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2006年9月30日 (土)

国旗への敬意

 東京都と都教育委員会が先に東京地裁での「入学式・卒業式における国旗国歌の強制は違憲」とする判決を不服とし。控訴した。

 これには様々な意見があろう。戦争で捕虜となり抑留中に思想教育された人や戦時中に強制されて命を落とした方々の家族の中には国旗に嫌悪感を感じる人がいるというのもわかる。

 しかし国旗や国家に敬意を表するのはその国民の義務である。国民でなくとも国を表すこれらに対し、礼を失する行為は恥ずべき行為である。例えばオリンピックやサッカーワールドカップにおいて国旗が掲揚され、国家が流れている間にそれを侮辱するような行為を行えば、侮辱された国民は怒り心頭に発するであろうし、それが正常な法治国家で行われたのであれば厳罰に処せれれるものである。ましてや国に対して自らの権利を主張したいのであれば、義務を履行しないでなんとするのか。国になにもしてもらっていないと嘯いたところで、電気もガスも水道も使用せず、道路も石油も使用しないで生きている人間はこの日本には皆無であろう。
 通常の国民に課せられた義務を教えるのが教師の役目である。教師個人の思想を尊重するのは学校という組織においては順序として最高列になるべきではない。義務を果たした上で権利・思想を上申するのが筋であろう。地裁の判断には私も憤りを感じた。

 安倍新総理は美しい日本をつくると公約している。これには国民がそれぞれの義務を全うすることが大前提となる。受け身もしくは権利主張だけでなく、この国をよくするために自分が何を考え行動すべきか考え直す良い機会であろう。

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2006年9月29日 (金)

刺青

春先くらいからちょくちょく皮膚の相談やら風邪やらで来院してくる1才前の子供のお母さん。非常に穏やかでしかもよくこちらの話しを聞き、子供の世話もきっちりしてくるお母さんで、適当な距離感と的確な話しで好感を持って接していた。ただ暑い盛りでもカーディガンを羽織っているのに少し違和感を感じてはいた。おそらく病院の冷房が寒いのだろうと思っていたら、昨日は初めて白いTシャツで診察室に入ってきた。

 「お待たせしました。今日はどうしたか・・・・な・・・・・・・」

 左腕の袖のところからチラチラみえるその深緑色の紋様は何????

しかしお母さんは平然と、しかしちょっと困ったように

 「昨日の夜から今までにないひどい咳をし始めて、ゼイゼイするんです。」

 「どれどれ・・・、ありゃこれは喘鳴だね。これまでこんな感じのゼイゼイはなかったの?」

 「ええ、初めてです。」

 「お父さんも、お母さんも喘息とかアトピーとか花粉症とかない?」

 「鼻炎はありますけど、他はないです。」

 「タバコは吸う?」

 「いいえ、吸いません。」

そういえばタバコのニオイがしてたことなかったな・・・

 「ペットはいる?」

 「いません。」

などという会話のあと、気管支拡張剤の吸入を受けてもらった。当初子供はそれを嫌がったが、無理矢理強いることなく、ゆっくりと落ち着かせるように話しかけながら子供に吸わせていた。

 「う~~ん、できる。。。」

吸入で随分と楽になったので、薬を処方し、本日もう一度来るように言い帰宅させた。

そして先程今度は両親そろって来院した。旦那は今時の30男といったところか、別段変わったところもない、むしろ奥さんにしかれているような男であった。

お母さんは昨日で吹っ切れたのか今日もさわやかな薄いピンクのTシャツでみえた。もちろん左腕には深緑の紋様がちらついていた。欧州で流行っているワンポイントのそれではなく、おそらくなにかの腹の一部ではというような紋様であった。

子供は昨日とうってかわって随分と楽な呼吸になっており、夜もよく眠れていたとのことであった。

このお母さんの言うことなら間違いはないと、これまでも思ってきたし、これからもそうであろう。また月曜日においでと言って帰宅させた。

せんなきことではあるが、これまでの人生でなにがあったのかちょいと想像してみたくなる家族であった。名のある親分の娘か、そこいらのちんぴら風情ではなさそうな・・・・

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2006年9月27日 (水)

送別会

大学の小児腎グループの取りまとめ役の先生が退職することになった。医局長も務め、医局そのものをも取りまとめていた先生なので、医局の空中分解も危惧しなくてはならなくなった。

その先生のグループ内での送別会を池尻大橋のたもとにある『つくしの子』という地酒屋で行った。美味しい日本酒を安く飲める店として有名だが、親子2人でやっているこぢんまりした店で、つまみも凝ったものはないが、どれもこれも日本酒の味を引き立たせるものばかりだった。らっきょうのみそ漬け、ミョウガのしそ漬け、イクラの醤油漬けに秋刀魚の塩焼き・・・それらを肴に山形の十四代本丸をクイッと・・・うま~~~い!なんとも言えないどっしりとした、それでいてまざりっけなく澄んだ酒に頬が緩む。今度はちょっと辛口でと頼むと、店の兄ちゃん(とおる君)は広島の天寶一を出してくれた。これは本当にキリッと一本通っていて、かすかな木の香りとともにさわやかな水がのどの奥に落ちてゆく・・・ハァ・・・こたえられない・・・・

うまい酒を飲みながらしんみり話しすることなどできず、腎疾患の治療につき熱く議論し、大学をどうするべきかなど語り合った。医局長はそれで満足したのか、いたく上機嫌で帰っていった。

さて、会がお開きになったはいいが、これで電車に乗れるか???きっと寝過ごして大変なところまで行ってしまいかねないと判断し(勝手に考え)、近くに住む同級生のところに転がり込んだ。

彼の家は半年前に三人目の子供が産まれたばかり。しかしそんなことはおかまいなしに押しかけ、旧交を温めた。奥さんはしらない顔のおじさんにびっくりした赤ちゃんを抱きかかえ一言「お酒臭~~い・・・」。それでも家族ぐるみで仲良くしていたのでそんなことも笑い飛ばし、茶碗一杯の白いご飯と漬け物、そして熱いお茶を出してくれた。結局転がり込んで3時間ほど談笑し、眠らせてもらった。朝は5時過ぎに起きて電車を乗り継ぎ病院に駆け込んだがほろ酔いがまだ残っている・・・・

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2006年9月25日 (月)

ギター侍?

緩和病棟で月一回レクリエーションを企画したいとの話しがあった。小児科とは直接関係ないが音楽部を立ち上げている私に話しが来るのは当然といえば当然かもしれない。

聞くところによると30代からいらっしゃるとのこと・・・

万人受けするものを合唱で求めるには歌があまりにお粗末で、クリスマスキャロルならば格好も付くが・・・・

緩和を専門にするドクターの一人がチェリストであるため、それだけでもよいように思いながら生ギターをもって参加することを約束した。

さて曲目は??

元気付ける?勇気づける?それって当てはまらないだろう。

80の人が知っていて、30の人が歌える歌・・・?

考え始めるとよくわからなくなってきたので、心に染み入る歌を歌えればと思うことにした。

Boomの『風になりたい』やBEGINの『涙そうそう』なんてよさそうだが・・・

誰かこれという曲を教えていただけませんか??

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2006年9月24日 (日)

秋の夕暮れ

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2006年9月23日 (土)

救急診療所当番

今救急診療所の当番がおわり、自分の病院に戻った。

喘息と嘔吐下痢症が交互に来院し、昼間の外来のよう。それでもこんな時間に来る必要ないじゃない?といういつもの患者さんはおらず、苦しそうにもだえている子供達ばかりでこちらも時間や眠気を感じる暇もなく対応に追われた。

喘息の中発作で来院した子供達の母親が皆一様に「喘息とは言われてません。」と言う。しかしどうみても発作で、胸のど真ん中に気管支拡張のテープを貼っており、吸入を施すと見る間に楽になっていく・・・昼間の外来ならば時間を割いて喘息の仕組みや治療法など具体的に話すのだが、救急当番でその余裕はなく、「お母さん、これは喘息だからそのつもりで治療をしてもらった方がいいよ。とりあえずの薬は出しておくから必ずいつもの先生のところか専門病院に行ってね。もちろん僕のところの○○病院でもいいよ。それからゼイゼイ苦しそうだったら夜中でも迷わずここに来て吸入を受けてね。」と言って帰す他ない。

もちろん迷う例がないわけではないが、喘息をきちんと認識させ、治療を継続させるのも医者の使命であろう。説明していても聞いていない親もいるが、時間を割いてきちんと説明する外来を設ける必要をひしひしと感じた。といってもそれだけの人的余裕などないが・・・

さて、病院に入院中の子供達はよい子にしてくれているようだ。

今日はゆっくり眠れるかな・・・・?

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2006年9月21日 (木)

これも川崎病?

先週入院した5才の女の子。

もともと蕁麻疹が出やすく、かといってアレルギーチェックで何もひっかかってこなかったが、先週蚊に刺された後掻きむしっていたら、全身に痒みを伴う膨隆疹と右足の腫れが出現したために来院した。右足はそけい部のリンパ節も腫脹しており、掻きむしったところからの感染を考え、入院加療とした。炎症反応は軽度亢進しており、入院後発熱してきたこともあり、抗生剤の静脈投与を開始した。

しかし発熱は治まらず、足の腫れは右足を中心に広がる傾向にあったため、抗生剤投与下でのステロイド投与を開始した。PSL1mg/kg/dayで始めたが3日経っても蕁麻疹は一向によくならず、発熱も39℃近く出続けた。

採血ではCRPが入院時1.9だったものが5になり、食事もとれていて下痢もしていないのにAlb 3.0, Ht 35.0, WBC 5800, AST 21, ALT 17, LDH285・・・尿中蛋白は陰性であり、なぜアルブミンが下がってしまうのか・・・もしかして蕁麻疹ではなく血管炎の症状がそのように見えたのか?眼は発赤なく、口もなにもない、頸のリンパ節はやや腫大、四肢は硬性浮腫状・・・

すべてに説明がつくわけではないが、通常量のステロイドの効かない血管炎を考え、γグロブリン(2g/kg)を開始した。すると半日で解熱し、発疹もスッと消えてしまった。心エコーで冠動脈は拡大しておらず、γをつかって3日経つが症状はまったく再燃してこない。

さてこのブログを読んでくださっている皆様。これはいったいなんなのでしょうか?

川崎病?それともその他の血管炎?蕁麻疹だけでここまであって良い?

いろいろとご意見をいただければ幸いです。

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2006年9月20日 (水)

これか・・・

昨夜は月一回のフットサルの日。

9月10日にフルコートでの地獄の試合をした後だけに、とても涼しく、コートの広さからも全く走ることが苦にならなかった。

学生の頃夏場に走り込みをして本番に備えたが、それこそ毎日走っていたのでその効果を実感することはなかった。今回あれだけの苦行をしてみると身体の反応が全然違うことを体感できた。

ということで無茶苦茶身体が動いたので、ドリブルのキレもシュートの速さも2ランクほどアップし、止まらなくなってしまった。これからは心を入れ替えて走り込みをするかな・・・

なんて調子のいいことを言いながらポーズをとってパチリ!

Photo_9

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2006年9月19日 (火)

やせの基準

マドリッドで行われたファッションショーにおいて、モデル68人中5人が痩せすぎとの判断で出場禁止となった。

痩せすぎの間違った美のイメージを払拭するためその他のファッションショーなどでもBMIで18以上ないと出場資格を与えないという基準が採用されるようになるとのことであった。

これは画期的なことであろう。トップモデルを美の頂点と考える人達が多いのは間違いないし、その美のイメージが痩せすぎたところにあるのは常々問題であると感じていただけに、主催者側のこの制限は素晴らしい試みであると言いたい。

BMI18以上が本当に健康を表す指標かと言われると難しいところもあるが、少なくとも痩せすぎで生命の危険を感じる領域とは一線を画すと言える。

今後モデルさんだけでなく、お茶の間に顔を出す方々すべてにこの基準をお願いしたいところではあるが・・・女優さんなどは役柄上どうしても痩せすぎでなくてはならないこともあり、努力目標くらいにしかならないであろうが。

それにしても痩せすぎは本当に危険なのである。太り過ぎももちろん問題だが、痩せすぎは異常なほど元気な状態を経て、急に生命活動をやめてしまうものなのだ。本人も周りも痩せてたけどあんなに活気があって・・・と思っていると危ないのである。もし生命に危険が及ばなくてもホルモンバランスが崩れ、女性が女性でなくなってしまう。

大人達の美への意識を変え、その結果少女達に過剰な痩せへの願望を抱かせることないよう、この基準がすべてのファッションショー、そしてミスコンに適応されることを願いたい。

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台風一過

台風13号で全国に被害が出ている。亡くなられた方のご冥福と、被災された方々の一日も早い復旧、復興を願わずにはいられない。

幸い千葉県では雨は多かったものの風はさほど強くなく、海岸地域での災害もなかったようである。

台風が日本海遙へ遠ざかった昨夕の夕焼けは見事であったが、携帯のカメラが壊れてしまい撮っておくことができなかった。悔しいのでドコモショップへ機種変更をと意気込んで入ると、欲しい携帯は無茶苦茶高い!!仕方なくカメラのお直しをお願いし、今日は借り物の携帯で過ごしている。

ということでカメラが今日は使えるので、印旛沼の情景を久しぶりにアップすることにした。

構図が納得できるものではなかったのでとりあえずだが・・・Photo_7 Photo_8

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2006年9月18日 (月)

ショーにしないで

柔道団体戦の世界大会が昨夜から始まった。

お家芸であるはずの柔道で日本が世界一の称号を手にすることが出来るのか、それとも開催国のフランスが地元の声援を力に日本をねじ伏せてしまうのか、注目を集める熱い戦いが繰り広げられた。

オリンピックでも見られた強豪国フランスの力は素晴らしく、腕力だけでなくバランス感覚も優れていて柔道の醍醐味を見せてもらった。そしてこれを打ち破るべく必死で戦う日本女子の選手達も素晴らしかった。

結局日本は敗れてしまったが、素晴らしい戦いを見せてくれた選手達には拍手を贈りたい気持でいっぱいになった。

と同時に後味の悪さも残ってしまった。それはこの中継でプロレスまがいの派手な演出が行われ、それが会場の雰囲気と明らかに異質なものと映りなんとも気持ちが悪かったのである。少なくとも武道である柔道にあの演出は合わない。もし日本柔道連盟があのような演出を望んでいるのなら、青少年達に柔道をどう教えているのか疑問に思ってしまう。古いと言われるかもしれないが、これまでの戦歴、稽古に励む様子を何度も何度も流し、応援を要求するのが武道なのか?スポーツはそんな演出なくとも試合そのものが素晴らしければ引き込まれてしまうのもなのだ。ましてや心技体を磨くことを目標にする武道でのいらぬ演出は、一億総白痴化を狙っているとしか思えず野暮極まりない。

例えば夏の甲子園でのあの引き分け再試合はなにか演出があっただろうか?バカ騒ぎが終わった後のサッカーワールドカップの試合で、熱い魂をぶつけあった選手達に感動したのはなんだったか?ワールドクラッシックベースボールで日本中が歓喜に湧いたのは選手個人個人の紹介を必要以上にして感動したのか??

スポーツ中継に派手な演出もへたくそなコメントもいらない。

選手の真剣なまなざしだけあればよいのだ。

そしてもしできうるならば、カーリング中継でのあの小林さんのような、オリンピック体操競技での小西さんのような、競技を知り尽くし、それを広く伝えることのできる人のコメントがあればよいのだ。

今晩の男子団体戦ではこのようなことのないようにお願いしたいが、もう演出は決まっているのであろう・・・・

なんとも・・・・

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2006年9月17日 (日)

運動会

昨日は土曜外来当番で半日病院に詰めていた。

しかしこの地区ではほとんどすべての小学校の運動会が開催されており、予想通り、小児科はおろか内科のじいちゃんばあちゃんまで病院に足を運ぶ人はおらず、11時の受付締切で困りそうな人も見受けられず、病棟の仕事を片付けて一目散に子供の通う小学校へ駆け込んだ。

次男は予定通り、徒競走で一着となっており、次の親子競技でも一着になるのだとはりきっていた。どうもその親子競技、ボールを足でドリブルし、シュートを決めてから手を繋いでゴールするというものらしく、私の到着を待っていたのだという。

果たして結果はいかに・・・スタートラインにたって、パス交換をするんだよと言っていたにもかかわらず、私のパスに反応した彼はそのままダイレクトにシュート!めずらしく芯をとらえたキックはゴールの遥か左を通過し応援席に飛び込んでしまった・・・・拾い直して改めてシュートしたときにはすでに皆ゴールした後・・・・落胆の次男を抱えて帰ることになってしまった。

長男はどうもいろんな役員をこなしていたようで、自分の競技と言うより裏方で頑張っていた様子。まあ運動が得意な子供ではないので、それも彼のための運動会だと納得するものであった。そう言えば小学生のころは太っていて運動会なんてなくなればいいって思っていたな・・・それが学年が上がるにつれて運動のできる子に変身して、運動会が楽しくなったわけで、そういう人生が彼に待っているといいのだが・・・それにしても裏方であれだけ明るくできるあいつは相当出来たやつか鈍いのか・・・・

といろいろと考えるところもあったが、終日暑くもなく寒くもなく、青く高い空の下運動会が無事終了した。子供達は運動会そのものが紅白のチームに分かれ、兄弟そろって白組が優勝したのでラムネで乾杯して満足そうに眠ってしまった。

余談だが、うちにかかっている子供達とその親御さんたちも随分とグラウンドで見かけた。彼らは青いTシャツに赤いジャージの私を認識できたであろうか・・・・

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2006年9月15日 (金)

秋色

このところの雨続きが一段落し、ようやく自転車に乗ることが出来た。

目に飛び込んできたのは赤とんぼ。そういえば蝉の声も極端に小さくなった。

稲穂は金色の頭を垂れ、風車の廻りには秋桜が咲き乱れていた。

秋の色がこの雨でぐっと深くなった。

そのせいか、自転車道にはいつも見かけない顔があった。

まずは亀。

カミツキガメのあの面妖な顔ではなく、優しい顔立ちの亀が横切ろうとしていた。

そしてへび。

あおだいしょうが投げ縄のように身体をくねらせ草むらへ飛び込んでいった。

本来なら写真に収めたいものばかりであったが、このところ携帯カメラの調子が悪く、撮ろうと起動すると白黒の線が横切っていくばかりでどうにもならないのだ。

秋と言うことで気分一新!そろそろ携帯も新調することにしよう。

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2006年9月13日 (水)

ジェラすぃ〜〜

うちの病院には小児腎臓の医者が私の他にもう一人いる。6年先輩にあたるが、私の診療方針に口を挟まないばかりか、自分の得意分野以外はどうするべきか尋ねられてしまう。私のやりやすいようにし向けてくれているのだと思い、感謝と尊敬の念を抱くばかりではあるが、この医師、無茶無茶格好いいのである。

病院職員の間でファンクラブなるものが密かに作られ、個人ロッカーの扉の裏に彼の写真を貼り付けている看護師さんの多いこと。患児のおかあさんたちも似たようなもので、たまに私の外来に紛れ込んでくると「何故○○先生ではないんですか?」とそちらが外来日を間違えたのにしかられてしまう・・・患児たちも大きくなって年頃になると眼がピンク色に染まり、病棟ですれ違う私には見向きもしない・・・・

その内の2人の患児(女子大生&OL)が同時に入院となった。二人とも私の先生ということで、病棟の看護師が仲良さそうに彼と話しているとジェラシーを感じ、その看護師には辛く当たっている。もちろんお互いライバル心むき出しで見ていておかしくなるほどなのだが、当の医師はどこ吹く風といった具合なのである。

そんななか、今日は女子大生の腎生検を行った。彼女は当然彼が処置をすると思っていたようだったが、いつもの役割分担で私が穿刺する係となった。うつぶせにし、腰から背中を露わにして消毒を施そうとするとそこに見えるは真っ赤っかな勝負下着??!若い男ならば鼻血ものかもしれないが、こちらはスレた大人であり、淡々と生検を終了した。まさか私に刺されるとは思っていなかったようで、気まずい雰囲気の漂う生検であった。

それにしてもそこまで皆露骨にするこたぁ〜ないだろうというくらいなので少々ふてくされていたら、今日退院していく3歳の女の子から手紙をもらった。私の似顔絵が丸三つで描かれてあり、横に母の字でありがとうと書かれていた。うれしがって自分用のホワイトボードに貼って飾っていたら、すかさず看護師さんから茶々が入った。

「そっくり」

おいおい、そりゃおまえさんたちのダーリン程じゃないが、鼻も口もあるぜよ・・・

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情報衛星の愚

今朝の読売新聞から

情報衛星の利用につき、軍事利用への転用の可能性を考え、野党などから制限が加えられ解像度の劣るものしか使えなくなってしまった。

専守防衛にとって情報力は生命線であろう。例えば弾道ミサイルが日本の周辺国に配備されたとして、それを察知する術をうしなうということがどういうことかわからないわけではなかろう。イージス艦などのレーダー探知は飛び道具が打ち上げられ、ある程度の高度に達しない限り探査できない。発射から数分で目標地点に到達してしまうミサイルであれば、最初からどの位置で打ち上げられ、どのあたりを到達目標にしているかを推測していない限り、撃ち落とすことなど不可能なのだ。むざむざその情報力をどぶに捨てるとは開いた口がふさがらない。

同盟国アメリカの情報を使えばよいというのか?言っておくがアメリカは最低限の情報しか日本に公開したりしない。すべてを公開してくれているなどと思うのはチュッパチャップスより甘い。

諜報機関も持たず、偵察衛星もないのであれば、何を術に国を守れというのか。

もしイギリスで逮捕されたようなテロリストたちが日本に潜伏したとしてもなにもできず、ミサイルを発射されても頭の上に飛んできてから「来たぞ!」と叫ぶしかないなんて・・・

リベラリストと言われる皆さん。どうかお願いですから、他国の人達の気持ちだけでなく、自国民の平和と安全を考えてください。あなたの友人や家族のことを考えてください。日本が略奪戦争をしかけることはないのですから、我が国の安全が保証されるとき、周辺国の安全も保たれるはずです。もしも我が国の安全が脅かされることになれば、あなたやあなたの家族が銃を手にしなくてはならなくなるのですから。

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2006年9月12日 (火)

正義と悪

あの日テレビをつけると、わずかに煙がたなびくビルに一機の飛行機が突っ込んでいく瞬間が映し出された。

一体なんの映画の前ふりなんだろうといぶかしんでいると、ニュースステーションの司会者はたった今入ってきた映像だという。「えっ、それじゃ・・・もしかしてテロ??」そう思いながらテレビに食い入っていると、その前の一機目が突っ込んだ瞬間が流れた。「間違いない、テロ攻撃だ。」そうこうしているとビル火災は激しさを増し、突然崩れ落ちてしまった。

9.11から5年が経った。

今はただ犠牲者の冥福を祈るばかりである。

さてテロ行為は断じて許される行為ではないが、それは戦闘を欲していない民間人を巻き込むという一点で許されない。

それでは通常戦闘行為はどうなのか?湾岸地域では民間人は殺されなかっただろうか?我が国における原爆の被害はどう考えるであろうか?

テロに関して秘密裏に暴力行為を行うのは卑怯だという人もいようが、やあやあ我こそはという時代でもなく、兵器の破壊力によって戦闘の優劣が決まってしまう現代において対抗措置としてゲリラ活動が認められないということはなかろう。核兵器などで首根っこを押さえられ、無理難題を押しつけられても黙って耐えろというのはそれこそ理不尽であろう。

アメリカの正義は世界の正義ではない。イラクの人達にもレバノンの人達にももちろんイスラエルの人達にもそれぞれの正義がある。どれがよくてどれが悪いというものでもない。

9.11はそれを考える機会ととらえたい。

そして日本がどこへ向かっていくべきなのか皆で考える時が来たのだと叫ぼう。

利害だけでなく、建設的な世界のありかたについて語ろうではないか。

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2006年9月11日 (月)

思春期

昨日の影響で憂鬱な外来日となった。

鉛のような身体を引きずって外来へ到着するともう既にカルテの山が・・・

しかししょっぱなの男子で復活した。というのは

「先生、しっこがやたらと出るんッスよ。しかも出たのに残ってる感じ。気持悪いッス。」

「わかったわかった。で、膿はでるの?痛みは?」

「膿・・・ちょっと白いッス。でも痛みはないな~~。」

「この一週間で女の子とエッチしたか?」

「えっ、この一週間ッスか・・・してないッスよ。俺もてるんだけど、してないッスよ。いや本当!」

「わかったわかった。信用するけど、もしそういうことがあったら女の子にも治療をしなくちゃならないこともあるから、必ず言えよ。」

腎移植後の患児だが、拳法をやっている好男子で軽口を言い合いながらの診療でスタートできたのだ。

その後はいつも通りの外来で推移し、午前の最後に来た中学2年生はタマタマの痛みでやってきた。

「いつから痛いの?」

「2週間くらい前に体育祭の練習が始まって、それからです。」

「どれ、見せてもらおうか。」「あっ、そうそうお母さんと看護師さんには出ていってもらおうな。それとも見せたい?」

「いっ、いえ。」

二人っきりの診察室でズボンを下ろし、陰部を確認すると精巣の上の静脈がグニャグニャと腫れ上がっていた。精巣静脈瘤だが精巣も少し小さくatrophy?と感じ、これは泌尿器科にまかせる他はなかった。

「そこが、ちょっと・・・」ともぞもぞさせながらも

「それからち○この先の、この白いのなんですか?」

「そりゃ君、恥垢だよ。大丈夫、心配ない。ちゃんとしないとモテないぞ。」

「はい!わかりました!!」

母親には淡々と説明し、泌尿器科への紹介状を持たせた。

午後の最後に来た女の子は鉄欠乏性貧血でフォローアップしていて、先月肉親の看病からストレスによる十二指腸潰瘍を起こした子であった。

「先生、先週生理みたいな血がおしりから出たから来た。」

「ということは真っ黒じゃなく、真っ赤ッカだったんだな?」

「そう。ポタッ、ポタッて出てきた。でも痛くなかったんだよ。」

「その前にうんこが固かったりしなかった?」

「う~~ん、固かった時もある。」

「よし、じゃあ痔かもしれんから見せてもらおうか。」

「え~~、先生に見せるの?」

「俺じゃ不服か?な~~んて言わんよ。女医さんに見てもらおう。外科の先生だよ。別に俺に見せてくれてもいいけどな。」

「見せたら減る。」

「ハッハッハ。わかったからちょっと外で待ってな。」

外科の先生に診察してもらった結果、痔であることが判明し、薬を処方され笑顔で帰っていった。

小児科医にとって診察が難しいのは乳幼児ではなく、思春期の子供達だと思う。精神の成長過程の彼彼女たちは今回のようにはすんなり行かないことが多い。診察の雰囲気ひとつで重要なことをしゃべってくれなかったり、薬を飲んだと言いながら飲まなかったりなどざらである。(特に難しいのは拒食症の患児で、今度詳しく述べることにする。今日はここまで。)

ということで和気藹々の外来が今日も繰り広げられたのであった。

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2006年9月10日 (日)

長生フットボールコート

真夏の太陽の下、年一回のフルコートでの試合が長生フットボールコートで行われた。ここはJのサテライトのチームが利用している海岸沿いの芝生コートで、風は強いが緑がまぶしいコートである。

大の大人達が緑の芝生の上で転げ回って楽しめる楽園であるが、いかんせん今日は暑すぎた。立っているだけで消耗してしまうほどの苦行と化した試合だったが、30分ハーフで戦った。

結局5-3で敗れたが、ペナルティーエリアの中で切り返し、左足でゴールを決めた他、ドリブルから右足でスルーパスを送り、1アシストを記録した。そのほか何度も右サイドからクロスをあげるなど頑張ったが、身の危険を感じるほどの暑さに次第に足が止まってしまった。

終了後1時間ほどかけて病院へ戻り、子どもたちの顔を見て帰宅した。

もう一歩も歩けない・・・

それにしても青く高い空だったな〜〜〜Photo_6

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2006年9月 9日 (土)

呆けたか?

週末恒例の救急当番が明け、ちょっと休憩と家に戻った。

疲れたので焼いたパンにバターではなく今朝はジャムを塗ろうと、冷蔵庫のジャムを3つ取り出した。それぞれ味見できるよう3つスプーンを用意したつもりだったが、一つの瓶に3つとも入れてしまった・・・まあいいか、今朝はラズベリージャムにしておこう・・・

実家から送られた梨の皮をむき、2かけ頬張ったあと、土曜日当番のため病院へ向かおうとした。いつもどおり自転車にとペダルに足をかけた時に頭が涼しいことに気がついた。「ヘルメットを忘れた・・・」

確かに一睡もしていないが、最近当番明けはちょくちょく忘れ物をするようになった。

もしかしたらこのまま診療するのは危ないのかもしれない!?

午前の外来が終わったら、行きつけのBarberで頭のマッサージをしてもうことにしよう。

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2006年9月 8日 (金)

同期生

大学の小児科同期生と昨夜自宅近くの居酒屋で飲んだ。

彼とはもちろん仲も良く、大学研修中はよく飲みに行った。

現在近くにいながら勤める病院が異なっているためなかなか都合もつかず、半年以上顔を合わせることもなかった。ただ患者さんの相談などでちょくちょく電話していたので、元気にやっていることは知っていた。

福島県人の彼は、飲み会に女性が参加するとなると参加を拒否しがちであった。その理由がなんなのかはよくわからないが、女性がへべれけになる姿を見たくないとか女性を前にでれでれする仲間達を見ていられないというところのようだった。故に看護師さんたちとの飲み会に彼が来た記憶がないし、彼と飲む場合は男ばかりで行く他はなかった。もちろんそれはそれで大変楽しいもので、ストイックというか一風変わった彼との飲み会を『男の飲み会』と称して大学にいた頃は2,3月に一回程度のペースで飲みに出掛けたものだった。

そして昨日ももちろん差しで飲み、近況やこれからのことを語り合った。

近隣の大学病院に勤める彼は、これまで世話になった母校の前助教授が川崎のとある病院の小児科を立ち上げ、これに参加するため3月には佐倉を離れるつもりとのことであった。構想としては10名を越える小児科医をそこに集め、3次救急まで含めた高度医療を展開する病院にしたいと考えているらしい。しかし今の時代にそれほどの小児科医が川崎に集まるだろうか???もちろん交通の便の非常によいところに病院が建設されるとのことだが、新規参入病院でそこまでできるとは思えず、少人数で苦しい役回りになるのではとこちらが不安になった。実は来週には賛同者を集めての顔見せ会があるという。それで本当にどれくらいのことができそうなのかわかるだろうと彼は言っていたが、落胆して帰ってくるように思えてならなかった。

そして佐倉を離れるのは後ろ髪を引かれるとのことであった。

都心に近く、それでいて緑豊かで海もそう遠くはない。この環境を手放すのは自分にとっても家族にとってもよいことではないように思うと話す彼は、それでも自分の専門である小児肝臓疾患の拠点病院構想を夢見ていた。関東一円の肝臓疾患を患い、悩む子供達をなんとかしたいという彼の希望が叶うよう祈るほかない。

私の勤務する病院はすでに腎臓の拠点病院として突っ走っている最中である。一足先にというところであるが、当然負けるわけにはいかない。

ほろ酔い気分ではあったが、決意を新たにし、お互いの健闘を誓い合って別れた。

夜風は温く、少し湿っていた。

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2006年9月 7日 (木)

たまご

毎日飼っているカブトムシに餌をやったか聞かないと、子供はすぐにさぼってしまう。

いい加減言われなくても自分でやれと怒鳴るのだが、一向に改善されない。

帰りが遅くなったその夜は子供達に会うことも出来なかったし当然餌のことも言えなかった。そこで飼育箱を覗いてみると・・・やっぱり餌が空っぽだ!

半ばあきれながら餌のゼリーをあげようとしたときに、フッと頭をよぎった。

たまごはまだかいな???

そこでカブトムシたちを別の箱に移し、敷いてあるおがくず&腐葉土をかき混ぜた。するとそこには1mmほどの丸くて白いたまごがポツポツあるではないか。

うれしくなって、新しいおがくずを水に浸した後絞って敷き詰めた。

明日子供達に話したらどんなに喜ぶだろう。そう思いながら風呂に入って床に就いた。

翌朝子供達に話すと、学校へ行く前というのに先を争うように飼育箱へ群がった。

小さなたまごをみつけ、いとおしそうに目を輝かせて見つめていた。

「うん、この子達はまだまだ擦れてない。」

それだけでうれしくなった。

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2006年9月 6日 (水)

分娩があったら5万円支給

今朝のニュースを見ていたら、さいたま市立病院が夜間の当直産科医に対し、分娩があったら一件につき5万円を支給する破格の待遇を打ち出したとあった。

市立病院の産科部長のコメントも映像で流れ、モチベーションという意味でお金をつけたという。

同業者の口からそういったコメントが出たことに憤りを感じた。というより情けなく感じた。

そりゃ報酬が多いに越したことはない。

しかし昨今の産科医療離れは報酬の少なさに辟易したというものでないことは周知の事実であろう。夜間働いても翌日休みをもらえないというシステム上の不備や不具合分娩に対する訴訟でボロボロになっているから医療崩壊が起きているのだ。百歩譲って産科医が潤沢にいる病院の医者が報酬目当てに来ることを望んでいるか、大学の研修医が薄給故にやってくることを望んでいるというのならそう話すか、直接そのような施設に頼めばよい。もっとも潤沢にいる施設はないだろうし、薄給で働く研修医はバイトも行けないほどこき使われているだろう。

それにしても周産期に携わる医療施設が身を削って頑張って周産期死亡率を世界トップレベルの3.3(妊娠満28週以降の死産率:2.2、早期新生児死亡率:1.1、1年間に111万人生まれる中に、1184人の早期新生児死亡があった(平成16年))という数字をたたき出しているにもかかわらず、訴訟が増えるというのはどういうことなのか。いくら高いレベルの医療を提供したところで残念な結果になることも当然あって、100%安全なお産などありえないのに・・・

もちろんお産は自然なこと。普通通りなら医者などいらず、場合によっては母体と介助者一人いればなんとかなる。しかしその体制では周産期死亡率は20をはるかに越えてしまう。すなわち異常分娩は間違いなくある程度の確率をもって潜んでいるのだ。産婆さんしかいなかった時代は仕方がなかった。それを産科医そして新生児科医(麻酔科医もからむ)が救うようになり、異常分娩に対処できるようになったのではないか。

訴えられる筋合いのないものが報道され、いわれのない中傷をうけ、ただでさえない時間を裁判にとられ、いったい周産期医療をどこに向かわせようと言うのか。

最後に、5万円払う市立病院に一人の希望者もでないことを望みたい。そしてあの部長の口から「やはりお金じゃないんですね。」と言わせたい。

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2006年9月 5日 (火)

英語論文

これまでの臨床のまとめとして英語論文を書いている。

ただ今回の報告は日本語で書いてみても少々まどろっこしかったため、英語にして送ってみたもののacceptされるにはほど遠いもののようだ。

3人の査読者からのコメントをもらったが、一人はとても好意的で英語の言い回しを丁寧に教えてくれた。一人はまどろっこしい論理展開を指摘し、正しく導くため聞き直してくれた。残る一人はクソミソ&けちょんけちょんな言いぐさだった。

だいたいいつもこういった組み合わせで査読が帰ってくるが、今回の三人目はかなり強烈で、凹みかけた・・・

もう一度原点に戻って、今度は英語で考えて英語から書き始めて論理の展開をハッキリさせようと再試行中である。もちろんその前に医学英語論文の賢い書き方という指南書を熟読し、自分の報告を見直してから始めている。

それにしても英語を母国語にしている人達・・・ずるいよ・・・

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2006年9月 4日 (月)

頻回再発ネフローゼ?

今日は学校も始まったことだし、月曜といえどもそんなに混まないだろうと思いきや、随分と長話をしてしまい、他の方々にはお待ち頂くことになってしまった。

というのは某医大に通院中だが、治療に納得がいかないとのことで中学生とその母親が2nd opinionを求めて来たのだ。

聞けば8年前にネフローゼを発症し、ステロイドでよくなり、一度ステロイドをやめられた。その半年後に再発し、以降ステロイドをずっと続けているらとのこと。そのステロイドを使いながら、少し減らすと再発するので量も減らせず、一日おきに飲み続けているのだという。3年前にシクロスポリンという薬を加え、それでもステロイドは中止せず、シクロスポリンをやめようとしたところで再発したのでシクロスポリンもステロイドもやめられないでいるらしい。

私たちの考えではこれは最もやってはいけない治療の一つだと思う。再発を怖がるあまりステロイドをやめられないのは本末転倒である。折角ステロイドが効くタイプなので、スパッとやめて、再発したらまた使い始めればよいのである。この一時やめるというのがとっても重要で、ダラダラと使い続けると副作用が出てしまう。やめる期間が長ければ長いほど副作用の発現が抑えられ、しかもネフローゼの型そのものがハッキリする。ハッキリすれば何をどれくらい使うべきか見当もつけられるし、ダラダラとステロイドを使わないから人混みも怖くないし、学校にも行ける。体育だってできちゃうのだ。

どうも某病院では8年で10回再発していて頻回再発なんだと言われているらしいが、半年に3回(初回を含む)、ないしは任意の1年で4回再発した場合を頻回再発とする定義が存在し、それを満たしているかどうかも疑問である。とすると次のステップの治療に入るべきかどうかもわからない。

ステロイドの副作用もこれだけ長期になると必発であろう。肥満・骨粗鬆症・糖尿病・白内障・・・よく知られていないが安静を強要され続けていると、深部血栓や腎内石灰化なども起こってくる。

ただし、頭ごなしにこの治療はいけないなどと言えない。実際には日本の中でこのような治療を推奨している有名な先生・大学が実在するからである。本当に不思議なのだが、ステロイドを長期にダラダラと使い続けていながら、副作用をほとんど出さずにフォローしていける彼らのやり方は、実は彼らにしかできない神業なのである。真似しようとすると副作用で患者さんを苦しめてしまうのだ。何をどう診ていくことでなりたっているのか定かではないため、中途半端に真似するべきではないと思う。

一方我々のやり方であれば、誰でも同じように治療することが出来る。ただしステロイドを長期に使わない代わりに、再発は多くなる。もう一度いうがステロイドが効くタイプの再発は全く怖がる必要はない。それならばステロイドの副作用に苦しむだけ損ではないか??

もともとはネフローゼの治療法が2つの流儀に分かれているのがいけないとは思う。患者さんを惑わすことのないよう、WHOの提唱する我々のやり方に統一していけないだろうか・・・

こういった患児が来院するたびにそう思わずにはいられない。

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ここも田舎だな~

土曜日にとある用件で初めて毛呂駅に降り立った。

埼玉医大のある駅として知ってはいたが、来ることもないと思っていた。

見渡す限りの田んぼと栗林。

清流の川面に車窓が映る。

千葉から3時間ほどかかって降り立つとそこは本当に医大だけしかない・・・?

ふもとから山の中腹まで、まるでドミノのように病院の白い箱が連なっていた。

しかしここの学生さんは、都内で遊ぶとか、演劇やコンサートを聞きに行くというのには絶対的に不利だなと感じずにはいられなかったし、いったいどこに寝泊まりしているのか???というくらい他に建物のない町であった。

ぶらり一人旅っていう状況ではなかったが、面白い体験をさせてもらった。

帰りの電車に揺られ、我が町につくと、

なんだやっぱり田舎だった。

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2006年9月 1日 (金)

茶番

防災の日である。

各地で防災訓練が行われ、政府も総合防災訓練を行った。

首都直下型地震により多数の死傷者が発生し、緊急対策本部が首相官邸に置かれた。そこで首相みずから「大規模な被害が発生しています。国民の皆様は冷静に対応して下さい」などと声明をあげた。そして日銀総裁と東京都知事とテレビ会議を行った・・・

ちょっと待て・・・

その状況でみんなパリッとした作業服を着こなしてというのはまだ許そう。しかしテレビ会議が本当に可能なのか?ライフラインはズタズタにされ、電気ガスなどつくはずもなく、無線ですら混線しまくるはずの状況でテレビ会議??

確かに電源は首相官邸なら自家発電で何とかなるかもしれない。首相官邸だけでなく市ヶ谷の自衛隊も地震やNBC攻撃に対する防御設備は整っているようで、衛星を使ってテレビも使えるのかもしれない。でもそれじゃあ訓練にならないではないか。

自衛隊の所有する無線を使用して、最悪の状況下での指揮を確認するのでなければ訓練の意味はなかろう。

もちろん今回の目玉である米軍と韓国消防局による海外支援隊参加は非常に有意義だったと思うが、基本となる指揮所があれでは茶番劇としか映らない。

神戸の震災で神戸市が司令を出せたか?新潟はどうだったか?瓦礫の下への救出作戦は良いがそこまでの輸送・到達は訓練しないのか?救出した人は何処へ運ぶのか。病院も壊れているぞ。後方へ搬送って後方とはどこだ?火事が起こってもスプリンクラーなどは働かないかもしれないぞ。火事が猛烈な熱風を巻き起こし、上空からの消火なんてできないぞ。火を遮断する方策はあるのか?どこへ誘導するのだ?誰が??すべての人を助けることは出来ない。それでは見捨てるのはどこか?重点的に避難させるのはどこか?何処に避難させたらよいのか、それを知る術はあるのか?

訓練のための訓練ではなにも解決されない。

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準夜勤務終わり

急病診療所の準夜勤務が今終わった。

外来日でヘロヘロの流れのまま一次救急当番に突入したのだが、とりあえず何事もなく過ぎた。

喘息はやはり季節柄増え始めている。

わずか生後2ヶ月前の児がゼイゼイ言いながらお母さんに抱かれてきた。ミルクは何とか飲めていたようだが、どうして今まで放っておいたのか・・・とりあえずβ刺激剤の吸入を施すと途端に呼吸が落ち着いた。熱もなく、生下時からの喘鳴ではなかったため薬を渡して帰宅してもらった。もちろん明朝には病院へ来るように指導して。

今晩はみんながぐっすりと寝られますように・・・

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