2021年11月26日 (金)

西林寺

 見事な紅葉だ。参道がこれほど彩られるとは予想外であった。

 母も喜んでくれて本当に良かった。

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2021年11月16日 (火)

記憶

 中学時代の担任が亡くなったと卒業生ラインで連絡が来た。謹んでご冥福をお祈りしたい。

 しかし同級生たちが口々に多くを学ばせて貰ったとか、忘れられない言葉をいただいたなどと投稿するのを見て、とてつもなく違和感を感じている自分がいる。少なくとも私にはそんな感情は浮かばない。もちろんとても大きなことを学ばせて貰った。それは、自分の気分次第で言動が変わり、言葉と力の暴力で支配しようとする教師の浅はかさであり、他人を誹謗中傷する人の哀れさである。

 当時私は学級委員長をクラスの投票で拝命し、毎日彼のところへ指示をもらいに行かねばならなかった。機嫌のよいことは滅多に無く、何をそんなに苛立っているのだろうと不思議に思うほど機嫌の悪い人だった。彼の研究室に入るやいなや、本が投げつけられたり、椅子が蹴られて飛んできたりなど日常だった。もちろん脳天へのげんこつも。断っておくが、私が犯した間違いのせいではない。彼がいらついてそうしているだけ、もしくはクラスで揉め事があっての話だ。今の時代なら、即刻訴えられる教師の一人だろう、私は冷ややかに彼を見ていたので、繰り返される暴力にも鈍感になっていた。身体も当時とすればデカかったので、怪我もしなかった。私が冷ややかなので、彼も面白くなかったことだろうと今では思う。

 彼に感謝することがあるとすれば、国語の教師だったが、私に文句をつけることがおかしいと言わせるために国語の成績は常にトップで、その後も得意科目を維持できたことと、リーダーはいつでも仲間たちの動向に注視続けることが大事だから常に休まず立って見渡しておけと、それがその後の自衛隊生活に役立ったことくらいだ。

 晩年の彼がどういう生き方をしたのかは知らない。私のような思いをする学生ができる限り少なければ良いがと思うだけだ。

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休日

 11月に入って突然時間が取れるようになった。なんだろう、この違いは??

 ということで先週末は遠出をすることに。播磨の自転車道環境はとても整備されていると兵庫県のHPでも、観光名所に置いてあるパンフレットでも宣伝されている。それならばと地図とにらめっこした後、ロードバイクに跨がり、明石を目指すことにした。

 まずは播磨中央自転車道を目指すが、これの出発点の詳細が不明だ。グーグルマップは自動車道しか乗っておらず、パンフレットの地図は大雑把・・・まあこの道を進んでいればどこかで横切るだろうと高をくくって出発した。今日は終日天気もよく、南部では少し雲が広がるかもという予報。市立加西病院を左手に見ながら自転車を走らせた。小一時間走ったところで、鶉原飛行場跡へ着いた。ここは元海軍の飛行場のあったところで、復元された紫電改を展示してあると聴いていた。早速資料館の方へ行ってみると、やあ、紫電改が鎮座しているじゃないか!!

 元自衛官の血が騒ぐ。丁度バスで見学に来た旅行者へ説明が始まったので、それをBGMとして資料を読みながら紫電改のコクピットに座る。飛行機乗りではないので、何がどうとは判らないが、世界有数の戦闘機に触れられた感動をしばし味わった。

 その後自転車を走らせると、ありました!播磨中央自転車道が小川に沿って伸びでいる。思ったより幅も広く良い道だ。

 のどかな田園の中を風を切って進む。小春日和の播磨路は本当に気持ちがよい!向こうからおそらく多可町へのロングライドに挑戦する若者だろう、ロードバイクの男性が数人通り過ぎてゆく。途中川を渡ったり、車道を横切るところがあり、自転車道がどう伸びているのか判りづらい箇所があった。反対側から見ると、ロングライドはこちらという指示板があったが、逆方向だと案内がないとは・・・こりゃ片手落ちぞなもし。

 そうこうする内に、加古川右岸自転車道の標識が出てきた。しかし、それが右なのか左なのかハッキリしない、自分の感覚なら左へ行くべきだが、どうも右を指し示しているように見える。ここはその通りに行ってみようと、右へ行くと権現湖を左に見ながら景色のよい広い自転車道が続いていた。ああ気持ちいい!あっ、ここを走る人もいるんだと若い女性が走りさるのを見送っていたら、突然自転車道が終わってしまった。どう行けばよいのか判らぬまま、自転車を漕ぎ進めると、なんと先程の標識の場所へ戻ってしまった。。。この小一時間はなんだったのか・・・と憤っても仕方ないので、そこを左へ行くことにした。すると権現湖の先に加古川の河口がバッと広がった。やはりそうか、この方向だったと先へ走らせる。一気に河口へと思う気持ちと裏腹に、自転車道は右へ左へと川や道を横断しては方向を変えていくのだが、全く指示がない。そのたびに立ち止まり、方向を確認する羽目に。ここでも反対側からみるとロングライドの案内板があったりする・・・いや、反対と思ってるのはあんただけやとブツブツ言いながら河口を目指した。

 河口で待っていたのは高砂海浜公園。なかなか楽しそうな公園で、白砂青松が広がっている。ここまでで3時間。道が判っていれば、2時間でサラッと来られただろう。さてこの先どうするか。

 

 走った距離はそれほどでもないが、快適に走れたわけではなく、ちょいと疲れた。このまま帰路につくか、それとも明石へ予定通り行くか。ただこの調子だと、明石までの道ももしかしたら今ひとつかもしれない。腹も減った。。。明石まではおよそ20km、小一時間ならばそうだ、淡路島へ渡って食事しよう!ただ淡路島から帰ることを考えると、西脇は夜になってしまう。ならば神戸に住む母のところまで輪行すればよいだけ。よし!と自転車を走らせた。

 加古川から明石は、海沿いの眺めの良い自転車道と書いてあったが、全く違った!国道沿いの幅の広い歩道を自転車道として色分けされた道を進む。途中、側道へという案内があり、そのまま進むと下りの階段に変貌!なんじゃそりゃだが、ロードバイクを担いで下るくらいは訳の無いこと。仕方ないと呟きながら前へ進む。

 あまりにパンフと違う道の様子にさすがに憤りを感じ始めたころ、海が近いと感じる道にさしかかった。思い切って車道を外れ、そちらへ進むと、あれ?海岸沿いに歩行者・自転車専用道路があるじゃないか!!砂浜がひろがり、しかも淡路島がくっきりと見える。くっそ~~どこにもそんな案内ないぞ!と思いながら眺めのよい安全な道を走る。ようやく通い慣れた明石港に辿り着き、ジェノバラインの発着場で自転車を降りた。

 ジェノバラインはほんの少しだけ値上げしていたが、往復1060円、自転車は往復480円。空腹は水でごまかし、淡路島の岩屋港の食堂へ思いを募らせる。美しい明石海峡大橋をくぐり、港へ着くと一目散で浜千鳥へ。




 ここの生しらす丼は絶品!この量の生しらすを他で食べると美味しく食べきれないのだが、ここは違う。最後まで旨い!!穴子もハモも玉ねぎも食べたいのだが、、、腹が減ってるので穴子!と天ぷらを頼んだ。強烈にでっかいプリンプリンの穴子がやってきた。これまた絶品!息をするのを忘れるくらいの勢いで平らげてしまった。




 
 その後は次の舟の時間まで懐かしい淡路島をゆっくりとポダリング。東浦の穏やかな海を眺めながら、淡路島での5年を回想した。

 

 明石港まで戻ると、舞子まで走り、その後はJRで輪行。母の待つ渦森台へ。夕飯を一緒に食べ、翌日は西脇へ行きたいと言うので、一緒に車で紅葉狩りへ。西林寺の紅葉は真っ盛りではなかったが、十分楽しめた。親孝行も兼ねて自転車に乗れるなら、これほど楽しい休日はないな、うん。

 

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2021年10月30日 (土)

えっと、ここは西脇

 2日に一度のペースで宅直です。でも呼ばれるのは出生直後の赤ちゃんに何か変化があったときで、ほぼノーリスクの赤ちゃんたちですから、なにもないことが圧倒的におおいです。年に数回呼ばれる程度です。救急当番もありますが、田舎なのでたまに喘息発作で入院があるくらいです・・・

 

 のはず。ここは山に入る入り口。町の人口も4万人と多くはない。それなのになんだこの忙しさは??のっけから救急車が毎日3台来て、痙攣重積が止まらず、右片麻痺を来して他院へ搬送とか何??パレコウイルスが流行って、新生児が熱出してるから敗血症に則って対応ってどこかしてる?熱源不明の2歳児に血便が継続って、それIBDからみ??夜中に電話が鳴って、緊急カイザーするから来てって、29週の未熟児をどうしろと???

 

 なんだかんだ言いながら、1か月経過しました。赤ちゃんに囲まれて、楽しいですが、話が違いすぎます。

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2021年10月12日 (火)

新たなるステージ

 住み慣れた千葉を離れて2週間が経過した。ここでやってみようと思った地は兵庫県西脇市。つい10数年前に医療崩壊で小児科医がいなくなった地域だ。柏原小児医療を守る会が全国的に有名だが、ここ西脇も同時期に同じ経験をし、同様に守る会が結成され、今も市民の勉強会がなされている地域である。

 

西脇は日本のへそを自認している。子午線である東経135°は良く知られているが、北緯35°線が走っていることはそれほどメジャーではない。秋田が40°とは習った覚えはあるが・・・その交わるところなので、へそと・・・う~~む無理があるような無いような・・・

 なにより播州織では世界的に有名なので、それをウリにしていることは間違いなく、工房も含め観光客をちらほら見掛ける地域である。また丹波地域にも属しており、丹波栗、丹波の黒豆だけでなく黒田牛も有名で、食文化も豊かな地域である。播州百日鶏も旨い!なかなか面白い地域なのだ。

 

 町中には加古川が流れ、豊かな水運でおそらく昔はとっても賑わった山間の町だったのだろう。現在は徐々に過疎の波に飲み込まれようとしている。ただ産業もあり、地域の中心であった自負はまだまだ衰えておらず、病院も中隔を担うべくDMATも備えるしっかりした病院だ。小児科はお産のお手伝いという側面が強いが、地域からの信頼が厚く、救急車の搬送も地域No.1を維持している。これまでとはちょっと違った働きが要求されることは間違いない。

 

 さあ、どんな風に自分が変わっていけるのだろう。私はどこへ行こうとしているのか、行き着くのか。旅は第4章が始まったばかりだ。

 

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2021年9月 6日 (月)

専門医試験

 小児科の専門医試験が2年ぶりに実施された。昨年はコロナでふっとんだが、今年はリモートを駆使して面接も実施するとのこと。大変だけれど頑張ってくださいと思っていたら、自分にお鉢が回ってきた。2年分の受験者がいるので、面接官が足らないのだという。折角いただいた仕事などで協力させていただくと返信すると依頼文書が来た。

 面接諮問はペアで行うとのこと。ウェブ練習会で初めて顔合わせさせていただいたのは順天堂大学の先生。とても穏やかな先生でとてもやりやすかった。実際の面接でも着眼点が面白く、私が勉強になったし、こちらのフォローもしていただけるのでとても助かった。

 ペアで面接したのは14名。それぞれ10分野を網羅する30症例のサマリーを提出しており、その中から2症例を選んで面接諮問を行うというもの。興味のあるものだけピックアップすると偏りが出てしまうので、全サマリーを読み込み、それぞれに質問すべき事柄を書き込んでみた。大変だ!大学など特殊な環境で経験するような症例もあり、論文も確認してみないとダメだ。1週間かけて読み込み、気になる症例を4つずつ選んで、ペアの先生へ打診した。数日後返答と同時に、他に気になる症例を返信してもらった。なるほど・・・では折衷案でこの2症例でどうですかとやりとりし、最終的に14名全員の面接症例を決定した。

 面接官は横浜と京都の会場に分かれて集合し、それぞれ薄い壁で仕切られたブースに籠もり、リモートで面接諮問をした。計何人集めたのか数えてないので知らないが、私は何故か京都会場へ行くように指示されていて、前日泊を経て会場入りした。前日はホテルの大浴場で知り合いに出会ったが、裸でマスクもせず談笑するわけにもいかず、会釈のみで早々に分かれた。都内の大学病院の先生だが、彼も京都へ派遣されたのか・・・ホテルは五条の橋の近くだったので、早朝加茂川の写真だけ撮りに出掛けた。

 会場の京都国際会館は森の中の美しい会議場で、籠もって作業をするだけは勿体ないところであったが、朝から晩まで面接諮問のみ行った。途中別の知り合いの先生と昼休みに一言言葉を交わしたが、それだけの缶詰作業だった。

 疲れ切ったが、若い先生たちと議論するのはとても楽しかった。そしてペアの先生の質問になるほどとうなずくことが多く、とても勉強になった。こんな経験が出来るなら、毎年はちときついが、3年ごとくらいならやっても良いなと思いながら京都を後にした。もちろろん帰りの新幹線は爆睡。いや本当に良い経験をさせてもらった。学会関係者と紹介していただいたH先生に感謝感謝である!

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2021年6月22日 (火)

日腎学会が熱い!

 横浜へ行ってもいいし、ウェブ参加もできるハイブリット開催された日本腎臓学会。いつもより面白かったと感じたのは私だけ?

 演題それぞれは確認していないが、シンポジウムや特別講演がやたら熱かったと思うがいかに?

 宇宙飛行士の土井さんの船外活動などの煌びやかな話から始まり、JAXAの研究マネージャーなどから老化と腎臓の関係の話が聞けたのは本当に興味深かった。

 また腎疾患と遺伝子関連はこの10年のトピックスではあるが、その進化のスピードは年々速くなって、少し聞かないと遅れてしまう。それでも自分が感じていた、遺伝子異常を先に見つけてしまえば、通常の治療を行うことは無意味だという風潮は危険だという主旨の発言が第一線の研究者から聞けたのはそれみたことかと溜飲を下げることになった。そう、遺伝性疾患の関連遺伝子がcommon diseaseの疾患感受性遺伝子にもなりえるという話は我が意を得たりというところだった。

 それから人間は魚類などからの進化の過程に存在する一生物であり、胎生期にはその進化の過程を辿るのだと学生たちに教えてきたことがあるのだが、腎臓のある意味、その進化の意味と生命のしたたかさを動物の研究者から教えられた。

 他にもクワッと目を見開くような発表がたった3日にもかかわらず随所にみられ、あっという間に時間が過ぎてしまった。もう一度聞きたいな~という講演がたくさんあり、オンデマンドで拝聴できるこの学会のありがたみを噛みしめている。

 いやはや、今の腎臓学会、おもろいでっせ!!

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2021年6月 1日 (火)

へそと言えば明石のような

東経135°は日本の子午線であり、基準が明石にあることは皆知っての通り。だから臍と言えば明石のようにも思うのだが・・・

義父のマンションからの眺めは最高で、ここを仮住まいとして介護と共に日本のへその病院で働くことになった。

夕暮れ時は瀬戸内海が赤く染まる。これまでの生活とはまるっきり違うものになるだろう。

さて。良い方に進むとよいのだが。

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ここで

10月からここで過ごす。東経135°、北緯35°で日本の臍を自称する町だ。

至る所でへそを意識した名前が並ぶ。

でもへそだけではなく、織物の町としての矜恃も持ち合わせている。世界にもその名を轟かせている播州織りの町なのだ。

服やショールだけでなく、しっかりした鞄も作れる優れもの!

食べ物も結構面白いものが揃っている。へそバーガーも旨いが、この葛氷バーも旨い!佐倉・成田の大竹堂の葛氷バーの方が好きだが、ここの葛氷バーは10種類も選べるところが凄い。大竹堂は3種類(みかん・白桃・小豆)だ。このフランボワーズなんて酸味が絶妙!

さてさて、どんな生活になるのだろう。楽しく過ごせるといいな。

 

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2021年5月28日 (金)

仲間

とっても久しぶりに仲間と食事。なんと和食処で3人だけの貸し切り!

その仲間とは、線維筋痛症を一緒に診てくれたリハビリの二人。訳もわからず、他院の真似から始まった当院での線維筋痛症児に対する診療は彼ら無しではできなかったこと。メンバーは入れ替わったが、最終的にこの二人のお陰で、この疾患へのアプローチ方法が判ったと言っても過言ではない。本当に頼りになる二人だった。

実は線維筋痛症を始めとして、身体の痛みを訴える児は結構いる。small fiber neuropathyとして様々に分類できる時代がすぐそこまで来ていて、そのうち遺伝子診断で確定という時代となるだろう。線維筋痛症と呼んでいる人の中にもそういった分類に入っていく人もいるだろう。ただ対応方法は、我々が考え、実践してきたとおり、カウンセリングとリハビリ、自分の内面と状況を言語化することで意識を変えていくことだ。

そんなことを確認しあう仲間が、この夏離ればなれになる。私が去り、一番の若手は千葉市の子ども主体のリハビリ施設へ異動することになった。

この若手、実は私の元患者だったことが判明!覚えていなかったのも無理はなく、最後に診察してからもう10年以上経過していた。それでも彼女とご両親は私のことをその後もずっと、とても慕っていてくれた様子。彼女自身、医師になることは叶わなかったが、一緒に仕事することを夢見て成長し、それが実現し、しかも同じチームで試行錯誤を繰り返し、おまけに合唱部で一緒に患者さんたちの慰問にも向かったのだ。涙が浮かんでくる話じゃないか。くそ~甘鯛が旨すぎるぜ・・・

これからも何があるか判らない時代だ。きっとどこかで繋がっていて、一緒に語らうこともまたあるだろう。本当にありがとう!二人とも頑張れ!

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