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2006年10月31日 (火)

膀胱造影

 火曜日の午後は小児科検査日としている。

 専門ということで尿路感染症を筆頭に腎泌尿器の先天性奇形を鑑別する検査が主体になる。今日もこれから尿路感染症を患った児の膀胱造影を行う予定である。

 子供の尿路感染症で上部尿路感染いわゆる腎盂腎炎を起こした場合、膀胱から尿管へ尿が逆流してしまう子がどうかを鑑別しておく必要がある。逆流が頻繁に起こっていると感染だけでなく、逆流圧などにより腎臓が痛んでしまうことがあるからだが、子供にとっては結構な負担のかかる検査である。

 まずは痛いところもなにもないのに押さえつけられ、尿道から柔らかいとは言えチューブを挿入されるのだから泣き叫ぶのも当然であろう。その上膀胱に造影剤を入れられ、膀胱がパンパンになったところと、おしっこをしているところをレントゲン撮影される。おしっこしたいのに押さえつけられ、人前でしたくないのに嫌なおっさん達の前でおしっこしなくてはならない・・・膀胱に圧力が加わるのは、パンパンに膨れた時とおしっこを出す時であり、そこで逆流があれば見逃さず撮影することが出来るし、膀胱から下の尿道が狭くなっているために圧がかかりすぎて逆流してしまうこともこの検査である程度わかる。人でなし!と怒られそうな検査だが、これをしないと始まらない。

 先々週の3才男児はへっちゃらという顔をして全部終わらせてしまった。しかし終わってからおちんちんがむずむずするため泣きべそかいて痛い痛いと親に訴えていた。ごめんな・・一晩寝たらすっきりするからな・・・と言って帰したら先週の外来診察で全然痛くなかったよとうそぶいていた。

 さて今日の子はどうであろうか。その後心エコーもたくさん予定しているのでチャッチャと終わらせたいが・・・・

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2006年10月30日 (月)

教師をいじめても・・・

 いじめでの自殺が後を絶たない。こういった自殺は、ようやく我慢していたのに同じ境遇と思われる人物の自殺を見聞きすることによって容易に一線を越えてしまうらしく、流行してしまうきらいがある。子供達が自ら命を絶ってしまうなど、あってはならないことだし、ご家族の気持ちはいかばかりかと胸を痛める毎日である。

 しかし・・・

 ご両親が後悔とやり場のない怒りをいじめた子供達にむけたくなるのも、見抜けなかった教師にむけたくなる気持もわかるしそれも当然と思えるが、後者に対するマスコミの反応は過剰としか思えない。

 自分たちの思春期を思い起こしてはいかがか。

 そのころ教師になんでも話すという子供が周りにどれほどいただろう。中学ともなれば親も教師も鬱陶しく、友達のみが世界であるというのが普通であろう。親や教師と話すなど格好悪いし、告げ口するようだし、反駁するのがstatusであるように思う時期なので、親も教師も子供達の内面に触れるなど困難を極めるものだ。いくら子供達との距離を縮めようと努力しても、それが彼らの成長過程でなくてはならない大人との隔絶であるため、うまくいくことの方が珍しい。第一そういう大人に声を発することで更に陰湿にいじめられるなど火を見るより明らかで、むしろ部外者の方が話しやすく、夜回り先生に頼る子供達もさもありなんというところではないか。

 もちろん教師が生徒をからかうことでいじめの原因が作られたケースは、以前にも記述したが時と場合をわきまえぬ教師の浅はかさからきているわけで、言語道断である。しかしいじめを見抜けなかった学校の責任を問うなど思春期の子供達を前にして本気でそんなことを言うマスコミこそ、顔の見えない大集団によるいじめ以外の何者でもない。

 学校の責任を問う前にどうして子供達が相談できる大人を増やす努力をしないのか。夜回り先生のように深夜に街を廻ることが出来なくても、子供達の相談窓口を作ることは出来よう。明らかに少人数で運営されている児童相談所の職員も二倍三倍に増やす方が先だろう。そしてそれを広く深く子供達に知らせることこそマスコミの使命なのではないか。我々小児科医にもその役割が求められるに違いない。これまで以上に不定愁訴と思われる言動を繰り返す子供達に対し、気軽に相談できるよう声をかけていく必要を感じる。

 人間の心は強いようでもろく、広いようで切り立った崖のごとく深く刻まれ、流れながらよどむものである。溺れかかったときに、いつでもすがりつく岸辺があるようにしていくことが思春期にも青壮年期にも言える自殺防止の手段ではなかろうか。

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2006年10月29日 (日)

WOW〜〜〜

HALLOWEEN FESTIVALの目玉のひとつでBALLOONが近くの空き地にやってきた。篭に乗って上がって降りてだけでも感激! 空中散歩できたら最高なのだが・・・

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2006年10月28日 (土)

朝日が眼に染みる

救急診療所の当番明け、ふと振り返ると朝焼けで空が真っ赤に染まっていた。

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夜中に駆け込んできた子供達。みな無事帰宅していったが眠れたのだろうか。

空が真っ赤になったところを見たりしたら、おねしょしちゃうかもね・・・

さて、一休みしたら土曜外来の始まりだ。

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2006年10月27日 (金)

高校生の履修科目

 1989年から世界情勢の激変に対応すべく世界史が必修科目になった。それを履修せず選択科目である日本史か地理を履修しただけで終わる学生はルール違反であり、単位不足で卒業も危ういとのこと。新聞もテレビ報道もあってはならぬと憮然とした表情を崩さない・・・

 しかしどうも腑に落ちない気がするので記しておく。ちなみに私は1989年にはもう大学生であり、高校時代には日本史も地理も勉強せず、世界史・現代社会という社会科科目を履修した世代である。

 まずは義務教育でない高校教育において必修科目というのはなんぞやという点。第二に世界史ともう一つをマスターするのは可能かという点。そして受験に必要な科目に世界史は含まれるのかという点の三点で考察してみる。

 高校教育は義務ではない。それでも中学生の9割以上が高校へ進学している実態から、通わせる義務があるようにも、通う権利があるようにも思われている。しかしそこで行われるべき教育は人間形成はもちろんだが、最低限の社会人としての知識・技量ではなく相応または高度な知識と技量を身につけるという教育である。そこが小学校や中学校とは絶対的に違うはずで、だからこそ運動系で活躍する選手は朝から晩まで練習に明け暮れればよいだろうし、芸術を磨く生徒が四六時中練習あるいは妄想にふけっていてもよいではないだろうかと思っている。そちらの技能を伸ばす教育が必要なのだ。申し訳ないがその方々が片手間で履修できるほど英語も国語も数学も甘いものではない。実態として中学レベルの数学を解くことも漢字を書くこともできない高校生がどれほど多くいることだろう。そうなると必修科目は形骸化されたものでしかありえない。そのため本気で高校生の学力を何とかしたいと思うなら即刻読み・書き・そろばんを必修科目と切り替えるべきであろう。それに対し、普通科で進学を目指している高校生ならばどうであろうか。彼らにとって必修とはすなわち受験に必要ということであろう。情操教育が彼らにとって必要ということはわかるので、体育も芸術もあればそれに越したことはない。また世の中には受験で問われることのない学問があふれていて、これらを垣間見るのも悪いことではない。多いに学び、知識・経験を高めるべきである。授業もそれこそ大学並みに各種ゼミがあふれても問題はなかろうが、必修とは最低限履修しないとその次へ進めないという教科であるべきではないか。

 その点で世界史が必修ということに違和感を感じずにはいられない。そもそも世界史一つをマスターするのにどれだけの時間が必要か。それこそ通り一遍でさらっと流しただけで世界史の流れがわかるなんてありえない。その上世界の激動を知るためと言っても、世界史はあまりに過去の歴史が膨大であるが故に授業が近代史まで届かぬまま終了してしまうこともざらで、大学入試でも近代史はほとんど問われぬまま終わってしまうのだ。それでは必修となっていても激動の世界を知るという目的を達成できないで終わってしまう。

 第三に受験に必要な科目となっているのかというところだが、センター試験は世界史を受けないでその他の日本史や地理だけ答えてよいことになっている。必修というならなぜ世界史をその科目にいれないのか??できないことがわかっているから試験科目に入っていないのだろうと予想するがいかがか。

 そのように考えると世界史を必修科目としていることそのものがおかしいという論理に行き着くであろう。もし激動の世界を知るべきだというのであれば世界の近・現代史のみを高校の早い段階で履修させれば良かろう。その上で世界の歴史や日本の歴史、地形学を学ばせる方がよほど理にかなっているではないか。そして大学入試センター試験で近代史ともう一科目を選択させる方式にすれば迷いなく受験が可能であろうし、目的である世界の今を知ることも可能となるであろう。

 もうひとつ。報道を見ていると、世界史を履修した生徒の時間的負担から履修していない生徒より受験に不利であるという指摘の多さに驚く。知識教養としての世界史履修を説いているのであれば、受験に不利というなかれ、むしろ教養を得るチャンスをもらえてラッキーだったというべきところであろう。逆にこれから世界史を学ばせてもなんら頭に入るはずがなく、補習がどう言った意味を持つというのだろうか・・・ここまできたら希望者には学ぶチャンスを与えますよでよいではないか?

 なんとも不可解な事件であると思うのは私だけだろうか?

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女の子なんだから

喘息とアトピー性皮膚炎でフォローアップ中の女の子。

いつも外来にくるとまるでコマネズミのようにくるくると動き回る。そんなに楽しいかと問えば、私の名札の下にぶら下げている人形を指差しこうノタマワった。

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「ハゲたお医者ちゃん、赤くちびる・・キモい!」

これはドイツ土産だぞ、注射しちゃうぞ!と脅しても、

「お酒持ってる・・・・ふふふ」

ってこれは薬だ!

どうでもいいが街角でばったり出会ったときにカンチョーするのはやめて欲しいのだが・・・

それにしても額帯鏡つけた医者って古典的~~ドイツでも医者はデブ・ハゲって決まってるのかな・・・・

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2006年10月26日 (木)

船橋パエリアの店UNO

 ブロガー仲間のゆきさんお薦めの店に行って参りました。

 確かにわかりづらい路地裏でしたが、店構えなど写真で確認していたので迷わず行けました。

 マッシュルーム、美味かったです。イカの墨煮もいけましたし、パエリアもgood。もう少しおこげがあれば完璧でしたが。

 というわけで楽しく旧交を温める事ができました。
 あっ、ゆきさんのブログでお話ししただけでしたね。同級生がようやく結婚したのでそれのお祝いをその店で行なったのです。喜んでましたよ、ゆきさんありがとう!!

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2006年10月25日 (水)

休日の楽しみ

どうでもよいことだが・・・

ほとんどの小児科医がそうしていることだが、休日でも病棟の患児を診にいく。顔を見て元気ならそれでいい。何か予想外のことがあればその場で対処を考える。だからよほどのことがない限り完全休日はありえない。

ところが家人にとって休日は休日なのである。皆私が起き出すころに起きることはない。

晴れた日はそんな時間がもったいない。

そんなときは洗濯機を回して洗濯物を干す。

その間、物干し台の側にあるスピーカーから音楽を流す。最近はもっぱらiTuneでNYのradioを流している。朝っぱらから流れるNew YorkerのJazzがなんともご機嫌なのだ。このJazzで皆が眼を覚ます。コーヒーの香りが立ち上ったら朝食をとって、私は病院へ子供達はグラウンドへ出掛けていく。

晴れた日の休日は清々しい。

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2006年10月24日 (火)

美談は間違いないが・・・

 大阪の事例で、親が宗教上の理由で子供の手術を拒否したため親の親権を剥奪して手術を行い、無事成功後両親にその子供を戻したという記事があった。担当医師が親権代行を申請したため地裁での親権剥奪申請が速やかに行われ、児の手術も早期に成功裏に終えることが出来たというものらしい。

 子供の命を救ったという点と無事子供が両親の元へ帰ることが出来たという点で美談には違いない。両親の間違った判断を正すよき前例が出来たと喜びたいところだがこれには問題が多数隠れている。

 まず手術はどんなものでもリスクを伴うものである。100%はないからこそ、受ける受けないの選択は十分な説明を受けた上で個人の自由意思にまかせるべきものである。そして子供は判断できないからその両親が全責任を負ってその判断を行うべきである。両親が納得しないからといって親権を剥奪する権利が本当にあるのだろうか?確かにケース・バイ・ケースで、今回のように宗教上の理由という手術拒否であれば、無宗教に近い意識である日本において今回の医療者サイドおよび裁判所の判断を容認する意見は多数を占めるであろう。それでももし手術に失敗していたらこの子はどうなっていたのだろうか。

 次に医師が親権の代行者となることを申請した点である。手術を終えた子供を親が受け入れなかった場合、医師はその子を養育するのだろうか。おそらく施設に預けることになったであろう。その子の養育費は誰が出すのか?手術後医療を施す必要がなければよいが、必要あるなら医療費はどうするのか?介護ないしは在宅医療が必要な場合、受け入れ先は?代行者がずっと面倒を見られるのか??そしてすべての同じ状況の子供に同じように親権代行できるのか?ある病院の医師は代行するが他はしない場合、代行しない医師が責められることになりはしないか?小児科医を10年以上やっていれば、こういった患児を受け持つことは一度や二度必ずあるだろう。私も説得に説得を重ねた経験がある。結局祖父母の協力を得て治療を施すことが出来た子供もいた。それでも医師は親の代わりにはなれないと私は思っている。

 最後にどういった手術ならば親権を剥奪してまで勝手に子供の治療が出来ると判断しうるのか。子供に他の合併症があったらどうなのか?染色体異常があったらどうなのか?その判断は誰が行うのか。責任はどこにあるのか?倫理上の問題、子供は誰のものなのか、生きるとはどういうことかという哲学的問題もそこにはあるだろう。一生人工呼吸器がはずせない状態になるがそれでも手術に踏み切るべきなのかなど誰が判断できよう。

 10年ほど前だったか、様々な合併症を抱え生まれてきた子供がいた。おそらく生まれてまもなく亡くなるだろうと予想されたため、事前に母親ではなく父親にハッキリとそれを伝え、父親から母親へ、そして我々からもそれとなく母親へ伝えた。父は生まれたばかりの子供を抱き、頬ずりし、ぬくもりをしばらく感じていた。出産を終えた母親も我が子を抱きしめ涙を流した。父親は小さく呼吸する我が子を見つめ、「生まれてきてくれてありがとう。」と言って二人で抱きしめた。命の炎がゆらめき、消えてしまったところで、父親は「天国で一緒に駆けっこしような。」と言い、むせび泣いた。

 無理に何とかしようとすれば今の医学であれば、生命を維持することは可能だったかもしれない。しかし子供のぬくもりを手にし、命を感じ取るべき両親の手から子供を引き離す権利は医療者にあるわけがない。もちろん今回のケースがこれにあたると言っているのではないが、手放しで賞賛すべき事例ではないことも事実である。先日から問題になっている代理母出産でもこういった手術を施さなくてはいけない児が生まれたらどうであろうか。両親は素直に子供を我が子として受け入れられるだろうか。受け入れられなかったら子供はどうなってしまうのか?手術は誰の責任で行うべきなのだろうか・・・・

 医療は万能ではなく、医師はもちろん神ではない。

 単なる美談に終わらせないためにも、子供達の将来のためにも議論が必要であろう。

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2006年10月23日 (月)

遊べない子供達

私が子供の頃、何もなくても木登りやかくれんぼ、手つなぎ鬼をして日が暮れるまで遊んだ。それは公園でも良かったし、田んぼの畦道でもよかった。ボールがあれば野球もできたし、ドッヂボールやキックベースもやった。とにかく子供達の声がそこここにあふれていた。

今は遊ぼうにも人が集まらない。クラブチームが花盛りで、そこにみんな行ってしまう。というよりそこに行かないとサッカーも野球もできないのだ。公園は小さい子供達に危ないからとボール遊びを禁止するようになったのがそもそもの原因で、そうなるとクラブに入って出来る場所を確保するほかなくなってしまった。すると子供だけで参加するわけにいかず、親もバックアップのために参加しなくてはならなくなった。子供は過保護の中でスポーツ(遊び)をし、サッカーも野球もクラブに入ってするものだと思うようになってしまっている。当然すべてのクラブに参加できるはずもなく、ボールは蹴れるがバットで打てない子供、小さいボールを遠くまで投げられるが蹴ることは出来ない子供などに別れてしまい、結局集まっても一緒に遊ぶことが出来なくなってしまっている。過保護もひどいもので、怪我をするといけないからと重い荷物など後かたづけを親がするところもある。一体なにを学ばせたいのか理解に苦しむのだが。

先日子供達を連れて公園に行くと小学校にあがったばかりだろうか、母親の見守る中、男の子が自転車を乗り回し、女の子が一輪車の練習をしていた。割と広い公園なので、公園の隅で我々はキャッチボールを始めた。すると鋭い視線がすぐさま突き刺さってきた。私は意に介せず、しばらくキャッチボールをした後、公園のわずか数パーセントの敷地に子供達を並ばせ、ノックを始めた。するとかの男の子がわざわざこちらに来る必要もないだろうに自転車をすっ飛ばしてくるではないか・・・確かに公園は私たちだけのものではない。しかし誰かのためだけにあるのではないことがどうもわからないか、ないしは公園でボール遊びはいけないという盲信にとりつかれた母親なのかというところなのだろう。ボールがダメで危険な暴走を繰り返す自転車がOKという気持がよくわからないのだが、無視して続けた。結局途中で雨が降り出し、喧嘩をすることなく我々が退散することになった。

公園でのボール遊びに対してはいろんな意見があろう。しかし小さいうちからやっていないと何が危険で何に注意しなくてはならないかわからぬ間に大きくなってしまう。小さい子供がいればどうやって遊べば皆が楽しめるのか考えるのも子供の仕事であろう。それをとりあげるべきではない。もちろん私は子供達に子供だけで固いボールを使って野球をしてはいけないと指導している。いくら注意しても予想できない方向に飛んでいく可能性があり、予想範囲内でも予想外の動きを相手がしてくることがあるからだが、そんなことはちいさいうちからやっていれば言われなくてもわかるものなのだ。

むしろ小さな子供は一人で遊ばせるということ自体危険なことなので、親がついているべきで、それならばボールから我が子を守る術を考えればよかろう。少なくとも私はそうして育ててきたし、近所に住むお兄ちゃん達にボール遊びを禁止するようなことはしてこなかった。

子供達の遊びを禁止し、安全なことしかさせず、喧嘩もすぐにやめさせ、過保護なまま大きくするから社会がゆがんでくるのだ。人間関係を築けず、いじめ、いじめられ、立ち直ることも出来ず、ニートを増やしている原因がここにあるのではなかろうか。

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蕎麦

先日家の近くの蕎麦屋へ行った。

こぎれいな店なので立ち寄りたいと思っていたが、近すぎて行く機会がなかった。家内が用事で都内に出掛けた折りに子供達を連れて暖簾をくぐると、日曜の夕方は家族連れでにぎわっていた。

甘めの汁、蕎麦は二八か。

更科系の蕎麦より出雲のそば殻が入ったどっしりした蕎麦が好みなので、少々物足りない。しかしちゃんとそば湯がついてきた。

帰り際蕎麦の実を渡された。蒔いて花が咲いたら写真にとって持ってきてくださいとのこと。うまくいけば年越し蕎麦を無料で進呈します・・・って蕎麦の花は夏じゃなかったっけ?

言われるがままに庭の栽培ゾーンに種を蒔いてみた。すると数日後にやわらかな新芽が顔を出した。若緑の葉はすっと背筋を伸ばし、大きくなっていった。

育て方によると間引きをせよとのこと。間引いたものをみそ汁の中にパッとのせるとさわやかな風味が口いっぱいに広がった。美味い・・・

さてさて花は咲くのでありましょうか。蕎麦の花で検索するとまだまだ花が咲いている地方もある様子。それでも10月に入ってから種を蒔くところは皆無だろうと思うのだがいかに?

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2006年10月21日 (土)

エネルギー確保の無策

ロシア・中国の陰謀なのかサハリンの天然ガス開発に尽力しながら肝心のガスが手に入らない事態に陥ってしまった。

中東での石油確保もうまくいっているわけではない。最友好国として関係の深かったサウジアラビアはもちろん、日本の掘削技術は中東各国でその威力を発揮し、石油を輸入する道筋を確保していた。しかし湾岸戦争以降その雲行きが怪しくなり、重要国と位置づけていたイランも核疑惑からアメリカの横やりを受け、give&takeの道からそれてしまいつつある。

かといって代替エネルギー開発に心血を注いでいるかというと官民あげてという作業にはほど遠いというのが実情である。確かに少しずつ進んでいることは間違いなく、バイオエタノールや水素による実験が公道で行われ、燃料電池は飛躍的な向上を見せているのだが。

それでも石油と天然ガスはこれから先10年は少なくともなくてはならない原料であり、これなしでは経済だけでなく日々の生活もままならなくなってしまう。このままの状態でよいわけがない。早急にエネルギー確保に向け、全力であたらなくてはならない。

それにしてもどうしてこうも外交がうまくいかないのであろうか。根回しは日本のお家芸ではなかったか・・・・

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2006年10月20日 (金)

教師の言葉 ②

高校時代と言えば二人の先生を思い出す。

一人は3年の担任だったA先生。数学の先生で、物事は見方一つで全く違ったものになることを数学の授業で教えてくれた。本当の姿を見つけることが出来ると不思議なほどエレガントに答えが出てくることに快感を覚えたものだった。

そしてもう一人は現代社会(今は何というのだろう?)を教えてくれたK先生。進路相談で職員室で担任を待っていた時に声をかけてくれた。前後の話は忘れてしまったが、

「男は自分を安売りしちゃいかん。肝を据えて頑張る気持を忘れず精進しなさい。」

もう二十年以上前の話しなのに頭から離れたことのない言葉である。

教師の言葉は教え子に勇気や希望を与えることができる。同時に絶望の淵へたたき込むことも可能だということを肝に銘じて欲しい。

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2006年10月19日 (木)

飛来

越冬のために飛来する鳥達が昨日から印旛沼上空を舞うようになった。

まだ数は多くないが、鴨の仲間が群れをなして降りてきた。

秋も深まってきた証拠であろう。

紅葉の便りもそこここから聞かれるようになった。

週末は足をのばしてみたいが、いかに・・・・

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2006年10月18日 (水)

教師の言葉 ①

教師の言葉は重い。

ましてや衆人環視の下での言葉は逃れようがない。

この度の事件、伝え聞くところでは『偽善者』と呼んでからかったとのことであるが、そこに本当の意味での善の心をはぐくんで欲しいという親心なしに語られたのであれば言語道断である。感受性の強い思春期の子供達は、受け止め方もそれぞれであり、その言葉に奮起するものもあれば、心の傷として残るものもいるということが教師であればわからぬはずはなかろうに。

教師に投げかけられた言葉は私にとっても重大なものであった。

中学2年生の春、初めて集まった新2年生のクラスで学級委員の選抜が行われた。担任は鉄拳と口撃で恐れられていたK先生で、集まった生徒達はみなビクビクしていた。ただ一人を除いて。実はこの担任には古くからの友人である内科開業医がおり、その息子がクラスの一員として座っていたのだ。彼は(後に私の最も親しい友人となると同時に某国立大を経て肝臓専門の内科医となる)当時全く話したこともなかったが、人当たりのよさと学業の優秀さから一目おかれる人物であった。当然彼が学級委員長になると思っていたところ、クラスメートの投票では何故か私の名前が一番多く書かれていた。これには私を困らせてやろうという魂胆も十二分にあったのだろうが、とにかく私が委員長になってしまった。その時の担任Kの驚きようといったら・・・こいつは一体何者だと睨みつけるばかりであった。

それからというもの毎朝毎晩ご用聞きに伺っては、アホ・バカ・カス呼ばわりの果てに殴られる日々であったし、「何故あいつじゃなくてお前が委員長なのかわからん。」とまで言われ続けた。不満は私だけに留まらず、面談にやってきた母親も口撃を受け、悔し涙を流してくることも一度や二度ではなかった。私と母親が攻撃対象になっていたからか、他の生徒は授業でよっぽどのことがない限り鉄拳をくらうことはなかった。

今から考えると常軌を逸していると思うし、母親も「お前が嫌だと言わなかったから訴えなかっただけだ。」とまで話すところをみると、先の教師など序の口だとも思える。私にとって救いは彼の言葉に乗じてからかってくるクラスメートが皆無であったことであろう。黙りを決め込んでいただけかもしれないが・・・

ただ私は彼がそう言うのには何か理由があるのだろうと思うことに専念し続けていた。自分で言うのもなんだが、そのためにどれだけの努力をしたか。担任の教える国語では常に一番を取り、リーダーとはなにかを常に考え、例え疲れ果てて皆が道に座り込んでいるときも皆を見渡せる位置に立って何事にも対処できるように身を律した。それは学級委員を退いた後も続き、卒業までその姿勢を崩さなかった。ただクラス担任も離れてしまうと、他の生徒を罵倒している話しを聞くだけで、実際に鉄拳を受けることは二度となかった。

卒業式の日、Kやその他の教師に恨みをもつ悪童たちが「今日、あいつらをやる!」と息巻いていた。

そこで何が実際に起こったのか記憶にない。

しかしKはその日何も言わず、私と固い握手をしてくれた。「この人はなんだかんだ言っても私を見ていてくれたんだ。」という思いで、いっぱいになったことだけ覚えている。

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今朝の印旛沼

先日の落花生がぼっちとなって現れた。

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印旛沼は朝靄がかかり、網を引き上げる漁師の姿も霞んで見えた。

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2006年10月17日 (火)

マグロづくし

国際的取り決めを違反してミナミマグロを捕りすぎていた日本に対し、制裁として漁獲量の半減という措置が決定された。

マグロの種類にうとくミナミマグロというものがいかなるものか知らなかったが、クロマグロに次ぐ高級マグロであると聞き、美味いトロがさらに高値となるだろうことが容易に想像できた。

といっても寿司屋に行って食べるものは、旬の魚(主に白身魚)と旬のイカ・貝で、〆にネギトロ巻をつまむ程度であったためそれほど自分にとって影響はない。先日近所の寿司屋(印西にある扇寿司)で食べた秋刀魚の寿司も絶品であったし、真鰈もおもわず笑顔になるほどのうまさであった。

マグロというと逗子に住んでいた頃の三崎漁港のマグロづくしを思い出す。通常の刺身から始まり、皮・内臓・目玉などありとあらゆる所をうまく調理して出してくれた。確かに美味く、脂のうまみだけでないマグロ本来の味を堪能することが出来た。しかし通常の寿司屋ではあのような料理を食べることはできず、結局中トロをほおばってマグロの味を思い出すというのが関の山である。

実のところマグロの特にあの脂のうまみは他にはありえないとは思うが、全世界から日本に集まってくるため旬をそれほど感じさせないことが私の箸をマグロに向かわせない理由である。それより旬の魚をさばいてもらう時の高揚感は何事にも代え難い。今なら鯖も脂がのっているし、これからの季節ならカンパチ・ヒラメもたまらない。イカはアオリイカがグンと美味くなる季節である。こういう魚を食べるために寿司屋の暖簾をくぐってしまうというのが私の生き甲斐の一つである。

それにしても経済発展著しい中国や台湾でも急速にマグロ人気が高まっていることもあいまって、日本の寿司屋からマグロが姿を消し、トロの味を忘れてしまう時が来るのかもしれない。

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秋の花粉症

このところ花粉症の症状で来院する子供達とその母親が増えている。同時に喘息様症状ももっていることが多いのだが、この季節は春と違ってキク科やイネ科の植物などによるアレルギーと考えねばならない人が多い。

秋の日の風情豊かなすすきの穂もその原因となりうるし、稲刈りとその後のハセ掛けで飛散した稲の一部でクシャンクシャンする人もいる。

そして猛威を振るっているのはキク科アキノキリンソウ属のセイタカアワダチソウである。これは外来種なのだが、繁殖力が旺盛で今や川原や野原だけでなく家の裏の空き地までも席巻と言ってよいくらいその陣地を拡大しているのである。

幸い私はこの花のそばを通ってもむずむずさえしないのであるが、川原のマコモやススキの間を割って天高くその黄色をのばしている姿に毒々しさを覚えてしまう。

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2006年10月16日 (月)

医療を考えるという番組

NHKでも民放でも日本の医療崩壊をなんとかしようという名目で特番が組まれている。

どの番組も似たり寄ったりだが、世間のモラルが地に落ちている状況でいくら正論を説いてみたところで良いシステムが成り立つとは正直思えない。誰かが無理をしなくてはならない状況で、これまでは医療者の善意に頼ったシステムが敷設されてきたが、仕方のない事故でも短絡的に逮捕or起訴となっている状況や、医局が崩壊して医者を切り盛りする術を世間全体が失ってしまった今、医療界のシステムはカオスであるとしか言いようのない時代に突入しているのだ。

これを打破するべく、経済と同じように市場原理を導入し、良い医療の見極めや、患者のニーズを知ろうという声が挙がっているようだが、これには患者および医療者双方とも疑問を感じている。当然だろう、医療はワンセットいくらで売買されるような単純なものではないし、時間的にも空間的にも切り売りできるものではない。もちろん既製服が合う人もいようが、オーダーメードでないととんでもない結果をもたらす人達もたくさんいるし、仕事や生活環境によってまるで違った医療をすべきことも、過疎地域で必要とされる医療と都心での医療が違うのも当然であろう。過疎地域に市場原理を働かせると倒産・撤退がちらつくのは火を見るより明らかで、そんな地域にやってきたダイ○ーは倒産し、以降コンビニもユ○クロも来ないことは住民が一番よく知っている。

よい医療を提供する病院としてランキングや病院評価機構などがうごめいているが、前者は何をもっって良いとするかが明確ではなく、アンケートもバイアスが多分にかかっている評価に成りがちである。後者は厚生労働省の天下り機関であり、とてもじゃないが正当な評価がなされるものとは思えず、やくざのみかじめ料を収めたか否かというレベルでしかない。

過疎の問題は過疎と知った上でその地に移り住もうとしている人達にとっては、不便はそれを補うだけの魅力の代償ということで割り切れるところもあるだろうが、自身の寄る年波によって縛り付けられている間に過疎を迎えてしまった人達にとっては不便は行政の責任という流れになってしまうというところにある。また地方都市と過疎地とは似ているようで違い、医療者本人と家族にとって生活や教育といった面で地方都市は魅力的なところが多いが、これが過疎地となると明らかに無理をすることになってしまう。無理を教授の鶴の一声で一蹴していた時代はよいが、自分で決めてよい時代に家族に無理強いするものは稀少であろう。地域選抜の学生を医学部に入学させたとしてもその傾向が解消されるとはとても思えない。

救急医療の問題も、開業医をなんとか活用できないかという話しも出ているが、開業医は一国一城の主であると同時に自分が倒れれば誰も助けてくれないギリギリの状況であることや、勤務医時代に頑張って燃え尽きた人達が開業を選んでいるという状況がわかって言っているのであろうか?簡単に夜間の救急の当番を廻せばよいなどというものではなかろう。幸運にも我が印旛地区は我々勤務医と開業医さん達の熱意により一次救急診療所がなりたっており、地域50万人(千葉市の一部も含む)の住む人達の大切な子供達を迅速に診断治療できるシステムができあがっている。これは勤務医の激務軽減にももちろん役立っている。しかしこれをすべての地域にというのも無理がありすぎる。もし行うならばできるだけ負担にならぬよう、時間と場所を確保して行うべきであろう。

なんだかんだと言っても、これほどの医療を安く迅速に受けられる国は他にはない。それを皆自覚し、節度をもって、コンビニと考えることなく行動して欲しい。コンビニとするから市場原理を持ち出され、自分で自分の首を絞めてしまうのである。同時に医療に哲学を導入し、必要な医療とはどこまでなのかを皆で構築して行かなくてはならないだろう。そうでないとすべての患者が同じようにてんこ盛りの医療を受けることになり、財政破綻への道を突き進むことになってしまうだろう。

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落花生

いつもの通勤途中、落花生掘りをしていた農家のおっちゃんに話しかけた。

「出来はどうですか?」

「今年はダメ!雨が多すぎた。みんな腐っとる。」

そう言いながらもひと株ひと株丁寧に掘り起こし、ひっくり返していた。

その落花生も葉が干からび、落花生そのものもいい色に干し上がっていた。

確かに実の付きは悪いようだが、これをさっと塩ゆでして食べると枝豆以上に美味い!

初秋の千葉でしか味わえない味覚である。

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2006年10月13日 (金)

高熱

先週末からうちの子供たちがバタバタと倒れ、看病している間に移ってしまった。

火曜日まではなんとかなったが、水曜の昼ごろから高熱でふらついてしまった。

外来日は朦朧としながら、とりあえずインフルエンザは検査上否定されたのでそのまま診療を続け、引きつった笑顔をマスクで隠しながらなんとか乗り切った。昨夜は高熱と全身の痛みで所在無く身体をくねらせるほかなかったが、朝方になりようやく治まった。

今は頭痛と倦怠感が残るだけで、熱は引いてくれたようだ。

ここ何年もこれだけの高熱に見舞われたことがないので、参ってしまった。それにしても今年は虫垂炎で手術もうけたし、前厄としては結構しっかりいろいろあるように思う。

来年は厄年。

どうなることやら・・・・

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2006年10月10日 (火)

北の暴挙

北が核実験を行った。頼りない地震波だが観測されたものから類推するに、小さいものながら核実験を行ったのは間違いなさそうだ。

ならず者でしかも独裁者の心持ち一つでボタンを押せる国家が核を持つ意味を考えるにつけ、いつどんな惨劇が繰り広げられるのだろうという不安がよぎる。

もし東京に核を打ち込んできた場合どうなるのか、想像したことがあるだろうか?

何万という人が一瞬にして命を奪われ、死の灰は東日本一帯にひろがり不毛の焦土と化すであろう。それはどんな人間にも平等に降りかかってくる。北への制裁を叫んだ人にもそれに反対した人にも。このとき同盟国アメリカは立ち上がるだろうか?中国の目と鼻の先に空母を乗り付け、ミサイルを撃ち込むことができるのであろうか?おそらくそれは叶うまい。

ところが北としても日本に落としても占領できるわけでなし、最後の放屁くらいにしかなりようがなかろう。韓国その他に落として戦争しても勝つ見込みは限りなく低い。それならば核による抑止というほおかむりを決め込むために実験をしたとしか思えない。兵糧責めをやめないと痛いめを見るぞとうそぶいているだけなので、今兵糧責めを更に強固にすることが重要なのだと思う。もし北が核をどこかにぶち込むのであれば、国が崩壊したあと金一族の命は間違いなく消されるであろうが、ぶち込まなければもしかしたら中国に亡命できるかもしれない。そのルートを確保しておくという危機管理くらいは将軍様もできるだろうから、おそらく他国へ落とすことはないだろうが・・・

いずれにせよ調停役となっていた中国の面子は丸つぶれとなったわけで、ここが今回の事件の鍵を握ると推定される。エネルギー問題や環境汚染問題で先進国だけでなく世界から白い眼を向けられている中国が、大国としての面子を意識するならば、金一族を亡命させた上で北を潰し、朝鮮半島の統一を後押しするというのが一番のシナリオ(プラス共産党による統治だがこれは叶わない)だろう。もし万が一アメリカが参戦してくるようなことがあってはならないし、仮にそうなった場合、朝鮮戦争の二の舞であるためこれだけは避けたいと願っているに違いない。ただし共産国家の崩壊は自国民、特に農村部にとっては自国の安定を揺るがす火種となりうるためそう簡単に行えるものではない。おそらく落としどころを必死で探している状況なのだろう。

日本政府が今しなくてはならないことは、兵糧責めの強化はもちろん、先制攻撃の必要性を論議すること、北のゲリラ活動への対策を練ること、そして北の難民の受け皿を確保することである。特に難民受け入れは相当数覚悟しなくてはならないだろうし、それを表明することで北の崩壊を助けることになるだろう。

のっぴきならない状況になってきたことは言うまでもない。これらを今論議しなくていつおこなうのか??

政府の発表と報道特番などに期待したい。

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すすきゆれて

中秋の名月は大風雨で愛でること叶わず、その夜から子供が急に熱を出し、看病している間に連休が過ぎ去ってしまった。

自分自身も昨夜は疲れから微熱をもよおしたが、今朝は回復しいつもどおりのチャリンコ通勤である。

気がつけばすすきは穂をいっぱいにのばし、秋の朝日を浴びて揺れていた。

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2006年10月 6日 (金)

ほのぼの

軽度の喘息発作で来院した幼稚園児。

モクモク出てくる気管支拡張剤入りの霧を吸いながらひと言。

「おじいさんになっちゃうよ。」

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2006年10月 5日 (木)

カンファレンス

昨日は某都立病院の腎臓カンファレンスに参加した。うちのスタッフ2名が小児病院というもの、そして腎疾患特に腎不全の児をどう看護しているのか見たいとの申し出があり、連れて出掛けた。

その病院は腎疾患治療で世界的に有名な病院のひとつであり、昨今新聞紙上を賑わしている生体腎移植も月2例ずつ行われている。一時期に比べ腎不全で腹膜透析を行う患者さんが減って、入院患者さんも少なかったが、それでも新生児の腹膜透析を看護師と見学し、自分がそういった子供達の主治医をしていた頃の話しを聞かせた。残念ながら昔担当患者さんだった人は入院しておらず、親からの意見などは看護師に聞かせることはできなかったが、今の病院とは全く違った世界に驚き、もっと勉強しようと言う意識が芽生えたようで連れていってよかったと感じた。

夜は病理組織のカンファレンスがあり、うちの症例で判断に苦しむ症例も呈示し夜半までディスカッションを繰り広げた。ボスは相変わらず何処が天井かわからないほどの勉強をしていて、いろいろと教えていただいた。病理組織はちんぷんかんぷんの看護師さんも参加させたが、私の解説もよかったのか?当人達は眼をランランと輝かせてカンファレンスに聞き入っていた。

22時を回ったところで、カンファレンスの余韻がまだ冷めやらぬ病院を後にし、いつもの『ほらふき』でラーメンをすすって帰った。

病院にもどったのは1時を過ぎていたが、アカデミックな討議に頭も気持も酔いしれていた。看護師さんたちもまた行きたい(ラーメン屋だけでなくもちろん病院に!)と言ってくれたこともあって、気分良く眠ることができた。

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2006年10月 4日 (水)

羨望のフェラーリ

フェラーリの新型車599が発表になった。12気筒6000cc, 620馬力エンジンをひっさげての登場で、価格は3000万円とか・・・それでも日本で既に100台の予約が入っているそうだ。いったいどれだけお金が余っている人がいるのか・・・それに何処を走るというのか・・・

千葉は本当に田舎で、道も市街地以外はとても空いている。これからの季節ならば九十九里の海岸線などドライブすると気持ちいいがフェラーリが似合うような風景ではないように思う。それが似合う快適なドライブコースは日本全国を見渡しても多くはないはずだ。

市街地を走れば目立つはずだが、エンジンはその性能をもてあますだけであろう。車の性能への飽くなき追及は羨望を持って迎えられてよいものではあるが、一般道路向けでないことは間違いないだろう。日本の道路事情はそれだけ悪いものなのだ。

本日の読売新聞に宇沢氏が面白い文章を載せていた。飲酒運転にからんだ日本における車社会の問題点を解説したものだが、国土の狭さを理由に歩道を作らず、人が自らの足で移動する場合に車に道を譲らねばならないというのは文化としていかがなものかというのだ。

私もチャリ通勤をしていて、どんなに狭い道でも車が入り込むことを制限せず、老若男女問わず人間の生の暮らしの中にズカズカと入り込んでくる車の危険性を身をもって体験している。幹線道路と生活道路というものをもっとハッキリ区別すべきであろう。抜け道と称して農道を猛スピードで駆け抜ける権利も、幼稚園や小学校の横道を我が物顔で通り過ぎる権利もないのだ。

飲酒していれば車のエンジンがかからないようにする方法をメーカーは考えて欲しいと何度かブログで提案してきた。これは現実味を帯びてきているが、狭い道に入ればリミッターが働き30km以上出せないようにすることも可能であろう。それ以前に生活道路は袋小路にするとか、凹凸をつけるとか行政は考えるべきだ。

人間の叡智が便利さや機器の発達のみに使われるのではなく、生活の豊かさにもっと使われることを願わずにはいられない。

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2006年10月 3日 (火)

ブログ作成の掟

人気ブログ『いっちゃんの小児科奮闘膝栗毛』が炎上している。個人の特定が出来てしまうことと、公務員の勤務時間内のブログ作成が主たる攻撃対象のようだ。おそらくやっかみが大部分を占めているのだろうが・・・

私も公務員ではないが勤務の合間にもブログを作成している小児科医である。いろいろ批評があるのはわかっているがこの問題について表現しなくてはならないと考えたのでここに書いておく。

杓子定規に正規を言うならば、ブログは人物の特定ができないようにすべきで、特定された個人が迷惑と感じるならばプライバシーの侵害であるし、勤務時間に仕事ではないことをすることは服務違反である。

私事になるが、ブログを開設したころ自分自身を特定できてしまう情報を載せていたところ、友人からそれを指摘され、削除した経験がある。この仕事をしているとどうしても自分がただの個人ではなく公人としての表現になる可能性を秘めていて、しかも他人のプライバシーの深淵に触れることもできる立場であることを自覚しなくてはならないと諭された。そういえば医療人たるものたとえ酔った席でも個人を特定できる表現をして患者さんの話をしてはならないと先輩からよく聞かされてきた。ブログなど表現の残るものではなおさらで、それゆえ私はこのココログに移ってくるまでは診療録さえ載せることをためらっていた。

しかしいっちゃんをはじめTERU先生たち小児科医のブログを読むにつれ、ブログを書くことが患児の親への啓蒙になるということを知った。また医療の問題について深く追及するbefu先生もいらっしゃって、益々社会へ小児科医の実体を発信するべきなのだと考えた。

それならば啓蒙活動は仕事ではないのか?もちろん個人を特定できる表現はすべきではない。しかし講演会をどこそこで開くというものよりよほど効果があり、双方向性に啓蒙していけるという利点からも評価されていい仕事なのではないか。

第一我々小児科医はいつからいつまでが勤務時間なのか・・・ふっと気持にゆとりの出来たときに書くことが糾弾されるようなことではないと思うのだが・・・例え夜中に書いていても緊急の呼び出しもあろう。公務員であれば緊急時は24時間対応せよというのが服務規律であり、それを正規に考えればブログの表現すらできなくなるが・・・

いっちゃん先生のブログに対するコメントで、書いた期日表示をうまくすればよいなどの表現があったが、苦笑せざるをえない。

もし病院のHPを作って、そこにコラムを毎日書き入れるとしたらそれは仕事なのかそうではないのか?それに明確な答えを出せるだろうか?ちょいと疑問に思った症例を知り合いの先生にメールして意見を聞くというのは仕事だと思うが、それとどこが違うのだろうか。ただの個人的な日記をネットに流すだけだから仕事じゃねぇ~よと言われてもちょいと納得しかねる。

ちなみに私のブログは仕事なのかと問われれば、仕事に値することもあるし、日記のこともあり、区別はつけられませんというのが本当のところだ。少なくとも病院の仕事に差し障りのある書き込みはしていない。いっちゃん先生もそうであろうに・・・・

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2006年10月 2日 (月)

百日咳?

ポリクリ(ベッドサイドティーチング)時代に百日咳脳症の児の勉強をさせてもらった。彼女と接することが小児科にその後進むことになるきっかけになったと言っても過言ではない。それだけに百日咳には結構思い入れがある。その後も何人か百日咳の診断をし、治療を行ってきた。

特徴的なのはwhooping coughと呼ばれる独特の咳嗽で、コンコンと立て続けの咳のあとヒーっという高音とともに息を吸う。特に夜間にひどくなることが多い。赤ちゃんの場合、大抵は哺乳力も低下してきて、具合の悪くなって来院する人が多い。

先週来院した生後20日の女の子は、近医で百日咳を疑われ、紹介されてきた。父親がその子の咳の状態をビデオで撮ってきたが、whoopingというより下手くそな咳が続き、母乳でうがいをしているようなものであったし、哺乳力も良好ですやすやと眠っていた。しかも父と三種混合を既に受けている兄が8月半ばからずっと咳をしており、母も出産前くらいから咳が出始めていたらしい。

レントゲンでも異常はなく、カタル症状も顔面の紅潮も見あたらないため鎮咳薬のみでひとまず様子を見るように言って帰した。

今日再診に見えたが、咳嗽は落ち着いてきているもののまだ夜間時々あるとのこと。それ以上に母の咳嗽がひどくなってきたということで母子共に診察を行った。すると児の咽頭が前回とは見違えるほどひどく発赤し、苺状な舌をしていた。急いで咽頭の溶連菌チェックと念のためとして採血も行った。同時に母親も採血し、マイコプラズマやクラミジアなどの検査を行った。

果たして溶連菌は見事に陽性となり、WBC 20100 (Lym 83%), CRP 0.1と出た。数字上示しているのは百日咳だが、生後1ヶ月に満たない児でこれだけ軽いものが存在するのだろうか??

とりあえず元気なのでCAM とAMPCを処方し、3日後再診とした。

紹介してよこした近医はこの界隈で有名ななんちゃって小児科であることも手伝って、所見を軽く考えていたのかもしれない・・・しかし児はよく飲みよく眠り、たまに咳き込むだけなのだが・・・

気を引き締めて日々の診療にかからねばと改めて考えさせられた患児であった。今後も注意深く診ていくことにしよう。

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2006年10月 1日 (日)

my favorite

古代アマゾン文明・・・ボリビアのアマゾンに広がる水の文明。アマゾンの洪水を逆利用する知恵を有する世界4大文明に匹敵するこの文明を立教大の実松教授が紹介する『衝撃の古代アマゾン文明』。読み応えあり、興味深く読めるのだけれど、出土品の写真がちょいとチープ・・・

Nikon D80・・・高校時代に小遣いを貯めて一眼レフのFEを購入した。この後Nikonのレンズに見せられ、望遠と広角の2本をそろえて写真を楽しんでいた。結婚して子供が出来てからは一眼レフをもっていくような余裕がなく、デジカメ時代となって益々Nikonを手に取ることがなくなっていた。デジカメも1000万画素時代に突入し、デジタル一眼も性能・価格ともにこなれてきたと考え、この度D80を購入した。
美しい・・・その姿も写真も・・・・

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