2008年5月 9日 (金)

言わねばならぬこと

 中国の胡錦濤主席と歴代首相経験者との朝食会が昨日行われた。前日までの福田首相との会談では東シナ海の問題がキチンと話し合われたばかりか、バカの一つ覚えのような謝罪要求もないということで、この主席がオリンピックを目前にして慎重にそして是が非でも日本の協力を取り付けなくてはならないという様子が手に取れた。親中派の福田さんだからこそこういった話になったのかもしれないが、出だしは最高と思っていた。それでもこれでチベット問題を話題にしないままでは、国際社会からは認められないだろう。それが朝食会で一変した。

 物言う政治家として拉致被害者救済へしっかりした働きをしたことで首相まで登り詰めた安倍元首相からの発言であった。若さもあってブレーンを味方に付けられなかったことから四面楚歌に陥って首相職を放り出してしまった安倍さんだが、言うべき事は言うという確固たる意志のある政治家であることを見せてくれた。

 戦略的互恵関係の構築に向け。相互訪問を途絶えさせない関係をつくっていくことが重要だ。国が違えば利益がぶつかることがあるが、お互いの安定的関係が両国に利益をもたらすのが戦略的互恵関係だ。問題があるからこそ、首脳が会わなければならない。

 私が小学生のころに日本で東京五輪があった。そのときの高揚感、世界に認められたという達成感は日本に対する誇りにつながった。中国も今、そういうムードにあるのだろう。その中で、チベットの人権問題について憂慮している。ダライ・ラマ側との対話再開は評価するが、同時に、五輪開催によってチベットの人権状況がよくなったという結果を生み出さなければならない。そうなることを強く望んでいる。

 これはチベットではなくウイグルの件だが、日本の東大に留学していたトフティ・テュニヤズさんが、研究のため中国に一時帰国した際に逮捕され、11年が経過している。彼の奥さん、家族は日本にいる。無事釈放され、日本に帰ってくることを希望する。

 この発言で場が凍り付いてしまったようだが、それをクソラガー森元首相が和ませる発言をしたとのことであった。この時中曽根氏がどのような表情を浮かべていたのか知りたい。できれば小泉氏も同席して欲しかったが。

 上っ面だけの外交がどれだけ日本に不利益をもたらしたことだろう。言わねばならぬ事をしっかり伝えるからこそ、同等として認識され、国同士の話し合いが出来るというものではないか。ここはもう一押し、「チベット&ウイグル自治区への共産党の政策は、大日本帝国のそれと変わりませんよ。」と言って欲しいところだが、そこまで言うと角が立つだけ。あとは安倍氏だけの思いではないことを伝えるべきだ。そこをあのク○が・・・・・

 情けないのはこの歌だけでいい

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2008年5月 6日 (火)

歌舞伎

歌舞伎
連休最後にようやく遠出。歌舞伎に家族でチャレンジ。四谷怪談、おどろ面白かった!

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2008年5月 2日 (金)

ザリガニの逆襲 後編

ザリガニの逆襲 後編

その日の昼食後、家の前の公園でサッカーをすることになり、庭に転がっていたボールを持ってこさせると、空気が抜けていた。子供達を引き連れて下駄箱の横に立てかけてある空気入れを取り出した。自転車の空気入れだが、先端を換えればボールの空気入れになるプッシュアップ式のものである。

しっかりした細長いビニール袋に入っている空気入れを取り出し、引き続き換えの先端を取り出すため袋を逆さにした。

「どさっ」

こぶし大の赤黒い物体が転がり落ちた。

「うわ!」

皆、バッと後ずさりすると、物体は大きなハサミを振り上げ威嚇し始めた。

何故?一体何故こんな袋の中に入ることが出来たのか、頭の中を整理できぬまま彼をつまみあげ、水槽へ戻した。

数日間、彼に触ることなく過ごした。

彼もおとなしく岩陰に隠れ、時折餌を食べに水草のあたりに顔を出すだけであった。

しかし心なしか彼の顔つきが違って見えた。決して怖がっているわけでなく、しかも 威丈高という風でもなく考え込んでいるような、そんな雰囲気を身に纏っていた。

子供達とは外へ出たがっているので、今度の日曜日に川へ逃がしてやろうという話しをした。

その夜はとても蒸し暑い夜だった。

普段は別々の部屋で寝ている家族だが、この日は風通しのよい居間の横の和室に雑魚寝した。私は最も奥まった壁際で皆の寝息を聞きながら眠りに就いた。

誰かが髪を引っ張っている・・・

てっぺんから少し右をククッと・・・

だれ?・・・・

うわぁ~ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ・・・・・

払いのけようとした右手には暖かい皮膚ではなく、硬いいびつな塊が触れた。

飛び起きて暗がりに目を凝らすと・・・・

彼がハサミを振り上げていた。

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ザリガニの逆襲 中編

ザリガニの逆襲 中編

彼は我が物顔で水槽の中を歩き回っていた。

メダカとのバトルがとぎれてしまってからは興味も薄れてしまったのか、子供達が一日中彼を眺めることはなくなってしまった。

私はザリガニの餌を購入し、毎日ほんの少しずつ与えることにした。朝、水槽の蓋を開け餌を落とすと、彼は反り返って大きなハサミを振り上げこちらを威嚇し、しばらくして餌を口にした。そうして岩の影に身体を隠すこともせず、悠然と水槽の中央に仁王立ちするのであった。

とある日曜日、いつものように水槽の蓋を開け、餌をやっていてふと考えた。

「このまま自然に帰したら、彼は自分が一番強いと思いこみ、隠れることも知らず、大きな魚や鳥に喰われてしまうだけであろう。それならば強い敵の存在を教えてやるべきではないか。」

そう思った私は庭に降りて、細い小枝を拾ってきた。その小枝で彼の身体をつつき始めたところ、彼は大きなハサミで応戦してきた。かまわずつつき回すと、初めて怖れを抱いたのか、身体を小さくし後ずさりを始め、岩陰に隠れた。

「これでよし。」

それから数日間、毎日餌を与える前に小枝で追い回した。気付かぬうちにエスカレートしていたらしく、妻から

「可哀相だから、やめなさいよ。」

と言われた。しかし

「訓練だから。」

と狭い水槽の中をつつき回し、跳んで逃げるほど危機感を煽った。

ひと運動させた後餌を与えても、しばらくは近づいてくるはずもなく、餌がふやけて水を濁しても仕方ないので、数時間経ってから与えるよう妻に頼んだ。しかし彼はしだいに餌を口にしなくなっていき、日中はほとんど岩陰に隠れて出てこなくなってしまった。

翌週の土曜日、前日からの当直に引き続き土曜外来を済ませ帰宅すると、水槽の中に彼の姿がなかった。子供達に問いただすと、三男が水槽の側に居たという。しかしまだ2才の子供にザリガニを手にする勇気も俊敏性もないことは容易に想像がついた。しかも水槽には蓋がついたままであり、蓋を開けて中をのぞいた形跡もないことが判った。妻も知らないという。

蓋には空気を送り込むチューブ用に1.5×4センチほどの穴が空いている他なく、ザリガニがその穴から飛び出すことも考えられなかった。もしそこから偶然にも飛び出したとしても、隠れるとすると居間の物陰かと思い、くまなく探したが見つからなかった。おそらく庭に落ちて猫にでもやられてしまったのだろうと無理矢理考え、当直で疲れ切った身体を休めるため、夕方早くから眠りに就いた。

朝早く目覚め、新聞を取りに居間から玄関へ出ると、なにやらカサコソいう音が下駄箱の隅から聞こえてきた。

靴をどかして音のする方をのぞき込んだがなにも見あたらない。

ゴキブリならば出てきたところをひっぱたこうと考え、スリッパを手に身構えていたが、カサコソいう音も絶えてしまった。まあ出てきたときの事だと思い直し、新聞を取って居間に戻った。

居間の窓には清々しい朝の光が差し込んでいた。

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2008年5月 1日 (木)

ザリガニの逆襲 前編

 脳研究者であるポリさんのブログで、生き物による情操教育が話題になっている。生き物を思い浮かべると2年前に書いたあの記事が頭をよぎる。実話なので、いまだにあれを思い出すと身体がブルっと震えてしまう。以前のコピペなので、読んだ方には申し訳ないが、もう一度。

ザリガニの逆襲 前編

2年前の今頃、子供達がメダカを捕ってきた。水槽を用意してくれないとメダカが死んでしまうとせがまれ、金魚が死んでしまって以来しまってあった水槽を居間に設置した。魚が跳ねて外へ出てしまわないよう蓋のついた水槽で、空気ポンプまでセットした。

当然子供達は喜んでメダカの観察を始め、餌も買ってきて、水の取り替えもちゃんとやった。メダカは生き生きとし、子供達もうれしそうに毎日眺めていた。

数日後学校の池に住むザリガニを長男が持って帰ってきた。

「ねぇ、飼っていいでしょう?」

「どこで飼うの?」

「この水槽の中」

ザリガニはなんでも食べちゃうから、メダカも喰われてしまうだろうと思ったが、見るとまだ川エビほどの大きさしかなく、殻も透き通っていた。

「ちょっとの間だけだよ、すぐに池に放してあげなさい。」

そうして水槽の中には新しい仲間が加わることになった。

ザリガニはメダカの餌のおこぼれを拾って食べていた。メダカが目の前を通り過ぎても、それにアタックする様子もなく、むしろメダカに突き喰われるのではと思うほどであった。

数日すると、ザリガニは脱皮した。一回り大きくなった体は透き通る殻から黒みを増したものに変わっていた。

さらに数日すると、初めてメダカが一匹死んだ。特に外傷らしいものもなく、水が悪いのかと考え、カルキ抜きをしっかり施した水換えをした。しかし翌日も一匹死んでいた。よく見ると腹部に傷があった。メダカ同士で傷つけ合ったのか、それともザリガニがちょっかいをだしたのか、定かではなかった。

それから一週間が過ぎると、再びザリガニは脱皮した。今度はアメリカザリガニらしい赤みをおびた殻に変わっていた。正真正銘水槽の支配者となった彼は、メダカを襲い始めた。メダカ用の餌には目もくれず、ジッと様子をうかがい、メダカを捕らえ、しっぽを残して完食していったのである。

私は弱者であるメダカを保護するため子供達にザリガニを池に戻すように言った。しかし子供達はその支配者の強さに惹かれたのか、メダカが喰われてもよいからザリガニを飼いたいと言ってきかなかった。

毎日一匹ずつメダカは姿を消していった。

妻はメダカの目を見るとおびえているようで見ていられないと、水槽に近づかなかった。

子供達はザリガニがメダカを捕まえる瞬間を見たいと、日中は水槽にへばりついていた。大きなハサミが俊敏に動き、メダカが身体をよじって逃げる様子をみて歓声を上げていた。

最後の一匹を食べてしまった翌日、彼は再び脱皮し、赤黒い大きなアメリカザリガニになっていた。

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2008年4月30日 (水)

皮膚科診療やん

 最近休日に時間があると庭木を診る。見るのではなく、診てしまう。

 びわの葉に黒い斑点が半年前に出来た。最初は一枚、しかしゆっくりと着実に斑点を持つ葉は増えていった。ゆっくりであるが故に、病気とは認識していなかった。木そのものに元気があって、新芽をどんどん出していたことも認識が遅れた原因だ。いろいろと調べてみるとカビ類による感染症でゴマ色斑点病というものらしい。早速薬を購入し、散布すると同時に感染した葉を取り除いた。落葉も取り除くのがミソらしい。

 ここ数日はツツジの蕾が膨らんできた。大ぶりの花を咲かせる平戸ツツジが大好きで、見ていると幸せな気持になってくる。もうすぐだと思いながら蕾の横に目を移すと、おやっ?葉っぱに褐色の斑点が・・・ここにも、ここにも・・・おっとこっちは白く淡い斑点でザラザラになっている・・・調べるとやはりカビなどによる褐斑症らしい。元気そうに見えるが、これも病気か。早速薬をかけてやることにしたが、雨で折角の薬が流れてもいけない。薬を葉の上に長く定着させる液体も混ぜて与えることとした。

 なんのことはない、植物の皮膚を診断しているのと変わらない。外用療法あり、カルシウムやリンの配合、酸性度の調整など考えると、対象が人でなく植物だということだけなのだ。当たり前のことに今更気付いたということだが、狙い通り元気になるとめちゃくちゃうれしい。元気な命を眼にすることが、自分にとっての元気の源であると感じられる。

 愛でるだけでなく、手を下して育てるのは何でも楽しい。皆さん、いかが?

 

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2008年4月26日 (土)

淡い期待

 淡い期待もむなしく、外来終了間際に怒濤の3連チャン入院。

 肺炎に急性腎炎に不明熱ときた。

 あかん・・・明日で最終日。

 行けるんかな・・・って、あ~~もうこんな時間。いったい何時間起きて仕事してるんかいな。

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学術集会

 今月最後の救急当番を終えた。今日はこの後土曜外来を引き続き行う。

 昨日から始まっている小児科学会学術集会にも参加したいが、外来後に行っても眠ってしまうのがオチか・・・

 東京丸の内での開催で、時間的には行けてしまうだろうことがやっかいだ。いっそ行けない距離ならあきらめもつくが。いかんいかん、普段聞かない疾患についての勉強もしなくては。

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2008年4月23日 (水)

情報統制の是非

 非民主的情報統制により国民の国威発揚を煽り、チベットとチベットを支持する人達への非難を繰り返す中華当局に義はない。チベットの文化を否定し、殺戮と弾圧、そして文化統制を行ってきた中国共産党は、1980年代にもう謝罪は終わっているとしてチベット僧侶の話も聞こうとせず、しかも自国民にも海外にも何も問題はなく、チベットは平和的に自国の領土だと主張しているのだ。日頃から「日帝だ、小日本許すまじ。」などと叫んでいるが、よくもシャアシャアとこのような主張ができるものだと感心する。どちらが現在暴力を振るっているかなど誰の目にも明らかなのだ。

 このブログでも主張してきたが、言論統制をしている限り中国を正常な国家として認めることなど出来ない。一党独裁で、異議を唱える者は拘束されているのだ。留学している中国人がリベラルな意見を言おうものなら売国奴とののしられ、親兄弟はおろか親類縁者にまで危害が及んでいるのだ。自由を手に入れた国民から見るとおそろしく野蛮な国としか映らない。

 さらに言うならば、その中国が拒否権を持つ国連など早く葬り去るべきだ。第一民主主義を掲げるなら拒否権などバカバカしい権利などあってはならないだろう。世界は我々が動かすのだと言っているのと同じ事なのだから。これでは帝国主義と変わらないだろう。第二次世界大戦の戦後はもう過ぎ去った過去であり、世界は大きく変化しているのだ。そろそろ別の世界機構を作るべき時だと思うがいかに。

 そんな中我が国は米国の核の傘の中で平和と自由という甘い蜜を吸い、怠惰な肥満を貪っている。米国の用意した鎖に繋がれながら、見せかけの自由を楽しんでいることに気付いている国民も多いはずだ。しかし従順にすれば食いっぱぐれることもないため、皆事を起こすことを拒否している。従順さは外にも内にも向けられ、世界に冠たる平和憲法死守と叫んで自国を守ってくれる軍隊を違法と言い、軍の秘密も全部外へ公開してしまう。

 どげんかせんといかん・・・

 

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2008年4月22日 (火)

交通法規違反です

 6月から道路交通法が改正される。自転車に関する法規も見直しが行われ、周知徹底が呼びかけられている。

 当たり前のことだが、

①他人に迷惑を掛けるな

②自分の身は自分で守れ

ということが大原則だ。それ故より弱者である歩行者への配慮を強化し、歩道走行の禁止、飲酒運転の厳罰化、無灯火運転の禁止、片手運転の禁止、ながら運転の禁止(携帯電話・傘・ヘッドホン)などが列挙されている。ただ以前にもブログネタにしたが、これを守り守らせることが出来るのかということだ。赤信号を子供の前でも平然と渡ることの出来る人達にこれを説いても馬耳東風であろう。また車道を走ろうにも車側から明らかに邪魔者扱いされ、危険にさらされることも多いのをどう配慮できるだろうか。

 昨夜、もちろん明るい電灯を点けて車道を走っていたら、道の反対側から急に飛び出してきた車があった。車は大回りし、私の進行を妨げる位置まではみ出してきた。急なこともあり「あぶないじゃないか!」と叫ぶと、「なんか文句あんのか!!」と凄まれた。文句もなにもそちらが道路交通法違反なのだ。歩道を跨ぐとき一時停止すべきを怠り、中央線をはみ出して運転する車に義はない。相手にしても仕方がない大バカ者なので、おしりペンペンして走り出した。怒って反走背走してきたが、それで追いつけるほど自転車は遅くない。胸くそ悪い思いをしたが、現実をどこまで行政は知っているのだろう。

 何度も書いたことだが、結局は幼稚園・小学校の時代からしっかりと教育をしなくてはならないし、歩行者にも厳罰をもって当たらなくてはすべてがうまくいくはずがない。悲しいかなこの国からは一部の人を除いてモラルなど消し飛んでしまったのだろう。

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