またカンチョウかと身構えたその時、両手を広げて抱きつかれ、熱〜いキスをお見舞いされたのだった。

 またしても不覚・・・

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2006年11月 8日 (水)

水電池

 先日テレビで水電池なるものの存在を知った。まだ実用化されていないが、水を入れ替えるだけで電池として働き、5、6回繰り返し使える代物とのことであった。実用化されれば一本15円ほどで販売されるだろうという具体例も飛び出したのでテレビにかじりついてしまった。

 それにしても昨今の電池事情は日進月歩である。エネループなる繰り返し使ってもずっと使い続けられる電池ができたと思えば、燃料電池などもはや電池ではなく小型発電所みたいなもので、それが車に乗っけられる時代になったのだ。

 私の親類がこの燃料電池開発の現場にいて一昨年小一時間熱く語ってくれたことを思い出す。オランダでの学会発表があるといって落ち着かない様子だったが、さすがに最先端で頑張っている様子は見ていて清々しいものであった。

 というわけで石油がなくてもなんとか・・・なんていきたいところなのだが、これからどうなるのだろうか。人類の叡智はまだまだいろんな夢を見させてくれるようだ。

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エピネフリン自己注射

 この夏、山へ出掛けるにあたって、スズメバチ対策として自己注射できるキットが欲しいと言って来院された家族がいた。それまで存在は知っていたが処方したこともなく、どういったものかを問い合わせたところ、処方医登録しないと出せないとのことで近隣の登録している医師のもとへ行っていただくことになった。

 その後問い合わせもなかったが、先々週患者さんとの何気ない会話の中で蜂の話しになりこの注射キットのことを思い出した。メーカーに問い合わせるとすぐに伺いますとのこと。薬そのものと処方の仕方を説明され、わずか十数分で処方医の登録が完了してしまった。キットそのものは近くの処方箋薬局で扱っているとのことでいつでも出せるのだが、その後一向に希望者が現れない。それもそのはず結構値も張り、2年で回収されてしまうので、よほどトレッキングが好きか農作業などで蜂と遭遇しやすい人でなければ手元に置いておくのももったいない。霜・木枯らしの到来で蜂の動きも鈍くなるこれからはそれこそ希望される人もいないだろうから、来年の春まで患者さんへの説明ビデオなど封も開けずに置いておくほかない。なんともはや気長な商品である。この製薬会社大丈夫かな??

 同じような扱いになってしまっているのが、喘息治療のためのステロイド吸入剤。噴霧器で薬を飛ばして吸い込むタイプのものだが、これは大きな噴霧器(吸入器)を買わなくてはならない。ステロイドの吸入剤は他にエアロゾルといってわずか10センチ弱の携帯型噴霧器で吸うか粉を自力で吸い込むかという2種類あるが、幼少児にはエアロゾルを簡単に使用できる補助具が無料で提供される。うまくできればこれでもちゃんと吸入できるので、なかなか前者の薬を希望する家庭は少ない。もちろん度々の発作のため気管支拡張剤を吸入するための噴霧器をもっている家庭ならばすんなりと受け入れてくれるとは思うが。

 ということでなかなか処方されない薬の話しでした・・・・・

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2006年11月 7日 (火)

腎移植(続き)

 ニュースで知ったこの度の事件。

 飛び込んできた情報の一等最初が腫瘍性疾患により摘出された腎臓を移植したというものだったため、怒りにまかせてブログに書き込んだが、どうも根はもっと深いところにあるようだ。

 Dr.Iさんのブログによると摘出する必要のなかった腎臓を移植した可能性が高い。前回私は移植を受ける側の気持を慮ってコメントしたが、このブログとその後の報道からの情報を調べると、摘出を受けた患者さんの気持ちはいかばかりかと感じてしまう。いずれにせよ到底許されることではない。こういうことをしていたのであれば、もしかしたら臓器売買にも手を染めていたのではと疑ってしまう。もちろん真実を見極める必要があり、憶測で決めつけるものではないが。

 この事件のために腎臓の提供を待ち続けている人達に悪影響が出ないことを望みたい。

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2006年11月 5日 (日)

腎移植

 腫瘍性変化があり摘出された腎臓を腎不全患者に移植していた問題がテレビ&新聞紙上をにぎわしている。

 執刀医は問題ないと言い張り、移植を受けた患者さんもやってくれてよかったと言う方もいるという報道だが、私は断固反対したい。

 私も腎不全の患児を担当し、移植にも携わってきた。透析の煩わしさは生活制限のみならず、常時生命の危険と隣り合わせというプレッシャーが本人にも家族にものしかかるということからも想像を絶する困難な状況であることは疑いようがない。その透析患者さんたちが移植を受けると、 内服を怠らないとか外来へ定期的に通院する必要があるということを除けば格段に生活制限がなくなるだけでなく、死を感じなくて済むという点で何にも代え難い治療であると皆さんが口をそろえる。しかし時が過ぎるとしだいに拒絶反応の陰におびえる方、薬の副作用に悩む方、いつまた透析に逆戻りしてしまうだろうと不安に思う方など本当に様々な悩みを抱えることになり、決して手放しで喜べるものではない。これは腎移植を否定するものではなく、肯定した上で何とかしなくてはならない課題なのだと私は考えている。

 さて今回のような移植が行われた場合患者さんの心はどう動くであろうか。献腎移植を受ける場合、早くても6年以上待つのが一般的である。これは希望者に比べ圧倒的に提供される腎臓が足りないからであるが、いつ提供されるともわからない腎臓を待つ焦燥感たるやこれまた想像を絶するものであろう。その方に多少問題があっても腎臓が提供されるとの話があれば、医者が大丈夫と言えば飛びついてしまう、同意書に印を押してしまうのも当然であろう。そして第一声は「移植してくれてありがとう。こんなに楽になりました。」であろうことは想像に難くない。しかしその後に襲ってくる不安はどうであろうか。

 腫瘍性変化を来した腎臓が多量の免疫抑制剤下の生体においてどのような変化をきたすのか、それが10年以上先に悪性化するのか数年単位でなってしまうのかもわからないのだ。これを移植された患者さんはどんな夜を送ればよいというのだろうか・・・
 
 またおそらく摘出された腎臓の持ち主にはもう一度病巣を取り除いた腎臓を戻すことが出来ますという説明と同時に悪性化する可能性を話しているであろう。片方の腎臓が正常なら問題なく寿命を全うできるとも説明されたであろう。それ故もう一度腎臓を戻してくれなどと誰もいわなかったと想像できる。では移植を受けた患者さんにはどうであろうか。おそらく悪性化する可能性は極めて低いという説明をしたであろう。でなければ透析で少なくとも生命を維持できる方が癌を受け入れるはずがない。もし悪性化する可能性が高いと説明し、それでも移植を望まれた場合はどうか・・・待てば健康な腎臓の提供者が現れる可能性があることを考えると私にはgo signを出す権利はないし、止めるのが医師の役目だと思っている。

 かの医師は透析に苦しむ人たちを本当にたくさん見てきたのだとは理解できる。その苦しみを少しでもとってあげられたらという気持ちで行ったのだとは思う。しかし医師は神ではない。少なくとも悪性化の可能性のある臓器を免疫抑制剤下の生体でどうなるのかというevidenceなしに移植することは神に対する挑戦以外の何ものでもない。さらなる苦しみを患者に与えることは許されることではないのだ。

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夜間救急当番

昨夜は救急診療所の準夜当番。

さすがに前日の休みのせいもあって外来はごった返した。

下痢嘔吐の患児が半分、ひどい咳嗽の患児が1/4、発熱が1/4というところ。ひどい咳にはマイコプラズマに混じってクループや百日咳と思われる患児がいた。

昨日これは?と思った児を今朝病院に呼んで、診察が終わったところ。RSウイルス感染だろうと踏んでいた赤ちゃんもいたが、抗原は検出されず、明日もう一度気管支拡張剤の吸入においでと話し、帰宅してもらった。

秋の深まりは嫌な季節の到来を予感させる。

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2006年11月 4日 (土)

咲いた

咲いた

蕎麦の花が咲きました。白くて可憐な花です。写真にとって蕎麦屋にもって行きます。年越し蕎麦ゲットです。

今日は土曜外来。

ひどい咳の患児ばかりでした。マイコプラズマ感染が流行っていますので、皆さんご注意下さい。

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2006年11月 3日 (金)

パシフィコ

パシフィコ横浜での腎臓学会に参加してます。道端のワンショットです。

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2006年11月 1日 (水)

核は誰のものか

 先日アメリカとロシアが核の拡散について協同で阻止する方針を確認し合った。核を持っている国がインドとパキスタンを除き国連の常任理事国であり、かつ彼らは国際的な問題での拒否権を持ち合わせているという不思議とあいまってどうにも合点がいかない。

 まるで核は我々だけのもので、地球も我々のものと言っているようなものである。世界の警察といえば聞こえは良いが、俺様の言うことを聞かなければどうなるかわかっているなと脅しているのと変わりなかろう。

 かといって国際ルールもへったくれもない国に核を持つ権利があるというわけではない。特に軍事政権で国が成り立っているならば、核を抑止力としてではなく、真の破壊兵器として使用しかねないことからも北やパキスタン、リビアなどが持つべきではないということはよくわかる。

 それにしても核保有国のなんと横暴なことか。ロシアも中国も周辺国への侵略を続け、それでも拒否権と国内の紛争解決と言い張ることで他からの干渉を一切受け付けない。アメリカは自国内で自由にものが言えるため、自問自答しながらとはいえ世界中で戦火を灯し続けている。自由のための戦いだと主張するが、そこには利権がからんでないと言えるのか?イギリスはアメリカに追従しているのでわかりやすいが、フランスは表面上穏やかを装っているものの水面下では利権争いを繰り広げ、自国の利益となる方向に国際社会を操作しようと企ててきた。これらの国々が世界を牛耳っているなど民主主義の観点からもいびつこの上ないわけで、即刻国連など捨てて新しい国際秩序構築のための組織を作るべきであろうが、それすらも拒否権にあって採択されないに違いない。(ただ民主主義に則って世界200カ国の総意がどういったものになるのか見当もつかないが・・・)

 翻って我が国を見ても、核の問題は議論にするだけで周辺国が帝国主義の復活だと騒ぐ火種になるからと議論も出来ない始末である。もっとも憲法に国を愛せよと書けず、子供達をあずかる学校で国旗や国歌に礼をつくさない教師を罷免できない国など、はじめから国家としての資格もないのだが。

 核は地球を滅ぼしてしまう危険な兵器で、使わないように、そして使わねばならない状況を抑止するために生まれてきた負の財産として封印されるべきものであろう。決して特定の国が持っていて良いものではないはずだ。自ら捨て去る努力をせず、他国に開発中止を強要するなど論理に矛盾があるのは火を見るより明らかなことだ。地球上に暮らす我々には、核の完全廃絶を見届ける義務があると皆が認識すべき時代ではなかろうか。

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